とある騎士の遠い記憶

春華(syunka)

文字の大きさ
上 下
159 / 216
第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~

第95話 聖水の泉2

しおりを挟む
木々が生い茂る街道沿いを進むと小山に囲まれた木組みの家が立ち並んでいる。

ブラウ村の入り口は木組みの家壁が城壁の役目を果たしていた。

石畳で整えられた道、木組の建物が立ち並ぶ街並みは村と言うより街の様だった。

夕陽が山間に沈もうとしている。

木組の家々から漏れる明かりが、薄暗くなった石畳を照らしまるで王都の街燈の様だった。

バルドとオスカーは少し上り坂になっている街道を真っすぐ西へ進んだ。

ブラウ村の中央広場に設置されている円形の噴水を通り過ぎ、更に西へ上り坂を進む。

辺りはすっかり暗くなっていた。

木組みの家々が途絶えるとバルドとオスカーは小さなランタンを灯した。

ランタンの灯が前方の真白な壁を映しだす。

分厚い木枠の両扉が片方だけ開かれている。

馬の蹄に気が付いたのか黒のカソックを纏った3人の司祭が開かれた片方の扉から姿を現した。

先頭にいる1人が扉の入り口で深々と頭を下げている。

後ろに続く2人はランタンで扉の入り口を照らしていた。

入り口の中から松明で照らされた修道院内の道が真っ白な雪の小道の様に見えた。

カツッカツッカツッ・・・・
カツッカツッカツッ・・・・

ストンッ
ストンッ

バルドとオスカーは馬から下りるとセルジオとエリオスを伴い3人の司祭の前に進み出た。

先頭の1人が顔を上げる。

「青き血が流れるコマンドールと守護の騎士様、ブレン修道院へようこそお越し下さいました。私は修道院を預かる院長クロードと申します。こちらに控えるはミゲルとヤンでございます。ご滞在中はこの者達が一切のお世話を致します。何なりとお申し付け下さい」

「ミゲルにございます」
「ヤンにございます」

司祭の言葉に2人の助祭が挨拶をする。

セルジオは慣れた所作で呼応した。

「クロード殿、歓迎感謝いたします。私はセルジオ、隣に控えますのがエリオス、我が師バルド、エリオスの師オスカーにございます。ラドフォール公爵家ポルデュラ様よりブラウ村に立ち寄り心身を清めよとのことで立ち寄らせて頂きました。どうぞ、よろしくお願いいたします」

西の屋敷を出立した当初のたどたどしさは全く感じられない。

立ち寄った目的も誰からの指示なのかも伝えられている。

成長したセルジオの挨拶にバルドとオスカーは目を細めた。

クロードが呼応する。

「ポルデュラ様より委細伺っております。今宵はまず長旅のお疲れを癒されて下さい。夕食のご用意もできております。さっさ、どうぞこちらへ」

クロードは修道院の中へ4人を誘った。

6月初旬は昼夜の気温差があり、日が沈むと途端に肌寒く感じる。

バルドとオスカーはセルジオとエリオスの身体が冷えるのを気遣っていた。

「クロード殿、大変厚かましいお願いではありますが、先に湯浴みをさせて頂く訳にはまいりませんか?」

バルドは馬の背から荷物を下ろし、手綱をミゲルに預けるとクロードへ申し訳なさそうに伝える。

クロードはセルジオとエリオスが小刻みに身体を震わせている様子を目にするとすぐさま湯殿に案内をした。


温泉でしっかり身体を温めた4人は修道院の食堂へ向かった。

ブラウ村が隣国エフェラル帝国と陸路を結ぶ街道に隣接していることもあり、騎士団城塞の様な造りになっている。

背の低い城壁の様な壁と分厚い扉で仕切られている外観は有事の際に村人を保護できる備えとなるのだろう。

バルドは回廊を進みながらセルジオとエリオスへブラウ修道院の役割を伝えていった。

食堂棟の扉を開けると香ばしい鶏の香草焼きの香りが鼻腔をくすぐった。

セルジオはバルドを見上げて嬉しそうな顔をする。

セルジオは年頃の表情を浮かられる程に感情が表に出る様になっていた。

バルドは優しい微笑みを向ける。

セルジオは「鶏の香草焼きだ」と小声で伝える。

バルドも小声で「左様ですね」と呼応した。

修道院の者達は食事を終えた様でテーブルには4人の食事が用意されていた。

ミゲルとヤンが厨房から顔を出した。

4人が席に着くのを待つと温かいスープを給仕が運ぶ。

セルジオ達は修道院では修道院の作法に従っていた。

食前の祈りを捧げてから食事に手をつけた。

食事が終わり食後の祈りを捧げるとクロードが静かに食堂に入ってきた。

「いかがでございましたか?ポルデュラ様よりセルジオ様の好物をお知らせ頂きました。調理の者が腕を振るいました。お口に合いましたか?」

穏やかな口調でセルジオへ語り掛ける。

「はい、大変美味しく頂きました。鶏の肉も柔らかく口の中でほろりとほぐれる程でした。感謝もうします」

セルジオは両手を結び丁寧に呼応した。

クロードはそんなセルジオをじっと見つめる。

セルジオを見てると言うよりはセルジオのを観ている様だとバルドは感じていた。

「それはようございました」

クロードはバルドの視線にハッとすると少し遅れてセルジオの言葉に呼応した。

何か言い淀んでいるようなクロードの素振りを察したバルドは静かに語り掛ける。

「クロード殿、我らはポルデュラ様よりと命を受けこちらへ伺いました。ポルデュラ様は何と仰ってみえましたか?」

バルドは深い紫色の瞳でじっとクロードを見つめた。

クロードはバルドの問いに胸の前で十字を切った。

少し深く息を吸うとゆっくりと息を吐きだす。

相当に言いにくいことなのだろう。

バルドはオスカーと顔を見合わせた。

「クロード殿、我らへの遠慮、特にセルジオ様への遠慮は無用にございます。ポルデュラ様より伺われたこと全てお話下さい。躊躇うことなどございません。我らを案じて下さるのであれば尚の事、ポルデュラ様からのお言葉をそのままお聴かせ頂きたい」

バルドの言葉にクロードはチラリとセルジオへ目を向けた。

一つ溜息を吐く。

「腰を下ろさせて頂いてもよろしいですか?」

時間を要する話なのだろうことが分かる。


「勿論です。どうぞ、お掛け下さい」

クロードは4人がテーブルを挟んで2人づつ座る北側の椅子に腰を下ろした。

もう一度胸の前で十字を切ると静かに話を始めた。

「ポルデュラ様はマデュラ子爵領に入る前に聖水の泉で皆様の心身を清めて欲しいとわざわざ我が修道院へ足を運ばれました」

バルドとオスカーは驚いた。

ポルデュラが先にこの修道院へ来ていたことなど聞いていなかったからだ。

「自ずからの手にて聖水の泉より水をくみ上げ、神聖水4つ、作られました。皆様が心身を清め、マデュラ子爵領へ向かう際に渡して欲しいと言伝をされて」

クロードは再び大きく息を吸い、ゆっくり吐き出した。

「聖水だけでは足りぬと仰ってみえました。神聖水でなければ役に立たぬと」

クロードはセルジオの背後に目を向けた。

「マデュラ子爵領へ入ればセルジオ様の内に眠る初代様が必ず目を覚まされる。いえ、意思を持って目覚めるのではなく、外側からの力で目覚めさせられると。封印が解けるものではないが、今のセルジオ様では目覚められた初代様の珠に飲み込まれかねないと。そうなればセルジオ様の心が割れると申されました」

バルドの身体はピクリっと強張った。

「ポルデュラ様はこうも申されました。必然は避けられぬと。ならば、起きうることを知った上で対処すればよいと。セルジオ様の心が割れると知っていれば、割れぬ様に対処すればよいと。そのため我らに力を貸して欲しいと恐れ多いことに頭を下げられました。ポルデュラ様がそうまでされて守りたいと願うセルジオ様であれば我らはこの身をとしてでもできうることをせねばなりません」

クロードは力強くバルドとオスカーを見つめた。




【春華のひとり言】
今日もお読み頂き、ありがとうございます。

ポルデュラがセルジオを守るためにブラウ村を訪れていたことを聞かされたセルジオ達。

セルジオは周りにどれほど愛されているのかを知る回でした。

次回は『赤と青の因縁』の話となります。クロードが語る因縁の始まりの話。

初代セルジオの壮絶な最期もお楽しみください。

次回もよろしくお願いいたします。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

テレザとシェラと龍と御馳走 ~エレメンターズ冒険記~

テルー
ファンタジー
【第一部完結まで、約30万字を毎日更新】 読み応えのある、熱い王道バトルものになります。 幻導士(エレメンター)。それは自然現象を従え、強大な魔物や猛獣をも打ち倒す幻の存在……というのも今は昔。大戦から数千年、今やゴロツキもどきも珍しくなくなってしまった。 そんなご時世で貴重な「本物」であるテレザはある日、駆け出しのシェラと出会う。ド新人のシェラに知識や立ち回りを教えつつ、テレザはこれまで意識してこなかった「凡人」について考える。 天賦の才に喧嘩好き、正しく烈火のごとく生きるテレザ。無茶しがちなテレザに喰らいつくうち、シェラもまた幻導士として花開いていく。 巨獣を屠り、悪事を暴き、美味をいただく。二人の少女を中心に、豊かな世界に生きる幻導士達の戦いと出会いを描く物語。

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

女神の代わりに異世界漫遊  ~ほのぼの・まったり。時々、ざまぁ?~

大福にゃここ
ファンタジー
目の前に、女神を名乗る女性が立っていた。 麗しい彼女の願いは「自分の代わりに世界を見て欲しい」それだけ。 使命も何もなく、ただ、その世界で楽しく生きていくだけでいいらしい。 厳しい異世界で生き抜く為のスキルも色々と貰い、食いしん坊だけど優しくて可愛い従魔も一緒! 忙しくて自由のない女神の代わりに、異世界を楽しんでこよう♪ 13話目くらいから話が動きますので、気長にお付き合いください! 最初はとっつきにくいかもしれませんが、どうか続きを読んでみてくださいね^^ ※お気に入り登録や感想がとても励みになっています。 ありがとうございます!  (なかなかお返事書けなくてごめんなさい) ※小説家になろう様にも投稿しています

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます

里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。 だが実は、誰にも言えない理由があり…。 ※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。 全28話で完結。

処理中です...