133 / 216
第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~
第70話 動き出す闇と歪み
しおりを挟む
クリソプ男爵領に滞在して一週間が経とうとしていた。
農村部、商業部、工業部が明確に区分されたクリソプ男爵領はこれまで辿ってきた3つの貴族所領よりも貧富の差が明らかに感じられた。
娼館の小さな広場で命を落とした少年から貧しさとはどういう事なのかを知る機会にもなった。
ラドフォール騎士団、影部隊のヨシュカに言われた言葉の意味をセルジオとエリオスは垣間見たのだった。
その日、セルジオとエリオスはカリソベリル騎士団第一隊長フェルディとクリソプ男爵団第一隊長オッシと共に東門に隣接する騎士団従士棟へ向かっていた。
いつもはバルトとオスカーが従士棟から騎士団城塞の訓練場へ赴き、早朝訓練を騎士団騎士と従士と共に行う。
その後はクリソプ男爵領を団長アドラーが自ら案内することが日課の様になっていた。
「セルジオ様、従士棟まで歩けますか?」
カリソベリル騎士団第一隊長フェルディが石畳の道を進むセルジオへ声を掛ける。
セルジオはフェルディを見上げ、呼応した。
「はい、歩けます。足腰を鍛えるには歩く事が一番だとバルトが申しています。ここの所、馬に乗ることばかりでしたから訓練に丁度よいです」
セルジオはフェルディへニコリと微笑んだ。
フェルディは目を細めセルジオを見下す。
「左様ですか。バルト殿とオスカー殿はいついかなる時も訓練を怠らないのですね。セルジオ様とエリオス様の強さがどこからくるのかが解ります」
フェルディはセルジオの隣を歩くエリオスへも眼を向けた。
エリオスはセルジオとフェルディの会話が耳に入っていない様だった。
商会や商店が立ち並ぶ商業部は荷馬車や人の往来が盛んで混雑している。
ひっきりなしに行き交う人や荷馬車に巻き込まれはしないかと気が気でない様子が窺える。
エリオスは二三日前、セルジオが背後からぶつかられ、前へ倒れた拍子に両手にすり傷を負った二の舞にならないようにと周囲に目を光らせていたのだ。
まして、今日はバルトもオスカーも同行していない。
エリオスの警戒心は血香を醸し出す程だった。
気をはり巡らしているエリオスの頭へフェルディがそっと手を置く。
ビクッ!!!
ザッ!!!
チッチャ!!!
エリオスはすかさず一歩セルジオへ近づくとセルジオを背中にかばい、腰の短剣に手を伸ばした。
「・・・・」
フェルディの手はその動きに行き場を失う。
「エリオス様、その様に過ぎた警戒はかえって人目を引きますぞ。特にここ商業部では血香を身に纏うのは危険です。スリやかどわかしの格好の餌食となりますぞ」
クリソプ騎士団第一隊長オッシがやれやれと言った眼差しをエリオスへ向ける。
「はっ!失礼を致しました。バルト殿とオスカーが同道しておりませんので・・・・つい・・・・」
エリオスはバツが悪そうに腰の短剣から手を離す。
フェルディがふふっと笑いエリオスへ近づいた。
ポンッ!
