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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~
第18話:青き血の目覚め
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ラドフォール騎士団第三の城塞、水の城塞の訓練場に差し掛かると先頭を歩くアロイスがピタリと立ち止まった。
陽が沈み、辺りは暗くなっている。訓練場を取り囲む回廊には松明が灯されているが、西の屋敷より薄暗い様にセルジオは感じていた。
バルドが警戒するようにと注意をした直ぐ後でアロイスが足を止めた事に緊張が走る。
アロイスの後ろをつき随っていたセルジオ達も歩みを止めた。
陽が沈んだ事で訓練場には寒々とした空気が漂っている。
ブルリッ!
セルジオは寒気を覚え身震いをした。
セルジオに後ろからつき随うバルドが身震いするセルジオに手を差し伸べた。
「セルジオ様、お寒・・・・」
バッ!
「皆様っ!!私の後ろへっ!」
バルドがセルジオに声をかけ近づこうとした所でアロイスが勢いよく右腕を右側に払った。
足を肩幅に広げると唇に2本の指をあて戦闘態勢に入る。
スチャッ!
スチャッ!
バルドとオスカーは蒼玉の短剣を抜き、アロイスの左右で構えた。
回廊の柱影から感じていた弱い血香がポツポツと数を増し、訓練場を取り囲んでいるのが感じられる。
バルドは回廊柱影から発せられる弱い血香へ注意をむけつつアロイスへ問うた。
「アロイス様、これはいかなることでございますか?」
アロイスは正面に見える2階建ての食堂棟最上階回廊へ厳しい目を向けていた。
アロイスの穏やかな雰囲気は一変し、強い血香を身体全体に纏っている。
バルドの問いに目線は動かさずに返答をした。
「我が水の城塞の者たちは、歓迎の宴の準備に入っています。
ここにいるはずもないっ!
この様な血香を漂わせているはずがないのです。これはっ!」
カッ!!
アロイスの目が見開く。
「これはっ!火焔の城塞の者たちですっ!」
アロイスの左手が宙を切る。
ザッ!
ザバアァァァァァ!
球体の水の壁がセルジオ達5人を包んだ。
同時に2階建て食堂棟最上階回廊から号令がかかった。
「射ぇっ!!!」
ザッザッ!
ブワッッ!
ブワッッ!
シュシュシュッ!
火矢が一斉に球体の水の壁向けて放たれた。
ザッザッザッザッ!
ジュバッジュバッジュバッ!
球体の水の壁にあたると火矢の火は消える。
カッカッカッ!
カンッカンッカンッ!
水の壁にあたり勢いを落とした矢をバルドとオスカーは蒼玉の短剣で撃ち落としていく。
「ひるむなっ!射ぇっ!!!」
ブワッッ!
ブワッッ!
シュシュシュッ!
尚も連続して火矢が放たれる。
訓練場は火矢の炎で赤々と照らされた。
バッッ!
ドッドッドッドッ!
アロイスが2階食堂棟最上階回廊へ向けて、鋭く尖った氷の塊を放つと同時に声を上げた。
「カルラッ!カルラッ!
よさぬかっ!!なぜ?そたながここにいるっ!」
ブワッ!!!
ジュワッジュワッ!
アロイスから放たれた氷の塊は食堂棟最上階回廊で大きく膨んだ炎の塊に吸い込まれた。
真紅の炎に包まれた銀色の腰までのびた長い髪、ギラギラと光る深い緑色の瞳をした軽装備の騎士がマントも纏わず食堂棟最上階回廊に姿を現す。
「兄上っ!水の城塞は腑抜け揃いですぞっ!
我らに誰も気づきもしないっ!
これではスキャラル国からの守りにはなりますまいっ!」
カルラは右手を上空へかかげるとアロイスへ向けて炎の塊を放った。
ブワッ!
バッ!
