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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~

第114話 初代からの餞

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100有余年前、建国間もないシュタイン王国の存亡の危機はこうして脱したと伝えられている。

マデュラ騎士団団長ギャロットと対峙し、初代セルジオは命を落とした。

シュタイン王国を内側から崩壊させ、西の隣国スキャラル国に攻め入る隙を与えるマデュラ子爵家当主黒魔女マルギットの企みはギャロットの死によって崩れ去った。

その後、ミハエルは事の次第をエステール伯爵家当主、初代セルジオの実兄へ伝える。

初代セルジオはサフェス湖でのラドフォールとの共闘でスキャラル国騎士団先鋒隊を壊滅させた。

また、この時助けた少女に同行させたラドフォール水の魔導士からスキャラル国の内紛が明らかになった。

内紛により王城が焼かれた事でスキャラル国はシュタイン王国への侵攻を断念せざるを得なかった。

エステール騎士団西の屋敷では新たな団長、実弟カーティスを鼓舞しマデュラ騎士団を退ける足がかりを作った。

マデュラ騎士団団長ギャロットに捕えられた光と炎の魔導士オーロラの救出に向かい、スキャラル国と通じたギャロットを討ち取った。

エステール伯爵家当主はこれらを全て初代セルジオの功績とし、シュタイン王国国王に報告した。

そして、真の首謀者であるマデュラ子爵家当主マルギットの討伐と家名取り潰しを進言し、ここからエステール伯爵家とマデュラ子爵家の因縁が始まったとされている。

初代セルジオは古の伝説の騎士、青き血が流れるコマンドールの再来であったと国王自らが王国内外に知らしめ、王国を侵略と存亡の危機から救った英雄として語り継がれる事となる。

一方、マデュラ子爵家は18貴族の均衡を保つために取り潰しの憂き目は見なかったものの王国を滅亡の危機に陥れた裏切り者の家名として語り継がれる。

そして、家名の象徴である赤い髪、赤い瞳を持ち生まれた子は他貴族家名から憎しみの対象として蔑まれた。

初代セルジオが置かれた立場からの情景であるから王国、他国を取り巻く政治的な背景は定かではない。

しかし、今世のセルジオ達は王国に伝えられている100有余年前の逸話を当時の情景のまま初代セルジオと共に垣間見たのだ。

初代セルジオが残した『無念の感情』は、こうして詳らかにされたのだった。



全ての悔恨をその根源まで水に流した初代セルジオの映し出した情景は薄れていく。

細かい水しぶきがドームを満たし、初代が見せた情景を包んでいった。

キラキラと光を纏い、薄い水色の粒が水のドームに映し出されていた情景を全て覆う。

すると、一気に水と化した。

ザアァァァァァ・・・・
ザアァァァァァ・・・・

水のドームの縁を伝い情景は見る見る時の狭間に創り出された滝めがけて流れ去っていく。

初代の周りには金色の光の粒が舞っていた。

人型のウンディーネが再び姿を現した。

「全ての悔恨をその根源までをも水に流したな。月の雫よ。お前本来の珠の色を取り戻したと言う事だ」

初代セルジオの悔恨と共に封印された今世のセルジオの心の色も金色だった。

それは今世のセルジオの中に眠る初代セルジオの胸の中央で明滅している。

「お前が本来の己の珠を取り戻さねば今世のセルジオの中で鎮ずかに眠る事は叶わぬ。黒魔女に隙を与えることとなるからだ。ここから先、お前が今世で姿を現すことはないと思え。今世のセルジオの中で鎮ずかな眠りにつくのだ。二度と黒魔女の糧とならぬためにな」

「銀の鎖が解け浄化の時を迎えるまでは今世のセルジオと共に転生を繰り返す。今世で再びお前と今世の者が言葉を交わす事は叶わぬ様になる。名残惜しさもあろう。この場に居合わせた者達との別れの時を授けよう」

本来、今世のセルジオの中に封印されている初代セルジオが姿を現すことはあり得ない。

これまでは残した想いと悔恨の強さが今世のセルジオの身体から溢れ出ていたに過ぎない。

悔恨をその根源まで水に流した今、封印されている今世のセルジオの中で鎮ずかに眠る本来の状態に戻る事になる。

初代はウンディーネの前で跪き、騎士の挨拶をすると静かに立ち上がった。

セルジオ達の傍へゆっくりと歩んでゆく。

セルジオを抱えて座るバルドが跪こうとすると「そのままでよい」と一言告げた。

アロイス、ラルフを含む6人の前で初代は跪いた。

「皆、我の悔恨の浄化への助力、感謝申す。これまで、皆に様々な場面で今世のセルジオの命を救って貰った。我が悔恨さえ残さなければ起こらずに済んだ事象も様々あった。この先は我の悔恨がそなたらの行く手を阻む事はなくなると信じたい。いや、信じている」

「もはやそなたらとこうして顔を合わせる事は叶わぬ願いとなるが、我はセルジオの中でそなたらを見守ると誓う。されば我の悔恨の根源となった事を覚えておいて欲しい。特にバルド、エリオス、オスカー」

初代はバルドの名を一番に呼んだ。

「セルジオを守らんがため、己の命を投げ捨ててはならん。命を投げ捨てる事と命を賭すことは雲泥の差がある。投げ捨てるとはすなわち負の産物だ。守られた者へ恨み、憎しみを遺す」

「賭すとは覚悟を示すことだ。今あることは数多あまたの先人の過去と今が絡み合い成し遂げられている。独りでは何をも成し遂げる事はできぬ証なのだ。願わくば天が定めし生を全うしてくれ。セルジオと共に」

初代は左手を胸に当て頭を下げた。

立ち上がり、バルドに抱えられているセルジオの前までくると膝を折り、セルジオと目線を合わせる。

ゆっくり諭す様に言葉を繋いだ。

「セルジオ殿、苦しくはないか?」

セルジオは初代の深く青い瞳をじっと見つめた。

「大事ございません。胸の痛みもなくなりました」

「そうか。すまぬな・・・・いや、感謝申すであったな。セルジオ殿、我の悔恨の浄化の苦痛に堪えてくれ感謝申す」

初代はバルドの左腕の上に置かれたセルジオの小さな手をそっと握った。

「そなたに心に留めておいて欲しい事がある」

「はっ!承知しました」

セルジオは力強く呼応した。

「そなたはバルドの教えに実に忠実で努力を惜しまぬ優れた騎士だ。今はまだ、身体も小さく経験も浅い。思う様にいかぬことも多かろう。人は皆、不完全なのだ。一人一人は不完全な姿こそ当たり前なのだ。だからこそ束ねるおさが必要となる」

不完全な皆を団として完全なものにする役目を担う者が騎士団団長だ。そなた自身は完全でなくともよいのだ。不完全なそなたの周りには支えとなってくれる者達が数多いる。己が独りではないこと、独りではないことを信じる心が人を団を強くする。皆に力を借りればよい。借りた力を活かせばよい。皆を信じることこそがそなたの力となることを留めておいてくれるか」

初代はセルジオの小さな手をきゅっと握った。

「はっ!」

セルジオはバルドに抱えられたまま頭を下げる。

初代は愛おしそうにセルジオの額に口づけをした。

「よい子だ。己の事も信じるのだぞ」

「はっ!」

初代はセルジオへ微笑むとエリオスへ身体を向けた。

「エリオス殿」

「はっ!!」

エリオスは石の椅子から飛び降り、初代の前で跪いた。

初代は目を細め、エリオスの頭に手を置いた。

「よい。椅子に座れ」

「はっ!!!」

ドームに響き渡る声で呼応する。

初代はクスクスと愉快そうに笑っていた。

「エリオス殿、過去では我に今世ではセルジオに心を砕いてくれていること感謝申す。ただ、我は案じているのだ。そなたが過去のエリオス同様、この世の全てがセルジオただ一人となってしまわぬかとな。そなたの想いが救いとなりセルジオに安んじた日常を与えていると思う。その救いがセルジオを団長へと導くであろうとも思う。だが、そなたはセルジオへの想いを抑える事こそがセルジオを生かす事だと思っていよう?」

こととことは違うのだ。一番に恐ろしいのはその感情をどこか他人事に捉えてしまうことだ。この先経験する死や苦痛が多ければ多い程、陥りやすい誤解なのだ。己を騙す事も感情を抑える事もせずともよいのだ」

「セルジオの傍近くで優しく包容する者があることが何事も乗り越える力を生みだす原動力となる。そなたの思うがままセルジオを愛しめばよい。それがセルジオだけがこの世の全てとならずにすむ手立てだ。よいか、思うがままでよいのだぞ」

初代の言葉にエリオスの目からポロポロと大粒の涙が零れている。

「・・・・セルジオ様・・・・私は・・・・」

初代はエリオスの額にも口づけをした。

「わかっている。そなたはそなただ。エリオス。今世のエリオスよ。思うがままでよいのだぞ」

「はっ!!!」

エリオスは涙を拭い初代に呼応した。

続いて初代はアロイスの前に進む。

膝の上に置かれた手に己の手を重ねた。

「アロイス殿、今世のセルジオはそなたに何度命を救われたであろうか。青き血の目覚めもそなたの力なくしてはあり得ぬ事であった。そして、我の悔恨の浄化もそなたなくしてはあり得ぬ。我と今世のセルジオを救ってくれたこと感謝申す」

初代は愛おしそうな眼差しをアロイスへ向けた。

アロイスの目から涙が零れ落ちている。

「セルジオ様っ!!いえ、初代様っ!私はウンディーネ様のお言葉に導かれたまでのこと。命をお救いしたなど・・・・」

初代の手の甲にポタポタとアロイスの涙が落ちている。

初代の深く青い瞳も潤んでいる様だった。

「アロイス殿は、我が愛したオーロラと姿が生き写しだ。まるで昔に戻った様に錯覚する程に生き写しなのだ。我はオーロラへ我の想いを伝える事はできなかった。オーロラは我を共に戦う同志として見ていたからな。我の想いが戦いの邪魔となる事があってはならぬ。今も昔もラドフォール水の城塞はエステールの西の屋敷と同様、王国の西の要だ」

「されど我は最後に私念を優先した。先のクリソプ男爵領での事でも解るだろう。私念は国を滅ぼす力となっていく。私念が膨らみ富や力に群がる者が多くなればなるほど国は歪み淀んでいく。富と力を独占しようと目論む者は王国の崩壊を操作し、組み直し混沌を作り出す。そして闇は混沌を何より好む」

「そなたはラドフォールに生を受けし者だ。王家と同等に近い存在でもある。国の興隆と衰退は富と力を有する者によって左右される。誰がその頂点に立ち、力を手にするかで隆盛を極めるか、または凋落ちょうらくの道へと進むかが決まる」

「そなたはその頂点に立つ王国のおさである王都騎士団総長が惑わされる事がなきよう見極め、見定め、時には戒める役目を担う者だ。闇が好む混沌を生み出さぬ様役目を果たせ。そして、偶然に逆らわず必然を求めてはならぬ。全ては天の采配と知ることこそが、混沌から最も遠ざかることわりと留めておいて欲しい」

アロイスの目からは大粒の涙が零れ落ちていた。

初代とアロイスが見つめ合う姿は初代が見せていた情景の中にいるかの様に他の者達に映っていた。

アロイスは初代の手を取り唇を寄せる。

フルフルと震え呼吸を整えていた。

「私は・・・・私はっ!!」

アロイスは顔を上げ初代の深く青い瞳を見つめた。

「私は、幼き頃より水の城塞で初代様のお姿を何度となく拝見しておりました。まるで生きているかのようなお姿で、時折私へ・・・・うっ・・・・」

胸が詰まり言葉にならないのだろう。アロイスは途切れ途切れに言葉を繋ぐ。

「時折、私へ向けられたと見紛う微笑みを目にしていました。姿が先祖オーロラと生き写しだから等関係はないっ!私はただ、あなた様だけに感じるこの特別な感情に・・・・ううっ・・・・胸が痛く、切なく、あなた様でなければならないこの想いを・・・・ずっと・・・・」

フワリッ・・・・

初代はアロイスを抱きしめた。

「よい、もうよい。アロイス殿。そなたのその感情はかつて我がオーロラに抱いていたものだ。投影だ。我の想いを我の姿を目にすることで投影していたのだ。すまぬな。いや、感謝申すぞ。我の想いを抱えていてくれ感謝申す。その想いも水に流そう。そなたに我の想いを映す鏡の役目を担わせてしまった。すまぬ」

「うぅ・・・・うっ・・・・」

アロイスの止まらぬ涙を初代はそっと拭うと額に口づけをした。

「そなたはラドフォール騎士団団長、アロイス・ド・ラドフォールだ。100有余年前のセルジオ・ド・エステールが水の城塞で抱いていた感情を投影した水の精霊の守護者だ。我が消えればその感情も消え去る。感謝申すぞ、アロイス殿。我のオーロラへの想いをただ一人愛した者への焦がれる感情を抱えてくれていたこと感謝申す」

初代はアロイスを抱き寄せると名残惜しそうに額に口づけをした。

続いてラドフォール騎士団、影部隊シャッテン隊長ラルフの前に進んだ。

ラルフは一歩退いた所で跪いていた。

影部隊シャッテン隊長ラルフ殿

ラルフは一瞬、呼応に躊躇した。

初代セルジオが己の名に殿と敬称を付け口にしたからだ。

一瞬の間の後に呼応する。

「はっ!」

初代は優しい微笑みを向けた。

「クリソプ男爵領での事、改めて感謝申す。アロイス殿のめいとはいえ、そなたの部隊の者達の助力がなければセルジオもエリオスも命を落としていただろう。そなたはバルドと似ている。主のめいに忠実過ぎるのだ。一見、冷酷に見えるがその実、部隊の者達を想い、一人も欠ける事なく役目を担う策を講じる愛情深き者だ。だが・・・・」

初代はラルフの顔を上げさせる。

「我を見よ」

ラルフはゆっくりと顔を上げ初代の深く青い瞳をみつめた。

「そうだ。それでよいのだ。部隊の隊長といえど一人の生ある者だ。全ての責を全ての部隊の者の命を一つも欠ける事なく役目を果たそう等と考えるな。仮に命を落とす者がいたとして、それは天の采配だ。部隊の是非を問うものではない。そして審判は他の者がする」

「そなたがまず一番に心に留める事は己が最後まで生き抜く事だ。隊長なくして動く部隊などこの世に存在はしない。隊長が隊長として最後まで生あると信じる配下がいる部隊を創り上げる事こそが隊長の役割と知れ」

「事あるごとに思い起こすのだ。我が死したと偽り姿を消したエステール騎士団のあり様を。団長の交代を受け入れるまでに時を要した騎士団の姿を。次を担う者を早めに育てる手立ては必要だ。だが、数多あまたの実戦を踏んでこそ隊長の役割を己のものとすることができる。最後の最後までそなたは生き抜け、それが隊長の責務と心得よ」

初代はラルフに微笑みを向けた。

「はっ!!初代様の言の葉、肝に銘じ責務を全う致します」

ラルフは力強く呼応した。

「それと・・・・」

初代はチラリとアロイスへ目を向けた。

アロイスは高ぶる感情が未だに収まっていない様子だった。

初代はラルフへ向き直る。

「そなたが懸念していたこと。アロイスの我に対する心の持ち様とセルジオに対する行いは我が消えれば収まるものだ。アロイスの行いに危うさを感じていたのだろうが、案ずる事はない。この先に感情を露わにすることはなくなる。安心いたせ」

初代セルジオはラルフがアロイスに感じていた危うさをも気付いていた。

ラルフは驚きを隠せなかった。

「大事ない。そなたの主は心優しく、穏やかではあるが信念を貫く強さは王国一だ。そなたの思うままに仕えよ」

「はっ!!!」

ラルフは力強く呼応した。

初代はラルフへ今一度微笑みを向けるとオスカーに近づいた。

最初に掛けられた初代からの言葉が最後だと思っていたオスカーは慌てて跪く。

初代はオスカーに歩み寄った。

「オスカー、顔を上げよ」

「はっ!!」

オスカーが顔を上げると初代は優しい微笑みを向けた。

「そなたはセルジオの守護の騎士である前にエリオスの守護者であり、バルドを支える者だ。エリオスもバルドもそなたの言葉と行いに救われ、助けられ、持てる力以上の事を成す事ができている。そなたはエリオスとバルドの土台となる者なのだ」

「土台には強固さと柔軟さの両方が必要だ。固いだけでも柔らかいだけでも役には立たぬ。両方を備えたそなただからこそ、皆が進むべき道へいざう事ができる。己を信じ、己を疑うな。これまでと同じようにエリオを守護し、バルドを支えよ。そうすることがセルジオの守護の騎士としてのそなたの役目と心得よ」

「はっ!!!」

オスカーは初代を真直ぐに見上げ力強く呼応した。

初代は再びバルドに抱えられているセルジオの前で膝を折った。

「セルジオ殿、暫しバルドの膝より下りてはくれぬか?」

セルジオを挟まずバルドへ言葉を掛けたいのだろう。

セルジオは初代の申し出に素直に従い呼応した。

「承知しました」

とは言え、あれだけの吐血をした後だ。バルドはオスカーへ目を向けた。

オスカーは初代がセルジオへ言葉を掛けるのと同時に立ち上がったのだろう。

バルドが目を向けた時にはセルジオへ両手を伸ばしていた。

「セルジオ様、こちらへ」

セルジオはオスカーに身体を預ける。

「オスカー殿、感謝申します」

バルドはセルジオをオスカーに託すと初代の前に跪いた。

「バルド、顔を上げよ」

「はっ!」

初代は屈んだままバルドの顔を上げさせ、目線を合わせた。

左手でそっとバルドの瞼に触れた。

バルドは初代に触れられた右目を閉じる。

「目を開けよ」

ゆっくりと目を開け、深い紫色の瞳で初代の深く青い瞳を見つめる。

「そなたの深淵を覗く魔眼がこの紫に輝く瞳がなければセルジオは今この場にはおらぬ。我が初めてセルジオの身体を介し今世に姿を現せた時よりもうすぐ5年だな」

初代はバルドの瞼から手を離した。

「そなたはセルジオの師であり、父であり、母でもある。そして青き血が流れるコマンドールの守護の騎士だ。セルジオの宿命さだめを共に背負うと誓いを立ててくれた事、感謝申す。セルジオが団長となるその日まで
傍近くで共に歩んで欲しい。我の願いだ」

「セルジオが悔恨を残すことなく、己が歩んだ道を誇れる騎士に育ててやって欲しい。この場で約束をしてくれ。誓いではなく、約束だ。その身をそなたの命を投げ捨てる事だけはせぬと。セルジオを愛しむがあまり、己を犠牲にはせぬと。愛おしさも過ぎれば憎悪となるのだ。我の悔恨が無念の感情が憎悪そのものであった様にな」

「憎悪は愛より生まれしものだ。そなたも解っていよう?セルジオへの過ぎた愛情が憎悪を生むことを。セルジオに悔恨を残すことだけはそなたがしてはならぬ事だ。だから、約束をして欲しい。命を投げ捨てず、セルジオを大切に想う事と同じように己の命も大切にすると」

初代はバルドの両手を握った。

バルドは胸に熱く込上げるものを堪え初代に呼応する。

「はっ!初代様、私は今この場にて約束を致します。決して己の命を軽んずる行いはしないと。セルジオ様と共に生き抜く事を約束致しますっ!」

バルドは初代の両手を強く握り返した。

初代はふっと一つ微笑むと嬉しそうな表情を浮かべた。

「そうか。セルジオと共に生き抜くと約束してくれるか。頼んだぞ、バルド」

「はっ!!」

バルドは力強く呼応した。

初代は立ち上がり6人全員に目を向け、満足そうな顔をした。

「皆、感謝申す。息災でな」

初代は最後に一言告げると金色の髪をなびかせ、人型のウンディーネが立つ時の狭間の中央に歩んでいった。




【春華のひとり言】

今日もお読み頂きありがとうございます。

セルジオはじめ、控える6人一人一人にはなむけの言葉を贈る初代セルジオ。

全て視えているからこその言葉に重みを感じます。

どんなに時代が進んでも科学技術が進化しつづけても人の感情をコントロールする事は至難の業です。

せめて自分の感情に振り回されない柔軟性を身につけたいと思います。

ラルフがアロイスの言動に不安を覚えていた回は

第3章 第101話 マデュラ騎士団8:初代の呼び出し

の冒頭に記されています。

感情を持たない事が最優先事項であるはずの騎士団団長アロイスが初代セルジオに対してだけ見せる言動を不安視しているラルフが描かれています。

この回でラルフの不安は払拭されました。よかった、よかった。


次回は初代セルジオが今世のセルジオの中に戻ります。

いよいよ物語はマデュラ子爵領へと進んでいきます。

次回もよろしくお願い致します。



と、もう一つご案内です。

マデュラ子爵家当主マルギットの視点で描かれた物語は

「黒魔女のイデア(理想)」です。

休載中ではありますが、100有余年前の陰謀と忖度がご覧頂けます。

よろしければ合わせてご覧下さいませ。

https://www.alphapolis.co.jp/novel/31787451/940549591
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