エリオスの頭にそっと右手を置く。
エリオスはフェルディを見上げた。
「エリオス様がセルジオ様の守護の騎士であることは我ら重々承知しています。されど、我らも団長よりセルジオ様とエリオス様の守護を任されております。少しは我らへも役目を担わせて下さい」
フェルディはエリオスへ微笑みを向けた。
エリオスはバルトとオスカーに普段から諭されていることをフェルディから言われ、ハッとする。
素直にフェルディへ詫びを入れた。
「フェルディ様、オッシ様、失礼を致しました。我が師オスカーとバルト殿からも常々言われているのです。己独りでセルジオ様を守護しようなどと思うなと。それは私の驕りとなると・・・・失礼を致しました」
ポンッポンッ
フェルディはエリオスの頭に置いた手をポンポンと二度ほど上下させ頷いた。
「エリオス様、詫びなど必要ありませんよ。ただ、我らに少しお役目をお譲り下さいと願ったまでのことです。それにその様に警戒をし続けていてはお身体が持ちますまい」
フェルディはエリオスの頭から手を離すとそうだと小さく呟いた。
「オッシ殿、この先で焼き立てのパンを売る店を見かけたのですが、立ち寄りませんか?騎士団城塞や従士棟では味わえないパンがあるとエマ殿が申されていました。一度、食したいものだと思っていたのです」
フェルディは嬉しそうにオッシへ顔を向ける。
「おお、それは名案!焼き菓子もありますから立ち寄ってみましょう」
オッシの言葉にセルジオとエリオスは顔を見合わせる。
焼き菓子は2人の大好物だった。
そうと決まればと4人は東門従士棟へ向かう道を少し外れた路地へと入った。
ザワッザワッ
ザワッザワッ
路地を抜けた角を曲がるとパン屋の他、肉や川魚、野菜や果物、花や薬草等を扱う商店がずらりと軒を並べる繁華街に出た。
丁度、朝の品出しが終わった頃合いで物を売り買いする人で溢れている。
先程いた通りよりもごった返していた。
サッ!
ギュ!
エリオスはセルジオの手を取るとギュッと握った。
セルジオはエリオスの顔を見る。
「セルジオ様、私と手を繋いでいて下さい。
これだけの人だかりですから離れてしまわれたら大変です」
セルジオはコクンと一つ頷いた。
「わかった。エリオス、感謝もうす」
セルジオはエリオスの手を握り返した。
オッシがフェルディへ顔を向ける。
「フェルディ殿、こちらでお待ち下さい。パン屋へは私が出向き、買ってまいります。丁度、混雑する時間帯でしたね。いやはや、ここまで混んでいては4人で動くと時を要します。こちらでお待ち下さい」
フェルディはオッシの申出を受け入れた。
「承知しました。オッシ殿、お願い致します」
カチャッ!
フェルディは腰に下げる小袋から銀貨を取り出そうとした。
オッシが慌てて止める。
「フェルディ殿、ここはクリソプ男爵領です。我が騎士団の膝元です。こちらへ滞在されている間は全て我らにお任せ下さい」
セルジオ達が各貴族騎士団を巡回する間の衣食住は滞在先の騎士団で賄う様にと王都騎士団総長からの書簡で指示がされていたのだ。
フェルディは自分はセルジオ一行ではないからとオッシに伝えるがオッシは何を言うかと笑って請負わなかった。
「大事ございません。我らの領地に滞在される間は我れにお任せ下さい。それこそ、先程フェルディ殿がエリオス様へ仰っていたことと同じですぞ」
オッシはわははっと笑い、足早にパン屋へ向かった。
「この度は、お言葉に甘えましょう」
フェルディはパン屋へ走るオッシの後ろ姿へ一礼をした。
「さっ、セルジオ様、エリオス様、オッシ殿が戻ってくるまで、果物でも買って・・・・・セルジオ様?・・・・エリオス様?・・・・」
フェルディが振り向くとセルジオとエリオスの姿が消えていた。
フワリッと一瞬甘い香りがフェルディの鼻をついた。
「!!!セルジオ様っ!!エリオス様っ!!!」
フェルディは慌てて辺りを見回す。
ザワッザワッ
ザワッザワッ
ぐるりと見回し、大声でセルジオとエリオスの名前を呼ぶがザワつく音に声はかき消された。
「セルジオ様っ!エリオス様っ!」
ダダダッ!!!
