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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~

第88話 再来の伝播

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セルジオとエリオスは鳴り響く拍手喝采の中、北側観覧席、中二階特別席にクレメンテ伯爵の隣にいるクリソプ男爵へ目を向けた。

人形の黒い靄がゆらゆらと揺らめき、赤黒く変色し出している。

クリソプ男爵の表情は忌々し気で全身がフルフルと震えている様に見えた。

暫くするとプイッと顔をそむけ、クレメンテ伯爵に何やら耳打ちをしている。

クレメンテ伯爵は静かに頷くと北側観覧席、中二階特別席の出入口からクリソプ男爵を伴い、護衛を従え退席していった。

セルジオとエリオスは赤黒く変色したクリソプ男爵の背後に浮かぶ靄をじっと見つめていた。

「おいっ!!お前らっ!!」

セルジオとエリオスが振り向くといつの間にか後ろに司会の男が仁王立ちに立っていた。

恐ろしいものでも見る様な眼で見下みおろしている。

セルジオとエリオスが身体を司会の男に向けると男は驚き、慌てて二三歩2人から離れた。

その様子にセルジオとエリオスは首をかしげる。

「ひっ!!!」

首を傾げただけのセルジオとエリオスに司会の男は悲鳴を上げた。

2人は顔を見合わせる。

セルジオもエリオスも身体から湧き立つ炎と光は既に消えている。

何をそんなに怯えているのか不思議でならなかった。

司会の男はおどおどとしながらセルジオとエリオスへ闘技場の中央に立つように言った。

「おっ、お前らっ、もう、余興は終わったんだっ!俺に手出しはするなよっ!中央に行けっ!観覧席の四方に手を振れっ!」

「わかった」

セルジオとエリオスは司会の男に呼応すると短剣を腰巻の左右に収めようと握り手を返した。

「ひぃぃぃ!!!やめろっ!その短剣はくれてやるからっ!俺を殺さないでくれっ!!」

ドスンッ!!!

司会の男は大げさに尻もちをつき、身体を丸めてセルジオとエリオスへ懇願した。

拍手喝采で湧く観覧席が司会の男の様子にどよめき、再び静まりかえる。

セルジオは司会の男に手をかそうと近づいた。

「何を申しているのだ?そなたを殺すことなどしない。獅子と戦うことだけでよいのであろう?」

司会の男はセルジオが近づくと更に怯えた様子で身体を丸め絶叫した。

「申し訳ありませんでしたっ!!!知らなかったのですっ!あなた様が青き血が流れるコマンドールだと知らなかったのですっ!髪の色も長さも違うからっ!知らなかったのですっ!おまけに守護の騎士様もご一緒だとはっ!!知らなかったのですっ!!お許し下さいっ!!!」

「・・・ザワッザワッ・・・・」

男の言葉に観覧席が騒めく。

観覧席の騒めきに応じる様に男は更に絶叫した。

「私はっ!言われただけなのですっ!余興の世話を任されただけなのですっ!だからっ!国のっ!シュタイン王国の宝を傷つけようとしたわけではありませんっ!!!お許し下さいっ!!」

ブルブルと全身を震わせ男は詫びの言葉を言い続けた。

観覧席のどよめきが大きくなる。

「青き血が流れるコマンドールだと?あの伝説の?確かに青白い炎が身体から湧き上がっていたな・・・・」

「そう申していましたよね・・・・再来したとの噂はありましたが・・・・あの子弟が?」

「あのように小さき子らが獅子を倒したのですよ。青き血が流れるコマンドールであれば納得できます」

「なんとっ!再来は真であったのかっ!」

口々に驚愕の言葉とともに観覧席のどよめきが波紋の様に広がっていく。

「しかし、獅子を倒したからよかったものの下手をすれば・・・・クレメンテ伯爵はご存知だったのか?」

「この場に居合わせた事が露呈すれば、我らにも罰が下るのでは?」

「!!!その様な・・・・仮にそうだとしたら・・・・」

「シュタイン王国の宝を傷つける事に加担したと見なされれば・・・・」

「罰は8つの禁忌どころではありませんよっ!!殺してくれと懇願した方がましな罰だと聞いています」

「ここから早々に退散した方がよいのでは?」

「しかし、奴隷がまだ手元に・・・・」

「奴隷と自分の命とどちらが大切か、秤にかけずとも・・・・」

先ほどまで歓喜に湧いていた観覧席に不安の色が広がり出した。

司会の男はブルブルと身体を震わせうずくまっている。

セルジオとエリオスは観覧席のどよめきに気を留めるでもなく司会の男に言われた様に四方に向けて手を振りはじめた。

司会の男は観覧席に手を振る2人から数歩離れた所でうずくまりブツブツと何やら呟いている。

「俺のせいじゃないっ!俺は何もしていないっ!主はなぜ俺を置いていった。余興にと送り込んだのは主じゃないかっ!俺がせめを負うのか?そんなっ!嫌だっ!ならば・・・・こいつらが初めからいなかった事にっ!!!」

ガバッ!!!

