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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~
第80話 フェルディの脱出
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カリソベリル騎士団第一隊長フェルディは、バルトとオスカーに誘われ、ラルフ商会荷受の小部屋に入った。
ガタッガタッ!!!
ババッ!!!
扉が閉まるなり、バルトとオスカーの前で膝まづく。
「バルト殿っ!、オスカー殿っ!私はっ!取り返しのつかぬ事をいたしましたっ!セルジオ様とエリオス様が突如お姿を消されてっ!暫く辺りを探しましたが、見つける事ができずにこちらへっ!!!!」
打ちひしがれ、膝の上に置いた両手がブルブルと震えている。
「オッシ殿にアドラー様へ捜索隊を編成して頂く様お願いはしましたが・・・・クリソプの領内で・・・・申し訳ございませんっ!!!どうかっ!私の首をっ!首を落とし、セルジオ騎士団団長へお渡し下さいっ!!!」
シャンッ!!!!
フェルディは腰に携えている剣を抜くとバルトへ差し出した。
バルトとオスカーは顔を見合わせる。
セルジオとエリオスと離れての滞在となるクリソプ男爵領で、二人が拉致される可能性が高いと予想し、対応策は講じてきた。
そして、予想が現実の事となった今、バルトとオスカーは覚悟を決めた。
バルトとオスカーは膝まづくフェルディの前に傅いた。
「フェルディ様、どうか剣をお納め下さい。我らが主の事、大切に思って下さり感謝もうします」
バルトとオスカーは左手を胸の前に置き、深々と頭を下げる。
フェルディは二人の様子に驚き顔を上げた。
責められはすれど感謝をされるとは思っていなかったのだ。
「我らの主が姿を消した際、傍にいて下さったのがフェルディ様でよかったと存じます。もし、我らが同道していれば近くを行き交う関わりのない者達を巻き込み、この街の日常を奪う事になったやもしれません。早々に捜索隊の編成までご指示下さり、感謝の申しようもござません。どうぞ、剣をお納め下さい」
バルトとオスカーは今一度、深々と頭を下げた。
ラルフ商会のベンノが3人に椅子を勧める。
「よろしればお掛け下さい。水をお持ちします。まずは、喉を潤して下さいませ」
ベンノはニコリと微笑み小部屋の外へ顔を出すとバーバラに水差しとコップを3つ運ぶ様に指示をした。
コトンッ
ベンノは必死でセルジオとエリオスを探していたであろうフェルディの前へ水の入ったコップを置くと小部屋から静かに退いた。
フェルディは祈るように両手を結び、机の一点をじっと見つめていた。
フェルディの向かい側に座ったバルトはそっとフェルディの両手を包む。
「フェルディ様、喉を潤して下さいませ。既に起こってしまった事柄に足掻こうともなる様にしかなりません。ポルデュラ様がいつも申している言葉がございます。『全ては天の采配、なるべくしてなるのだ』と。『起こる事柄は全て、今、必要なことであるから起こるのだ』と。我らは信じております。我らの主は今この時に命を落とす事など決してないと」
バルトとオスカーはフェルディへ強い視線を向けた。
二人の眼からは主を信じる揺るぎない信念が感じられた。
フェルディは眼を閉じると大きく息を吸い込んだ。
バルトが包み込んだ両手をほどき、バルトとオスカーの手を握る。
「今、何が最善かを考えねばならぬ所を後悔ばかりでございました。バルト殿とオスカー殿が迎えにこられるまで、クリソプ騎士団城塞を出るべきではなかったと・・・・私が同道しておればセルジオ様もエリオス様も安全だと過信していたと・・・・」
「お二人は・・・・バルト殿とオスカー殿は常時この様に過酷な、青き血が流れるコマンドールと守護の騎士をお守りする真意と向き合われているのですね。私は同道を願い出た己の浅はかさを痛感しております」
フェルディはバルトとオスカーの手を強く握ると顔をうつむけた。
バルトはフェルディの手に水の入ったコップを握らせる。
「フェルディ様、まずは水をお召し下さい。この後のこと、我らに考えがございます。この様なことが起こると予想をしておりました。セルジオ様、エリオス様へもその旨の対処の仕方は含めております。ご安心下さい」
バルトはフェルディへ穏やかな微笑みを向けた。
ゴクッゴクッゴクッ・・・・
コトンッ
フェルディはコップの水を一気に飲み干した。
ふぅと一息つく。
高揚していた気持ちが少しづつ落ちつくのが解る。
バルトとオスカーはフェルディが気を静めるのを見て取ると今後のことを静かに話し始めた。
「フェルディ様、ここまでのお導きに感謝申します。フェルディ様がカリソベリル騎士団より同道して下さらねば、クリソプ騎士団城塞で我らの主が安心しての滞在はできぬことでした。改めて感謝申します」
バルトとオスカーは深々と頭を下げた。
「ここよりは、我らの役目となります。フェルディ様はこのままカリソベリル騎士団へお戻り下さい」
二人はフェルディへ強い視線を向ける。
「他貴族騎士団領にてこの先、何が起こるか解りません。もし、戦闘でも起ろうものなら貴族騎士団同士の争いに発展しかねぬことは拭いきれません。そうなれば我らの本来の目的である貴族騎士団同士の結束を強める為の巡回は水泡となりましょう。この事態を引き起こした者達の思惑通りとなります」
「フェルディ様はカリソベリル騎士団第一隊長の任についておいでですから尚更です。クリソプ騎士団領内で諍いが起き、剣を交える事となればカリソベリル騎士団とクリソプ騎士団の争いとして事態は広がることになります。両騎士団が内紛の火種となるのです」
「正にそのことがこの事態を引き起こした者達の狙いであると考えます。我らは騎士団への所属はおろか、既に騎士団を退団した身にございます。セルジオ騎士団団長の命にて他貴族騎士団を訪問してはおりますが、所詮は一領民に過ぎません。セルジオ様、エリオス様の訓練施設同行従士とは、あくまで訓練施設内で与えられる役目にございます」
「そして、訓練施設内での諍いは訓練施設外へ波及させてはならない王国の決まり事がございます。されば我らが役目を果たさせて頂きたく存じます。この期に及んで不躾なことであると重々承知致しております。何卒、諸々をお含み頂き、カリソベリル騎士団へお戻り頂けませんでしょうか」
バルトの話しは最ものことだった。
他領で騎士団所属の騎士が、しかも第一隊長の任のある者が剣を抜けば、それはカリソベリル騎士団がクリソプ騎士団へ刃を向けたことになる。
他国からの侵略をものともしない結束力のある18貴族騎士団へと理想を掲げる王都騎士団総長の意向は一瞬にして潰てしまうだろう。
セルジオ騎士団と強く結びつき、王国の東西を鉄壁としたいと考えているカリソベリル騎士団団長フレイヤの思いも消えてなくなる。
フェルディはかつて『謀略の魔導士』と恐れられたバルトの言葉に頷くより他なかった。
「バルト殿、オスカー殿、承知致しました。私はこれよりクリソプ騎士団団長アドラー様へご挨拶申し上げた後にカリソベリル騎士団へ戻ります」
フェルディは一つ深く息を吐いた。
トントントンッ
ガチャリッ
「失礼を致します」
商人風の衣服とローブを手にベンノが部屋へ入ってきた。
「お話しはお済でしょうか?そろそろご準備下さい。荷馬車を出発させます」
