72 / 216
第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~
第12話 セルジオの記憶
しおりを挟む
パカラッ!パカラッ!パカラッ!
パカラッ!パカラッ!パカラッ!
アーチ形にくりぬかれた木々の間を一定のリズムで馬が駆ける。
セルジオの見開かれた目には後ろへ勢いよく流れていく木々と初代セルジオと3人のセルジオ騎士団のマントを纏った騎士、そして大勢の樹木を伐採する人が馬についてくるかのように映っていた。
初代セルジオがミハエルと呼んだ騎士がエリオスの所在を返答している。
『はっ!
エリオス殿はオーロラ様と共にラドフォール騎士団水の城塞の入口に
造りました噴水の調整をされております』
初代セルジオがミハエルに答える。
『そうか・・・・
噴水の調整は後ほど我がすると伝えていたのだがな・・・・困ったものだ。
エリオスにはサフェス湖から王都までの水路の状況を
視てこさせたかったのだが・・・・
オーロラがエリオスに無理を申したのであろうな・・・・』
初代セルジオは困ったと口では言いながらも嬉しそうな表情を浮かべていた。
『そうだな・・・・
では、ミハエル、悪いがそなたが水路の状況を視てきてくれるか?
石の階段と合わせて、水路の補強に使う
石材が足りているかを確認したい。
今後の修繕に使う事も
考慮した上での算段がしたいのだ』
『はっ!承知致しました。
2割増し程度の算段でよろしゅうございますか?』
『いや、3割増しにしてくれ。余る分にはいいのだ。
別の使い道があるが、足りないとなると永く水路を保つことが困難となる』
『承知致しました。
報告はどちらへ致しますか?このままこちらに留まられますか?』
『うむ。ミハエルが戻る頃にはオーロラとエリオスに合流する。
水の城塞にきてくれるか!噴水の調整も視ておきたいのだ。
ここはガビとゲッツに任せる。頼むぞ、ミハエル』
『はっ!承知致しました』
初代セルジオはミハエルを見送ると伐採された木材を運ぶ様に指示をだしていた。
フッ・・・・
初代セルジオの姿が木々と同じ様にセルジオの後ろへ流れて消えた。
『・・・・初代様のお姿が見えなくなった・・・・』
セルジオは再び前方の白い光の点を視る。一向に距離は縮まっていない。
『あの白い光まではまだまだ進まなければ
辿りつけぬとういうことか・・・・』
ギュッ!
血豆が潰れ手当を受けた手で鞍の取っ手を強く握りしめた。
チクチクと刺さる様な痛みを覚える。
『エリオスは相当痛がっていたが、大事ないであろうか?』
同じ様に早がけで鞍の取っ手を強く握り、血豆を潰したエリオスが手当の際に痛みを堪えていた姿を思い返した。
セルジオはハッとする。
『!!私は!いままで目の前に起こる事柄以外で
誰かを何かを思い返したことがあったであろうか?
いや、なかった!
先程の初代様のお姿を視ていたらエリオスの事が気になったのだ』
セルジオはウーシーから伝えられた言葉の意味がようやくわかった気がした。
『ウーシーはこう申していた。
「水の城塞に着くまで今と過去、過去と今の景色をご覧になるでしょう。
それはセルジオ様がご覧になられていたことです。
そのありのままをご覧になってください」
今と過去、過去と今とはこういうことだったのか!』
一つ合点がいったことをバルドに早く伝えたい衝動にかられる。
『バルドにこのことを話せばきっと喜んでくれる!
早く伝えたいが・・・・今は・・・・
第一に考えることは日の暮れる前に水の城塞へ到着することだ!
到着してからゆっくりと話すことにしよう』
セルジオは再び鞍の取っ手を強く握った。
前方を見ると白い光の点が心なしか大きくなっている様に見える。
森の中をアーチ形にくりぬかれた木々の間を通る道は馬で走ることができる程に踏み固められていた。
景色がまた変わる。
ゴロゴロゴロ・・・・
ゴロゴロゴロ・・・・
ゴロゴロゴロ・・・・
『よーーーし!同時に引くぞぉ!』
大きな石の車輪を人足が4人1組で3列になり引いている光景が見える。
ガッガッガッガッ!カッカッカッカッ!