セルジオとエリオスが司会の男に背を向けた瞬間、男は勢いよく起き上がった。

腰に携えていた飾りの短剣を抜くとセルジオの頭頂部目掛けて振り下ろした。

キィンンンン!!!!
バリッバリッバリッ!!!!

耳をつんざく音と共に真っ赤な氷が司会の男の身体を覆った。

ザザッ!!!
ザザザッツ!!!

黒のマスクに軽装備の鎧を身に付けた10人程の集団が観覧席から闘技場へ次々下りるとセルジオとエリオスを囲み守る様に陣取った。

「・・・・」

セルジオとエリオスは黒の集団の後ろ姿を見上げる。

見覚えのある赤茶色の髪とその後ろ姿はセルジオとエリオスを闘技場まで連れ立った見張の男の様だった。

西側観覧席、中二階の特別席にいたアロイスが大声を上げる。

「我が名はシュタイン王国、ラドフォール騎士団団長、アロイス・ド・ラドフォール。王都騎士団総長の命によりこの場を収めにまいった。闘技場中央に赤く染まる氷で佇む男は獅子の血で制裁を受けた。罪名は我がシュタイン王国を安寧に導くため再来を果たした青き血が流れるコマンドールに対する暴虐。しかと見届けられよ」

アロイスはここで青き血が流れるコマンドールがした事実を公儀のものとした。

更にこの先、セルジオに危害を加える事があれば王国からの制裁が下る事を知らしめるための策だった。

「そして、この場に身を置く我が国の禁忌を犯す者達、速やかに立ち去ればこれまでのとがは見逃すこととしよう。されど、再び我が国への冒涜あらばその時は容赦はしない。赤く染まる氷で佇む男同様、生あるままその身が朽ち果てる地獄を味合うこととなろう。我が国で手にした物、人、全てを手放し、身一つで早々に退散せよ。さもなくば我が国への冒涜として処罰する。早々に立ち去れっ!!!」

バッ!!!

アロイスは大きく左手を払い、横たわる獅子の体内にある水分を全て蒸発させた。

一瞬の内に骨と干乾びた皮だけになった獅子を目にした観覧席の人々は慌てふためき出入口に殺到する。

地下闘技場から地上へ出ると我先にと自前の馬車に乗り込み、東の館から逃げる様に退散していった。

アロイスは傍らで膝まづくバルドとオスカーに微笑みを向ける。

「バルド殿、オスカー殿、セルジオ殿とエリオス殿の元へお行き下さい。後の事は我らラドフォール騎士団、影部隊シャッテンが引き受けます」

「はっ!!」
「はっ!!」

バルドとオスカーは呼応すると観覧席の取っ手に足をかけた。

後ろからアロイスが呼び止める。

「そうそう、今しばらく東の館に留まって下さい。セルジオ殿とエリオス殿が捕えられていた部屋に影部隊シャッテンがご案内します。そちらでお待ちを」

「承知しました。数々のお計らい感謝申します。御礼は後ほど改めて」

バルドとオスカーは左手を胸に置き、頭を下げると西側観覧席、中二階の特別席からヒラリと闘技場へ下り立ちセルジオとエリオスの元へ駆けていった。


この後、東の館から着の身着のまま逃げ去った者達がシュタイン王国伝説の騎士、青き血が流れるコマンドールの再来とその武勇を口伝えに広めていく。

噂は徐々に広がり、シュタイン王国の国外から国内に伝播をしていった。

アロイスの狙いは功を奏した様に見えた。

しかし、セルジオの存在を疎ましく思う、実父ハインリヒと100有余年前の因縁を引きずる黒魔術の持ち主マデュラ子爵現当主マルギットにもはや猶予のない事を知らしめる結果を招く事になる。

貴族騎士団巡回の旅でマデデュラ子爵領を訪れる半年先、セルジオとエリオスに再び魔の手が忍び寄る。

獅子との戦いに勝利し、シュタイン王国東にはびこる『歪み』の粛正目前で根深くはびこる黒い感情が滅んでいないなどアロイスは知る由もなかった。



【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。

青き血が流れるコマンドールの再来をアロイスが公儀の事としました。

今後、セルジオに危険が迫る事を最小限にするための方策も講じた正攻法のやり方で・・・・

居合わせた人々のほとんどが王国外の貴族や商人たち。

アロイスの方策は吉と出るのか?凶となるのか?

まだまだ、旅は続いていきます。ご一緒して頂けると嬉しいです。

次回は『東の歪み』が粛正されます。

次回もよろしくお願い致します。

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