とある騎士の遠い記憶

春華(syunka)

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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~

第95話 聖水の泉2

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木々が生い茂る街道沿いを進むと小山に囲まれた木組みの家が立ち並んでいる。

ブラウ村の入り口は木組みの家壁が城壁の役目を果たしていた。

石畳で整えられた道、木組の建物が立ち並ぶ街並みは村と言うより街の様だった。

夕陽が山間に沈もうとしている。

木組の家々から漏れる明かりが、薄暗くなった石畳を照らしまるで王都の街燈の様だった。

バルドとオスカーは少し上り坂になっている街道を真っすぐ西へ進んだ。

ブラウ村の中央広場に設置されている円形の噴水を通り過ぎ、更に西へ上り坂を進む。

辺りはすっかり暗くなっていた。

木組みの家々が途絶えるとバルドとオスカーは小さなランタンを灯した。

ランタンの灯が前方の真白な壁を映しだす。

分厚い木枠の両扉が片方だけ開かれている。

馬の蹄に気が付いたのか黒のカソックを纏った3人の司祭が開かれた片方の扉から姿を現した。

先頭にいる1人が扉の入り口で深々と頭を下げている。

後ろに続く2人はランタンで扉の入り口を照らしていた。

入り口の中から松明で照らされた修道院内の道が真っ白な雪の小道の様に見えた。

カツッカツッカツッ・・・・
カツッカツッカツッ・・・・

ストンッ
ストンッ

バルドとオスカーは馬から下りるとセルジオとエリオスを伴い3人の司祭の前に進み出た。

先頭の1人が顔を上げる。

「青き血が流れるコマンドールと守護の騎士様、ブレン修道院へようこそお越し下さいました。私は修道院を預かる院長クロードと申します。こちらに控えるはミゲルとヤンでございます。ご滞在中はこの者達が一切のお世話を致します。何なりとお申し付け下さい」

「ミゲルにございます」
「ヤンにございます」

司祭の言葉に2人の助祭が挨拶をする。

セルジオは慣れた所作で呼応した。

「クロード殿、歓迎感謝いたします。私はセルジオ、隣に控えますのがエリオス、我が師バルド、エリオスの師オスカーにございます。ラドフォール公爵家ポルデュラ様よりブラウ村に立ち寄り心身を清めよとのことで立ち寄らせて頂きました。どうぞ、よろしくお願いいたします」