フェルディは通ってきた路地へ向かう。
うっすらと黒い靄の様な霧に包まれた気がした。
「セルジオ様っ!!エリオス様っ!!」
元いた場所に戻ってもセルジオとエリオスの姿はなかった。
「・・・・これはっ!!セルジオ様っ!エリオス様っ!どちらへ・・・・セルジオ様っ!エリオス様っ!!」
フェルディは大声でセルジオとエリオスの名前を呼び続け辺りを探すのだった。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
バルトとオスカーがいない時にセルジオとエリオスが突如姿を消しました。
『甘い香』と『黒い靄』を残して・・・・
いよいよ、闇と東の歪みが動き出します。
闇の登場の回は
第2章 第39話:インシデント36 ラドフォールの共闘
をご覧下さいませ。
次回もよろしくお願い致します。
農村部、商業部、工業部が明確に区分されたクリソプ男爵領はこれまで辿ってきた3つの貴族所領よりも貧富の差が明らかに感じられた。
娼館の小さな広場で命を落とした少年から貧しさとはどういう事なのかを知る機会にもなった。
ラドフォール騎士団、影部隊のヨシュカに言われた言葉の意味をセルジオとエリオスは垣間見たのだった。
その日、セルジオとエリオスはカリソベリル騎士団第一隊長フェルディとクリソプ男爵団第一隊長オッシと共に東門に隣接する騎士団従士棟へ向かっていた。
いつもはバルトとオスカーが従士棟から騎士団城塞の訓練場へ赴き、早朝訓練を騎士団騎士と従士と共に行う。
その後はクリソプ男爵領を団長アドラーが自ら案内することが日課の様になっていた。
「セルジオ様、従士棟まで歩けますか?」
カリソベリル騎士団第一隊長フェルディが石畳の道を進むセルジオへ声を掛ける。
セルジオはフェルディを見上げ、呼応した。
「はい、歩けます。足腰を鍛えるには歩く事が一番だとバルトが申しています。ここの所、馬に乗ることばかりでしたから訓練に丁度よいです」
セルジオはフェルディへニコリと微笑んだ。
フェルディは目を細めセルジオを見下す。
「左様ですか。バルト殿とオスカー殿はいついかなる時も訓練を怠らないのですね。セルジオ様とエリオス様の強さがどこからくるのかが解ります」
フェルディはセルジオの隣を歩くエリオスへも眼を向けた。
エリオスはセルジオとフェルディの会話が耳に入っていない様だった。
商会や商店が立ち並ぶ商業部は荷馬車や人の往来が盛んで混雑している。
ひっきりなしに行き交う人や荷馬車に巻き込まれはしないかと気が気でない様子が窺える。
エリオスは二三日前、セルジオが背後からぶつかられ、前へ倒れた拍子に両手にすり傷を負った二の舞にならないようにと周囲に目を光らせていたのだ。
まして、今日はバルトもオスカーも同行していない。
エリオスの警戒心は血香を醸し出す程だった。
気をはり巡らしているエリオスの頭へフェルディがそっと手を置く。
ビクッ!!!
ザッ!!!
チッチャ!!!
エリオスはすかさず一歩セルジオへ近づくとセルジオを背中にかばい、腰の短剣に手を伸ばした。
「・・・・」
フェルディの手はその動きに行き場を失う。
「エリオス様、その様に過ぎた警戒はかえって人目を引きますぞ。特にここ商業部では血香を身に纏うのは危険です。スリやかどわかしの格好の餌食となりますぞ」
クリソプ騎士団第一隊長オッシがやれやれと言った眼差しをエリオスへ向ける。
「はっ!失礼を致しました。バルト殿とオスカーが同道しておりませんので・・・・つい・・・・」
エリオスはバツが悪そうに腰の短剣から手を離す。
フェルディがふふっと笑いエリオスへ近づいた。
ポンッ!
エリオスの頭にそっと右手を置く。
エリオスはフェルディを見上げた。
「エリオス様がセルジオ様の守護の騎士であることは我ら重々承知しています。されど、我らも団長よりセルジオ様とエリオス様の守護を任されております。少しは我らへも役目を担わせて下さい」
フェルディはエリオスへ微笑みを向けた。
エリオスはバルトとオスカーに普段から諭されていることをフェルディから言われ、ハッとする。
素直にフェルディへ詫びを入れた。
「フェルディ様、オッシ様、失礼を致しました。我が師オスカーとバルト殿からも常々言われているのです。己独りでセルジオ様を守護しようなどと思うなと。それは私の驕りとなると・・・・失礼を致しました」
ポンッポンッ
フェルディはエリオスの頭に置いた手をポンポンと二度ほど上下させ頷いた。
「エリオス様、詫びなど必要ありませんよ。ただ、我らに少しお役目をお譲り下さいと願ったまでのことです。それにその様に警戒をし続けていてはお身体が持ちますまい」
フェルディはエリオスの頭から手を離すとそうだと小さく呟いた。
「オッシ殿、この先で焼き立てのパンを売る店を見かけたのですが、立ち寄りませんか?騎士団城塞や従士棟では味わえないパンがあるとエマ殿が申されていました。一度、食したいものだと思っていたのです」
フェルディは嬉しそうにオッシへ顔を向ける。
「おお、それは名案!焼き菓子もありますから立ち寄ってみましょう」
オッシの言葉にセルジオとエリオスは顔を見合わせる。
焼き菓子は2人の大好物だった。
そうと決まればと4人は東門従士棟へ向かう道を少し外れた路地へと入った。
ザワッザワッ
ザワッザワッ
路地を抜けた角を曲がるとパン屋の他、肉や川魚、野菜や果物、花や薬草等を扱う商店がずらりと軒を並べる繁華街に出た。
丁度、朝の品出しが終わった頃合いで物を売り買いする人で溢れている。
先程いた通りよりもごった返していた。
サッ!
