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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~
第121話 黒魔女の弟2
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パカラッパカラッパカラッ!!
パカラッパカラッパカラッ!!
二頭の馬があっと言う間に目の前を通り過ぎる様をエデルはなすすべもなく、呆然とバルドとオスカーの後ろ姿を見送った。
「エデル様・・・・いかがいたしましょう?」
南門から同道した従士の1人がエデルの様子を慮る様にそっと耳打ちをした。
エデルはその声に我に返った。
「このまま後を追うぞっ!!」
エデルが従士を従え駆けだそうとした所で後方から数十騎の蹄が地響きを轟かせ近づいてきた。
エデルは後方を振り返った。
「そういう事だったか。あの様にバルド殿とオスカー殿が血香を纏い、我らには目もくれずに立ち去ったこと合点がいった」
従士と共に道の脇へ控える。
エデルの姿を捉えたのか、数十騎は隊列を乱さないまま速度を落とした。
「止まれっ!!」
エデルの前までくると先頭にいたブロンズ色の髪、薄い青い瞳の騎士が号令をかけた。
「ブレン様、あまりにお早いお付きですが、いかがされましたか?」
マデュラ騎士団団長ブレン・ド・マデュラ。
貴族騎士団団長としては珍しい短髪で、筋骨たくましい肉体は重装備の鎧を纏うとそれだけで十二分に威圧感を与える。
物言いは常に穏やかで圧倒的な力で従属させるのではなく、自ら輪に入り状況を把握した上で相手が協力を申し出る様に仕向ける人心掌握術に長けていた。
騎槍の使い手で遠征時にはシュタイン王国貴族騎士団の中腹、横腹の守護を担っていた。
戦場での勇姿が普段の言動からは想像もできないほど勇猛果敢で、その姿を目にした敵方の騎士が恐れおののき敗走したと言われている。
実姉である現当主マルギットとは子供の頃から仲が良く、マデュラ領に財力と統制力をもたらした姉弟と領民からも慕われていた。
だが、5年ほど前からマルギットの様子が徐々に変わりはじめた。
王都訓練施設に送った2人の実子が亡くなり、現在訓練施設に在籍しているイゴールが生まれてからはまるで別人の様にマルギットは変わってしまった。
ブレンは子を亡くした深い哀しみがマルギットの心を蝕み、その哀しみの矛先が青と赤の因縁であるセルジオに向けられたと考えていた。
己のあずかり知らぬ所でセルジオ暗殺に躍起になる姉の行動は否応なく耳に入る。
マルギットに真意を確かめようにも知らぬ存ぜぬとかわされ、マルギットはブレンを遠ざかる様になった。
領地に留まらず、シュタイン王国の繁栄の為に奔走していたマルギットの変化にブレンは釈然としない思いを抱えていた。
そんな時に今回のセルジオ達一行の貴族騎士団巡回である。
ブレンはこの機会に青と赤の因縁を終結に導く糸口を見つけ、マルギットとかつての関係を取り戻したいと考えていた。
ブレンがエデルに馬を寄せると「やれやれ」と言った面持ちでエデルは困り顔を見せた。
「まさか、セルジオ殿に早うお会いしたくて、先を急ぎましたか?」
馬上で少しはにかんだ顔をしながらブレンは静かに呼応する。
「いや、荷積みが思いの外、早く終わったのだ。客人を待たせる訳にはまいらぬと思ってな。後の始末は商会長に任せてきた」
荷積みの状況を伝えるとブレンはキョロキョロと辺りを見回し不審な顔をエデルに向けた。
「エデル、セルジオ殿はいかがした?南門を見聞中か?お前はここで何をしている?」
エデルは大きく「はぁ~」とため息を漏らした。
「ブレン様、お客人はどなたでしたか?青き血が流れるコマンドールと守護の騎士ですぞ。ここは青と赤の因縁が始まったマデュラの地です。そのように重装備で、しかもこの隊列で迫ってこられては私でも不測の事態が起こったと退避致します。気が逸るお気持ちは分らないでもありませんが、いささか思慮に欠けるご判断かと・・・・」
エデルの言葉にブレンは筋骨たくましい身体を小さく縮め、申し訳なさそうに呟いた。
「うっ!!面目ない・・・・」
エデルは「仕方のないお方だ」と嬉しそうな顔を向けると思案を巡らせた。
起きてしまったことは取り返す事はできない。このままセルジオ達を追い、誤解を解こうと思っていたが、ブレン率いる数十騎を認識していたのであれば、かえって事態を悪化させる恐れがある。
エデルは「ふ~む」と呟くとブレンに向き直った。
「ブレン様はこのまま予定通り、訓練場へ向かわれて下さい。セルジオ殿ご一行は城塞東門から辿った街道を戻るおつもりかと。マデュラ領北城門は常時開放しておりますから。されど本日は万が一があってはならぬとコーエンが城塞東門の閉鎖に向かいました。城塞東回りで訓練場へ参りますからセルジオ殿ご一行と鉢合わせになるでしょう」
エデルは心配顔になる。
「・・・・コーエンと鉢合わせとなった時がいささか案じられます。我らマデュラの城塞内でバルド殿とオスカー殿が戦闘となることは避けるかとは思いますが、危機が迫ったと感じられれば、あるいは・・・・」
エデルはブレンの顔を見つめた。
そんなエデルにブレンは微笑みを向ける。
「まぁ、案じていても致し方ないぞ。なる様にしかならぬ。全ては天の采配だからな。青と赤の因縁の終わりの始まりをこれを機にと天が思召せば自然とその様になる。そうでなければ今はその時ではないということだ。エデル、我らはこのまま訓練場へ参り、青き血が流れるコマンドールと守護の騎士をお迎えするとしよう。青と赤の因縁が始まった地を是非ともご覧頂くためにな」
ブレンはエデルに告げ「行くぞっ!」と号令をかけ再び数十騎を率いて城塞南門から東に位置する訓練場へ馳せて行った。
エデルは一点の曇りもないブレンの言葉に頼もしさを感じる一方で一抹の不安を覚えていた。
事はそう簡単にはいかないと思っていたからだ。
バルドとオスカーが纏っていた血香は正に戦場でのそれだった。
何も知らないコーエンと鉢合わせれば、挟み撃ちにあったと思われても仕方がない。
エデルはコーエンが冷静であることと、バルドとオスカーに馬上で聞かせたブレンの想いが少しでも伝わっていることを強く願うのだった。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
現状は経緯とその背景で起こる事だと思っています。
因縁の始まりを終わらせたいと強く願うブレン団長率いるマデュラ騎士団。
しかし、失敗であったとは言え、現当主マルギットに暗殺を企てられたセルジオ達。
現状が一つでもその経緯と背景が全く異なります。
果たしてセルジオ達はブレンとマデュラ騎士団を信じる事ができるのか?
次回もよろしくお願い致します。
ちょっと横道のお知らせです。
マデュラ子爵現当主マルギットのお話は
「とある騎士の遠い記憶」外伝
「黒魔女のイデア」となります。
休載中ではありますが、2人の実子を亡くし、黒魔女マルギットに身体を乗っ取られた場面がご覧頂けます。
一緒にお読み頂き、黒魔女マルギットに至るまでの経緯と背景をご覧ください。
パカラッパカラッパカラッ!!
二頭の馬があっと言う間に目の前を通り過ぎる様をエデルはなすすべもなく、呆然とバルドとオスカーの後ろ姿を見送った。
「エデル様・・・・いかがいたしましょう?」
南門から同道した従士の1人がエデルの様子を慮る様にそっと耳打ちをした。
エデルはその声に我に返った。
「このまま後を追うぞっ!!」
エデルが従士を従え駆けだそうとした所で後方から数十騎の蹄が地響きを轟かせ近づいてきた。
エデルは後方を振り返った。
「そういう事だったか。あの様にバルド殿とオスカー殿が血香を纏い、我らには目もくれずに立ち去ったこと合点がいった」
従士と共に道の脇へ控える。
エデルの姿を捉えたのか、数十騎は隊列を乱さないまま速度を落とした。
「止まれっ!!」
エデルの前までくると先頭にいたブロンズ色の髪、薄い青い瞳の騎士が号令をかけた。
「ブレン様、あまりにお早いお付きですが、いかがされましたか?」
マデュラ騎士団団長ブレン・ド・マデュラ。
貴族騎士団団長としては珍しい短髪で、筋骨たくましい肉体は重装備の鎧を纏うとそれだけで十二分に威圧感を与える。
物言いは常に穏やかで圧倒的な力で従属させるのではなく、自ら輪に入り状況を把握した上で相手が協力を申し出る様に仕向ける人心掌握術に長けていた。
騎槍の使い手で遠征時にはシュタイン王国貴族騎士団の中腹、横腹の守護を担っていた。
戦場での勇姿が普段の言動からは想像もできないほど勇猛果敢で、その姿を目にした敵方の騎士が恐れおののき敗走したと言われている。
実姉である現当主マルギットとは子供の頃から仲が良く、マデュラ領に財力と統制力をもたらした姉弟と領民からも慕われていた。
だが、5年ほど前からマルギットの様子が徐々に変わりはじめた。
王都訓練施設に送った2人の実子が亡くなり、現在訓練施設に在籍しているイゴールが生まれてからはまるで別人の様にマルギットは変わってしまった。
ブレンは子を亡くした深い哀しみがマルギットの心を蝕み、その哀しみの矛先が青と赤の因縁であるセルジオに向けられたと考えていた。
己のあずかり知らぬ所でセルジオ暗殺に躍起になる姉の行動は否応なく耳に入る。