カルラ・ド・ラドフォール。
ラドフォール公爵家第三子である。
アロイスの3歳下の実妹であり、ラドフォール公爵家騎士団3つの城塞の内、第二の城塞『火焔の城塞』を治める炎の魔導士だ。
物腰柔らかく穏やかなアロイスと対照的に気性の荒い自信家で、仕える火の精霊サラマンダーそのものと言われていた。
ブワッ!!!
ブンッ!
放たれた炎の塊を水の塊に閉じ込めるとアロイスはそのままカルラへ向けて放つ。
ブワッ!
シュウゥ!
カルラは水の塊ごとかかげた手に吸収した。
アロイスが叫ぶ。
「カルラッ!
よさぬかっ!もうよかろうっ!
なぜ?ここにきたっ!
一月も待てばセルジオ殿に会えるではないかっ!」
カルラは尚も炎の塊をアロイスへ向けて放ち続ける。
「兄上っ!
我らは精霊に仕えし者だっ!私は精霊のっ!
火の精霊サラマンダー様の声に従ったまでのことっ!
ここで兄上に責められる言われはないわっ!」
カルラは食堂棟最上階回廊から火矢を手にセルジオ目掛けて飛びかかった。
アロイスがカルラと応戦している中、回廊柱影から次々と放たれる火矢をバルドとオスカーは蒼玉の短剣でことごとく撃ち落としていた。
バルドがセルジオとエリオスへ叫んだ。
「セルジオ様っ!エリオス様っ!
通ってきた道をお戻り下さいっ!従士居住棟まで走れっ!」
エリオスがバルドの言葉にセルジオを連れ立とうと顔を向ける。
セルジオは立ちすくみ呆然とアロイスとカルラの戦闘を見ていた。
カルラが炎の塊をアロイスへ放つとアロイスがつくった水の壁の向こう側に炎が大きく広がった。
炎の塊と火矢の影が十字の形を作り出す。
セルジオがぼつりと言う。
「・・・・あっ・・・・あっ・・・・炎と・・・・十字架・・・・」
エリオスがセルジオの顔をのぞく。
「セルジオ様?このまま走りますっ!従士居住棟まで走りますっ!」
エリオスは呆然と立ち尽すセルジオの左手を取り、走り出そうとした。
「セルジオ殿っ!危ないっっ!」
アロイスの声がエリオスの背中に注いだ。
エリオスが振り返るとカルラが食堂棟最上階回廊からセルジオに向け飛びかかり、火矢を放っていた。
ブワッッ!
シュゥゥゥッッッ!
矢が炎の塊で包まれ、勢いよくセルジオの右肩目指して飛んでくる。
エリオスは咄嗟にセルジオの前に出た。
ドドッ!!
グッサッ!!
「セルジオ様っっっ!ぐふっっ!!!!」
炎の塊で包まれた矢はエリオスの背中左側につき刺さった。
水の壁で火が消えた矢を打ち落としているバルドとオスカーが叫ぶ。
「エリオス様っっっ!」
「がはっっ!・・・・」
エリオスの口から血液が吹き出す。
バシャッッ!!
吹き出した血液はセルジオの頭から降り注いだ。
セルジオの目の前に初代が見せた初代の追憶がありありと浮かぶ。
「あっ・・・・あっ・・・・あ・・・・」
初代セルジオの背中に刺さる5本の矢。その先で戦闘が繰り広げられている。
ワァワァワァワァ!!!
『ミハエル!早く!セルジオ様をお連れしろ!
殿は私が担う!早くいけ!』
エリオスが敵の槍隊と応戦しながら怒鳴った。
『ミハエル離せ!我もここに残る!
エリオスと一緒に残る!エリオス直ぐにそこへ参る!』
初代セルジオはミハエルを制する。
『ミハエル!早くお連れしろ!』
エリオスが再びミハエルへ叫び指示を出す。エリオスは馬上から初代セルジオを見やった。
その眼は優し気な微笑みを浮かべていた。
『エリオス!!エリオス!!!』
初代セルジオミハエルに制されながら馬上で叫んでいる。
場面が変わった。大きな樹木にエリオスが寄りかかり、辺りは血の海になっている。
エリオスは両腕で抱いたサファイヤの剣に優しく口づけをしていた。
『セルジオ様・・・・
後悔はなさいますな・・・・我らは皆・・・・
セルジオ様にお仕えできて幸せでございます』
そっとサファイヤの剣に頬を寄せた。
『セルジオ様・・・私は幸せでありました。
今ひと目、そのお姿を・・・お話しがしたかった・・・』
河から流れる風がエリオスの金色の髪をさやさやと揺らしている。
両腕に抱いたサファイヤの剣を抱き寄せる。
『・・・・セルジオ様の思うがままに・・・・』
サファイヤの剣に口づけをしたその顔は優しい微笑みを浮かべていた。
セルジオは目の前に現れた光景を立ちつくし眺めている。
「・・・・ぁあっ・・・・エリ・・・オ・・・・ス・・・・」
バルドが叫ぶ。
「オスカー殿っ!エリオス様をっ!従士居住棟までお連れ下さいっ!」
エリオスは矢を背中に刺したままセルジオを守る様に覆いかぶさった。
ドサリッ!
セルジオはエリオスごと後ろへ倒れ、地面に尻をついた。両腕を後ろに身体を支える。エリオスはセルジオの立てた両ひざの上に倒れこんだ。
オスカーはエリオスへ駆け寄ると背中に矢が刺さったまま抱きかかえようとした。
アロイスがオスカーに駆け寄る。
「オスカー殿っ!
エリオス殿を動かしてはならんっ!ここはっ私がっ!」
水の壁はそのままにエリオスをうつ伏せの体勢で抱えるとアロイスはエリオスの背中に刺さる矢を引き抜いた。
ブッ!ブッシュッッゥゥゥ!!!
エリオスの背中から真っ赤な血液が吹き出す。
セルジオは両膝を立て、両手を後ろで身体を支えたままエリオスの姿を目を見開きみていた。
「・・・・あっ・・・・あっ・・・・エ・・・・リオ・・・・ス」
トクンッ!
セルジオは胸の辺りに何かが滴り落ちる感覚を覚える。
トクンッ!
セルジオの身体の真ん中に深く青い泉が広がった。
トクンッ!
深く青い泉に深く青い水滴が落ちた。
ポチャンッ!
ブワッッ!
深く青い波紋が広がる。
トクンッ!
また一つ、何かが滴る。
ポチャンッ!
ブワッッ!
深く青い波紋が広がる。
トクンッ!
ポチャンッ!
ブワッッ!
トクンッ!
ポチャンッ!
ブワッッ!
トクンッ!
ポチャンッ!
ブワッッ!
規則正しい間隔を開け、深く青い泉に波紋が幾重にも重なっていく。
トクンッ!
ポチャンッ!
ブワッッ!
ブワッッッ!!!!
何度目かの重なった波紋が大きく波をうった。
波は徐々に大きくなりセルジオの身体を包むと一気に上昇した。
ブッボッッ!!
ボワッッッッ!!!!
セルジオの身体から青白い炎が今まで見た事のない程、強く、激しく、大きく湧き立つ。
セルジオの目の前にいたアロイスとオスカーは激しく湧き立つ青白い炎を前に目を覆った。
バルドが後ろから発せられる気の大きさに振り向く。
「!!!!セルジオ様っ!!!」
ボッ!!
ブワワワッッッ!!!
セルジオは青白い炎の塊の中にいた。
深く濃い青色の瞳の中にメラメラと青白い炎が燃えさかっている。
セルジオはゆらりと立ち上がると右手で腰の短剣を抜いた。
青白い炎を宿した深く濃い青色の瞳をカッと見開くと炎の塊で包まれた矢を向けるカルラを睨み付ける。
「・・・・おのれぇっっっ!!!
お前を生かしてはおかぬっっっっ!!!」
ゴッ!
勢いよく地面を蹴るとセルジオはカルラの眉間めがけて、短剣を突き立てる態勢で突進した。
ブワッッ!
シュッ!
カルラは炎の塊で包まれた矢をセルジオ目掛けて放つ。
セルジオはそのまま炎の塊に突進した。
キンッ!
矢は短剣ではじかれる。
カルラの目の前に炎の塊からセルジオの姿が現れた。
自身の眉間めがけて短剣の刃先が向かってくる。
『うっ!避けられないっ!』
カルラが思った瞬間だった。
ガキンッ!
スバッ!
ザザァァァァ!
ドザッ!!
バルドがセルジオの短剣を蒼玉の短剣ではじいた。セルジオの持つ短剣がバルドの左腕を切り裂く。
バルドはセルジオを抱きかかえると訓練場の地面に右肩から転がった。
ザッザァァァァ!
訓練場の土の上にバルドは仰向けになり、セルジオをうつ伏せの状態で抱える。
「うぅぅぅ・・・・離せっ!」
セルジオは青白い炎を強く湧き立たせたまま抱えるバルドから逃れようともがいた。
バルドは自身の胸とセルジオの胸を合わせる。
トクンッ!
トクンッ!
トクンッ!
バルドの鼓動がセルジオの胸に響く。
バルドの鼓動はあれだけの戦闘をしていたとは思えない程、静かで規則正しく穏やかな音を発していた。
トクンッ!
トクンッ!
トクンッ!
バルドは静かに大きく呼吸を整えていた。
「ふぅぅぅぅ・・・・ふぅぅぅぅぅ・・・・」
胸の上でうつ伏せに抱えているセルジオの後頭部を優しくなでる。
「・・・・セルジオ様、大事ございません。
初代様の封印が解けたのではありません。
セルジオ様の『青き血』が目覚めただけにございます」
「ウーシーが申していました。
セルジオ様の目覚めは道半ば、
氷の貴公子に会う頃に真に目覚めると。ご案じなさいますな。
『青き血』の目覚めにて。ご案じなさいますな・・・・」
バルドの鼓動と言葉がセルジオの胸に響く。
トクンッ!
トクンッ!
トクンッ!
セルジオの身体から湧き立つ青白い炎の勢いが弱まりはじめた。
トクンッ!
トクンッ!
トクンッ!
バルドが整える呼吸にセルジオは無意識に同調していた。
「すぅぅぅぅ・・・・ふぅぅぅぅぅ・・・・」
「すぅぅぅぅ・・・・ふぅぅぅぅぅ・・・・」
その呼吸はセルジオがバルドの懐に抱かれて過ごしていた赤子の頃を思い出させた。
トクンッ!
トクンッ!
トクンッ!
「すぅぅぅぅ・・・・ふぅぅぅぅぅ・・・・」
セルジオの青白い炎は消えた。
セルジオは我に返る。
バルドの胸の上にいることを認識するとバルドのマントにしがみついた。
ガサッガサッ・・・・
ギュッ!
「バルドっ!すまぬっ!
また、そなたを傷つけたっ!バルドっ!すまぬっ!」
バルドは優しくセルジオの頭をなでる。
「セルジオ様、大事ございません。
『青き血』が目覚めたのです。ようございました。おめでとうございます。
これよりは『青き血』の制御を学ぶ時にございます。
お喜び下さい。セルジオ様・・・」
セルジオはこの時初めて自身の持つ『青き血』の力を認識した。
そして、『青き血』の制御をすることがセルジオと共に過ごすバルドらを傷つけず済むただ一つの方法だと理解したのであった。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
セルジオが真に目覚めました。
『青き血が流れるコマンドール』の持つ『青き血』の力。
これからこの力をコントロールする為の訓練が始まります。
心を封印されているセルジオが徐々に感情を知り、感情を理解することでコントロールが可能となるプロセスを見守って頂けると嬉しいです。
引続き、セルジオ達の見聞の旅路を見守って下さい。
青き血の目覚めの時にセルジオの目の前に現れた初代セルジオの追憶の回は
「第2章 第32話インシデント29:初代の追憶」となります。
よろしければご覧下さい。
明日もよろしくおねがいいたします。
陽が沈み、辺りは暗くなっている。訓練場を取り囲む回廊には松明が灯されているが、西の屋敷より薄暗い様にセルジオは感じていた。
バルドが警戒するようにと注意をした直ぐ後でアロイスが足を止めた事に緊張が走る。
アロイスの後ろをつき随っていたセルジオ達も歩みを止めた。
陽が沈んだ事で訓練場には寒々とした空気が漂っている。
ブルリッ!
セルジオは寒気を覚え身震いをした。
セルジオに後ろからつき随うバルドが身震いするセルジオに手を差し伸べた。
「セルジオ様、お寒・・・・」
バッ!
「皆様っ!!私の後ろへっ!」
バルドがセルジオに声をかけ近づこうとした所でアロイスが勢いよく右腕を右側に払った。
足を肩幅に広げると唇に2本の指をあて戦闘態勢に入る。
スチャッ!
スチャッ!
バルドとオスカーは蒼玉の短剣を抜き、アロイスの左右で構えた。
回廊の柱影から感じていた弱い血香がポツポツと数を増し、訓練場を取り囲んでいるのが感じられる。
バルドは回廊柱影から発せられる弱い血香へ注意をむけつつアロイスへ問うた。
「アロイス様、これはいかなることでございますか?」
アロイスは正面に見える2階建ての食堂棟最上階回廊へ厳しい目を向けていた。
アロイスの穏やかな雰囲気は一変し、強い血香を身体全体に纏っている。
バルドの問いに目線は動かさずに返答をした。
「我が水の城塞の者たちは、歓迎の宴の準備に入っています。
ここにいるはずもないっ!
この様な血香を漂わせているはずがないのです。これはっ!」
カッ!!
アロイスの目が見開く。
「これはっ!火焔の城塞の者たちですっ!」
アロイスの左手が宙を切る。
ザッ!
ザバアァァァァァ!
球体の水の壁がセルジオ達5人を包んだ。
同時に2階建て食堂棟最上階回廊から号令がかかった。
「射ぇっ!!!」
ザッザッ!
ブワッッ!
ブワッッ!
シュシュシュッ!
火矢が一斉に球体の水の壁向けて放たれた。
ザッザッザッザッ!
ジュバッジュバッジュバッ!
球体の水の壁にあたると火矢の火は消える。
カッカッカッ!
カンッカンッカンッ!
水の壁にあたり勢いを落とした矢をバルドとオスカーは蒼玉の短剣で撃ち落としていく。
「ひるむなっ!射ぇっ!!!」
ブワッッ!
ブワッッ!
シュシュシュッ!
尚も連続して火矢が放たれる。
訓練場は火矢の炎で赤々と照らされた。
バッッ!
ドッドッドッドッ!
アロイスが2階食堂棟最上階回廊へ向けて、鋭く尖った氷の塊を放つと同時に声を上げた。
「カルラッ!カルラッ!
よさぬかっ!!なぜ?そたながここにいるっ!」
ブワッ!!!
ジュワッジュワッ!
アロイスから放たれた氷の塊は食堂棟最上階回廊で大きく膨んだ炎の塊に吸い込まれた。
真紅の炎に包まれた銀色の腰までのびた長い髪、ギラギラと光る深い緑色の瞳をした軽装備の騎士がマントも纏わず食堂棟最上階回廊に姿を現す。
「兄上っ!水の城塞は腑抜け揃いですぞっ!
我らに誰も気づきもしないっ!
これではスキャラル国からの守りにはなりますまいっ!」
カルラは右手を上空へかかげるとアロイスへ向けて炎の塊を放った。
ブワッ!
バッ!
カルラ・ド・ラドフォール。
ラドフォール公爵家第三子である。
アロイスの3歳下の実妹であり、ラドフォール公爵家騎士団3つの城塞の内、第二の城塞『火焔の城塞』を治める炎の魔導士だ。
物腰柔らかく穏やかなアロイスと対照的に気性の荒い自信家で、仕える火の精霊サラマンダーそのものと言われていた。
ブワッ!!!
ブンッ!
放たれた炎の塊を水の塊に閉じ込めるとアロイスはそのままカルラへ向けて放つ。
ブワッ!
シュウゥ!
カルラは水の塊ごとかかげた手に吸収した。
アロイスが叫ぶ。
「カルラッ!
よさぬかっ!もうよかろうっ!
なぜ?ここにきたっ!
一月も待てばセルジオ殿に会えるではないかっ!」
カルラは尚も炎の塊をアロイスへ向けて放ち続ける。
「兄上っ!
我らは精霊に仕えし者だっ!私は精霊のっ!
火の精霊サラマンダー様の声に従ったまでのことっ!
ここで兄上に責められる言われはないわっ!」
カルラは食堂棟最上階回廊から火矢を手にセルジオ目掛けて飛びかかった。
アロイスがカルラと応戦している中、回廊柱影から次々と放たれる火矢をバルドとオスカーは蒼玉の短剣でことごとく撃ち落としていた。
バルドがセルジオとエリオスへ叫んだ。
「セルジオ様っ!エリオス様っ!
通ってきた道をお戻り下さいっ!従士居住棟まで走れっ!」
エリオスがバルドの言葉にセルジオを連れ立とうと顔を向ける。
セルジオは立ちすくみ呆然とアロイスとカルラの戦闘を見ていた。
カルラが炎の塊をアロイスへ放つとアロイスがつくった水の壁の向こう側に炎が大きく広がった。
炎の塊と火矢の影が十字の形を作り出す。
セルジオがぼつりと言う。
「・・・・あっ・・・・あっ・・・・炎と・・・・十字架・・・・」
エリオスがセルジオの顔をのぞく。
「セルジオ様?このまま走りますっ!従士居住棟まで走りますっ!」
エリオスは呆然と立ち尽すセルジオの左手を取り、走り出そうとした。
「セルジオ殿っ!危ないっっ!」
アロイスの声がエリオスの背中に注いだ。
エリオスが振り返るとカルラが食堂棟最上階回廊からセルジオに向け飛びかかり、火矢を放っていた。
ブワッッ!
シュゥゥゥッッッ!
矢が炎の塊で包まれ、勢いよくセルジオの右肩目指して飛んでくる。
エリオスは咄嗟にセルジオの前に出た。
ドドッ!!
グッサッ!!
「セルジオ様っっっ!ぐふっっ!!!!」
炎の塊で包まれた矢はエリオスの背中左側につき刺さった。
水の壁で火が消えた矢を打ち落としているバルドとオスカーが叫ぶ。
「エリオス様っっっ!」
「がはっっ!・・・・」
エリオスの口から血液が吹き出す。
バシャッッ!!
吹き出した血液はセルジオの頭から降り注いだ。
セルジオの目の前に初代が見せた初代の追憶がありありと浮かぶ。
「あっ・・・・あっ・・・・あ・・・・」
初代セルジオの背中に刺さる5本の矢。その先で戦闘が繰り広げられている。
ワァワァワァワァ!!!
『ミハエル!早く!セルジオ様をお連れしろ!
殿は私が担う!早くいけ!』
エリオスが敵の槍隊と応戦しながら怒鳴った。
『ミハエル離せ!我もここに残る!
