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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~
第36話:蒼玉の共鳴
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朝の礼拝が終わると一行は直ぐに修道院を出発した。
アウィン山はリビアン山脈の中でも比較的標高が低く、なだらかな丘陵地が広がる。
丘陵地の先に切り立った岩山が見えた。ラドフォール騎士団第二の城塞、火焔の城塞だ。火焔の城塞もまた岩山を利用した岩盤城塞であった。
岩盤を削った登り坂を進む。
なだらかな弧を描きながら登ってきた右手の遥か下に修道院が小さく見えた。
セルジオはまるで空の上にいるようだと感じていた。
「・・・・バルド、空を歩いているようだ・・・・」
ポツリと呟く。
「左様にございますね。
セルジオ様、寒くはございませんか?」
「大事ない。寒くはない。
ただ、少し足の付け根が痛む。
火焔の城塞に到着したら診てほしい」
セルジオはやせ我慢することなく、身体の状態もバルドへ正直に伝える様になっていた。
「左様にございますか。承知しました。
火焔の城塞に到着するまで我慢できますか?」
バルドはセルジオの足の付け根にそっと触れる。擦り剥けた所から血が出ていないかを確認した。
「大事ない。我慢できる。一昨日よりは痛みはない」
セルジオは自身が感じるままをバルドへ伝える。
痛みをさほど感じないセルジオが痛みを訴えたはずだ。
バルドが触れた足の付け根は滲んだ血を含みうっすらと湿っていた。
それでもバルドはセルジオが伝えた通り、火焔の城塞に到着するまで足の付け根に滲む血の事は素知らぬことにした。
カコッカコッカコッ・・・・
カコッカコッカコッ・・・・
切り立った険しい崖を進む。道幅は徐々に狭くなっていくものの石畳で整備され、まるで訓練施設のある王都城壁回廊を馬で進んでいる様であった。
凹凸壁の向こう側へ目をやると丸い湖が見えた。キラキラと湖面が輝いている。
先頭を行くカルラが歩みを止め、バルドとオスカーが追いつくのを待っている。
「あの湖は遥か昔にアウィン山の地中深くから現れた魔物を
火の精霊サラマンダー様が火を噴き退けた戦いでできた窪みに
水が溜まり湖と伝えられています」
「丸いその形からサラマンダー様の眼とも言われています。
もう片方の眼はここからは見えませんが、
サラマンダー様はいつも我らを見守って下さっているのです」
カルラは優しい眼差しを湖に向け、馬上のセルジオ達に説明をした。
セルジオは水の城塞で水の精霊ウンディーネが水龍の姿で現れた事を思い出す。火の精霊サラマンダーは火龍の姿なのかとカルラに訊ねたくなった。
「カルラ様、
サラマンダー様のお姿をご覧になったことはありますか?」
唐突にカルラに訊ねる。
カルラは湖に向けていた視線をセルジオへ向けるとニコリと微笑み答えた。
「はい、
我ら精霊に仕える者は仕える精霊の姿を見、
その声を聴き、人々へ伝えることが役目です。
サラマンダー様の声音は地の底より響く、太く力強いものです。
お姿は火龍です。その時々でお姿を変える様ですが、
私は火龍のお姿しか目にした事はありません」
セルジオは考えていたことが当たったと嬉しく感じた。
「そうですか!やはり、火龍のお姿でしたか。
水の城塞で水の精霊ウンディーネ様のお姿を拝見しました。
サラマンダー様のお姿も見れますでしょうか・・・・」
「そうですね。
月の雫を助けよと申されていますからお姿を現されるやもしれません。
いずれにせよ明日は火焔の城塞北側にあります鉱山をご案内します」
「明後日は銀の採掘場とその昔、
魔物が現れたと伝えられている火口をご案内する予定です。
サラマンダー様がお姿を現されるとすれば火口でしょう。
お楽しみとして下さい」
カルラはニコリとセルジオへ微笑みを向けると再び先頭に戻っていった。
暫くすると堅牢な大門が見えてきた。ラドフォール騎士団第二の城塞、火焔の城塞の南門だ。
カルラは門の手前で止まると大きな声で開門を指示する。
「火焔の城塞、南門を開けよ!!
