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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~
第79話 奴隷の城館5
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トンットンットンッ
小さく控えめに扉を叩く音が聞こえた。
抱きしめ合っていたセルジオとエリオスはお互いの顔を見合わせる。
暫く扉へ目を向けていると先程より少し強く扉を3回叩く音が聞こえた。
トンッ!トンッ!トンッ!
「・・・・」
2人は無言で頷き合うと音を立てずにそっと天蓋付のベッドから下りた。
背中を壁に押しあて扉の両脇で構える。
「・・・・」
扉の外に意識を集中していると再び扉が叩かれた。
ガチャガチャ・・・・
鍵を開ける音が聞こえる。
扉の外でくぐもった声がした。
「よいか、無駄口はたたくな。食事が済んだら中から扉を2度、連続で叩け。それが合図だ。合図が聞えたら扉を開けてやる。よいなっ!命が惜しければ無駄口はたたくなっ!解ったなっ!」
どうやら見張り役が食事を運んできた者に指示を出している様だ。
セルジオとエリオスは再び顔を見合わせると天蓋付のベッドへ足音を忍ばせ戻った。
ガコンッ!!
ギィィィィ・・・
扉は重厚な音を立て内側へ開かれた。
扉の開閉も訓練施設や騎士団城塞とは真逆だった。
エリオスは赤茶色の髪をした男の言葉を思い返す。
『この部屋の中は安全だ』
扉が部屋の内側へ開くことも戦闘目的で造られた館ではないことが見て取れた。
カタッカタッカタッ・・・・
キュルキュルキュル・・・・
金で縁取られたワゴンに銀食器が並んでいる。
ワゴンを引き入室したのは15歳程の少年であった。
セルジオとエリオスが着せられている貴族の子弟が身に付ける着衣を纏っている。
天蓋付のベッドの上で腰かけている2人へ目を向ける事なく、入室した少年は運んできた食事の準備を始めた。
暫くしてふと顔を上げ、首をかしげる。
右耳を天蓋付のベッドの方へ集中している様だった。
「お目覚めでしたか。お食事のご用意に伺いました。私は、この館で子らの面倒をみておりますアデルと申します。お2方がご滞在の間、一切のお世話を仰せつかっております。何なりとお申し付け下さい」
アデルは身体を天蓋付のベッドへ向けると右手を腹部にあて、丁寧に頭を下げた。
「・・・・」
セルジオとエリオスから返答がないと察すると再び食事の準備に取掛った。
カチャッカチャッ・・・・
トプトプトトプ・・・・
流れる様な所作で部屋の中央に置かれているテーブルに食事が並べられていく。
「・・・・」
セルジオとエリオスはアデルの様子をじっと見つめていた。
アデルの顔に違和感を覚える。
瞼が閉じたまま開く事がない。
「・・・・」
暫くするとアデルはテーブルに備え付けられている2脚の椅子を引いた。
「お食事の準備が整いました。冷めぬ内にお召し上がりください」
アデルは天蓋付のベッドへ微笑みを向けた。
セルジオはアデルの顔をまじまじと見つめた。
「私の眼が気になりますか?お察しの通り、この眼は開くことはございません。光を失い早、7年程になります」
「!!!」
見えてもいないのにセルジオの視線と何を考えているかを言い当てられ、セルジオは驚いた。
「見えぬのに見えている様に動かれますね」
エリオスが弱い血香を醸しつつ問いかける。
アデルはふっとため息の様に微笑むとセルジオとエリオスをテーブルへ誘った。
「お食事のお邪魔でない様であればお応え致します。まずはお食事の前までお進み下さい」
柔らかな物腰は貴族の子弟そのものだった。
トサッ!
セルジオとエリオスは天蓋付のベッドから下りるとアデルが引いた向かい合わせの椅子に進んだ。
背丈の低いセルジオには予め高めの椅子が用意されていた。
アデルは上体を倒しセルジオにそっと手を差し出す。
「お手をどうぞ・・・・」
後ろで一つに結んだ綺麗な金色の髪がサラリと肩から落ちた。
差し出された手の手袋があまりに白く雪を連想させた。
パンッ!!
「大事ございません。私が致しますので、お心使い痛み入ります」
エリオスはすかさずアデルがセルジオへ差し出した手を払いのけた。
スッ!
セルジオを抱きかかえると椅子へ腰かけさせた。
「これは・・・・出過ぎました。失礼を致しました」
アデルは深々とエリオスへ頭を下げる。
アデルの所作をじっと見ていたセルジオが口を開いた。
「アデル殿、見えているのですか?」
単刀直入に問いかける。
「クスッ・・・・」
アデルはセルジオの言葉にクスリと笑った。
「なっ!失礼で・・・・」
エリオスは咄嗟に出た言葉に口をつぐむ。
セルジオとエリオスの正体を認識しているのか、いないのかが解らない状態で必要以上に言葉を交わすことは危険だと思ったからだ。
「失礼を致しました。守護の騎士様」
「!!!」
セルジオとエリオスは顔を見合わせる。
エリオスを『守護の騎士』と呼んだのだ。
叙任前のまして騎士団入団前の者の呼称ではない。
事情を知りうる者でなければエリオスを『守護の騎士』と呼称するなどありえない事だ。
明らかにセルジオとエリオスが誰かを認識している呼び名だった。
アデルはふわりと微笑むと姿勢を正し軽く頭を下げた。
「順にお応え致します。されど、今はまずお食事をなさって下さいませ。冷めてしまいます。我が館の料理長が腕を振るいました。セルジオ様が鶏の香草焼きがお好きだとの事でしたので、館内で栽培しています香草を使っております。ご賞味下さいませ」
アデルはテーブルに準備されている銀食器のクロッシュを開けた。
香ばしい香りが漂う。
「さっ、どうぞお召し上がり下さい。木製のナイフとフォークでも食べやすい柔らかさになっております」
手元を見るとナイフとフォーク、スプーンは木製のものが並んでいた。
『・・・・武器になるからか・・・・』
エリオスは頭の中で呟く。
「左様にございます。何卒、ご容赦下さい。お2方のこれまでの武勇伝はよく存じておりますので、我が館の主からの命にて・・・・」
「なっ!」
エリオスは頭の中で呟いた内容に返答するアデルに驚きを隠せなかった。
「瞳は光を失いはしたが、人の頭の中が見えるのか?」
セルジオは無表情でアデルに問いかける。
「セルジオ様と守護の騎士様がお食事に手を付けられた後、お応え致しましょう」
アデルはそう言うとニコリと微笑み、テーブルから一歩退いた。
どうしても食事に手を付けさせたい様子にエリオスは疑念を抱く。
頭の中は見抜かれているのあれば言葉にしてしまえばいい。
エリオスはセルジオへ目配せをした。
「セルジオ様、毒味を致します。我らを眠らせた毒草が仕込まれているやもしれません。しばし、お待ち下さい」
ササッ!!!
カチャカチャカチャ!!!
エリオスは並べられている料理に手をつけた。
鶏の香草焼は木製のフォークでもホロリと肉がほどけ柔らかい。
口に運ぶと香ばしい香りが鼻へ抜ける。
確かに香りも肉の柔らかさも今まで食した香草焼とは比べ物にならない程、美味であった。
むしゃむしゃと口を動かし、飲みこむ。
暫くじっと己の様子を確認する。
舌先はピリピリとしないか?目まいはないか?手足の痺れは?
即効性のある毒ではなさそうだった。
アデルは黙ってエリオスの様子を窺っていた。
エリオスがもう一口、口に運ぶとセルジオへ再び食事を勧めた。
「守護の騎士様、ご納得頂けましたか?毒など入ってはおりません。毒を入れるのであればお2人がお休みの間にいかようにもできました。ご安心下さい。『この部屋の中は安全』でございます」
セルジオはアデルへチラリと視線を向けるとエリオスの顔を見る。
エリオスはコクンと一つ頷き、毒は仕込まれてはいない返答をした。
セルジオとエリオスが食事を終えるとアデルは後片付けを始めた。
先程よりも小さな声で呟く様に話し出した。
「この館は森に囲まれた城館です。かつてはクリソプ男爵より爵位を賜った准男爵の館でした。薬草栽培と養蜂、養鶏が盛んで豊かで穏やかな暮らしは領民からも慕われる領主でした。ところが、突然に取り潰されたのです。長雨で被災した隣国の貴族を迎い入れる為だけに・・・・そこからは隣国の貴族の仮住いとなりました・・・・」
アデルはここでふふふっと寂しそうに微笑んだ。
敢えてカチャカチャと音を立て、扉の外に話声が少しでも漏れない様に声を潜める。
「今は、孤児院といいますか・・・・身寄りのない子らを大勢住まわせています。そして、その子らがこの先、よい縁に恵まれ、よい里親へ引き取られる様に読み書きから、武術、ダンスなど、貴族の子女が身に付けることを一通り学ばせています。私はその子らの教育係の様なものですね」
アデルは話しながらセルジオとエリオスへお茶を差し出した。
「どうぞ、お召し上がりください。カモミールの茶です。シュタイン王国内では一番の香りと自負しています。ラドフォールの茶にも負けぬ自信がございます」
食事の間に煎じていたのだろう。熱くもなく柔らかい香りに胸がすぅっと軽くなるとセルジオは感じていた。
「私は幼き頃より人や物が発する光を感じ取る事ができました。セルジオ様からは金色の光、守護の騎士様からは白銀色の光が感じられます。その光の色も大きさも人により様々にて」
「先程、セルジオ様より問われました『見えているのか』でございますが、否です。ただ、人や物の発する光は変らず感じることができるのです。それ故、見えている者の様に動くことができます」
「守護の騎士様から問われました『人の頭の中が見える』についても同じにございます。光と同様に感じることができます。されば、不自由はないのです。ただ、この事は多くの者は存じません。眼の見えぬ役に立たぬ子としてこの館に置いて頂いております」
「その眼は、なぜ光を失ったのだ?」
セルジオが訊ねる。
アデルは少し困った表情を浮かべるが、ふっと一つ息を吐いてセルジオに呼応した。
「姉を・・・・私には兄弟姉妹が5人おりました。数年前に両親と兄、姉、弟妹達が命を落としまして、その際に年長の姉をかばい両目に剣が・・・・幸い、年長の姉は無事でしたので、安堵致しました」
アデルはほっとした表情を浮かべた。
セルジオは今までのアデルの話から取り潰された准男爵の子弟ではないかと察する。
「姉上もこの館にお住まいなのか?」
セルジオはアデルの寂しそうな表情が気になった。
「いえ・・・・今は・・・・この館にはおりません・・・・生きながらえた事が苦となる事もあると・・・・それでも生かされた意味があると申しまして、ある組合の長をしていると聞き及んでおります」
アデルの声は少し震えていた。
暫くうつむき動きを止める。
意を決した様に顔を上げた。
「セルジオ様、守護の騎士様、お願いがございます。この館の子らをお助け下さい。今は、赤子から10歳程の子ら34人が奴隷として高値がつくよう育てられています。クリソプ男爵は王国で禁忌とされている人身売買をしているのです。しかも、奴隷を生み育て高値で売る仕組まで作っております。容姿端麗な者を組み合わせ、特に眉目秀麗な子は他国貴族の愛玩となります。私は・・・・何もできない・・・・せめてこの館に住まう時だけでも健やかに育ってくれればと心豊かに学ぶ事ができればと・・・・それのみしか・・・・」
ドンドンッ!!!
ドンドンッ!!!
突然に大きく2度、外から扉が叩かれた。
アデルははっ!とする。
「セルジオ様、守護の騎士様、これより三日間はお2人は安全です。この部屋の中は安全です。一日に二度、お食事のご用意と夕方に湯浴みのお手伝いにまいります。その際に少しづつお話し致します。どうか、子らをお助け下さい。そして、クリソプ男爵の王国への裏切りを粛正する機会を与えてください」
ドンドンッ!!
ドンドンッ!!
再び扉が叩かれた。
アデルは慌ててワゴンを引き、扉へと向かう。
セルジオとエリオスはアデルの後ろ姿を黙って見送るのだった。
【春華の独り言】
今日もお読み頂き、ありがとうございます。
敵なのか味方なのか?
アデルの正体と内に秘める想いを知ったセルジオとエリオス。
そして、アデルのお姉さんは娼館組合の長エリスでした。
世間は狭いですよね。
一つの領地内なので、あぁ、そう言う事もあるなと思って下されば幸いです。
『この部屋は安全』のタイムリミットが三日間だと解りました。
その間、セルジオとエリオスはどう過ごすのか?
三日後に何があるのか?
次回もよろしくお願い致します。
小さく控えめに扉を叩く音が聞こえた。
抱きしめ合っていたセルジオとエリオスはお互いの顔を見合わせる。
暫く扉へ目を向けていると先程より少し強く扉を3回叩く音が聞こえた。
トンッ!トンッ!トンッ!
「・・・・」
2人は無言で頷き合うと音を立てずにそっと天蓋付のベッドから下りた。
背中を壁に押しあて扉の両脇で構える。
「・・・・」
扉の外に意識を集中していると再び扉が叩かれた。
ガチャガチャ・・・・
鍵を開ける音が聞こえる。
扉の外でくぐもった声がした。
「よいか、無駄口はたたくな。食事が済んだら中から扉を2度、連続で叩け。それが合図だ。合図が聞えたら扉を開けてやる。よいなっ!命が惜しければ無駄口はたたくなっ!解ったなっ!」
どうやら見張り役が食事を運んできた者に指示を出している様だ。
セルジオとエリオスは再び顔を見合わせると天蓋付のベッドへ足音を忍ばせ戻った。
ガコンッ!!
ギィィィィ・・・
扉は重厚な音を立て内側へ開かれた。
扉の開閉も訓練施設や騎士団城塞とは真逆だった。
エリオスは赤茶色の髪をした男の言葉を思い返す。
『この部屋の中は安全だ』
扉が部屋の内側へ開くことも戦闘目的で造られた館ではないことが見て取れた。
カタッカタッカタッ・・・・
キュルキュルキュル・・・・
金で縁取られたワゴンに銀食器が並んでいる。
ワゴンを引き入室したのは15歳程の少年であった。
セルジオとエリオスが着せられている貴族の子弟が身に付ける着衣を纏っている。
天蓋付のベッドの上で腰かけている2人へ目を向ける事なく、入室した少年は運んできた食事の準備を始めた。
暫くしてふと顔を上げ、首をかしげる。
右耳を天蓋付のベッドの方へ集中している様だった。
「お目覚めでしたか。お食事のご用意に伺いました。私は、この館で子らの面倒をみておりますアデルと申します。お2方がご滞在の間、一切のお世話を仰せつかっております。何なりとお申し付け下さい」
アデルは身体を天蓋付のベッドへ向けると右手を腹部にあて、丁寧に頭を下げた。
「・・・・」
セルジオとエリオスから返答がないと察すると再び食事の準備に取掛った。
カチャッカチャッ・・・・
トプトプトトプ・・・・
流れる様な所作で部屋の中央に置かれているテーブルに食事が並べられていく。
「・・・・」
セルジオとエリオスはアデルの様子をじっと見つめていた。
アデルの顔に違和感を覚える。
瞼が閉じたまま開く事がない。
「・・・・」
暫くするとアデルはテーブルに備え付けられている2脚の椅子を引いた。
「お食事の準備が整いました。冷めぬ内にお召し上がりください」
アデルは天蓋付のベッドへ微笑みを向けた。
セルジオはアデルの顔をまじまじと見つめた。
「私の眼が気になりますか?お察しの通り、この眼は開くことはございません。光を失い早、7年程になります」
「!!!」
見えてもいないのにセルジオの視線と何を考えているかを言い当てられ、セルジオは驚いた。
「見えぬのに見えている様に動かれますね」
エリオスが弱い血香を醸しつつ問いかける。
アデルはふっとため息の様に微笑むとセルジオとエリオスをテーブルへ誘った。
「お食事のお邪魔でない様であればお応え致します。まずはお食事の前までお進み下さい」
柔らかな物腰は貴族の子弟そのものだった。
トサッ!
セルジオとエリオスは天蓋付のベッドから下りるとアデルが引いた向かい合わせの椅子に進んだ。
背丈の低いセルジオには予め高めの椅子が用意されていた。
アデルは上体を倒しセルジオにそっと手を差し出す。
「お手をどうぞ・・・・」
後ろで一つに結んだ綺麗な金色の髪がサラリと肩から落ちた。
差し出された手の手袋があまりに白く雪を連想させた。
パンッ!!
「大事ございません。私が致しますので、お心使い痛み入ります」
エリオスはすかさずアデルがセルジオへ差し出した手を払いのけた。
スッ!
セルジオを抱きかかえると椅子へ腰かけさせた。
「これは・・・・出過ぎました。失礼を致しました」
アデルは深々とエリオスへ頭を下げる。
アデルの所作をじっと見ていたセルジオが口を開いた。
「アデル殿、見えているのですか?」
単刀直入に問いかける。
「クスッ・・・・」
アデルはセルジオの言葉にクスリと笑った。
「なっ!失礼で・・・・」
エリオスは咄嗟に出た言葉に口をつぐむ。
セルジオとエリオスの正体を認識しているのか、いないのかが解らない状態で必要以上に言葉を交わすことは危険だと思ったからだ。
「失礼を致しました。守護の騎士様」
「!!!」
セルジオとエリオスは顔を見合わせる。
エリオスを『守護の騎士』と呼んだのだ。
叙任前のまして騎士団入団前の者の呼称ではない。
事情を知りうる者でなければエリオスを『守護の騎士』と呼称するなどありえない事だ。
明らかにセルジオとエリオスが誰かを認識している呼び名だった。
アデルはふわりと微笑むと姿勢を正し軽く頭を下げた。
「順にお応え致します。されど、今はまずお食事をなさって下さいませ。冷めてしまいます。我が館の料理長が腕を振るいました。セルジオ様が鶏の香草焼きがお好きだとの事でしたので、館内で栽培しています香草を使っております。ご賞味下さいませ」
アデルはテーブルに準備されている銀食器のクロッシュを開けた。
香ばしい香りが漂う。
「さっ、どうぞお召し上がり下さい。木製のナイフとフォークでも食べやすい柔らかさになっております」
手元を見るとナイフとフォーク、スプーンは木製のものが並んでいた。
『・・・・武器になるからか・・・・』
エリオスは頭の中で呟く。
「左様にございます。何卒、ご容赦下さい。お2方のこれまでの武勇伝はよく存じておりますので、我が館の主からの命にて・・・・」
「なっ!」
エリオスは頭の中で呟いた内容に返答するアデルに驚きを隠せなかった。
「瞳は光を失いはしたが、人の頭の中が見えるのか?」
セルジオは無表情でアデルに問いかける。
「セルジオ様と守護の騎士様がお食事に手を付けられた後、お応え致しましょう」
アデルはそう言うとニコリと微笑み、テーブルから一歩退いた。
どうしても食事に手を付けさせたい様子にエリオスは疑念を抱く。
頭の中は見抜かれているのあれば言葉にしてしまえばいい。
エリオスはセルジオへ目配せをした。
「セルジオ様、毒味を致します。我らを眠らせた毒草が仕込まれているやもしれません。しばし、お待ち下さい」
ササッ!!!
カチャカチャカチャ!!!
エリオスは並べられている料理に手をつけた。
鶏の香草焼は木製のフォークでもホロリと肉がほどけ柔らかい。
口に運ぶと香ばしい香りが鼻へ抜ける。
確かに香りも肉の柔らかさも今まで食した香草焼とは比べ物にならない程、美味であった。
むしゃむしゃと口を動かし、飲みこむ。
暫くじっと己の様子を確認する。
舌先はピリピリとしないか?目まいはないか?手足の痺れは?
即効性のある毒ではなさそうだった。
アデルは黙ってエリオスの様子を窺っていた。
エリオスがもう一口、口に運ぶとセルジオへ再び食事を勧めた。
「守護の騎士様、ご納得頂けましたか?毒など入ってはおりません。毒を入れるのであればお2人がお休みの間にいかようにもできました。ご安心下さい。『この部屋の中は安全』でございます」
セルジオはアデルへチラリと視線を向けるとエリオスの顔を見る。
エリオスはコクンと一つ頷き、毒は仕込まれてはいない返答をした。
セルジオとエリオスが食事を終えるとアデルは後片付けを始めた。
先程よりも小さな声で呟く様に話し出した。
「この館は森に囲まれた城館です。かつてはクリソプ男爵より爵位を賜った准男爵の館でした。薬草栽培と養蜂、養鶏が盛んで豊かで穏やかな暮らしは領民からも慕われる領主でした。ところが、突然に取り潰されたのです。長雨で被災した隣国の貴族を迎い入れる為だけに・・・・そこからは隣国の貴族の仮住いとなりました・・・・」
アデルはここでふふふっと寂しそうに微笑んだ。
敢えてカチャカチャと音を立て、扉の外に話声が少しでも漏れない様に声を潜める。
「今は、孤児院といいますか・・・・身寄りのない子らを大勢住まわせています。そして、その子らがこの先、よい縁に恵まれ、よい里親へ引き取られる様に読み書きから、武術、ダンスなど、貴族の子女が身に付けることを一通り学ばせています。私はその子らの教育係の様なものですね」
アデルは話しながらセルジオとエリオスへお茶を差し出した。
「どうぞ、お召し上がりください。カモミールの茶です。シュタイン王国内では一番の香りと自負しています。ラドフォールの茶にも負けぬ自信がございます」
食事の間に煎じていたのだろう。熱くもなく柔らかい香りに胸がすぅっと軽くなるとセルジオは感じていた。
「私は幼き頃より人や物が発する光を感じ取る事ができました。セルジオ様からは金色の光、守護の騎士様からは白銀色の光が感じられます。その光の色も大きさも人により様々にて」
「先程、セルジオ様より問われました『見えているのか』でございますが、否です。ただ、人や物の発する光は変らず感じることができるのです。それ故、見えている者の様に動くことができます」
「守護の騎士様から問われました『人の頭の中が見える』についても同じにございます。光と同様に感じることができます。されば、不自由はないのです。ただ、この事は多くの者は存じません。眼の見えぬ役に立たぬ子としてこの館に置いて頂いております」
「その眼は、なぜ光を失ったのだ?」
セルジオが訊ねる。
アデルは少し困った表情を浮かべるが、ふっと一つ息を吐いてセルジオに呼応した。
「姉を・・・・私には兄弟姉妹が5人おりました。数年前に両親と兄、姉、弟妹達が命を落としまして、その際に年長の姉をかばい両目に剣が・・・・幸い、年長の姉は無事でしたので、安堵致しました」
アデルはほっとした表情を浮かべた。
セルジオは今までのアデルの話から取り潰された准男爵の子弟ではないかと察する。
「姉上もこの館にお住まいなのか?」
セルジオはアデルの寂しそうな表情が気になった。
「いえ・・・・今は・・・・この館にはおりません・・・・生きながらえた事が苦となる事もあると・・・・それでも生かされた意味があると申しまして、ある組合の長をしていると聞き及んでおります」
アデルの声は少し震えていた。
暫くうつむき動きを止める。
意を決した様に顔を上げた。
「セルジオ様、守護の騎士様、お願いがございます。この館の子らをお助け下さい。今は、赤子から10歳程の子ら34人が奴隷として高値がつくよう育てられています。クリソプ男爵は王国で禁忌とされている人身売買をしているのです。しかも、奴隷を生み育て高値で売る仕組まで作っております。容姿端麗な者を組み合わせ、特に眉目秀麗な子は他国貴族の愛玩となります。私は・・・・何もできない・・・・せめてこの館に住まう時だけでも健やかに育ってくれればと心豊かに学ぶ事ができればと・・・・それのみしか・・・・」
ドンドンッ!!!
ドンドンッ!!!
突然に大きく2度、外から扉が叩かれた。
アデルははっ!とする。
「セルジオ様、守護の騎士様、これより三日間はお2人は安全です。この部屋の中は安全です。一日に二度、お食事のご用意と夕方に湯浴みのお手伝いにまいります。その際に少しづつお話し致します。どうか、子らをお助け下さい。そして、クリソプ男爵の王国への裏切りを粛正する機会を与えてください」
ドンドンッ!!
ドンドンッ!!
再び扉が叩かれた。
アデルは慌ててワゴンを引き、扉へと向かう。
セルジオとエリオスはアデルの後ろ姿を黙って見送るのだった。
【春華の独り言】
今日もお読み頂き、ありがとうございます。
敵なのか味方なのか?
アデルの正体と内に秘める想いを知ったセルジオとエリオス。
そして、アデルのお姉さんは娼館組合の長エリスでした。
世間は狭いですよね。
一つの領地内なので、あぁ、そう言う事もあるなと思って下されば幸いです。
『この部屋は安全』のタイムリミットが三日間だと解りました。
その間、セルジオとエリオスはどう過ごすのか?
三日後に何があるのか?
次回もよろしくお願い致します。
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おっさん、勇者召喚されるがつま弾き...だから、のんびりと冒険する事にした
あおアンドあお
ファンタジー
ギガン城と呼ばれる城の第一王女であるリコット王女が、他の世界に住む四人の男女を
自分の世界へと召喚した。
召喚された四人の事をリコット王女は勇者と呼び、この世界を魔王の手から救ってくれと
願いを託す。
しかしよく見ると、皆の希望の目線は、この俺...城川練矢(しろかわれんや)には、
全く向けられていなかった。
何故ならば、他の三人は若くてハリもある、十代半ばの少年と少女達であり、
将来性も期待性もバッチリであったが...
この城川練矢はどう見ても、しがないただの『おっさん』だったからである。
でもさ、いくらおっさんだからっていって、これはひどくないか?
だって、俺を召喚したリコット王女様、全く俺に目線を合わせてこないし...
周りの兵士や神官達も蔑視の目線は勿論のこと、隠しもしない罵詈雑言な言葉を
俺に投げてくる始末。
そして挙げ句の果てには、ニヤニヤと下卑た顔をして俺の事を『ニセ勇者』と
罵って蔑ろにしてきやがる...。
元の世界に帰りたくても、ある一定の魔力が必要らしく、その魔力が貯まるまで
最低、一年はかかるとの事だ。
こんな城に一年間も居たくない俺は、町の方でのんびり待とうと決め、この城から
出ようとした瞬間...
「ぐふふふ...残念だが、そういう訳にはいかないんだよ、おっさんっ!」
...と、蔑視し嘲笑ってくる兵士達から止められてしまうのだった。
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