エリオスと一緒に残る!エリオス直ぐにそこへ参る!』
初代セルジオはミハエルを制する。
『ミハエル!早くお連れしろ!』
エリオスが再びミハエルへ叫び指示を出す。エリオスは馬上から初代セルジオを見やった。
その眼は優し気な微笑みを浮かべていた。
『エリオス!!エリオス!!!』
初代セルジオミハエルに制されながら馬上で叫んでいる。
場面が変わった。大きな樹木にエリオスが寄りかかり、辺りは血の海になっている。
エリオスは両腕で抱いたサファイヤの剣に優しく口づけをしていた。
『セルジオ様・・・・
後悔はなさいますな・・・・我らは皆・・・・
セルジオ様にお仕えできて幸せでございます』
そっとサファイヤの剣に頬を寄せた。
『セルジオ様・・・私は幸せでありました。
今ひと目、そのお姿を・・・お話しがしたかった・・・』
河から流れる風がエリオスの金色の髪をさやさやと揺らしている。
両腕に抱いたサファイヤの剣を抱き寄せる。
『・・・・セルジオ様の思うがままに・・・・』
サファイヤの剣に口づけをしたその顔は優しい微笑みを浮かべていた。
セルジオは目の前に現れた光景を立ちつくし眺めている。
「・・・・ぁあっ・・・・エリ・・・オ・・・・ス・・・・」
バルドが叫ぶ。
「オスカー殿っ!エリオス様をっ!従士居住棟までお連れ下さいっ!」
エリオスは矢を背中に刺したままセルジオを守る様に覆いかぶさった。
ドサリッ!
セルジオはエリオスごと後ろへ倒れ、地面に尻をついた。両腕を後ろに身体を支える。エリオスはセルジオの立てた両ひざの上に倒れこんだ。
オスカーはエリオスへ駆け寄ると背中に矢が刺さったまま抱きかかえようとした。
アロイスがオスカーに駆け寄る。
「オスカー殿っ!
エリオス殿を動かしてはならんっ!ここはっ私がっ!」
水の壁はそのままにエリオスをうつ伏せの体勢で抱えるとアロイスはエリオスの背中に刺さる矢を引き抜いた。
ブッ!ブッシュッッゥゥゥ!!!
エリオスの背中から真っ赤な血液が吹き出す。
セルジオは両膝を立て、両手を後ろで身体を支えたままエリオスの姿を目を見開きみていた。
「・・・・あっ・・・・あっ・・・・エ・・・・リオ・・・・ス」
トクンッ!
セルジオは胸の辺りに何かが滴り落ちる感覚を覚える。
トクンッ!
セルジオの身体の真ん中に深く青い泉が広がった。
トクンッ!
深く青い泉に深く青い水滴が落ちた。
ポチャンッ!
ブワッッ!
深く青い波紋が広がる。
トクンッ!
また一つ、何かが滴る。
ポチャンッ!
ブワッッ!
深く青い波紋が広がる。
トクンッ!
ポチャンッ!
ブワッッ!
トクンッ!
ポチャンッ!
ブワッッ!
トクンッ!
ポチャンッ!
ブワッッ!
規則正しい間隔を開け、深く青い泉に波紋が幾重にも重なっていく。
トクンッ!
ポチャンッ!
ブワッッ!
ブワッッッ!!!!
何度目かの重なった波紋が大きく波をうった。
波は徐々に大きくなりセルジオの身体を包むと一気に上昇した。
ブッボッッ!!
ボワッッッッ!!!!
セルジオの身体から青白い炎が今まで見た事のない程、強く、激しく、大きく湧き立つ。
セルジオの目の前にいたアロイスとオスカーは激しく湧き立つ青白い炎を前に目を覆った。
バルドが後ろから発せられる気の大きさに振り向く。
「!!!!セルジオ様っ!!!」
ボッ!!
ブワワワッッッ!!!
セルジオは青白い炎の塊の中にいた。
深く濃い青色の瞳の中にメラメラと青白い炎が燃えさかっている。
セルジオはゆらりと立ち上がると右手で腰の短剣を抜いた。
青白い炎を宿した深く濃い青色の瞳をカッと見開くと炎の塊で包まれた矢を向けるカルラを睨み付ける。
「・・・・おのれぇっっっ!!!
お前を生かしてはおかぬっっっっ!!!」
ゴッ!
勢いよく地面を蹴るとセルジオはカルラの眉間めがけて、短剣を突き立てる態勢で突進した。
ブワッッ!
シュッ!