ガッガッガッガッ!カッカッカッカッ!
石の車輪の後から30騎程の騎馬が横5列に並び地面を踏み固めていた。
『道を固めるとはこのようにするのか!大掛かりな仕事だ!』
セルジオは多くの人手を要し道が造られていることを知る。
その後も伐採し、木材を運びだし、道を整える光景が続いた。
小一時間程、アーチ形にくりぬかれた木々の間を進むと白い光の点は徐々に大きくなる。
パカラッパカラッパカラッ・・・・
パカッパカッパカッ・・・・・
パカッパカッパカッ・・・・
バルドは速度を落とし、馬を歩かせる。
セルジオは輪になった白い光の点の先を見ていた。眩しく目を細める。
踏み固められた道の先は石の階段になっていた。
バルドは馬の歩みをとめた。アーチ形にくりぬかれた木々と共に天までも通じるのではないかと思える程、なだらかな坂に敷き詰められた白い石の階段が白い光を放っていた。
「バルド、この階段はどこまで続いているのだ?」
セルジオは顔を後ろへ向けバルドに問いかける。
「セルジオ様、私もシュピリトゥスの森は初めてにございます。
天までも続く白い石の階段を登った先に
ラドフォール騎士団第三の城塞があることだけは聞き及んでおりましたが・・・・
これは・・・・まさに天まで続くかのようですね」
オスカーがバルドの隣に馬を寄せる。エリオスとオスカーも石の階段の先を見入っていた。
「天までも続く白い石の階段・・・・これが・・・・」
オスカーは息を飲んでいる。
石の階段は馬に乗ったまま通れる様に一段一段の幅が広く取られており、一段毎の高さも低く造られていた。
バルドは騎士団に所属していた時、第一隊長ジグランから聞いた話を思い出していた。北の森の巻狩りの際の話だった。
バルドはオスカーの顔をチラリと見る。
「オスカー殿、北の森の巻狩りの際、
ジグラン様がお話されていたシュピリトゥスの森の
石の階段のこと覚えておいでですか?」
オスカーは頷いた。
「はい。覚えています。
あの時のジグラン様がお話しされていた石の階段が
この階段のことであったのですね。
私もバルド殿と同じ事を思い返しておりました」
バルドとオスカーは頷き合うとセルジオとエリオスの小さな肩にそれぞれ手を置いた。
セルジオとエリオスはバルドとオスカーの顔を見る。
バルドが話し出した。
「セルジオ様、エリオス様、
今通ってまいりました道、この先にあります白い石の階段は
初代セルジオ様とエリオス様が初代セルジオ様の時代に
ラドフォール公爵家のオーロラ様と共に築かれたものにございます」
「ラドフォール騎士団第三の城塞からエステール伯爵家北の森までを
馬にて早がけできる様に築かれたと伝えられております。
有事の際、お互いにできうる限り力を合わせることが
可能となる策にと築かれたもので、
今でも使える様に常時整備がされているとのことでした」
バルドとオスカーは再び石の階段を見上げていた。セルジオはエリオスの様子を窺う。
セルジオの視線に気づきエリオスが微笑みを向けた。
「セルジオ様、
木々の間を早がけしている際に道造りの光景をご覧になりましたか?」
セルジオは驚く。
「!!!エリオスも!見たのか?見たのだな!
