とある騎士の遠い記憶

春華(syunka)

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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~

第81話 余興

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ファサッ・・・・
カチャッカチャッ・・・・

「首周りはきつくはございませんか?」

饗宴で貴族の子弟が身に付ける衣服をアデルはセルジオに着せていた。

バシッ!!!

「おいっ!!余計な事は話すなと言っただろう!!」

見張の男が鞭を床に叩きつける。

セルジオとエリオスに奴隷の城館で育てられている子らの助けを乞うた時からアデルが入室する度に見張が就くようになっていた。

大きなガラス窓から夕陽が射し込む。

セルジオとエリオスが奴隷の城館に囚われてから三日目の夕方を迎えていた。

「どこも、きつくはない」

セルジオは鞭の音に反応する事なく、アデルの問いかけに静かに呼応した。

淡い緑色に銀色の縁取りがされている饗宴用の衣服は、身動きが取りにくく感じる。

セルジオとエリオスはアデルと見張が入室する時以外は、部屋の中でできうる限りの訓練を怠らなかった。

武器となる様な物は一切ない訓練は生まれて初めてのことだ。
二人は柔軟と体術の手合わせに集中をした。

セルジオとエリオスの着替えを眺めていた見張はニヤリと笑う。

「今宵の余興は、久しぶりに楽しめそうだな。男爵も粋な計らいをするものだ。我らも楽しませてもらおう・・・・クックックッ・・・・」

見張は喉奥でいやらしい笑いを浮かべる。

商人でも騎士や従士でもない独特の雰囲気にエリオスは『野盗』の言葉が頭に浮かんでいた。

今思えは囚われた日に見た赤茶色の髪の男は、どことなく騎士の様だったと思い返す。

赤茶色の髪の男は、あの時に一度見かけただけで以来、姿を見せていない。

エリオスはやけに印象に残っている赤茶色の髪の男と目の前の見張の男を比べ、この男からならば屋敷の様子が聞き出せると直感の様なものを感じた。

見張の男の言葉にまずは余興とやらの探りを入れることにする。

「その様に楽しみにされている余興とはどの様なものなのですか?」

セルジオと同じ様に淡い緑色に銀色の縁取りがされた饗宴用の衣服に着替え終えるとエリオスは姿勢を正し見張に問いかけた。

見張は口元を歪めエリオスへ目を向ける。

「そうか、そうか、聞きたいか。そうだなぁ、聞かせて泣かれても困るしなぁ・・・・」

見張はニヤニヤと笑いを浮かべ左手で顎を撫でながら天井を見上げた。

「・・・・」

エリオスは着せられた衣服から自分達も饗宴に参席するのだと思っていた。

しかし、見張の今の言葉に自分達が余興の当事者であると察する。

無言で見つめるエリオスへチラリと目を向けると見張はまた喉を鳴らして笑った。

「まぁ、いいかぁ。そうだな、話してやろう。お前ら弱肉強食って知ってるか?」

見張はエリオスへグイッと顔を近づけた。

「弱いものが強いものに食われるってことだ。南の国からご主人に贈り物があってなぁ、大きな獅子だ。ライオンって言うらしい。その獅子が腹を空かせているんだそうだ]

「だがな、粋のいい獲物しか食わないんだと。狩りの本能ってやつだな。草むらに隠れている獲物が飛び出す瞬間を狙って狩りをするらしいんだ。その姿が勇猛果敢な騎士の様なんだと」

「喉元に食らいついて一撃で仕留め、はらわたを引き出して食べるんだと。首を落とす騎士の戦い方そのものだろう?だがな、なかなかその瞬間を観る事はできないんだなぁ・・・・」

見張は再びニヤリと笑った。

「お貴族様は、刺激を求めているんだなぁ。自分は安全な場所にいながら刺激だけが欲しい、大層なご趣味だと思わんか?」

チラリとセルジオとエリオスを見る。

「まぁ、獲物にしては少し小さいかもしれんがなぁ、薄緑色の服が真っ赤な血で染まる様がたまらなく刺激があるんだろうよ」

セルジオの衣服のボタンを止めながら話しを聞いていたアデルの手がフルフルと震えている。

どうにかしてセルジオとエリオスを逃がす事はできないかと模索していたが、察した見張が、アデルが入室する度に同席した。

いたたまれず、アデルはセルジオの衣服をギュッと握る。

そんなアデルにセルジオはそっと耳打ちをした。

「アデル殿、我らは大事ございません。何が起ころうと我らはここで命を落とす訳にはいかぬのです」

ピクリッ・・・・
コクンッ・・・・

アデルは見張に気付かれない様に一つ静かに頷いた。

「お前らどこぞの貴族だろう?俺らとは生まれも育ちも違うってことくらい、お前らの動きを観ていたら解るさっ。食べ物にも寝る場所にも困ったことがない奴らの動きだ。そこにある事が当たり前の生き方をしてきた奴らだ」

グッ!!!

見張はグイッとエリオスの胸倉を掴んだ。

「そんな奴らが自分の身体より大きな獅子を前にして逃げ惑う姿が堪らなく楽しみだっ!せいぜい、皆からの歓声が上がる様にしてくれよっ!楽しみだなぁ・・・・クックックッ・・・・」

バサッ・・・・

見張は掴んでいたエリオスを無造作に突き放した。

トサッ!!!

エリオスは反動で二三歩後ろへ下がると敢えて尻もちをついて見せた。

「クックックッ・・・・その程度で尻もちをつくなんざ・・・・益々、見ものだな・・・・」

見張はニヤニヤと床に手をつくエリオスを見下みおろした。

「おいっ、アデルっ!!さっさとしろよっ!お客が食事を終えたらこいつらの出番だからなっ!会場へは俺が連れて行く。お前は、お貴族様の愛玩候補の支度にいけっ!ぼやぼやするなっ!」

セルジオの衣服を着せ終えたアデルに見張は
次の準備にかかるよう舌打ちまじりに指示を出す。

「・・・・かしこまりました」

アデルはセルジオとエリオスへ困惑の表情を向けると静かに部屋から退出した。

アデルの退出を見届けると見張は扉の横に置かれたソファにドサッと腰を下す。

饗宴用の衣服に身を包んだセルジオとエリオスを上目づかいで見ると再びニヤリと笑った。

「・・・・まぁ、勿体なくもあるなぁ、お前らの容姿はお貴族様の好みでもある。獅子に食わせるには惜しいと言う奴もいるかもなぁ・・・・なんにしてもここでは最後の食事だ。服を汚すなよっ!さっさと食っちまえっ!」

アデルが準備したテーブルの料理を顎をグイッと上げて指し示す。

「時間になるまで俺は少し眠る・・・・」

見張がソファに身体をうずめた。

ポソリと言う。

「・・・いいか、残すなよ・・・飢えずにいられることほど・・・さっさと食え・・・・」

見張はスースーと寝息を立てだした。



コツッコツッ・・・・
チャリッ チャリッ チャリッ・・・・

コツッコツッ・・・・
チャリッ チャリッ チャリッ・・・・

冷たい空気が漂う地下道を手鎖をはめられたセルジオとエリオスは進んでいた。

履き慣れない堅い革の靴音がコツコツと地下道に響く。

この屋敷での最後の食事だと言われた料理を残さず食べた空の皿を見ると見張は少し満足そうな顔をした。

暫くすると部屋の扉が二回ドンドンと叩かれ、外側から鍵を開ける音が聞こえた。

チャリチャリと音を立て手鎖を持ち現れたのは、エリオスが目覚めた時に目にした赤茶色の髪の男だった。

男は見張を一瞥すると大きなガラス窓の外を眺めていたセルジオとエリオスへ歩み寄った。

見張が近づく。

「お前ら両手を出せ」

両手首を合わせた格好を見せ、見張は赤茶色の髪の男に鎖をはめる様、顎で指示した。

ガチャッガチャッ・・・・
ガチャッガチャッ・・・・

セルジオとエリオスの小さな両手首に手鎖がはめられる。

見張はニヤリと顔を歪めると「いよいよだな」と喉を鳴らした。

赤茶色の髪の男の正面に立つと見張は口元を大きく動かした。

「俺は客席に向かう。お前はこいつらを会場まで連れていけ」

コクンッ!

赤茶色の髪の男は言葉を発する事なくコクリと頷いた。

見張はセルジオとエリオスへニヤニヤとした顔を向ける。

「お前ら逃げようとしても無駄だぞ。こいつは耳も聞こえない、口もきけない、だけどな、力だけは強いんだなぁ。お前らの首なんざ一ひねりでポキリと折れるぞ。大人しく、獅子のエサになれよ。俺は客席でお前らが獅子に食われていくのを楽しませてもらうからなぁ」

クイッ!!
クイッ!!

見張はセルジオとエリオスの顎を人差し指で上向かせる。

ニヤッと笑うと赤茶色の髪の男に連れて行く様、顎で指示した。



コツッコツッ・・・・
チャリッ チャリッ チャリッ・・・・

コツッコツッ・・・・
チャリッ チャリッ チャリッ・・・・

地下道を先に進む赤茶色の髪の男の足の間からアーチ形の明かりが見えた。

セルジオとエリオスは顔を見合わせる。

二人は落ちついた面持ちでいた。

これから起こる見たこともない獅子との戦闘になぜか負ける気がしていなかった。

アーチ形の明りの先に目を向けるとセルジオとエリオスは頷き合った。

『大事ない』

セルジオは口を動かし、エリオスへ微笑みを向けた。

『はっ!』

エリオスも首を大きく縦に振り呼応する。

二人は微笑み合った。

ザワッザワッ・・・・
ザワッザワッ・・・・

アーチ形の明かりが徐々に大きくなると大勢の人のざわめきが聞えてきた。

ピタリッ!!!

赤茶色の髪の男がアーチ形の出入口の少し手前でピタリと止まった。

スッ・・・・

後ろを振り返り、膝を折る。

ガチャッガチャッ・・・・
ガチャンッ!

ガチャッガチャッ・・・・
ガチャンッ!

セルジオとエリオスがはめられていた手鎖を外した。

「・・・・」

無言でセルジオとエリオスの深く青い瞳を見つめる。

アーチ形の出入口からは見えない様にそっと左手を胸にあてる。

軽く頭を下げ、目を閉じると「ご武運を」と口元を動かさずに小さく呟いた。

サッ!!

静かに立ち上がるとセルジオとエリオスの背後に回った。

見張から耳も聞こえない、口もきけないと聞いていた赤茶色の髪の男が発した言葉にセルジオとエリオスは一瞬驚いた。

エリオスがこの屋敷で目覚めた時も赤茶色の髪の男は同じ様に口元を動かさずに言葉を発していた。

二人は男を目で追う。

トンッ!!!
トンッ!!!

赤茶色の髪の男は二人の視線には目もくれずセルジオとエリオスの背中を押した。

押されるままにアーチ形の出入口から外へ出る。

「ワァァァァァ」
「ワアァァァァ」

地下に造れた円形競技場に歓声が上がった。




【春華のひとり言】

今日もお読み頂きありがとうございます。

『余興』が始まりましたっ!

獅子ライオンのエサとなる様、仕向けられた『余興』にセルジオとエリオスは立ち向かいます。

バルト、オスカーとアロイスは二人の救出に間に合うのか?!

次回もよろしくお願いいたします。
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