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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~

第104話 悔恨の浄化1

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祭場中央の水辺に入った初代セルジオは、ゆっくりと天井を見上げた。

ドーム状の時の狭間に細かい氷の結晶が雪の様に舞っている。

初代セルジオはふぅと一つ白い息を吐くと静かに語りだした。

「我が残した最初の悔恨はエリオスを独りで死なせてしまったことだった」

サフェス湖畔でマデュラの刺客と対峙した半年前、初代セルジオはセルジオの中で封印後初めて姿を現した。

「水の城塞で見たであろう?エリオスの諫言かんげんを耳を傾けず、聞き入れようともしなかったのだ。エフェラル帝国との国交樹立に際する役目を我がエステール騎士団が国王より直々に賜った事が始まりだった」

初代が語りだすとセルジオは胸に微かな痛みを覚えた。

膝の上に乗せた両手をぐっと握る。

水の城塞で目にした初代と初代の時代のエリオスが言い争う情景がドームに浮かび上がった。

「我は皆が、国王も王都騎士団総長も18貴族の当主や騎士団団長、騎士や従士は皆、我と同じ様に王国と王国の民を第一に考えていると信じて疑わなかった。そこに私念を抱く者がいようとは露ほども思わなかった」

ドームに浮かび上がる情景はエフェラル帝国から王都へ帰還するエステール騎士団一行に変わる。

エフェラル帝国からの返礼の品を乗せた二艘の船がエンジェラ河を航行し、河沿いを初代セルジオを先頭にエステール騎士団が隊列を組み進行していた。

場面が進む程に胸の痛みが増しているとセルジオは感じていた。

膝の上の拳を更に強く握り痛みを堪える。

初代セルジオが語る悔恨は、セルジオの中に封印されている初代セルジオから溢れ出るものだ。

目の前に姿があるとはいえ、所詮は時の狭間の中で見せる幻影に過ぎない。

セルジオはこの痛みを皆に悟られない様に深い呼吸を繰り返した。

「人は弱いものだ。私念や私欲が深ければ深い程、魔が入る余地が生まれる。だが、我はそのことを知ろうともしなかった」

浮かび上がる情景は野盗に扮したマデュラ騎士団に初代が襲撃される場面へと変わった。

それは、初代がセルジオに初めて見せた情景だった。

背中に数本の矢を受けた初代を逃がし、エリオスが馬上でサファイヤの剣を掲げている。

程なくして、エリオスはわき腹を槍で貫かれ、落馬した。

初代セルジオが立つ水辺がザワザワと波立つ。

セルジオは胸の痛みに耐えられず両手で胸を掴んだ。

バルドは胸を抑えるセルジオの様子に準備していたかの様に両腕で包みこむ。

耳元でそっと囁いた。

「大事ございまん。セルジオ様を離しは致しません。初代様の胸の痛みを感じていらっしゃるのです。セルジオ様のお身体の痛みではありませんよ」

セルジオは小さく頷いた。

目の前の情景は白いユリが咲き乱れる中、大樹に寄り掛かるエリオスの最後の時へと変わっていた。

両腕でサファイヤの剣を抱え、愛おしそうに口づけをしている。

消え入りそうな声でサファイヤの剣に話しかけるエリオスの姿にセルジオは堪らず苦しそうな声を漏らした。

「うっうぅぅぅ」

バルドは胸を掴むセルジオの小さな手をそっと握った。

バルドが深淵に落ちたセルジオの救出に向かった時、初代セルジオは今、目にしている場所にいた。

一番に悔恨が残った場所だと言っていた。

セルジオが胸に痛みを覚えるのは当然の事なのだろう。

バルドはセルジオの小さな手を握ることしかできなかった。

目の前の情景はエリオスの消え入りそうな声を映し出している。

『セルジオ様・・・・後悔はなさいますな・・・・我らは皆・・・・セルジオ様にお仕えできて幸せでございます』

サファイヤの剣に頬を寄せ、想いを告げている。

『セルジオ様・・・私は幸せでありました。今ひと目、お姿を・・・お話しがしたかった・・・・』

エンジェラ河から上がる風に吹かれ、エリオスの金色の髪が揺れている。

最後の力を振り絞る様にエリオスは胸に抱いたサファイヤの剣を抱き寄せ、口づけた。

『・・・・セルジオ様の思うがままに・・・
セルジオ様・・・・私はいつも、いつまでも、あなた様のお傍におります。ご案じなさいますな・・・・我が・・・・あ・・・・』

息絶えたエリオスは幸せそうな微笑みを浮かべていた。

水辺の波は初代の心を映しているかの様に波立っている。

エリオスが絶命した場所の情景はウンディーネが初代に観せたもので、初代の記憶ではない。

初代が実際にこの情景を目にしていたならば、その痛みは計り知れないものとなっていただろう。

セルジオはそんなことを思いながら胸の痛みに耐えていた。

「セルジオ様っ!!」

隣でオスカーに抱えられていたエリオスが突然に大声を上げた。

痛みに耐えながらエリオスへ目をやると視線は水辺の初代へ向けられていた。

初代はゆっくりとエリオスへ顔を向ける。

大粒の涙が初代の頬を幾筋も伝っていた。

「セルジオ様っ!!」

エリオスは初代に駆け寄らんばかりにオスカーの手を振りほどこうとしている。

オスカーは必死でエリオスを抱き抱えた。

目の前に初代セルジオの姿があるとはいえ、時の狭間で不用意に動けばどこに飛ばされるか判らない。

そのことを重々承知しているはずのエリオスがここまで感情を露わにするとは。

祭場にいる全員がエリオスのらしからぬ行動に注視した。

初代は涙を拭い、エリオスへ微笑みを向ける。

「エリオス殿、すまぬな。今だに我はそなたに心配をかけている。すまぬな。その場にて見守ってくれ。頼む」

初代はすっと祭場外を流れる川の方へ向き直った。

エリオスは初代の言葉にはっとするとオスカーの抱き抱える両腕を掴んだ。

「オスカー、すまぬ。取り乱した」

オスカーはフルフルと首を振る。

エリオスは初代の背中に声を上げた。

「初代様、私は、かつての私も初代様が思い悩まれる事がなきように、ただ、その一心でお仕えしていたと思います。ですから、どうか、どうか、エリオスの死をご自身のせいなどと御心を傷めないで下さい。終生変わらずお側にと願ったのはエリオスの意志です。ですからっ!どうかっ!!」

ユラリッ・・・・
ザアァァァァ

ドームに響き渡ったエリオスの言葉に反応するかのように大樹にもたれ、絶命したエリオスの姿が見る見る水泡になっていく。

ザアァァァァ

水泡は初代が立つ水辺に雨粒の様に降り注いだ。

初代は両腕を広げ、水泡を浴びている。

水辺に落ちた水泡はキラキラと瞬きながら川へと下っていった。

絶命したエリオスの姿が水泡になるとセルジオは胸の痛みから解放された。

大きく息を吸い込み、バルドの顔を見上げ、コクリと一つ頷く。

どうやら無事に初代セルジオは悔恨を一つ、水に流すことができた様だ。

「解ったか」

ウンディーネの声がドームに響いた。

「お前が残す悔恨が今世の禍《わざわい》を生み出すということを理解したか。今世のエリオスがおらねばお前はこの悔恨を水に流すことはできなんだ。次は誰の助けも入らぬ。お前自身がお前を受け入れ、弱さを認め、今世のセルジオの中で眠る覚悟を持たねば悔恨を水に流すこと等できぬぞ。今世のセルジオがお前の痛みを共に感じていることを忘れるな」

ウンディーネの言葉に初代はセルジオへ目を向けた。

つい、先ほどまで耐え難い痛みに襲われていたセルジオだったが、力強い視線を初代へ向ける。

口元を動かし小さく呟いた。

「大事ございません。初代様の痛みを共に味わいます」

セルジオは胸に左手を添え、頭を下げた。



【春華のひとり言】

今日もお読み頂きありがとうございます。

始まりましたっ!
初代セルジオの悔恨を水に流す儀式、悔恨の浄化。

痛みを共有する幼い今世のセルジオがいじらしいです。

エリオスが絶命する一つ目の初代の悔恨の回は

「第2章 第32話:インシデント29 初代の追憶」

悔恨の発端となった初代セルジオとエリオスの言い争う場面は

「第3章 第15話ラドフォール騎士団3:初代の追憶2」

となります。
振り返りでお読み頂けますと初代の悔恨の強さを感じて頂けると思います。

次回は初代セルジオが愛した光と炎の魔導士オーロラが登場します。

次回もよろしくお願い致します。
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