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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~

第32話:嫉妬と忠誠の狭間

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林道を東へ進むと三方向に分かれる分岐にぶつかった。

「どう、どう・・・・」

ラルフが荷馬車を止める。荷馬車の左右に並行しているバルドとオスカーも馬を止めた。

「バルド殿、オスカー殿、北へ向かう道を進みます。
この先に火焔の城塞城門があります。
後小一時間程で城門に到着します」

ガタッガタッ・・・・

ラルフが二頭立ての馬の向きを北へ向けているとバルドが声を掛けた。

「ラルフ殿、
我らと火焔の城塞城門まで同道下さった後は、この場へ戻られるのですか?
ラドフォール公爵居城はこの道を南へ向かうのですよね?」

「バルド殿、そうです。
皆様を城門までお送りした後、こちらへ戻ります。
城門までの林道の様子も確認しますので、なんら不都合はありません」

バルドはできるだけラルフ達に負担を掛けたくないと考えていた。

「左様ですか・・・・
ラドフォール公爵居城の街での荷の入替の後、
火焔の城塞麓の修道院へも足を運ばれるのですか?」

ラルフはバルドの言葉に一瞬、怪訝けげんな表情を浮かべる。
バルドはラルフの表情を見るとこれは失礼と言わんばかりに言葉をつないだ。

「いえ、
このまま一本道であれば火焔の城塞城門まで
我らだけでも道に迷うことはないと思いまして。
陽が暮れる時が早い時季でもありますから、
ここで別れ進んだ方がよいように思います。いかがですか?」

「・・・・」

ラルフはバルドの申出もうしでに心を打たれ、言葉を失った。

「ラルフ殿が慣れた道であることは重々承知していますが、
荷の積み下ろしもありましょうからよろしければ、
ここからは我らだけで城門まで向かいます」

バルドはラルフが行動の選択をせずに済む様に自ら別れて進むと伝える。

「バルド殿、お申出もうしで、感謝します。
我らへのお心使いに感謝します。
お言葉に甘え、このままラドフォール公爵居城へ向かえば急がずにすみます」

ラルフは素直にバルドの申出に従う意を表した。
ラルフの隣にいたブリーツが頭を下げる。

カコッカコッ・・・・
カコッカコッ・・・・

そうと決まると荷馬車の右側で並行していたバルドは荷馬車の後ろへ回り荷台に乗っているヨシュカに声を掛けた。

「ヨシュカ殿、ここまでの同道、感謝申します。
これより我らのみで火焔の城塞へ向かいます。
いずれまたお会いするまでお別れにございます。お元気で」

荷台の中央辺りの縁に寄りかかり、書物を手にしていたヨシュカがバルドの声にピクリッと身体を浮かせた。
バルドは自身の前で馬にまたがるセルジオに挨拶するよううながす。

「ヨシュカ、ここまでの同道、感謝もうす。その・・・・」

セルジオは一瞬、鞍の取っ手に目を落とし、ヨシュカへ掛ける言葉を探した。

ドカッドカッドカッ!!

ヨシュカはセルジオの言葉がつまると荷台の後ろまで大きな足音を立てて近づいた。

「お前っ!
俺はお前が嫌いだっ!顔を見るのも声を聞くのもごめんだっ!!
この先もそれは変わらないっ!絶対に変わらないっ!
アロイス様の命令でなければ二度と会いたくもないっ!
だから何も言うなっ!俺に話し掛けるなっ!わかったかっ!」

ヨシュカは顔を真っ赤にしてセルジオへ怒声を上げた。

「・・・・」

セルジオは荷台の縁に足をかけ、今にもセルジオに掴みかかりそうな勢いのヨシュカを見つめる。少しの間を置き、小さな声でポツリと呟いた。

「・・・・そうか・・・・承知した・・・・」

バルドはセルジオがヨシュカへどのような言葉を返すのかを黙って見ていた。この場は何もせずに立ち去るしかないと判断するとヨシュカへ優しい微笑みを向ける。

「ヨシュカ殿、お元気で」

カコッカコッ・・・・

バルドは馬をオスカーとエリオスが待つ荷馬車の左側へ寄せる。
バルドとオスカーは馬を並べてラルフとブリーツへ同道の礼を言った。

「ラルフ殿、ブリーツ殿、同道のこと感謝申します。
二月ふたつきの後、クリソプ男爵領でお会いしましょう」

「はい。バルド殿、オスカー殿、ご武運を祈っています。
セルジオ様、エリオス様、再びお会いできる時までお元気で」

ラルフがヨシュカの言動に申し訳なさそうな顔をしながら挨拶をする。
ブリーツはセルジオへ優しい眼を向けていた。

「セルジオ様、エリオス様、
バルド殿とオスカー殿はお二人の守護の騎士です。
されど守護の騎士の前に師であり、父母の様でもあります。
どうぞ、バルド殿とオスカー殿が存分にそのお役目を果たせるよう、
あるじとしてよくよくお考えのある行いをなさって下さい」

セルジオとエリオスは馬上で顔を見合わすとラルフとブリーツへ礼を言った。

「ラルフ殿、ブリーツ殿、お言葉、感謝申します。道中、お気をつけて」

「はい。では、これにて」

パシッ!
ガタッゴトッ・・・・
ガタッゴトッ・・・・

ラルフ達の荷馬車は林道の分岐を南へ向かっていった。
バルドとオスカーは南へ向かう荷馬車を暫く見送ることにした。
荷台の中央辺りの縁に寄りかかり、書物を手にしているヨシュカは、そこには何も見えていないかのように振舞っていた。

オスカーは荷馬車の荷台を見つめバルドへ声を掛ける。

「バルド殿、ヨシュカ殿はあのままでよろしかったのですか?」

「・・・・左様ですね・・・・
今は何を話そうとも聞き入れはしないでしょう。
人は己の周りで起こること以外を思い描くことはできませんから・・・・
ヨシュカ殿にはヨシュカ殿の世界があり、
我らには我らの世界があります。今は致し方ありません・・・・」

バルドは珍しく少し哀し気な声音でオスカーへ呼応した。

「左様ですね。だからこそ、見聞が必要ですね。
セルジオ様、エリオス様、これよりは益々、
今までとは全く異なる出来事が待ち受けています。
存分に見聞いたしましょう」

オスカーはセルジオとエリオスへ優しい微笑みを向けた。
エリオスはセルジオへ心配そうな顔を向ける。
セルジオは何も言わずに荷馬車が小さくなるのを見つめていた。

「では、我らも参りましょう。
オスカー殿、火焔の城塞城門まで早がけいたしますか!
道が整っていますから馬を走らせましょう」

「承知しました」

カチャリッ!
カチャリッ!

バルドとオスカーはセルジオとエリオスをそれぞれ早がけようの革のベルトで固定する。

「セルジオ様、
よろしいですか?早がけします。
鞍の取っ手を離さないようにして下さい。久しぶりの早がけです。
足の傷もありますから痛みがあるようでしたら私の足に合図を下さい」

セルジオは首を後ろへひねり、バルドの深い紫色の瞳を見て呼応した。

「承知した。痛みがあればすぐにバルドの足に合図をする」

セルジオは一瞬、何か言いたげな表情を見せたが何も言わずに前を向くと鞍の取っ手を強く握った。

「オスカー殿、ご準備、よろしいですか?」

「はい。整っています」

「では、まいりましょう。ハァッ!」

パシッ!
ヒィヒィィン
パカラッ!パカラッ!パカラッ!

「ハァッ!」

パシッ!
ヒィヒィィン
パカラッ!パカラッ!パカラッ!

バルドの後にオスカーが続き、火焔の城塞城門へ向け馬を走らせた。

ガタッゴトッ・・・・
ガタッゴトッ・・・・

「ラルフ、バルド殿たちは早がけで向かったようだな」

分岐の林道を南へ向かう荷馬車でラルフの隣に座っているブリーツが馬のひづめの音を感じ取りラルフへ伝える。

「そうだな・・・・
我らとの同道では早がけもできまい。分かれて進みよかったのだ」

ガタッゴトッ・・・・
ガタッゴトッ・・・・

「・・・・・」

ブリーツは行く手を見ながら答えるラルフの横顔をじっと見つめる。

「なんだ?ブリーツ・・・・何か言いたいことがあるのか?」

ラルフがブリーツの視線に問いかける。

「・・・・いや・・・・ヨシュカのことだ・・・・
ラルフも気付いているのだろう?」

「ヨシュカが、感情をあらわにしないヨシュカが
あそこまでセルジオ様に敵意てきいをむき出しにするとは・・・・
アロイス様への忠誠の強さが裏目に出たと思っていたのだ」

「セルジオ様との別れ際にアロイス様はセルジオ様を抱きしめられた。
しかも、地に膝をついてだ。あのようなアロイス様を初めて見た。
ヨシュカもアロイス様に抱きしめられることはあるが・・・・
あのように愛おしそうに抱きしめられることはないからな・・・・
目の前であのような姿を見せられれば・・・・
胸の苦しくなる思いをしたのではないかと思ってな・・・・」

ブリーツは先程までの荷運びのラルフ一家のラルフの妻としての話し方ではなく、シャッテンの副隊長としての口調でラルフへ伝える。

「・・・・」

ラルフは変わらず行く手を見つめ、黙ってブリーツの話を聞いていた。
ブリーツはチラリと荷台へ目をやるとヨシュカの様子を確認する。
ヨシュカは薄暗い荷台で書物を読んでいた。

「あのように・・・・
読み書きも数も地図までも必死に覚えているのも
アロイス様に言われているからだ。
ラドフォールのシャッテンとして物の売買に必要なことは
全て身に付けよと言われているからだ。
アロイス様も少しはヨシュカの眼を気にして下さればよろしいものを・・・・
あれではヨシュカが・・・・」

「ブリーツっ!!もうよさないかっ!」

ラルフがヨシュカを気遣うブリーツの言葉をさえぎった。

「物事は全て表裏一体なのだ。
正があれば悪が生まれ、光が射せば影が生まれる。
忠誠があれば嫉妬が生まれるのも致し方ないことだ・・・・」

「それをわかった上で我らはラドフォールのシャッテンとしての
役目を果たさねばならんだろう。
ヨシュカが感情をあらわにしたのは喜びでありうれいでもある」

「我らは己の感情を表に出してはならんのだ。
制御ではない。感情を抱くことさえ許されない。
そういう役目だろう?
ブリーツ、シャッテンの副隊長であるお前らしくもない事を言うな。
ヨシュカには後から俺が話しをする。よいなっ!」

ラルフはブリーツへ少し哀し気な眼を向けた。
ラルフの眼を見たブリーツはふぅと一つため息をもらす。

「わかった・・・・
隊長・・の言葉として聞いておく。
だが、ヨシュカへ話す時は隊長と父親の両方を伝えてやってくれ。
ヨシュカが開きかけた心を閉ざしてしまわないようにな・・・・」

ガタッゴトッ・・・・
ガタッゴトッ・・・・

「・・・・わかった・・・・」

ラルフは小さくうなづくと握る手綱に力を込めるのだった。



【春華のひとり言】

今日もお読み頂きありがとうございます。

嫉妬心と忠誠心の間で揺れるヨシュカの回でした。

人間の感情も作用、反作用だと思っています。
どちらかへの振り幅が大きければ、反動もまた大きいというもの・・・・

できる限り中庸《ちゅうよう》でいたいと思いながらも心の震えを感じたいと思うのもまた人間らしさなのかな?とも思います。

アロイスが別れ際にセルジオを抱きしめた回は

第3章 第29話 ラドフォール騎士団:新たな協力者たち

となります。

明日もよろしくお願いいたします。

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