初代様が号令をかけていらした・・・・!!初代様をご覧になったのか!」
エリオスの顔を見る。
エリオスはにっこりと微笑み呼応した。
「はい。初めてお目にかかりました。
セルジオ様とお顔立ちもよく似ていらっしゃいました。
ミハエル殿もいらっしゃいましたね?」
エリオスは少し首をかしげてセルジオへ優しい眼差しを向けていた。
「そうなのだ!ミハエルもいたのだ!ミハエルは私も初めてだった!」
セルジオはハッとする。
「セルジオ様、大事ございませんでしたね。
ウーシーの申していた通りにございました。
過去と今、今と過去の景色が見えただけにございました。
セルジオ様は暴れはしませんでしたね」
再びにっこりと微笑みを向ける。
「そうなのだ!見たもの全て覚えているのだ。
苦しくもならなかった!馬とともに景色もかけてきたのだ」
セルジオはローブの上から自身の『月の雫』の首飾りを両手で握りしめた。
バルドとオスカーはセルジオとエリオスのやり取りを黙って聞いていた。
セルジオはバルドとオスカーの顔を見る。
「バルド、オスカー、
ジグラン様から伝え聞いたと申した今の話の光景が馬と一緒にかけてきたのだ。
初代様もミハエルも人足や騎馬の者達も大勢いたのだ。
されど、全て覚えているのだ!暴れもしなかった!」
セルジオは少し興奮気味に話した。エリオスが呼応する。
「ようございました。この先もきっと大事ございません」
バルドはそっとセルジオを抱き寄せる。
「セルジオ様、ようございました。
その光景はセルジオ様ご自身の記憶にございます。
全て思い出されませ。案ずることはございません。
我らがお傍におります。
初代様の追憶ではなく、セルジオ様ご自身の記憶として思い出されませ」
オスカーはセルジオへ優しく語りかけるバルドの姿を見るとエリオスの肩にそっと手を置いた。エリオスと微笑み合うと石の階段へ目を移す。
「バルド殿、まいりましょう。
天までも続く石の階段にございます。
日没前にラドフォール騎士団第三の城塞まで
到着せねばなりません」
バルドはオスカーの言葉に幉を握る。
「左様にございますね。
早がけとはまいりませんが、早歩きで天を目指しましょう」
バルドの言葉にセルジオとエリオスは鞍の取っ手を強く握った。
カツッカツッカツッカツッ!
カツッカツッカツッカツッ!
石の階段は踏み固められた道よりも固く蹄の音が響く。
進んで行くと早がけできるように造られているのがよくわかる。階段ではなく、なだらかな坂道を進むように馬にも馬上の人にもさほど負担が感じられない。
『これならば小一時間程は早がけで駆け抜けられるであろうな』
バルドは幉を握りながら実戦で使用可能な計算つくされた建築技術に驚きを覚えていた。
カツッカツッカツッカツッ!
カツッカツッカツッカツッ!
ザアァァァァァーーーー
ザアァァァァァーーーー
小一時間強、白い石の階段を進むと水の流れる音が近づいてくる。
周りは木々に覆われていて川がある様には見えない。
ザアァァァァァーーーー
ザアァァァァァーーーー
水の流れる音が大きくなる。
突如、視界が開けた。石の階段を登り切ると
アーチの型の木々はなくなり、湖が現れたかと思わせる水のきらめきが目前にある。
水面に向けて中央から滝が流れ落ちている。水の音はこの滝の音だった。
滝の上部は石の道が築かれ、上部から見下ろせる造りになっている。石の道は滝の右奥へと通じているのがわかる。
「・・・・」
セルジオはその光景を凝視していた。
「セルジオ様、いかがなさいましたか?」
バルドが声をかける。
「・・・・バルド・・・・
私はここに来たことがある・・・・ここを・・・・この滝を知っている・・・・」
ブッシューーーーーー
ザアァァァァーーーー
右手奥から大きな水音が聞こえ、セルジオはビクリッと反応した。
バルドが馬の鼻先を右手奥へ向ける。
8つの花弁を模した白い石の造形物、中央から噴水が吹き出していた。
ラドフォール公爵家裏の紋章バラの花を模した噴水だった。
「バルド・・・・馬から降りてもよいか?・・・・」
セルジオは噴水を凝視したままバルドに告げる。
「はっ!」
カチャリッ!
バルドはセルジオと固定している革のベルトを外し、セルジオを抱えると馬より下りた。
ストンッ!!
セルジオを地面に降ろす。
セルジオはバラの噴水に引き込まれる様にふらふらと近づいていった。
エリオスとオスカーも馬上より下りる。エリオスはセルジオの後から静かにつき随った。
白い風に流れる衣服に身を包んだ銀色の長い髪を風に揺らす17、18歳程の女性と金糸で縁取られた蒼いマントを纏った金色の髪の20歳前後の騎士が噴水の前で何やら話し込んでいる姿が見える。
セルジオが近づくと2人は振り向いた。
『セルジオ!待っていたわ。
今やっとホラーツの最終調整が終わった所よ。
間欠泉にしたの」
「表の滝の泉からの水がこの位置まで満ると
噴水が飛び出す仕掛よ。素敵でしょう?
