とある騎士の遠い記憶

春華(syunka)

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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~

第25話:守護の騎士 たち

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「セルジオ様、エリオス様、ご準備は整いましたか?」

ラドフォール騎士団、第三の城塞、水の城塞を出発する荷造りをしているセルジオとエリオスにバルドが声をかける。

水の城塞に滞在した3週間の間、アロイスから依頼を受けた水の城塞の騎士と従士との剣術と弓術の訓練の他にシュタイン王国の成り立ちとラドフォール公爵家、エステール伯爵家の建国当時からの関係性の説明を詳しく聞いた。

そして、ラドフォール公爵領とエステール伯爵領が統治する領地の内容の違いと役割、その理由も聞かされた。

シュタイン王国の四分の一の広さを領有するラドフォール公爵家領は山と森を統治している。
3か所に設置された騎士団城塞は山と森の恵みを直轄管理ちょっかつかんりする重要拠点の役割も担っていた。

第三の城塞、水の城塞は岩塩がんえん採掘さいくつする塩抗えんこうと水晶が採掘される水晶抗を統治している。

特に岩塩がんえんきんと同等の価値があるとされ周辺諸国に留まらず流通するシュタイン王国の大きな財源の一つであった。

その統治をラドフォール公爵家が直轄管理しているのはシュタイン王国建国にさかのぼると王家と繋がる血筋だからである。

塩抗の採掘場へ案内された時、セルジオは息を飲んだ。
岩塩の壁の至るところに彫刻がなされ装飾が施されている。

セルジオはどこまで続くかと思える程の高い天井を見上げるとアロイスへ感想を言う。

「・・・・アロイス様・・・・
まるで、王都の城のようですね・・・・」

セルジオは王都城壁にある訓練施設の最上階回廊から眺めた王都中心にそびえ立つ都城、シュタイン城を思い浮かべていた。

セルジオの隣にたたずむエリオスが感嘆かんたんをもらす。

「本当に、王都の城のようですね。
美しく白く光り輝いて見えます。この壁も全て岩塩なのですか?」

エリオスはアロイスへ問いかけた。

「左様にございます。この彫刻は採掘に携わる者が彫りました。
城は仰る通り、王都シュタイン城です。
この場所から王都の城を見ることはできませんが、
よくここまで彫れたものだと感心しています」

アロイスはセルジオとエリオスへ微笑みを向けるとそろそろ外へ出ようとうながした。

「塩抗に長く留まりますと身体の水分が少しづつ失われるのです。
特にセルジオ殿とエリオス殿はまだお小さいお子ですから
我らよりも注意が必要です。鼻の奥に痛みはありませんか?」

アロイスはセルジオとエリオスを気遣った。
エリオスがそう言えばと鼻を触る。

「そう言われますと・・・・
何となく、鼻の奥がヒリヒリとした感じがします」

エリオスの言葉にアロイスはうなずくと早々に外へ向かって歩き出した。

「バルド殿、オスカー殿、
セルジオ殿とエリオス殿を抱えては頂けませんか?
早々に外へ出ます。私の後ろからついて来て下さい」

「はっ!」

サッサッ!

バルドとオスカーはセルジオとエリオスをそれぞれ抱えるとアロイスの後ろへつき随った。

アロイスは左手指2本を立てると唇へ寄せる。

「ふぅぅぅぅふっ!」

ブワッ!

左手指2本へ息を吹き込むと5人を囲む丸い水のたまの中へ入った。

結界けっかいをひきました。
抗外こうがいへ出るまで身体から水分が抜け出るのを防ぎます。
さっ、バルド殿、オスカー殿、少し早く歩きます。足元にご注意下さい」

「はっ!」

バルドとオスカーはアロイスの歩みに同調し、つき随うと早々に塩抗を後にした。

その他、水の城塞が管理する水晶抗や葡萄や梨等の果実酒を醸造する修道院、シュピリトゥスの森の中に点在する街や村々を見て回った。

セルジオとエリオスは王都城壁の訓練施設とセルジオ騎士団城塞西の屋敷、サフェス湖周辺が行動範囲であったため、街や村々の生活やそこで暮らす人々と直接に触れ合う毎日を新鮮に感じていた。

また、どこに行ってもアロイスに気さくに話し掛けてくる人々に驚いてもいた。

そんなアロイスの姿を見つめセルジオは、バルドにたずねる。

「バルド・・・・
貴族騎士団の団長とは、アロイス様の様に所領で暮らす者達から
あのように親し気にされるものなのか?
セルジオ騎士団の団長も、叔父上様もあのように
皆から慕われているのだろうか・・・・」

バルドはセルジオへ目を向けると優しい声音こわねで答える。

「それぞれにございます。
騎士団のあり方と騎士団団長のお人柄もありますが、
それぞれの貴族家名の色がございます」

「家名のご当主様の統治の仕方やシュタイン王国と
王家への忠誠の度合どあいにもよります。
ラドフォール公爵家はシュタイン王家に近い
お家柄でもありますから王家への忠誠は堅く揺るぎがございません」

「アロイス様はお年もお若く、お人柄も穏やかでお優しい方です。
優しさとは強さも伴います。
ことわりが通らぬことは許さないお覚悟もございます」

「だからこそ、人の心を動かすことができるのです。
分け与えるのではなく、一緒に築き上げることを
大切に思われていらっしゃるのでしょう。
アロイス様が管理されている領地の街も村も
活気に満ち溢れています」

「領民のセルジオ騎士団団長へ向けられる揺るぎなき信頼と
アロイス様へ向けられる揺るぎなき信頼はあり方は同じです。
騎士団がなすべきことは国を守り、民に尽くし、誠を誇ることにございます。
これがあり方にございます」

「アロイス様とセルジオ騎士団団長の違いは行い方です。
アロイス様は自ら領民へお声を掛けられ、寄り添われます。
セルジオ騎士団団長は、領民へ直接お声を掛けることはいたしません。
それは直接領民と深く関わる騎士と従士の役目だと
お考えになっているからです」

「セルジオ騎士団団長は騎士と従士の眼を通して全てをご覧になっています。
それ故、この度の様に我々に貴族騎士団巡回をお申し付けになりました」

バルドはセルジオを見下みおろすと微笑みを向けた。

「それぞれにございます。
セルジオ様が団長になられた時にどのように
領民とお接しになるのかはセルジオ様の行い方でよいのです。
アロイス様にはアロイス様のセルジオ様にはセルジオ様の
行い方でよいのです。
騎士団のあり方が同じであれば行い方はそれぞれでよいのです」

セルジオはバルドを見上げて深い紫色の瞳をじっとみつめる。

「わかった・・・・
今はよく見聞けんぶんすることが先と言うことだな。
バルド、感謝もうす」


セルジオは次の巡回の地へ向かう旅支度たびじたくをしながら水の城塞での3週間を思い返していた。

「セルジオ様、エリオス様、ご準備は整いましたか?」

バルドが旅支度たびじたくの進み具合を確認する。

「バルド殿、私は準備が全て整いました」

エリオスは荷造りを終え、身支度も整えていた。いつでも出発できる状態だった。

セルジオはアロイスから使う様にと渡された銀の杯と銀のスプーン、ホークを紺色の小袋におさめている所で、身支度まではできていない。

バルドの問いかけに少し困った顏を向ける。

「バルド、すまぬがまだ用意ができていない。
身支度もまだだ・・・・待たせ、すまぬ・・・・」

申し訳なさそうにバルドへ返事をする。バルドはセルジオに身の回りの事は自身でさせるよう徹底していた。

セルジオの様子を見るとどれくらいの時間が掛かるかを計る。

「セルジオ様、
馬の鞍に留め置く荷は、今お手元にある物だけですか?」

バルドは馬の鞍に乗せる荷物の確認をする。

「そうだ。これだけだ。
アロイス様から頂いた銀の杯が入った小袋を入れれば終りだ」

セルジオは手を休めずバルドの問いに返答をした。

「承知しました。
そちらの荷だけ先に鞍に留めてまいります。
セルジオ様はその間に身支度をなさって下さい。
戻りましたら水の城塞の皆様へご挨拶にまいりましょう」

キュッ
トサッ

セルジオは紺の小袋をセルジオの背丈より少し小さめの麻袋へ収めるとバルドへ渡した。
バルドはエリオスの麻袋も受取ると部屋を出た。

うまやへ向かって訓練場を囲む回廊を急ぎ足で歩いていると後ろから呼び止められる。アロイスだった。

「バルド殿、出立のご準備は整いましたか?」

バルドは振り向き、アロイスの前にかしづく。

「はっ!アロイス様、
馬への荷留めはこれにて最後になります。
セルジオ様の身支度が整い次第、皆様へご挨拶へ伺う所でした」

水の城塞の騎士と従士は剣術と弓術の早朝訓練後に塩抗と水晶抗の巡回を終え、食堂棟で昼食を摂っていた。

アロイスは水の城塞のふもとまで同道すると申し出てくれていたので準備の様子を確認しきたのだった。
かしづくバルドへ立ち上がる様に言う。

「バルド殿、お顔をお上げください。
ご準備のお邪魔を致しました。
馬の荷留めが終わりましたら馬を引き、湯殿ゆどのへお越し下さい」

「・・・馬を引き?湯殿へでございますか?・・・」

バルドは珍しく怪訝けげんそうな表情を見せた。

セルジオ達が水の城塞へ訪れた時は南門から入った。水の城塞のふもとへ向かうのは東門から出ると思っていた。東門から麓へ続く林道がある。湯殿は水の城塞の北に位置している。

アロイスはバルドの表情に微笑みを向ける。

「バルド殿、お考えがお顏に表れる様になりましたね。
よい傾向けいこうかと思います。
バルド殿は謀略ぼうりゃくの魔導士とうたわれたお方。
されど、それはかつての事です」