月の雫とその守護の騎士殿ご一行が到着したっ!開門っ!」
ガコッ!
ギギィィィィ・・・・
城塞門が重たい音を立てて開く。門の先には天空を渡す様な回廊の石畳が続いていた。
火焔の城塞が治める所領を覆う3段階の城壁門が開いた時は広がる丘陵地に圧倒された。
騎士団城塞門の先は天空にかかる石の橋の様で城塞の後ろにそびえるアウィン山が押し寄せてくる様だった。
「ゴクリッ・・・・」
セルジオは山が攻めてくる様な錯覚を覚え、生まれて初めて固唾を飲んだ。
ブルリッ・・・・
自然に身体が震えた。後ろにいるバルドの懐へ無意識に背中を寄せる。
「セルジオ様、お寒いですか?」
バルドがセルジオの様子に少し前かがみになり、セルジオの顔を覗いた。
セルジオは覗いたバルドの深い紫色の瞳をチラリと見ると手綱を握るバルドの腕にしがみついた。
ブルリッ・・・・
ブルリッ・・・・
フルフルフル・・・・
セルジオの身体は小刻みに震えている。
未だかつて見たことがないセルジオの様子にバルドは左手の手綱を右手に持たせると左腕でセルジオを抱えた。
「セルジオ様っ!いかがされましたか!」
セルジオは身体をよじり、バルドの右腕にしがみつきフルフルと震えている。
「バルド・・・・身体が・・・・身体が縮む・・・・
胸の奥が少し苦しい・・・・うぅっ・・・・」
チリッ・・・・チリチリ・・・・
チリッ・・・・チリチリ・・・・
セルジオが苦しそうにバルドの右腕を掴んでいるとバルドの左腰に備えている蒼玉の短剣がチリチリと振動を始めた。
チリチリチリ・・・・
チリチリチリ・・・・
バルドは後ろから来るオスカーへ顔を向ける。
オスカーもまた、エリオスを抱きかかえ、バルドへ視線を向けていた。
バルドは馬の鼻先を後ろへ向けるとオスカーへ小走りで近づいた。
「オスカー殿、
エリオス様も胸が苦しいと申されていますか?・・・・」
バルドがオスカーへ近づくと2人の腰に携えている蒼玉の短剣が突然、蒼い光を放った。
キィィィィン!!!
キィィィィン!!!
光と同時に耳なりに似た音が辺りに響く。
「うぅ・・・・」
バルドはセルジオを抱き寄せるとセルジオの耳を塞《ふさ》いだ。
「バルドっ!!!痛いっ!!耳が痛いっ!!!」
セルジオが珍しく絶叫の様な大声を上げる。
「痛いっ!!!耳も!胸も!痛いっ!!!
バルドっ!助けてくれっ!!」
セルジオはバルドの胸に顔をうずめ、激しく震えている。
「セルジオ様っ!!!」
エリオスもセルジオと同じ様にオスカーの胸に顔をうずめ震えているのがバルドの目に入った。
キィィィィン!!!
キィィィィン!!!
キィィィィン!!!
耳をつんざく音が大きさを増した。
シャアーーーーン!!
シャアーーーーン!!
シャアーーーーン!!