カルラは炎の塊で包まれた矢をセルジオ目掛けて放つ。
セルジオはそのまま炎の塊に突進した。
キンッ!
矢は短剣ではじかれる。
カルラの目の前に炎の塊からセルジオの姿が現れた。
自身の眉間めがけて短剣の刃先が向かってくる。
『うっ!避けられないっ!』
カルラが思った瞬間だった。
ガキンッ!
スバッ!
ザザァァァァ!
ドザッ!!
バルドがセルジオの短剣を蒼玉の短剣ではじいた。セルジオの持つ短剣がバルドの左腕を切り裂く。
バルドはセルジオを抱きかかえると訓練場の地面に右肩から転がった。
ザッザァァァァ!
訓練場の土の上にバルドは仰向けになり、セルジオをうつ伏せの状態で抱える。
「うぅぅぅ・・・・離せっ!」
セルジオは青白い炎を強く湧き立たせたまま抱えるバルドから逃れようともがいた。
バルドは自身の胸とセルジオの胸を合わせる。
トクンッ!
トクンッ!
トクンッ!
バルドの鼓動がセルジオの胸に響く。
バルドの鼓動はあれだけの戦闘をしていたとは思えない程、静かで規則正しく穏やかな音を発していた。
トクンッ!
トクンッ!
トクンッ!
バルドは静かに大きく呼吸を整えていた。
「ふぅぅぅぅ・・・・ふぅぅぅぅぅ・・・・」
胸の上でうつ伏せに抱えているセルジオの後頭部を優しくなでる。
「・・・・セルジオ様、大事ございません。
初代様の封印が解けたのではありません。
セルジオ様の『青き血』が目覚めただけにございます」
「ウーシーが申していました。
セルジオ様の目覚めは道半ば、
氷の貴公子に会う頃に真に目覚めると。ご案じなさいますな。
『青き血』の目覚めにて。ご案じなさいますな・・・・」
バルドの鼓動と言葉がセルジオの胸に響く。
トクンッ!
トクンッ!
トクンッ!
セルジオの身体から湧き立つ青白い炎の勢いが弱まりはじめた。
トクンッ!
トクンッ!
トクンッ!
バルドが整える呼吸にセルジオは無意識に同調していた。
「すぅぅぅぅ・・・・ふぅぅぅぅぅ・・・・」
「すぅぅぅぅ・・・・ふぅぅぅぅぅ・・・・」
その呼吸はセルジオがバルドの懐に抱かれて過ごしていた赤子の頃を思い出させた。
トクンッ!
トクンッ!
トクンッ!
「すぅぅぅぅ・・・・ふぅぅぅぅぅ・・・・」
セルジオの青白い炎は消えた。
セルジオは我に返る。
バルドの胸の上にいることを認識するとバルドのマントにしがみついた。
ガサッガサッ・・・・
ギュッ!
「バルドっ!すまぬっ!
また、そなたを傷つけたっ!バルドっ!すまぬっ!」
バルドは優しくセルジオの頭をなでる。
「セルジオ様、大事ございません。
『青き血』が目覚めたのです。ようございました。おめでとうございます。
これよりは『青き血』の制御を学ぶ時にございます。
お喜び下さい。セルジオ様・・・」
セルジオはこの時初めて自身の持つ『青き血』の力を認識した。
そして、『青き血』の制御をすることがセルジオと共に過ごすバルドらを傷つけず済むただ一つの方法だと理解したのであった。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
セルジオが真に目覚めました。
『青き血が流れるコマンドール』の持つ『青き血』の力。
これからこの力をコントロールする為の訓練が始まります。
心を封印されているセルジオが徐々に感情を知り、感情を理解することでコントロールが可能となるプロセスを見守って頂けると嬉しいです。
引続き、セルジオ達の見聞の旅路を見守って下さい。
青き血の目覚めの時にセルジオの目の前に現れた初代セルジオの追憶の回は
「第2章 第32話インシデント29:初代の追憶」となります。
よろしければご覧下さい。
明日もよろしくおねがいいたします。
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