「今はセルジオ殿の守護の騎士でいらっしゃいますから
多少はお気持ちもお考えもお顏に表れた方がよろしいかと思います」

アロイスの言葉にバルドはハッとする。慌ててかしづき謝罪しゃざいする。

「これはっ!アロイス様、失礼を致しました」

「いえ、責めているのではありません。
嬉しく思っています。
これより共に貴族騎士団の巡回をするのですから、
少しでも心を許して下さればと思っていました」

アロイスはバルドへ微笑みを向けた。

アロイスが仕える水の精霊ウンディーネから授かった使命の一つ、シュタイン王国東側に生まれたゆがみをラドフォール公爵家とエステール伯爵家が共闘し正すこと。
その為、青き血が真に目覚めたセルジオをアロイスも共に守護することとなった。

冬が本格的に訪れると水の城塞は雪でおおわれる。その時を見計らいセルジオ達の貴族騎士団巡回に合流することとしたのだった。

アロイスは騎士団に入団したばかりのの頃に目にした遠征地へ向かうセルジオ騎士団の颯爽とした隊列の中にいるバルドとオスカーの姿へ羨望の眼差しを向けていた一人だった。

セルジオ騎士団第一隊長ジグラン・ド・ローライドの│跨《またが》る馬につき随う姿があまりに美しく見惚れ、その場から動けなくなる程だったことを今でも鮮明に覚えていた。


子供の頃に憧れを抱いたバルドとオスカーと共に旅ができること、そして初代セルジオと姿が生き写しのセルジオの守護ができることに喜びを感じていた。

「はっ!アロイス様、失礼を致しました。
セルジオ様にお仕えしましてから時折あるのです。
己を持て余すことが時折ございます。
失礼を致しました。準備が整い次第、馬を引き、湯殿へまいります」

「はい、待っています。
我が水の城塞の者たちへは食堂棟で待機するよう伝えてあります。
ご準備が整いましたら先に食堂棟へお顏をお出しください」

「はっ!」

アロイスはバルドが呼応すると今一度微笑みを向け銀色に輝く髪をなびかせ去っていった。

バルドは立ち上がりうまやへ急ぐ。うまやに着くとオスカーが鞍に留めた荷を固定していた。

「オスカー殿、これにて荷は最後になります。
荷留めが終わりましたら食堂棟へ挨拶にまいります。
アロイス様が水の城塞の皆様を食堂棟で
待機してくださっているとのことです。
それと・・・・」

バルドはオスカーへ手にしていた荷を渡すと一瞬、思案の表情をした。

「バルド殿、いかがされましたか?
何か、ご心配事でもございますか?」

荷が鞍から落ちない様に受け取った荷を革のベルトでしっかりと固定しながらオスカーがたずねる。

「いえ・・・・
ご挨拶の後、アロイス様から馬を引き、
湯殿へ来るようにとのことで・・・・
東門から麓へ向かうものと思っておりましたから
なぜ湯殿なのかと思いまして・・・・」

「バルド殿・・・・バルド殿は変わられましたね」

バルドがオスカーを見ると優しい眼を向けていた。

「オスカー殿、
つい先ごろ、アロイス様にも同じ様に言われました。
セルジオ様にお仕えしてから・・・・
私は己を持て余すことがあるのです」

「頭で思い描く事と感情が一致しないことがあります。
このようなこと・・・・
騎士団に仕えていた頃はあるはずもなかったことであるのに・・・・」

オスカーはそんなバルドの姿にふふふっと笑った。

「よいではありませんか。私とて同じ事です。
私など、この様に涙もろかったのかと恥ずかしくなることがあります。
エリオス様にお仕えし誰かを想い、愛するとはこの様な心の動きを
するものなのだと知りました」

「よいではありませんか。我らは守護の騎士です。
主のご成長に合わせて、我らも成長していくのです。
守護の騎士とは主と一心同体であることです。
よいではありませんか。
お心を表に出されることも守護の騎士の役目の一つです」

オスカーは荷留めの固定を終えるとポンッポンッと荷を叩き、調整を終えた。

「バルド殿、荷留めは終わりました。
セルジオ様とエリオス様をお迎えにまいりましょう。
今日は麓の修道院に宿泊です。
夕刻の礼拝に間に合わせませんと
アロイス様へご迷惑がかかります。まいりましょう」

「左様ですね。
オスカー殿、荷留めの手数をかけました。感謝申します」

バルドとオスカーはセルジオとエリオスが待つ水の城塞滞在時の部屋へ急ぐのだった。



【春華のひとり言】

今日もお読み頂きありがとうございます。

ラドフォール騎士団水の城塞を訪れて3週間が経ちました。

そろそろ、次へ向けての出発になります。

守る者と守られる者、それぞれの宿命と使命を受け入れてこその役目だと感じています。

明日はは次の巡回地へ向けて出発します。
どんな新しい出会いがセルジオを待っているのか?
どうぞ、ご一緒下さい。

明日もよろしくおねがいいたします。

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