光をこちらからあてると虹ができるのよ。
ねっ、エリオス。エリオスと何度も試したのよ』
金糸で縁取られた蒼いマントを纏い、金色の髪、深い青い色の瞳をしたエリオスと呼ばれた騎士に銀色の長い髪をなびかせた深い緑色の瞳の女性が微笑みを向ける。
『セルジオ様、ご容赦下さい。
最終調整はセルジオ様がなさると仰っていたことを承知で
私がオーロラ様と調整を致しました』
エリオスと呼ばれた騎士は近づくセルジオにかしずく。
『セルジオ!エリオスを叱らないで!
私が無理にお願いしたの。セルジオを驚かせようと思って・・・・』
銀色の長い髪の女性は悪戯っぽい笑顔を向けると小走りりにセルジオに近づいた。セルジオの手を取ると噴水の近くに誘う。
『セルジオ、見ていて!』
フワッ・・・・
銀色の長い髪の女性は噴水の前で両手を天に掲げると金色の光の珠を噴水の水の頂点に放った。光の珠がキラキラと星の様に煌《きら》めく。
噴水の周りに虹が架かった。
『ねっ!セルジオ!きれいでしょう?
虹がかかるのよ。お日様がこの位置にくると虹が架かる仕掛なの。
虹が架かる噴水の高さを調整するのにエリオスに手伝ってもらったのよ。
エリオスもセルジオを喜ばせたいと思っているから手伝ってもらったのよ』
銀色の長い髪の女性とエリオスと呼ばれた騎士はセルジオに向け満面の笑みを浮かべていた。
その光景を見ていたセルジオは自分がその中にいるかのような錯覚を覚え、声を発した。
「エリオス、感謝申す。
オーロラを手伝ってくれ感謝申すぞ」
セルジオは無意識の内に口から出た言葉に驚き、我に返る。
目の前の光景は消えていた。代わりに後ろからつき随っていたエリオスがそっとセルジオの肩に手を置く。
「セルジオ様・・・・
私はこのようにセルジオ様と同じ時を過ごしていたのですね・・・・」
セルジオの肩に触れているエリオスの手が小さく震えていた。
セルジオは振り向きエリオスを見上げる。エリオスの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちていた。
左肩に置かれたエリオスの手に右手を添える。
「エリオス、今も過去も私と共にいてくれ、感謝申す!
初代様が申されていた。
『我はエリオスにずっと守られていた。
だが、守られていたことに気付きもしなかった』と
悔やんでおられた。
今、初代様の後悔を晴らすぞ。
エリオス、私を守ってくれ感謝申す」
セルジオはエリオスの手をぎゅっと握った。エリオスは大粒の涙をこぼし、セルジオの肩に置かれた自身の手に額を乗せる。
「ううっ・・・・大事ございません。
セルジオ様の守護の騎士としてお役目を果たせる騎士となります」
セルジオはエリオスの頭にそっと手を置いた。
「エリオス、感謝申すぞ。
そして、よろしく頼む。これよりも共に、私と共にいてくれ」
エリオスは涙を振り切りかしずくと呼応した。
「はっ!」
バルドとオスカーは2人の様子を見守っていた。オスカーはエリオスが涙を流す姿を見ると拳を握り肩を震わせていた。
「・・・・バルド殿・・・・我らは!
我ら2人は我が主のこの先を共にお守りし、
見届けましょうぞ!」
バルドはオスカーに呼応する。
「はい。我ら主の守護の騎士として励みましょうぞ」
バルドはセルジオの表情が時を追うごとに豊かになっていると確信していた。
『過去の記憶を思い出され、お辛くなることはなかろうか?
『心が封印』された状態であれば安んじていられることもあろう。
我らでお支えせねばなるまいな』
バルドは感情を理解することで小さなセルジオが過去の記憶に堪えられるかを案じずにはいられないのであった。
パカラッ!パカラッ!パカラッ!