ベンノは静かにフェルディの前に手にした衣服を置く。
フェルディは不思議そうな顔でベンノを見上げるとバルトとオスカーへ視線を移した。
「フェルディ様、これは用心の為にございます。今回のことが『誰の』陰謀かが解らぬ状況では、クリソプ騎士団城塞も団長のアドラー様へお会いになることも極めて危険です。アドラー様を疑う訳ではございません」
「ただ、我らの動きを監視している者がいることは明らかにございます。内紛の火種が火を噴く機会を虎視眈々と狙っているのでありましょう。されば時は一刻を争います。フェルディ様はこのまま荷馬車に身を潜め、クリソプ男爵領、西の城門よりカリソベリル伯爵領へ向かわれて下さい」
「えっ?・・・・」
フェルディは唖然とした顔を見せた。
フェルディもまた生まれ落ちて直ぐに訓練施設に入った身だ。
騎士や従士の装い以外は袖を通した事がなかったのだ。
まじまじと自身の前に置かれた商人風の衣服を見る。
ベンノは敢えて着古した荷運びの者の衣服を準備した。
クリソプ男爵領西の城門へ向かうには、今いる領内東の商業部から男爵居城近くを通る必要がある。
事が起きてから既に二時間近く経っている。
東西南北にある所領城門を抜ける際に検問が置かれていると考えて然るべきだろう。
フェルディが騎士の姿で通れば、捕えられ、内紛の火種の餌食となるのは必定と考えられる。
事情を重々承知していたとしても自尊心の高い騎士が商人風のましてや荷運びの着衣を身に付け、領内を脱出するなど思いもしないだろうとベンノの助言だった。
バルトはベンノへ礼を言う。
「ベンノ殿、お計らい感謝します」
唖然と衣服を眺めるフェルディに深々と頭を下げた。
「フェルディ様、事は王国の一大事となりうるのです。どうか、こちらの衣服をお召しになり荷馬車にお乗り下さい。直ぐに出立いたします」
「今お召しの衣服と剣、短剣はベンノ殿が厳重に保管をし、別の荷馬車で後日カリソベリル騎士団へお届致します。クリソプ騎士団城塞の厩に留置く馬も同様です。後の事は我らにお任せ頂き、直ぐにここをお立ち下さい。外が騒がしくなる前にどうか、クリソプ男爵領を抜けて下さい」
バルトとオスカーは今一度、深々と頭を下げた。
ラルフ商会の門前で少しの騒ぎを起こした事でフェルディがラルフ商会へ入ったことは、多くの者が知りうるところだ。
一刻も早く西の城門へ向けて出立することが最善の策であった。
フェルディはバルトとオスカーの鬼気迫る顔を見ると躊躇うことなく荷運びの衣服を手に取った。
「我がカリソベリル騎士団が内紛の火種となることなどあってはならぬっ!ベンノ殿、衣服を拝借する。後のことは頼んだぞっ!」
力強く言うとその場で着替えをはじめた。
バサッ!
パサッパサッ・・・・
着ていた衣服を丁寧に整えると剣と短剣を衣服の上に置く。
武器を何も身に付けずにいるなど初めての事だった。
フェルディはバルトとオスカーの顔を見る。
「バルト殿、オスカー殿、ここまで同道させて頂きました事、何よりの誉でした。ただ、私が同道した事で事態を悪くしてしまったのではないかと悔やまれることでもあります。どうぞ、ご無事に18貴族騎士団を巡回された後、改めてカリソベリル騎士団へお越し頂きたい。その時を楽しみとしております」
フェルディはバルトとオスカーへ微笑みを向けた。
ザッ!
ザッ!
バルトとオスカーはフェルディの前でかしづく。
「フェルディ様、我らの勝手をお含み頂き、感謝申します。どうぞ、ご無事で」
バルトとオスカーは深々と頭を下げた。
「さっ、フェルディ様、お早く存じます。商会の者が行き来します通用口へご案内します。東の荷出し場に停まっております荷馬車へお乗り下さい」
ベンノがフェルディを連れ、小部屋を後にした。
パタンッ!
小部屋の扉が静か閉じられる。
バルトとオスカーは顔を見合わせた。
ラドフォール騎士団、影部隊の隠し部屋へ通じる棚へ眼を向ける。
棚に近づくと小声を発した。
「アロイス様、そちらにお出でですか?」
フェルディのクリソプ男爵領からの脱出の説得をしている最中にアロイスの気配を感じていたのだ。
ゴゴゴゴゴッ・・・・
棚が右側へ動く。
ヒュオォォォォ・・・・
風が棚の奥へと吸い込まれた。
サラサラと銀色の髪をなびかせ、ラドフォール騎士団団長アロイスが立っていた。
「流石ですね。私がこちらで聴き耳を立てていたことご存知でしたか」
アロイスがにこやかに微笑む。
「カイが宿の窓辺に知らせにきました。話しは一通り聞きいておりました。ラルフをセルジオ様、エリオス様が囚われた場所へカイの案内で向かわせましたのでご安心下さい」
ポルデュラの使い魔でハヤブサのカイは、セルジオとエリオスを上空から見守っていたのだ。
「バルト殿、オスカー殿は我ら魔導士顔負けですね。使い魔も巧みに活かされている。しかも不測の事態には私の所へ来るように仕込んでいるとは、お二人には毎回驚かされることばかりです」
状況を説明すると真剣な眼差しでバルトとオスカーを見据えた。
「予想していた通り、動きましたね。恐らくこの事の裏には黒魔術が絡んでいるのでしょう。ラルフが戻り次第、セルジオ様とエリオス様の救出の策を講じましょう。全ては人知れず水面下で終わらせねばなりません」
「はっ!」
「はっ!」
バルトとオスカーは厳しい眼を向けるアロイスに呼応するのだった。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂き、ありがとうございます。
内紛の火種となる可能性をひとまず回避し、カリソベリル騎士団第一隊長フェルディを脱出させたバルトとオスカー。
アロイスとラドフォール騎士団、影部隊も加わり事態の収拾に乗り出しました。
セルジオの命を狙う黒魔術がじっくりと時をかけはり巡らせた策略にどう対処していくのか・・・・
「あ~もう、ドキドキするぅ~」と独り言ちしながら物語は進んでいきます。
次回もよろしくお願い致します。
ガタッガタッ!!!
ババッ!!!
扉が閉まるなり、バルトとオスカーの前で膝まづく。
「バルト殿っ!、オスカー殿っ!私はっ!取り返しのつかぬ事をいたしましたっ!セルジオ様とエリオス様が突如お姿を消されてっ!暫く辺りを探しましたが、見つける事ができずにこちらへっ!!!!」
打ちひしがれ、膝の上に置いた両手がブルブルと震えている。
「オッシ殿にアドラー様へ捜索隊を編成して頂く様お願いはしましたが・・・・クリソプの領内で・・・・申し訳ございませんっ!!!どうかっ!私の首をっ!首を落とし、セルジオ騎士団団長へお渡し下さいっ!!!」
シャンッ!!!!