石畳の道の凹凸壁から蒼い光が天に向けて光を放った。
火焔の城塞までの道を蒼い光が包む。
蒼い光は火焔の城塞北側のアウィン山鉱山から城塞をドーム状に包みこんだ。
バルドとオスカーの腰に携える蒼玉の短剣から発せられる蒼い光は火焔の城塞北側を指している。
セルジオとエリオスの胸に下がる月の雫の首飾りから青白い光が放射線状に広がった。
先頭を行くカルラは、ドーム状に広がる蒼い光を見上げ呟く。
「・・・・これは・・・・蒼玉の共鳴か・・・・」
光が満ちると耳をつんざく音が消える。
綺麗な蒼い光のドームの中に青白い放射線状の光が満たされるとキラキラと光の粒が舞い降りてきた。
上空から蒼い光がとけていく。
「うぅぅ・・・・」
セルジオとエリオスは痛みがおさまったのか顔を上げた。
「セルジオ様っ!大事ございませんかっ!」
バルドがセルジオを抱きかかえ、見上げた顏をのぞく。
セルジオの目から涙がポロリとこぼれた。
温かい何かが頬を伝う感覚にセルジオは頬に触れる。
ピクリッ!
濡れた指先をそっと見つめるとバルドの深い紫色の瞳を見つめた。
「・・・・バルド・・・・これは・・・・
これは・・・・これが涙か?・・・・」
ペロリッ・・・・
セルジオは涙がついた指先をなめる。
なめた指先をじっと見つめ、ぎこちなくバルドを見上げる。
「・・・・塩の・・・・塩のようだ・・・・」
セルジオが初めて流した涙は身体の痛みから起こる反応だった。
心が震え流した涙ではなかった。それでもセルジオが涙と自覚できたことをバルドは嬉しく思った。
「左様です!セルジオ様、涙です。
涙は、塩の様な味がするのです」
バルドはセルジオを抱きしめると頭に口づけをする。
「耳と胸の痛みは治まりましたか?大事ございませんか?」
抱きしめ、頭に口づけをしたまま優しい声音で尋ねる。
「大事ない。耳の痛みも胸の痛みもなくなった」
バルドの胸に顔をうずめたままセルジオは呼応した。
カコッカコッカコッ・・・・
カコッカコッカコッ・・・・
カルラがバルドとオスカーに歩み寄ると驚きと嬉しさが入り混じる声音で目の前で起きた事の説明をする。
「驚きましたっ!驚きましたっ!!
ラドフォールの者でさえ、いえ、兄上や私でさえ、いいえ、いいえ!
父である現ラドフォール公爵当主でさえ成し得なかった蒼玉の共鳴をっ!」
「あぁ・・・・あぁ!!そう言う事ですか!
サラマンダー様がなぜ青き血が流れるコマンドールと
その守護の騎士の助けになれと再三申されていたのか合点がいきましたっ!
蒼玉の共鳴を成し得ることをお示し下さっていたのかっ!
ああぁぁ!!そうでしたかっ!」
カルラは1人納得した様子でブツブツと呟いている。暫くすると起こった事象と考えがまとまったのかバルドとオスカーの顔を交互に見る。
「バルド殿、オスカー殿、
我が火焔の城塞では蒼玉と銀の採掘を担っています。
火焔の城塞北側にあるアウィン山から採掘される蒼玉は
その色と輝きが良質でアウィン山からしか採掘できない
『アウィンの蒼玉』と謳われています」
「されど近頃、全くと言っていい程その姿が見えなくなりました。
それでなくても稀少な石であるのに採れなくなれば尚更、稀少となります。
稀少で価値が高い物となると争いの火種となりかねません」
「そこで、蒼玉の採掘場へ立ち入ることができる者を制限しました。
立ち入る者を制限すればより採掘量は減ります。
我ら火焔の城塞の者が必ず立会することが必要にもなります」
「何とか採掘量を増やす手立てはないかと
古の文献と火焔の城塞に伝わる逸話を調べました。
すると蒼玉同士がお互いを引き寄せ合う
『蒼玉の共鳴』を引き出すことができれば
採掘場所が限定できることがわかったのです」
「『月の雫に愛されし者、月の雫と共に闇夜を照らす灯火となる者、
揺るぎなき心の象徴を身に宿し、かの地に足を踏み入れる。
蒼き光が青白き光を覆い、天より地上に舞い降りる。
慈愛と誠実の柱が現れ蒼玉の姿を映し出す。
魔を退け、星城へと導びく蒼き光に従え』」
「古の文献と火焔の城塞に伝わる逸話です。
そうであれば蒼玉の共鳴を引き出すには月の雫が必要となります。
兄上の治める水の城塞は月の雫を採掘しています。
月の雫を持ち、蒼玉を身に着け、採掘場へ入りました」
「しかし、何の反応もなかった。
兄上、私、父である当主、そして前団長で第一の城塞を治める叔父と
人を変えて試しましたが、何の反応もなかったのです」
「驚きましたっ!!納得しましたっ!!