アーチ形にくりぬかれた木々の間を一定のリズムで馬が駆ける。
セルジオの見開かれた目には後ろへ勢いよく流れていく木々と初代セルジオと3人のセルジオ騎士団のマントを纏った騎士、そして大勢の樹木を伐採する人が馬についてくるかのように映っていた。
初代セルジオがミハエルと呼んだ騎士がエリオスの所在を返答している。
『はっ!
エリオス殿はオーロラ様と共にラドフォール騎士団水の城塞の入口に
造りました噴水の調整をされております』
初代セルジオがミハエルに答える。
『そうか・・・・
噴水の調整は後ほど我がすると伝えていたのだがな・・・・困ったものだ。
エリオスにはサフェス湖から王都までの水路の状況を
視てこさせたかったのだが・・・・
オーロラがエリオスに無理を申したのであろうな・・・・』
初代セルジオは困ったと口では言いながらも嬉しそうな表情を浮かべていた。
『そうだな・・・・
では、ミハエル、悪いがそなたが水路の状況を視てきてくれるか?
石の階段と合わせて、水路の補強に使う
石材が足りているかを確認したい。
今後の修繕に使う事も
考慮した上での算段がしたいのだ』
『はっ!承知致しました。
2割増し程度の算段でよろしゅうございますか?』
『いや、3割増しにしてくれ。余る分にはいいのだ。
別の使い道があるが、足りないとなると永く水路を保つことが困難となる』
『承知致しました。
報告はどちらへ致しますか?このままこちらに留まられますか?』
『うむ。ミハエルが戻る頃にはオーロラとエリオスに合流する。
水の城塞にきてくれるか!噴水の調整も視ておきたいのだ。
ここはガビとゲッツに任せる。頼むぞ、ミハエル』
『はっ!承知致しました』
初代セルジオはミハエルを見送ると伐採された木材を運ぶ様に指示をだしていた。
フッ・・・・
初代セルジオの姿が木々と同じ様にセルジオの後ろへ流れて消えた。
『・・・・初代様のお姿が見えなくなった・・・・』
セルジオは再び前方の白い光の点を視る。一向に距離は縮まっていない。
『あの白い光まではまだまだ進まなければ
辿りつけぬとういうことか・・・・』
ギュッ!
血豆が潰れ手当を受けた手で鞍の取っ手を強く握りしめた。
チクチクと刺さる様な痛みを覚える。
『エリオスは相当痛がっていたが、大事ないであろうか?』
同じ様に早がけで鞍の取っ手を強く握り、血豆を潰したエリオスが手当の際に痛みを堪えていた姿を思い返した。
セルジオはハッとする。
『!!私は!いままで目の前に起こる事柄以外で
誰かを何かを思い返したことがあったであろうか?
いや、なかった!
先程の初代様のお姿を視ていたらエリオスの事が気になったのだ』
セルジオはウーシーから伝えられた言葉の意味がようやくわかった気がした。
『ウーシーはこう申していた。
「水の城塞に着くまで今と過去、過去と今の景色をご覧になるでしょう。
それはセルジオ様がご覧になられていたことです。
そのありのままをご覧になってください」
今と過去、過去と今とはこういうことだったのか!』
一つ合点がいったことをバルドに早く伝えたい衝動にかられる。
『バルドにこのことを話せばきっと喜んでくれる!
早く伝えたいが・・・・今は・・・・
第一に考えることは日の暮れる前に水の城塞へ到着することだ!
到着してからゆっくりと話すことにしよう』
セルジオは再び鞍の取っ手を強く握った。
前方を見ると白い光の点が心なしか大きくなっている様に見える。
森の中をアーチ形にくりぬかれた木々の間を通る道は馬で走ることができる程に踏み固められていた。
景色がまた変わる。
ゴロゴロゴロ・・・・
ゴロゴロゴロ・・・・
ゴロゴロゴロ・・・・
『よーーーし!同時に引くぞぉ!』
大きな石の車輪を人足が4人1組で3列になり引いている光景が見える。
ガッガッガッガッ!カッカッカッカッ!