マルギットに真意を確かめようにも知らぬ存ぜぬとかわされ、マルギットはブレンを遠ざかる様になった。
領地に留まらず、シュタイン王国の繁栄の為に奔走していたマルギットの変化にブレンは釈然としない思いを抱えていた。
そんな時に今回のセルジオ達一行の貴族騎士団巡回である。
ブレンはこの機会に青と赤の因縁を終結に導く糸口を見つけ、マルギットとかつての関係を取り戻したいと考えていた。
ブレンがエデルに馬を寄せると「やれやれ」と言った面持ちでエデルは困り顔を見せた。
「まさか、セルジオ殿に早うお会いしたくて、先を急ぎましたか?」
馬上で少しはにかんだ顔をしながらブレンは静かに呼応する。
「いや、荷積みが思いの外、早く終わったのだ。客人を待たせる訳にはまいらぬと思ってな。後の始末は商会長に任せてきた」
荷積みの状況を伝えるとブレンはキョロキョロと辺りを見回し不審な顔をエデルに向けた。
「エデル、セルジオ殿はいかがした?南門を見聞中か?お前はここで何をしている?」
エデルは大きく「はぁ~」とため息を漏らした。
「ブレン様、お客人はどなたでしたか?青き血が流れるコマンドールと守護の騎士ですぞ。ここは青と赤の因縁が始まったマデュラの地です。そのように重装備で、しかもこの隊列で迫ってこられては私でも不測の事態が起こったと退避致します。気が逸るお気持ちは分らないでもありませんが、いささか思慮に欠けるご判断かと・・・・」
エデルの言葉にブレンは筋骨たくましい身体を小さく縮め、申し訳なさそうに呟いた。
「うっ!!面目ない・・・・」
エデルは「仕方のないお方だ」と嬉しそうな顔を向けると思案を巡らせた。
起きてしまったことは取り返す事はできない。このままセルジオ達を追い、誤解を解こうと思っていたが、ブレン率いる数十騎を認識していたのであれば、かえって事態を悪化させる恐れがある。
エデルは「ふ~む」と呟くとブレンに向き直った。
「ブレン様はこのまま予定通り、訓練場へ向かわれて下さい。セルジオ殿ご一行は城塞東門から辿った街道を戻るおつもりかと。マデュラ領北城門は常時開放しておりますから。されど本日は万が一があってはならぬとコーエンが城塞東門の閉鎖に向かいました。城塞東回りで訓練場へ参りますからセルジオ殿ご一行と鉢合わせになるでしょう」
エデルは心配顔になる。
「・・・・コーエンと鉢合わせとなった時がいささか案じられます。我らマデュラの城塞内でバルド殿とオスカー殿が戦闘となることは避けるかとは思いますが、危機が迫ったと感じられれば、あるいは・・・・」
エデルはブレンの顔を見つめた。
そんなエデルにブレンは微笑みを向ける。
「まぁ、案じていても致し方ないぞ。なる様にしかならぬ。全ては天の采配だからな。青と赤の因縁の終わりの始まりをこれを機にと天が思召せば自然とその様になる。そうでなければ今はその時ではないということだ。エデル、我らはこのまま訓練場へ参り、青き血が流れるコマンドールと守護の騎士をお迎えするとしよう。青と赤の因縁が始まった地を是非ともご覧頂くためにな」
ブレンはエデルに告げ「行くぞっ!」と号令をかけ再び数十騎を率いて城塞南門から東に位置する訓練場へ馳せて行った。
エデルは一点の曇りもないブレンの言葉に頼もしさを感じる一方で一抹の不安を覚えていた。
事はそう簡単にはいかないと思っていたからだ。
バルドとオスカーが纏っていた血香は正に戦場でのそれだった。
何も知らないコーエンと鉢合わせれば、挟み撃ちにあったと思われても仕方がない。
エデルはコーエンが冷静であることと、バルドとオスカーに馬上で聞かせたブレンの想いが少しでも伝わっていることを強く願うのだった。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
現状は経緯とその背景で起こる事だと思っています。
因縁の始まりを終わらせたいと強く願うブレン団長率いるマデュラ騎士団。
しかし、失敗であったとは言え、現当主マルギットに暗殺を企てられたセルジオ達。
現状が一つでもその経緯と背景が全く異なります。
果たしてセルジオ達はブレンとマデュラ騎士団を信じる事ができるのか?
次回もよろしくお願い致します。
ちょっと横道のお知らせです。
マデュラ子爵現当主マルギットのお話は
「とある騎士の遠い記憶」外伝
「黒魔女のイデア」となります。
休載中ではありますが、2人の実子を亡くし、黒魔女マルギットに身体を乗っ取られた場面がご覧頂けます。
一緒にお読み頂き、黒魔女マルギットに至るまでの経緯と背景をご覧ください。
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