フェルディは腰に携えている剣を抜くとバルトへ差し出した。
バルトとオスカーは顔を見合わせる。
セルジオとエリオスと離れての滞在となるクリソプ男爵領で、二人が拉致される可能性が高いと予想し、対応策は講じてきた。
そして、予想が現実の事となった今、バルトとオスカーは覚悟を決めた。
バルトとオスカーは膝まづくフェルディの前に傅いた。
「フェルディ様、どうか剣をお納め下さい。我らが主の事、大切に思って下さり感謝もうします」
バルトとオスカーは左手を胸の前に置き、深々と頭を下げる。
フェルディは二人の様子に驚き顔を上げた。
責められはすれど感謝をされるとは思っていなかったのだ。
「我らの主が姿を消した際、傍にいて下さったのがフェルディ様でよかったと存じます。もし、我らが同道していれば近くを行き交う関わりのない者達を巻き込み、この街の日常を奪う事になったやもしれません。早々に捜索隊の編成までご指示下さり、感謝の申しようもござません。どうぞ、剣をお納め下さい」
バルトとオスカーは今一度、深々と頭を下げた。
ラルフ商会のベンノが3人に椅子を勧める。
「よろしればお掛け下さい。水をお持ちします。まずは、喉を潤して下さいませ」
ベンノはニコリと微笑み小部屋の外へ顔を出すとバーバラに水差しとコップを3つ運ぶ様に指示をした。
コトンッ
ベンノは必死でセルジオとエリオスを探していたであろうフェルディの前へ水の入ったコップを置くと小部屋から静かに退いた。
フェルディは祈るように両手を結び、机の一点をじっと見つめていた。
フェルディの向かい側に座ったバルトはそっとフェルディの両手を包む。
「フェルディ様、喉を潤して下さいませ。既に起こってしまった事柄に足掻こうともなる様にしかなりません。ポルデュラ様がいつも申している言葉がございます。『全ては天の采配、なるべくしてなるのだ』と。『起こる事柄は全て、今、必要なことであるから起こるのだ』と。我らは信じております。我らの主は今この時に命を落とす事など決してないと」
バルトとオスカーはフェルディへ強い視線を向けた。
二人の眼からは主を信じる揺るぎない信念が感じられた。
フェルディは眼を閉じると大きく息を吸い込んだ。
バルトが包み込んだ両手をほどき、バルトとオスカーの手を握る。
「今、何が最善かを考えねばならぬ所を後悔ばかりでございました。バルト殿とオスカー殿が迎えにこられるまで、クリソプ騎士団城塞を出るべきではなかったと・・・・私が同道しておればセルジオ様もエリオス様も安全だと過信していたと・・・・」
「お二人は・・・・バルト殿とオスカー殿は常時この様に過酷な、青き血が流れるコマンドールと守護の騎士をお守りする真意と向き合われているのですね。私は同道を願い出た己の浅はかさを痛感しております」
フェルディはバルトとオスカーの手を強く握ると顔をうつむけた。
バルトはフェルディの手に水の入ったコップを握らせる。
「フェルディ様、まずは水をお召し下さい。この後のこと、我らに考えがございます。この様なことが起こると予想をしておりました。セルジオ様、エリオス様へもその旨の対処の仕方は含めております。ご安心下さい」
バルトはフェルディへ穏やかな微笑みを向けた。
ゴクッゴクッゴクッ・・・・
コトンッ
フェルディはコップの水を一気に飲み干した。
ふぅと一息つく。
高揚していた気持ちが少しづつ落ちつくのが解る。
バルトとオスカーはフェルディが気を静めるのを見て取ると今後のことを静かに話し始めた。
「フェルディ様、ここまでのお導きに感謝申します。フェルディ様がカリソベリル騎士団より同道して下さらねば、クリソプ騎士団城塞で我らの主が安心しての滞在はできぬことでした。改めて感謝申します」
バルトとオスカーは深々と頭を下げた。
「ここよりは、我らの役目となります。フェルディ様はこのままカリソベリル騎士団へお戻り下さい」
二人はフェルディへ強い視線を向ける。
「他貴族騎士団領にてこの先、何が起こるか解りません。もし、戦闘でも起ろうものなら貴族騎士団同士の争いに発展しかねぬことは拭いきれません。そうなれば我らの本来の目的である貴族騎士団同士の結束を強める為の巡回は水泡となりましょう。この事態を引き起こした者達の思惑通りとなります」
「フェルディ様はカリソベリル騎士団第一隊長の任についておいでですから尚更です。クリソプ騎士団領内で諍いが起き、剣を交える事となればカリソベリル騎士団とクリソプ騎士団の争いとして事態は広がることになります。両騎士団が内紛の火種となるのです」
「正にそのことがこの事態を引き起こした者達の狙いであると考えます。我らは騎士団への所属はおろか、既に騎士団を退団した身にございます。セルジオ騎士団団長の命にて他貴族騎士団を訪問してはおりますが、所詮は一領民に過ぎません。セルジオ様、エリオス様の訓練施設同行従士とは、あくまで訓練施設内で与えられる役目にございます」
「そして、訓練施設内での諍いは訓練施設外へ波及させてはならない王国の決まり事がございます。されば我らが役目を果たさせて頂きたく存じます。この期に及んで不躾なことであると重々承知致しております。何卒、諸々をお含み頂き、カリソベリル騎士団へお戻り頂けませんでしょうか」
バルトの話しは最ものことだった。
他領で騎士団所属の騎士が、しかも第一隊長の任のある者が剣を抜けば、それはカリソベリル騎士団がクリソプ騎士団へ刃を向けたことになる。
他国からの侵略をものともしない結束力のある18貴族騎士団へと理想を掲げる王都騎士団総長の意向は一瞬にして潰てしまうだろう。
セルジオ騎士団と強く結びつき、王国の東西を鉄壁としたいと考えているカリソベリル騎士団団長フレイヤの思いも消えてなくなる。
フェルディはかつて『謀略の魔導士』と恐れられたバルトの言葉に頷くより他なかった。
「バルト殿、オスカー殿、承知致しました。私はこれよりクリソプ騎士団団長アドラー様へご挨拶申し上げた後にカリソベリル騎士団へ戻ります」
フェルディは一つ深く息を吐いた。
トントントンッ
ガチャリッ
「失礼を致します」
商人風の衣服とローブを手にベンノが部屋へ入ってきた。
「お話しはお済でしょうか?そろそろご準備下さい。荷馬車を出発させます」
ベンノは静かにフェルディの前に手にした衣服を置く。
フェルディは不思議そうな顔でベンノを見上げるとバルトとオスカーへ視線を移した。
「フェルディ様、これは用心の為にございます。今回のことが『誰の』陰謀かが解らぬ状況では、クリソプ騎士団城塞も団長のアドラー様へお会いになることも極めて危険です。アドラー様を疑う訳ではございません」
「ただ、我らの動きを監視している者がいることは明らかにございます。内紛の火種が火を噴く機会を虎視眈々と狙っているのでありましょう。されば時は一刻を争います。フェルディ様はこのまま荷馬車に身を潜め、クリソプ男爵領、西の城門よりカリソベリル伯爵領へ向かわれて下さい」
「えっ?・・・・」
フェルディは唖然とした顔を見せた。
フェルディもまた生まれ落ちて直ぐに訓練施設に入った身だ。
騎士や従士の装い以外は袖を通した事がなかったのだ。
まじまじと自身の前に置かれた商人風の衣服を見る。
ベンノは敢えて着古した荷運びの者の衣服を準備した。
クリソプ男爵領西の城門へ向かうには、今いる領内東の商業部から男爵居城近くを通る必要がある。
事が起きてから既に二時間近く経っている。
東西南北にある所領城門を抜ける際に検問が置かれていると考えて然るべきだろう。
フェルディが騎士の姿で通れば、捕えられ、内紛の火種の餌食となるのは必定と考えられる。
事情を重々承知していたとしても自尊心の高い騎士が商人風のましてや荷運びの着衣を身に付け、領内を脱出するなど思いもしないだろうとベンノの助言だった。
バルトはベンノへ礼を言う。
「ベンノ殿、お計らい感謝します」
唖然と衣服を眺めるフェルディに深々と頭を下げた。
「フェルディ様、事は王国の一大事となりうるのです。どうか、こちらの衣服をお召しになり荷馬車にお乗り下さい。直ぐに出立いたします」
「今お召しの衣服と剣、短剣はベンノ殿が厳重に保管をし、別の荷馬車で後日カリソベリル騎士団へお届致します。クリソプ騎士団城塞の厩に留置く馬も同様です。後の事は我らにお任せ頂き、直ぐにここをお立ち下さい。外が騒がしくなる前にどうか、クリソプ男爵領を抜けて下さい」
バルトとオスカーは今一度、深々と頭を下げた。
ラルフ商会の門前で少しの騒ぎを起こした事でフェルディがラルフ商会へ入ったことは、多くの者が知りうるところだ。
一刻も早く西の城門へ向けて出立することが最善の策であった。
フェルディはバルトとオスカーの鬼気迫る顔を見ると躊躇うことなく荷運びの衣服を手に取った。
「我がカリソベリル騎士団が内紛の火種となることなどあってはならぬっ!ベンノ殿、衣服を拝借する。後のことは頼んだぞっ!」
力強く言うとその場で着替えをはじめた。
バサッ!
パサッパサッ・・・・
着ていた衣服を丁寧に整えると剣と短剣を衣服の上に置く。
武器を何も身に付けずにいるなど初めての事だった。
フェルディはバルトとオスカーの顔を見る。
「バルト殿、オスカー殿、ここまで同道させて頂きました事、何よりの誉でした。ただ、私が同道した事で事態を悪くしてしまったのではないかと悔やまれることでもあります。どうぞ、ご無事に18貴族騎士団を巡回された後、改めてカリソベリル騎士団へお越し頂きたい。その時を楽しみとしております」
フェルディはバルトとオスカーへ微笑みを向けた。
ザッ!
ザッ!
バルトとオスカーはフェルディの前でかしづく。
「フェルディ様、我らの勝手をお含み頂き、感謝申します。どうぞ、ご無事で」
バルトとオスカーは深々と頭を下げた。
「さっ、フェルディ様、お早く存じます。商会の者が行き来します通用口へご案内します。東の荷出し場に停まっております荷馬車へお乗り下さい」
ベンノがフェルディを連れ、小部屋を後にした。
パタンッ!
小部屋の扉が静か閉じられる。
バルトとオスカーは顔を見合わせた。
ラドフォール騎士団、影部隊の隠し部屋へ通じる棚へ眼を向ける。
棚に近づくと小声を発した。
「アロイス様、そちらにお出でですか?」
フェルディのクリソプ男爵領からの脱出の説得をしている最中にアロイスの気配を感じていたのだ。
ゴゴゴゴゴッ・・・・
棚が右側へ動く。
ヒュオォォォォ・・・・
風が棚の奥へと吸い込まれた。
サラサラと銀色の髪をなびかせ、ラドフォール騎士団団長アロイスが立っていた。
「流石ですね。私がこちらで聴き耳を立てていたことご存知でしたか」
アロイスがにこやかに微笑む。
「カイが宿の窓辺に知らせにきました。話しは一通り聞きいておりました。ラルフをセルジオ様、エリオス様が囚われた場所へカイの案内で向かわせましたのでご安心下さい」
ポルデュラの使い魔でハヤブサのカイは、セルジオとエリオスを上空から見守っていたのだ。
「バルト殿、オスカー殿は我ら魔導士顔負けですね。使い魔も巧みに活かされている。しかも不測の事態には私の所へ来るように仕込んでいるとは、お二人には毎回驚かされることばかりです」
状況を説明すると真剣な眼差しでバルトとオスカーを見据えた。
「予想していた通り、動きましたね。恐らくこの事の裏には黒魔術が絡んでいるのでしょう。ラルフが戻り次第、セルジオ様とエリオス様の救出の策を講じましょう。全ては人知れず水面下で終わらせねばなりません」
「はっ!」
「はっ!」
バルトとオスカーは厳しい眼を向けるアロイスに呼応するのだった。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂き、ありがとうございます。
内紛の火種となる可能性をひとまず回避し、カリソベリル騎士団第一隊長フェルディを脱出させたバルトとオスカー。
アロイスとラドフォール騎士団、影部隊も加わり事態の収拾に乗り出しました。
セルジオの命を狙う黒魔術がじっくりと時をかけはり巡らせた策略にどう対処していくのか・・・・
「あ~もう、ドキドキするぅ~」と独り言ちしながら物語は進んでいきます。
次回もよろしくお願い致します。
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ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
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