バルド殿とオスカー殿は蒼玉の石言葉そのままのお人柄。
主に対する揺るぎなき忠誠の心を持ち、慈愛に満ち、誠実でいらっしゃる」
「そして、セルジオ様は月の雫を身に着け、
かつては月の雫と謳われた初代セルジオ様の生まれ変わり。
それ故!サラマンダー様は全てわかっていらしたっっ!
青き血が流れるコマンドールと守護の騎士が
争いの火種を絶やすとわかっていらしたっ!」
「ああああーーー!!
このこと早く兄上に伝えたい!父上と叔父上に伝えたいっ!」
カルラは興奮気味に上空を見つめた。
「・・・・」
バルドはセルジオ騎士団城塞、西の屋敷でポルデュラから手渡された蒼玉の短剣と月の雫の首飾りはこのことを見通した上でのことであった様に感じた。
『ポルデュラ様は全て見通されていたのだろう・・・
事を成しえたとお伝えしておかねばならぬな』
バルドは抱きしめたままのセルジオの頭をそっとなでながらポルデュラへの伝言を頭の中で思い浮かべるのであった。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂き、ありがとうございます。
旅立ちの前にポルデュラから手渡された餞の品『月の雫』の首飾りと『蒼玉』の短剣。
それぞれの身を守る物が実は争いの火種を消滅させるアイテムだった回でした。
石には『意志』と『意思』が宿ると言われていますが本当のことだったのだなと改めて感じました。
この先の旅路でもセルジオ達を守ってくれるアイテムでありますように。
明日もよろしくお願い致します。
アウィン山はリビアン山脈の中でも比較的標高が低く、なだらかな丘陵地が広がる。
丘陵地の先に切り立った岩山が見えた。ラドフォール騎士団第二の城塞、火焔の城塞だ。火焔の城塞もまた岩山を利用した岩盤城塞であった。
岩盤を削った登り坂を進む。
なだらかな弧を描きながら登ってきた右手の遥か下に修道院が小さく見えた。
セルジオはまるで空の上にいるようだと感じていた。
「・・・・バルド、空を歩いているようだ・・・・」
ポツリと呟く。
「左様にございますね。
セルジオ様、寒くはございませんか?」
「大事ない。寒くはない。
ただ、少し足の付け根が痛む。
火焔の城塞に到着したら診てほしい」
セルジオはやせ我慢することなく、身体の状態もバルドへ正直に伝える様になっていた。
「左様にございますか。承知しました。
火焔の城塞に到着するまで我慢できますか?」
バルドはセルジオの足の付け根にそっと触れる。擦り剥けた所から血が出ていないかを確認した。
「大事ない。我慢できる。一昨日よりは痛みはない」
セルジオは自身が感じるままをバルドへ伝える。
痛みをさほど感じないセルジオが痛みを訴えたはずだ。
バルドが触れた足の付け根は滲んだ血を含みうっすらと湿っていた。
それでもバルドはセルジオが伝えた通り、火焔の城塞に到着するまで足の付け根に滲む血の事は素知らぬことにした。
カコッカコッカコッ・・・・
カコッカコッカコッ・・・・
切り立った険しい崖を進む。道幅は徐々に狭くなっていくものの石畳で整備され、まるで訓練施設のある王都城壁回廊を馬で進んでいる様であった。
凹凸壁の向こう側へ目をやると丸い湖が見えた。キラキラと湖面が輝いている。
先頭を行くカルラが歩みを止め、バルドとオスカーが追いつくのを待っている。
「あの湖は遥か昔にアウィン山の地中深くから現れた魔物を
火の精霊サラマンダー様が火を噴き退けた戦いでできた窪みに
水が溜まり湖と伝えられています」
「丸いその形からサラマンダー様の眼とも言われています。
もう片方の眼はここからは見えませんが、
サラマンダー様はいつも我らを見守って下さっているのです」
カルラは優しい眼差しを湖に向け、馬上のセルジオ達に説明をした。
セルジオは水の城塞で水の精霊ウンディーネが水龍の姿で現れた事を思い出す。火の精霊サラマンダーは火龍の姿なのかとカルラに訊ねたくなった。
「カルラ様、
サラマンダー様のお姿をご覧になったことはありますか?」
唐突にカルラに訊ねる。
カルラは湖に向けていた視線をセルジオへ向けるとニコリと微笑み答えた。
「はい、
我ら精霊に仕える者は仕える精霊の姿を見、
その声を聴き、人々へ伝えることが役目です。
サラマンダー様の声音は地の底より響く、太く力強いものです。
お姿は火龍です。その時々でお姿を変える様ですが、
私は火龍のお姿しか目にした事はありません」
セルジオは考えていたことが当たったと嬉しく感じた。
「そうですか!やはり、火龍のお姿でしたか。
水の城塞で水の精霊ウンディーネ様のお姿を拝見しました。
サラマンダー様のお姿も見れますでしょうか・・・・」
「そうですね。
月の雫を助けよと申されていますからお姿を現されるやもしれません。
いずれにせよ明日は火焔の城塞北側にあります鉱山をご案内します」
「明後日は銀の採掘場とその昔、
魔物が現れたと伝えられている火口をご案内する予定です。
サラマンダー様がお姿を現されるとすれば火口でしょう。
お楽しみとして下さい」
カルラはニコリとセルジオへ微笑みを向けると再び先頭に戻っていった。
暫くすると堅牢な大門が見えてきた。ラドフォール騎士団第二の城塞、火焔の城塞の南門だ。
カルラは門の手前で止まると大きな声で開門を指示する。
「火焔の城塞、南門を開けよ!!
月の雫とその守護の騎士殿ご一行が到着したっ!開門っ!」
ガコッ!
ギギィィィィ・・・・
城塞門が重たい音を立てて開く。門の先には天空を渡す様な回廊の石畳が続いていた。
火焔の城塞が治める所領を覆う3段階の城壁門が開いた時は広がる丘陵地に圧倒された。
騎士団城塞門の先は天空にかかる石の橋の様で城塞の後ろにそびえるアウィン山が押し寄せてくる様だった。
「ゴクリッ・・・・」
セルジオは山が攻めてくる様な錯覚を覚え、生まれて初めて固唾を飲んだ。
ブルリッ・・・・
自然に身体が震えた。後ろにいるバルドの懐へ無意識に背中を寄せる。
「セルジオ様、お寒いですか?」
バルドがセルジオの様子に少し前かがみになり、セルジオの顔を覗いた。
セルジオは覗いたバルドの深い紫色の瞳をチラリと見ると手綱を握るバルドの腕にしがみついた。
ブルリッ・・・・
ブルリッ・・・・
フルフルフル・・・・
セルジオの身体は小刻みに震えている。
未だかつて見たことがないセルジオの様子にバルドは左手の手綱を右手に持たせると左腕でセルジオを抱えた。
「セルジオ様っ!いかがされましたか!」
セルジオは身体をよじり、バルドの右腕にしがみつきフルフルと震えている。
「バルド・・・・身体が・・・・身体が縮む・・・・
胸の奥が少し苦しい・・・・うぅっ・・・・」
チリッ・・・・チリチリ・・・・
チリッ・・・・チリチリ・・・・
セルジオが苦しそうにバルドの右腕を掴んでいるとバルドの左腰に備えている蒼玉の短剣がチリチリと振動を始めた。
チリチリチリ・・・・
チリチリチリ・・・・
バルドは後ろから来るオスカーへ顔を向ける。
オスカーもまた、エリオスを抱きかかえ、バルドへ視線を向けていた。
バルドは馬の鼻先を後ろへ向けるとオスカーへ小走りで近づいた。
「オスカー殿、
エリオス様も胸が苦しいと申されていますか?・・・・」
バルドがオスカーへ近づくと2人の腰に携えている蒼玉の短剣が突然、蒼い光を放った。
キィィィィン!!!