ガッガッガッガッ!カッカッカッカッ!
石の車輪の後から30騎程の騎馬が横5列に並び地面を踏み固めていた。
『道を固めるとはこのようにするのか!大掛かりな仕事だ!』
セルジオは多くの人手を要し道が造られていることを知る。
その後も伐採し、木材を運びだし、道を整える光景が続いた。
小一時間程、アーチ形にくりぬかれた木々の間を進むと白い光の点は徐々に大きくなる。
パカラッパカラッパカラッ・・・・
パカッパカッパカッ・・・・・
パカッパカッパカッ・・・・
バルドは速度を落とし、馬を歩かせる。
セルジオは輪になった白い光の点の先を見ていた。眩しく目を細める。
踏み固められた道の先は石の階段になっていた。
バルドは馬の歩みをとめた。アーチ形にくりぬかれた木々と共に天までも通じるのではないかと思える程、なだらかな坂に敷き詰められた白い石の階段が白い光を放っていた。
「バルド、この階段はどこまで続いているのだ?」
セルジオは顔を後ろへ向けバルドに問いかける。
「セルジオ様、私もシュピリトゥスの森は初めてにございます。
天までも続く白い石の階段を登った先に
ラドフォール騎士団第三の城塞があることだけは聞き及んでおりましたが・・・・
これは・・・・まさに天まで続くかのようですね」
オスカーがバルドの隣に馬を寄せる。エリオスとオスカーも石の階段の先を見入っていた。
「天までも続く白い石の階段・・・・これが・・・・」
オスカーは息を飲んでいる。
石の階段は馬に乗ったまま通れる様に一段一段の幅が広く取られており、一段毎の高さも低く造られていた。
バルドは騎士団に所属していた時、第一隊長ジグランから聞いた話を思い出していた。北の森の巻狩りの際の話だった。
バルドはオスカーの顔をチラリと見る。
「オスカー殿、北の森の巻狩りの際、
ジグラン様がお話されていたシュピリトゥスの森の
石の階段のこと覚えておいでですか?」
オスカーは頷いた。
「はい。覚えています。
あの時のジグラン様がお話しされていた石の階段が
この階段のことであったのですね。
私もバルド殿と同じ事を思い返しておりました」
バルドとオスカーは頷き合うとセルジオとエリオスの小さな肩にそれぞれ手を置いた。
セルジオとエリオスはバルドとオスカーの顔を見る。
バルドが話し出した。
「セルジオ様、エリオス様、
今通ってまいりました道、この先にあります白い石の階段は
初代セルジオ様とエリオス様が初代セルジオ様の時代に
ラドフォール公爵家のオーロラ様と共に築かれたものにございます」
「ラドフォール騎士団第三の城塞からエステール伯爵家北の森までを
馬にて早がけできる様に築かれたと伝えられております。
有事の際、お互いにできうる限り力を合わせることが
可能となる策にと築かれたもので、
今でも使える様に常時整備がされているとのことでした」
バルドとオスカーは再び石の階段を見上げていた。セルジオはエリオスの様子を窺う。
セルジオの視線に気づきエリオスが微笑みを向けた。
「セルジオ様、
木々の間を早がけしている際に道造りの光景をご覧になりましたか?」
セルジオは驚く。
「!!!エリオスも!見たのか?見たのだな!
初代様が号令をかけていらした・・・・!!初代様をご覧になったのか!」
エリオスの顔を見る。
エリオスはにっこりと微笑み呼応した。
「はい。初めてお目にかかりました。
セルジオ様とお顔立ちもよく似ていらっしゃいました。
ミハエル殿もいらっしゃいましたね?」
エリオスは少し首をかしげてセルジオへ優しい眼差しを向けていた。
「そうなのだ!ミハエルもいたのだ!ミハエルは私も初めてだった!」
セルジオはハッとする。
「セルジオ様、大事ございませんでしたね。
ウーシーの申していた通りにございました。
過去と今、今と過去の景色が見えただけにございました。
セルジオ様は暴れはしませんでしたね」
再びにっこりと微笑みを向ける。
「そうなのだ!見たもの全て覚えているのだ。
苦しくもならなかった!馬とともに景色もかけてきたのだ」
セルジオはローブの上から自身の『月の雫』の首飾りを両手で握りしめた。
バルドとオスカーはセルジオとエリオスのやり取りを黙って聞いていた。
セルジオはバルドとオスカーの顔を見る。
「バルド、オスカー、
ジグラン様から伝え聞いたと申した今の話の光景が馬と一緒にかけてきたのだ。
初代様もミハエルも人足や騎馬の者達も大勢いたのだ。
されど、全て覚えているのだ!暴れもしなかった!」
セルジオは少し興奮気味に話した。エリオスが呼応する。
「ようございました。この先もきっと大事ございません」
バルドはそっとセルジオを抱き寄せる。
「セルジオ様、ようございました。
その光景はセルジオ様ご自身の記憶にございます。
全て思い出されませ。案ずることはございません。
我らがお傍におります。
初代様の追憶ではなく、セルジオ様ご自身の記憶として思い出されませ」
オスカーはセルジオへ優しく語りかけるバルドの姿を見るとエリオスの肩にそっと手を置いた。エリオスと微笑み合うと石の階段へ目を移す。
「バルド殿、まいりましょう。
天までも続く石の階段にございます。
日没前にラドフォール騎士団第三の城塞まで
到着せねばなりません」
バルドはオスカーの言葉に幉を握る。
「左様にございますね。
早がけとはまいりませんが、早歩きで天を目指しましょう」
バルドの言葉にセルジオとエリオスは鞍の取っ手を強く握った。
カツッカツッカツッカツッ!
カツッカツッカツッカツッ!
石の階段は踏み固められた道よりも固く蹄の音が響く。
進んで行くと早がけできるように造られているのがよくわかる。階段ではなく、なだらかな坂道を進むように馬にも馬上の人にもさほど負担が感じられない。
『これならば小一時間程は早がけで駆け抜けられるであろうな』
バルドは幉を握りながら実戦で使用可能な計算つくされた建築技術に驚きを覚えていた。
カツッカツッカツッカツッ!
カツッカツッカツッカツッ!
ザアァァァァァーーーー
ザアァァァァァーーーー
小一時間強、白い石の階段を進むと水の流れる音が近づいてくる。
周りは木々に覆われていて川がある様には見えない。
ザアァァァァァーーーー
ザアァァァァァーーーー
水の流れる音が大きくなる。
突如、視界が開けた。石の階段を登り切ると
アーチの型の木々はなくなり、湖が現れたかと思わせる水のきらめきが目前にある。
水面に向けて中央から滝が流れ落ちている。水の音はこの滝の音だった。
滝の上部は石の道が築かれ、上部から見下ろせる造りになっている。石の道は滝の右奥へと通じているのがわかる。
「・・・・」
セルジオはその光景を凝視していた。
「セルジオ様、いかがなさいましたか?」
バルドが声をかける。
「・・・・バルド・・・・
私はここに来たことがある・・・・ここを・・・・この滝を知っている・・・・」
ブッシューーーーーー
ザアァァァァーーーー
右手奥から大きな水音が聞こえ、セルジオはビクリッと反応した。
バルドが馬の鼻先を右手奥へ向ける。
8つの花弁を模した白い石の造形物、中央から噴水が吹き出していた。
ラドフォール公爵家裏の紋章バラの花を模した噴水だった。
「バルド・・・・馬から降りてもよいか?・・・・」
セルジオは噴水を凝視したままバルドに告げる。
「はっ!」
カチャリッ!
バルドはセルジオと固定している革のベルトを外し、セルジオを抱えると馬より下りた。
ストンッ!!
セルジオを地面に降ろす。
セルジオはバラの噴水に引き込まれる様にふらふらと近づいていった。
エリオスとオスカーも馬上より下りる。エリオスはセルジオの後から静かにつき随った。
白い風に流れる衣服に身を包んだ銀色の長い髪を風に揺らす17、18歳程の女性と金糸で縁取られた蒼いマントを纏った金色の髪の20歳前後の騎士が噴水の前で何やら話し込んでいる姿が見える。
セルジオが近づくと2人は振り向いた。
『セルジオ!待っていたわ。
今やっとホラーツの最終調整が終わった所よ。
間欠泉にしたの」
「表の滝の泉からの水がこの位置まで満ると
噴水が飛び出す仕掛よ。素敵でしょう?
光をこちらからあてると虹ができるのよ。
ねっ、エリオス。エリオスと何度も試したのよ』
金糸で縁取られた蒼いマントを纏い、金色の髪、深い青い色の瞳をしたエリオスと呼ばれた騎士に銀色の長い髪をなびかせた深い緑色の瞳の女性が微笑みを向ける。
『セルジオ様、ご容赦下さい。
最終調整はセルジオ様がなさると仰っていたことを承知で
私がオーロラ様と調整を致しました』
エリオスと呼ばれた騎士は近づくセルジオにかしずく。
『セルジオ!エリオスを叱らないで!
私が無理にお願いしたの。セルジオを驚かせようと思って・・・・』
銀色の長い髪の女性は悪戯っぽい笑顔を向けると小走りりにセルジオに近づいた。セルジオの手を取ると噴水の近くに誘う。
『セルジオ、見ていて!』
フワッ・・・・
銀色の長い髪の女性は噴水の前で両手を天に掲げると金色の光の珠を噴水の水の頂点に放った。光の珠がキラキラと星の様に煌《きら》めく。
噴水の周りに虹が架かった。
『ねっ!セルジオ!きれいでしょう?
虹がかかるのよ。お日様がこの位置にくると虹が架かる仕掛なの。
虹が架かる噴水の高さを調整するのにエリオスに手伝ってもらったのよ。
エリオスもセルジオを喜ばせたいと思っているから手伝ってもらったのよ』
銀色の長い髪の女性とエリオスと呼ばれた騎士はセルジオに向け満面の笑みを浮かべていた。
その光景を見ていたセルジオは自分がその中にいるかのような錯覚を覚え、声を発した。
「エリオス、感謝申す。
オーロラを手伝ってくれ感謝申すぞ」
セルジオは無意識の内に口から出た言葉に驚き、我に返る。
目の前の光景は消えていた。代わりに後ろからつき随っていたエリオスがそっとセルジオの肩に手を置く。
「セルジオ様・・・・
私はこのようにセルジオ様と同じ時を過ごしていたのですね・・・・」
セルジオの肩に触れているエリオスの手が小さく震えていた。
セルジオは振り向きエリオスを見上げる。エリオスの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちていた。
左肩に置かれたエリオスの手に右手を添える。
「エリオス、今も過去も私と共にいてくれ、感謝申す!
初代様が申されていた。
『我はエリオスにずっと守られていた。
だが、守られていたことに気付きもしなかった』と
悔やんでおられた。
今、初代様の後悔を晴らすぞ。
エリオス、私を守ってくれ感謝申す」
セルジオはエリオスの手をぎゅっと握った。エリオスは大粒の涙をこぼし、セルジオの肩に置かれた自身の手に額を乗せる。
「ううっ・・・・大事ございません。
セルジオ様の守護の騎士としてお役目を果たせる騎士となります」
セルジオはエリオスの頭にそっと手を置いた。
「エリオス、感謝申すぞ。
そして、よろしく頼む。これよりも共に、私と共にいてくれ」
エリオスは涙を振り切りかしずくと呼応した。
「はっ!」
バルドとオスカーは2人の様子を見守っていた。オスカーはエリオスが涙を流す姿を見ると拳を握り肩を震わせていた。
「・・・・バルド殿・・・・我らは!
我ら2人は我が主のこの先を共にお守りし、
見届けましょうぞ!」
バルドはオスカーに呼応する。
「はい。我ら主の守護の騎士として励みましょうぞ」
バルドはセルジオの表情が時を追うごとに豊かになっていると確信していた。
『過去の記憶を思い出され、お辛くなることはなかろうか?
『心が封印』された状態であれば安んじていられることもあろう。
我らでお支えせねばなるまいな』
バルドは感情を理解することで小さなセルジオが過去の記憶に堪えられるかを案じずにはいられないのであった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる