とある騎士の遠い記憶

春華(syunka)

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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~

第73話 黒い噂

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アロイスは机上に広がる地図へ目を落とした。

コツンッ!

鞘に収まる短剣でクリソプ男爵領東門を指し示した。

「バルド殿とオスカー殿が滞在されていますクリソプ騎士団従士棟は東門西側でしたね?」

バルドとオスカーへ視線を向ける。

「はい、左様にございます。東門西側の2階に一部屋お借りしております」

バルドが右手で滞在場所を指し示した。

「4階まである城壁へ従士棟西側2階からは一旦、1階に下りなければなりませんね?」

「はい、左様にございます。従士棟東側は城壁へ通じる通路が各階に設けられておりました。西側は警護の主要というよりは、待機場として使われている様です。東門警護の交代要員は従士棟東側につめ、西側は所領内を巡回する要員がつめている様でした」

バルドは滞在中のクリソプ騎士団従士棟内部の様子をアロイスへ伝える。

「そうですか・・・・ラルフ、そなたが調べた事柄をバルド殿とオスカー殿に話してくれぬか」

アロイスはラドフォール騎士団、影部隊シャッテン隊長ラルフの調査結果をバルドとオスカーへ話す様に指示する。

「はっ!承知致しました。我が影部隊シャッテンの役目も交えてお伝えしてもよろしいですか?」

「そうだな。その方がバルド殿、オスカー殿も動きやすいであろう。頼む」

「はっ!」

アロイスの言葉にラルフは左手を胸にあて、軽く頭を下げた。

「ではまず、クリソプ男爵領東門と王国東門の関係からお話し致します」

ラルフは机上の地図を指し示しながら丁寧に話し出した。

「クリソプ男爵領東門を出て、街道を進みますとシュタイン王国東門がございます。国外へ出る積み荷は、王国東門で最終検査が行われます。王国東門の警護を担っているのが、王国東側に所領を預かる4男爵です。1年毎の交代制で4年に一度、警護の役目が回ってくることになります」

ラルフはここでアロイスの顔を見る。話しを進めてよいかの確認だった。

アロイスが静かに頷くとラルフは話しを続けた。

「そして、今年に入り役目を担っていますのがクリソプ騎士団です」

ラルフはバルドとオスカーの顔を見る。2人の表情に変化が見られないことを確認する。

バルドとオスカーも既に調べがついているであろうことが窺えた。

ラルフは続ける。

「シュタイン王国では、8の禁忌が厳しく定められておりますが、罰は各貴族家名に委ねられています。それ故、王国、王家への直接的な利害がない場合は、王家や他貴族から責めを負う事がございません。ただし・・・・」

ラルフは語気を強めた。

「ただし、確証が得られた場合は別です。8の禁忌を犯した確たる証拠があれば、王家と18貴族当主会談、18貴族騎士団団長会談で罰を問うことができます。ラドフォール公爵家が我ら影部隊シャッテンを騎士団とは別に編纂し、王国内外を自由に行き来できるよう組織体制を敷きましたのは、8つの禁忌を犯した者の確証を得る為です」

「8つの禁忌の内で最も重い罪は奴隷売買です。次に剣や短剣、弓矢を含めた武具を国外へ流出することです。シュタイン王国の武具は魔力を付与した物がほとんどです。シュタイン王国の騎士や従士の強さの秘訣は魔力を付与した武具を携えていることも理由の一つです。そして、次に重い罪は毒を含んだ薬草売買です。人を惑わし中毒性があるアヘンはその際たるものです」

ラルフは地図を厳しく見つめた。

「8つの禁忌の内、この3つの禁忌を犯しているのがクリソプ男爵です。クリソプ男爵の黒い噂と言われるものです」

「この黒い噂は4年の周期で盛衰を繰り返しています。クリソプ騎士団が王国東門の警護を担う周期と重なっています」

「アロイス様がそこに目をつけられました。クリソプ騎士団より申請のあった新調される剣に追跡魔術を施す様、ウルリヒ様へ執成しされたのです。追跡魔術を付与した剣をラドフォール騎士団大地の城塞、土の魔導士に追跡させました。そして、遂に国外へ出る剣の動きを掴んだのです」

ラルフは一つ一つの話しを丁寧にバルドとオスカーの表情を確認しながら進めた。

「クリソプは、アドラー殿が率いる騎士団本体とクリソプ男爵の私兵が編成されています。バルド殿とオスカー殿もクリソプ男爵領北門に駐在していますクリソプ男爵の私兵をご覧になられたかと存じます。私兵といえど王都騎士団総長より叙任を受けた騎士と従士です。それゆえ、武具の調達はクリソプ騎士団の名を使います。アドラー殿の知らぬ所で武具の調達がクリソプ騎士団の名を用いて行われているのです。この件も18貴族の団長会談でアロイス様が指摘をされている所ではありますが、一向に是正される様子がありません」