西の屋敷を出立した当初のたどたどしさは全く感じられない。

立ち寄った目的も誰からの指示なのかも伝えられている。

成長したセルジオの挨拶にバルドとオスカーは目を細めた。

クロードが呼応する。

「ポルデュラ様より委細伺っております。今宵はまず長旅のお疲れを癒されて下さい。夕食のご用意もできております。さっさ、どうぞこちらへ」

クロードは修道院の中へ4人を誘った。

6月初旬は昼夜の気温差があり、日が沈むと途端に肌寒く感じる。

バルドとオスカーはセルジオとエリオスの身体が冷えるのを気遣っていた。

「クロード殿、大変厚かましいお願いではありますが、先に湯浴みをさせて頂く訳にはまいりませんか?」

バルドは馬の背から荷物を下ろし、手綱をミゲルに預けるとクロードへ申し訳なさそうに伝える。

クロードはセルジオとエリオスが小刻みに身体を震わせている様子を目にするとすぐさま湯殿に案内をした。


温泉でしっかり身体を温めた4人は修道院の食堂へ向かった。

ブラウ村が隣国エフェラル帝国と陸路を結ぶ街道に隣接していることもあり、騎士団城塞の様な造りになっている。

背の低い城壁の様な壁と分厚い扉で仕切られている外観は有事の際に村人を保護できる備えとなるのだろう。

バルドは回廊を進みながらセルジオとエリオスへブラウ修道院の役割を伝えていった。

食堂棟の扉を開けると香ばしい鶏の香草焼きの香りが鼻腔をくすぐった。

セルジオはバルドを見上げて嬉しそうな顔をする。

セルジオは年頃の表情を浮かられる程に感情が表に出る様になっていた。

バルドは優しい微笑みを向ける。

セルジオは「鶏の香草焼きだ」と小声で伝える。

バルドも小声で「左様ですね」と呼応した。

修道院の者達は食事を終えた様でテーブルには4人の食事が用意されていた。

ミゲルとヤンが厨房から顔を出した。

4人が席に着くのを待つと温かいスープを給仕が運ぶ。

セルジオ達は修道院では修道院の作法に従っていた。

食前の祈りを捧げてから食事に手をつけた。

食事が終わり食後の祈りを捧げるとクロードが静かに食堂に入ってきた。

「いかがでございましたか?ポルデュラ様よりセルジオ様の好物をお知らせ頂きました。調理の者が腕を振るいました。お口に合いましたか?」

穏やかな口調でセルジオへ語り掛ける。

「はい、大変美味しく頂きました。鶏の肉も柔らかく口の中でほろりとほぐれる程でした。感謝もうします」

セルジオは両手を結び丁寧に呼応した。

クロードはそんなセルジオをじっと見つめる。

セルジオを見てると言うよりはセルジオのを観ている様だとバルドは感じていた。

「それはようございました」

クロードはバルドの視線にハッとすると少し遅れてセルジオの言葉に呼応した。

何か言い淀んでいるようなクロードの素振りを察したバルドは静かに語り掛ける。

「クロード殿、我らはポルデュラ様よりと命を受けこちらへ伺いました。ポルデュラ様は何と仰ってみえましたか?」

バルドは深い紫色の瞳でじっとクロードを見つめた。

クロードはバルドの問いに胸の前で十字を切った。

少し深く息を吸うとゆっくりと息を吐きだす。

相当に言いにくいことなのだろう。

バルドはオスカーと顔を見合わせた。

「クロード殿、我らへの遠慮、特にセルジオ様への遠慮は無用にございます。ポルデュラ様より伺われたこと全てお話下さい。躊躇うことなどございません。我らを案じて下さるのであれば尚の事、ポルデュラ様からのお言葉をそのままお聴かせ頂きたい」

バルドの言葉にクロードはチラリとセルジオへ目を向けた。

一つ溜息を吐く。

「腰を下ろさせて頂いてもよろしいですか?」

時間を要する話なのだろうことが分かる。


「勿論です。どうぞ、お掛け下さい」

クロードは4人がテーブルを挟んで2人づつ座る北側の椅子に腰を下ろした。

もう一度胸の前で十字を切ると静かに話を始めた。

「ポルデュラ様はマデュラ子爵領に入る前に聖水の泉で皆様の心身を清めて欲しいとわざわざ我が修道院へ足を運ばれました」

バルドとオスカーは驚いた。

ポルデュラが先にこの修道院へ来ていたことなど聞いていなかったからだ。

「自ずからの手にて聖水の泉より水をくみ上げ、神聖水4つ、作られました。皆様が心身を清め、マデュラ子爵領へ向かう際に渡して欲しいと言伝をされて」

クロードは再び大きく息を吸い、ゆっくり吐き出した。

「聖水だけでは足りぬと仰ってみえました。神聖水でなければ役に立たぬと」

クロードはセルジオの背後に目を向けた。

「マデュラ子爵領へ入ればセルジオ様の内に眠る初代様が必ず目を覚まされる。いえ、意思を持って目覚めるのではなく、外側からの力で目覚めさせられると。封印が解けるものではないが、今のセルジオ様では目覚められた初代様の珠に飲み込まれかねないと。そうなればセルジオ様の心が割れると申されました」

バルドの身体はピクリっと強張った。

「ポルデュラ様はこうも申されました。必然は避けられぬと。ならば、起きうることを知った上で対処すればよいと。セルジオ様の心が割れると知っていれば、割れぬ様に対処すればよいと。そのため我らに力を貸して欲しいと恐れ多いことに頭を下げられました。ポルデュラ様がそうまでされて守りたいと願うセルジオ様であれば我らはこの身をとしてでもできうることをせねばなりません」

クロードは力強くバルドとオスカーを見つめた。




【春華のひとり言】
今日もお読み頂き、ありがとうございます。

ポルデュラがセルジオを守るためにブラウ村を訪れていたことを聞かされたセルジオ達。

セルジオは周りにどれほど愛されているのかを知る回でした。

次回は『赤と青の因縁』の話となります。クロードが語る因縁の始まりの話。

初代セルジオの壮絶な最期もお楽しみください。

次回もよろしくお願いいたします。
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