キィィィィン!!!
光と同時に耳なりに似た音が辺りに響く。
「うぅ・・・・」
バルドはセルジオを抱き寄せるとセルジオの耳を塞《ふさ》いだ。
「バルドっ!!!痛いっ!!耳が痛いっ!!!」
セルジオが珍しく絶叫の様な大声を上げる。
「痛いっ!!!耳も!胸も!痛いっ!!!
バルドっ!助けてくれっ!!」
セルジオはバルドの胸に顔をうずめ、激しく震えている。
「セルジオ様っ!!!」
エリオスもセルジオと同じ様にオスカーの胸に顔をうずめ震えているのがバルドの目に入った。
キィィィィン!!!
キィィィィン!!!
キィィィィン!!!
耳をつんざく音が大きさを増した。
シャアーーーーン!!
シャアーーーーン!!
シャアーーーーン!!
石畳の道の凹凸壁から蒼い光が天に向けて光を放った。
火焔の城塞までの道を蒼い光が包む。
蒼い光は火焔の城塞北側のアウィン山鉱山から城塞をドーム状に包みこんだ。
バルドとオスカーの腰に携える蒼玉の短剣から発せられる蒼い光は火焔の城塞北側を指している。
セルジオとエリオスの胸に下がる月の雫の首飾りから青白い光が放射線状に広がった。
先頭を行くカルラは、ドーム状に広がる蒼い光を見上げ呟く。
「・・・・これは・・・・蒼玉の共鳴か・・・・」
光が満ちると耳をつんざく音が消える。
綺麗な蒼い光のドームの中に青白い放射線状の光が満たされるとキラキラと光の粒が舞い降りてきた。
上空から蒼い光がとけていく。
「うぅぅ・・・・」
セルジオとエリオスは痛みがおさまったのか顔を上げた。
「セルジオ様っ!大事ございませんかっ!」
バルドがセルジオを抱きかかえ、見上げた顏をのぞく。
セルジオの目から涙がポロリとこぼれた。
温かい何かが頬を伝う感覚にセルジオは頬に触れる。
ピクリッ!
濡れた指先をそっと見つめるとバルドの深い紫色の瞳を見つめた。
「・・・・バルド・・・・これは・・・・
これは・・・・これが涙か?・・・・」
ペロリッ・・・・
セルジオは涙がついた指先をなめる。
なめた指先をじっと見つめ、ぎこちなくバルドを見上げる。
「・・・・塩の・・・・塩のようだ・・・・」
セルジオが初めて流した涙は身体の痛みから起こる反応だった。
心が震え流した涙ではなかった。それでもセルジオが涙と自覚できたことをバルドは嬉しく思った。
「左様です!セルジオ様、涙です。
涙は、塩の様な味がするのです」
バルドはセルジオを抱きしめると頭に口づけをする。
「耳と胸の痛みは治まりましたか?大事ございませんか?」
抱きしめ、頭に口づけをしたまま優しい声音で尋ねる。
「大事ない。耳の痛みも胸の痛みもなくなった」
バルドの胸に顔をうずめたままセルジオは呼応した。
カコッカコッカコッ・・・・
カコッカコッカコッ・・・・
カルラがバルドとオスカーに歩み寄ると驚きと嬉しさが入り混じる声音で目の前で起きた事の説明をする。
「驚きましたっ!驚きましたっ!!
ラドフォールの者でさえ、いえ、兄上や私でさえ、いいえ、いいえ!
父である現ラドフォール公爵当主でさえ成し得なかった蒼玉の共鳴をっ!」
「あぁ・・・・あぁ!!そう言う事ですか!
サラマンダー様がなぜ青き血が流れるコマンドールと
その守護の騎士の助けになれと再三申されていたのか合点がいきましたっ!
蒼玉の共鳴を成し得ることをお示し下さっていたのかっ!
ああぁぁ!!そうでしたかっ!」
カルラは1人納得した様子でブツブツと呟いている。暫くすると起こった事象と考えがまとまったのかバルドとオスカーの顔を交互に見る。
「バルド殿、オスカー殿、
我が火焔の城塞では蒼玉と銀の採掘を担っています。
火焔の城塞北側にあるアウィン山から採掘される蒼玉は
その色と輝きが良質でアウィン山からしか採掘できない
『アウィンの蒼玉』と謳われています」
「されど近頃、全くと言っていい程その姿が見えなくなりました。
それでなくても稀少な石であるのに採れなくなれば尚更、稀少となります。
稀少で価値が高い物となると争いの火種となりかねません」
「そこで、蒼玉の採掘場へ立ち入ることができる者を制限しました。
立ち入る者を制限すればより採掘量は減ります。
我ら火焔の城塞の者が必ず立会することが必要にもなります」
「何とか採掘量を増やす手立てはないかと
古の文献と火焔の城塞に伝わる逸話を調べました。
すると蒼玉同士がお互いを引き寄せ合う
『蒼玉の共鳴』を引き出すことができれば
採掘場所が限定できることがわかったのです」
「『月の雫に愛されし者、月の雫と共に闇夜を照らす灯火となる者、
揺るぎなき心の象徴を身に宿し、かの地に足を踏み入れる。
蒼き光が青白き光を覆い、天より地上に舞い降りる。
慈愛と誠実の柱が現れ蒼玉の姿を映し出す。
魔を退け、星城へと導びく蒼き光に従え』」
「古の文献と火焔の城塞に伝わる逸話です。
そうであれば蒼玉の共鳴を引き出すには月の雫が必要となります。
兄上の治める水の城塞は月の雫を採掘しています。
月の雫を持ち、蒼玉を身に着け、採掘場へ入りました」
「しかし、何の反応もなかった。
兄上、私、父である当主、そして前団長で第一の城塞を治める叔父と
人を変えて試しましたが、何の反応もなかったのです」
「驚きましたっ!!納得しましたっ!!
バルド殿とオスカー殿は蒼玉の石言葉そのままのお人柄。
主に対する揺るぎなき忠誠の心を持ち、慈愛に満ち、誠実でいらっしゃる」
「そして、セルジオ様は月の雫を身に着け、
かつては月の雫と謳われた初代セルジオ様の生まれ変わり。
それ故!サラマンダー様は全てわかっていらしたっっ!
青き血が流れるコマンドールと守護の騎士が
争いの火種を絶やすとわかっていらしたっ!」
「ああああーーー!!
このこと早く兄上に伝えたい!父上と叔父上に伝えたいっ!」
カルラは興奮気味に上空を見つめた。
「・・・・」
バルドはセルジオ騎士団城塞、西の屋敷でポルデュラから手渡された蒼玉の短剣と月の雫の首飾りはこのことを見通した上でのことであった様に感じた。
『ポルデュラ様は全て見通されていたのだろう・・・
事を成しえたとお伝えしておかねばならぬな』
バルドは抱きしめたままのセルジオの頭をそっとなでながらポルデュラへの伝言を頭の中で思い浮かべるのであった。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂き、ありがとうございます。
旅立ちの前にポルデュラから手渡された餞の品『月の雫』の首飾りと『蒼玉』の短剣。
それぞれの身を守る物が実は争いの火種を消滅させるアイテムだった回でした。
石には『意志』と『意思』が宿ると言われていますが本当のことだったのだなと改めて感じました。
この先の旅路でもセルジオ達を守ってくれるアイテムでありますように。
明日もよろしくお願い致します。
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激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
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以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
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しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
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