「また、王国東門を警護しているのもクリソプ男爵の私兵です。クリソプ騎士団は男爵領の所領東門は警護をしておりますが、王国東門は手出しができぬとここでも他力本願の帰来が見受けられます」

アロイスは厳しい表情でラルフの話を聞いていた。話しの途中で何度も血香けっかが醸し出されている。

バルドとオスカーはアロイスの姿に驚き、顔を見合わせる。

感情を表に出さない騎士団団長がここまで怒りを露わにするのは珍しい事だったのだ。

ラルフは血香けっかを醸し出すアロイスへチラリと目を向けつつ話しを進めた。

「アロイス様がお心を痛めておいでの所以です。己が出せる最大限の力を込めることも知略を巡らすこともなく、他者へ助けを求める姿がシュタイン王国の貴族騎士団団長の姿にあってはならぬことです。もはや、騎士を名乗ることすら憚れて当然のこととお心を痛めておいでなのです」

ラルフは怒りが露わになったアロイスへ目を向け、心を痛めていると慮った。

アロイスはラルフの言葉に姿勢を正し、一つ深く息を吐いた。

ラルフは続ける。

「ここまでが、クリソプ男爵領と騎士団の現状です。ここからは我が影部隊シャッテンの動きとバルド殿、オスカー殿にお力をお借りしたい所となります」

ラルフは左手を胸にあて、バルドとオスカーへ軽く頭を下げた。

「一週間後、ラルフ商会へクリソプ男爵からの荷運びの依頼がありました。シェバラル国へ果実酒ワインと薬草を運んで欲しいとの事で、荷馬車4台分です。いささか量が多く、ここで奴隷とアヘンが運び出されると踏んでいます。我ら影部隊シャッテンの精鋭が荷馬車を引きますが、バルド殿とオスカー殿に同道願いたいのです。万が一、シェバラル国より戻れぬ事態になりましたらお2人には事の次第をすぐさまアロイス様へお伝え頂きたいのです。その間、セルジオ様とエリオス様は見聞を深めることとしてラルフ商会で滞在して頂きます。アロイス様が密かに滞在している宿にてお2人の安全は我らでお守り致します。バルド殿、オスカー殿、お願いできますか?」

ラルフは神妙な面持ちで2人の顔を見つめた。
アロイスが口を開く。

「バルド殿、オスカー殿、危険なことと重々承知しています。されど、この役目をお願いできますのはバルド殿とオスカー殿以外にいないのです。影部隊シャッテンの表の顔はあくまで民です。幾人かが腕が立つのであれば疑念も抱くことはないと思いますが、手練れの集団となれば話は別です。これまで、18貴族所領に根付いてきたことが無になります。何とかお力をお借りできませんか?」

アロイスは熱い視線をバルドとオスカーへ向けた。

バルドとオスカーは顔を見合わせ頷くと同時に呼応した。

「はっ!アロイス様、ラルフ殿、我らへ黒い噂の白日の下にさらす役目の一端をお
与え頂き、感謝申します。東の歪みを正すことの一助になれれば幸いにございます。どうぞ、同道させて下さい」

ガタンッ!!
スッ!

バルドとオスカーは椅子から立ち上がるとその場でかしづいた。

アロイスとラルフは顔を見合わせる。

「バルド殿っ!オスカー殿っ!感謝申します。これで東の歪みを正すことができますっ!」

アロイスはバルドとオスカーへ駆け寄り、かしづく2人の肩へ手をかけた。

「バルド殿、オスカー殿、お2人と役目をご一緒できること光栄に存じます。誉高きセルジオ騎士団第一隊長に仕えられたお2人、そして、青き血が流れるコマンドールの守護の騎士であられるお2人のお力添えがあれば我が影部隊シャッテンも持てる力以上のことが成し得るというもの。感謝申します」

ラルフはアロイスの後ろでかしづいた。

「では、一週間後のこと、詰めのお話しはまた日を改めます。そろそろ、表のラルフ商会主が気をもんでいるころでしょう。お帰りの際、地下回廊が道を示してくれます。明かりが灯る道をお進みください」

アロイスがバルドとオスカーの帰り支度を促す。

「はっ!アロイス様、感謝申します。では、これにて失礼致します」

バルドとオスカーは立ち上がるともと来た地下回廊を急ぎ戻るのだった。




【春華のひとり言】

今日もお読み頂き、ありがとうございます。

「他力本願」・・・・

他者への依頼と力(能力)を借りる時、相応の対価が発生します。

対価の発生がないものが「他力本願」なのではないか?と思っています。

表からだけでは映しだされない人となりが団長アドラーの言動でよく解るなぁ~と思ったりして。

晴れて東の歪みを正す事ができるのか?

次回もよろしくお願い致します。
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