ギュ!
エリオスはセルジオの手を取るとギュッと握った。
セルジオはエリオスの顔を見る。
「セルジオ様、私と手を繋いでいて下さい。
これだけの人だかりですから離れてしまわれたら大変です」
セルジオはコクンと一つ頷いた。
「わかった。エリオス、感謝もうす」
セルジオはエリオスの手を握り返した。
オッシがフェルディへ顔を向ける。
「フェルディ殿、こちらでお待ち下さい。パン屋へは私が出向き、買ってまいります。丁度、混雑する時間帯でしたね。いやはや、ここまで混んでいては4人で動くと時を要します。こちらでお待ち下さい」
フェルディはオッシの申出を受け入れた。
「承知しました。オッシ殿、お願い致します」
カチャッ!
フェルディは腰に下げる小袋から銀貨を取り出そうとした。
オッシが慌てて止める。
「フェルディ殿、ここはクリソプ男爵領です。我が騎士団の膝元です。こちらへ滞在されている間は全て我らにお任せ下さい」
セルジオ達が各貴族騎士団を巡回する間の衣食住は滞在先の騎士団で賄う様にと王都騎士団総長からの書簡で指示がされていたのだ。
フェルディは自分はセルジオ一行ではないからとオッシに伝えるがオッシは何を言うかと笑って請負わなかった。
「大事ございません。我らの領地に滞在される間は我れにお任せ下さい。それこそ、先程フェルディ殿がエリオス様へ仰っていたことと同じですぞ」
オッシはわははっと笑い、足早にパン屋へ向かった。
「この度は、お言葉に甘えましょう」
フェルディはパン屋へ走るオッシの後ろ姿へ一礼をした。
「さっ、セルジオ様、エリオス様、オッシ殿が戻ってくるまで、果物でも買って・・・・・セルジオ様?・・・・エリオス様?・・・・」
フェルディが振り向くとセルジオとエリオスの姿が消えていた。
フワリッと一瞬甘い香りがフェルディの鼻をついた。
「!!!セルジオ様っ!!エリオス様っ!!!」
フェルディは慌てて辺りを見回す。
ザワッザワッ
ザワッザワッ
ぐるりと見回し、大声でセルジオとエリオスの名前を呼ぶがザワつく音に声はかき消された。
「セルジオ様っ!エリオス様っ!」
ダダダッ!!!
フェルディは通ってきた路地へ向かう。
うっすらと黒い靄の様な霧に包まれた気がした。
「セルジオ様っ!!エリオス様っ!!」
元いた場所に戻ってもセルジオとエリオスの姿はなかった。
「・・・・これはっ!!セルジオ様っ!エリオス様っ!どちらへ・・・・セルジオ様っ!エリオス様っ!!」
フェルディは大声でセルジオとエリオスの名前を呼び続け辺りを探すのだった。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
バルトとオスカーがいない時にセルジオとエリオスが突如姿を消しました。
『甘い香』と『黒い靄』を残して・・・・
いよいよ、闇と東の歪みが動き出します。
闇の登場の回は
第2章 第39話:インシデント36 ラドフォールの共闘
をご覧下さいませ。
次回もよろしくお願い致します。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
11
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる