とある騎士の遠い記憶

春華(syunka)

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第2章:生い立ち編1~訓練施設インシデント~

第39話 インシデント36:ラドフォールの共闘

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ザアァァァァ・・・・

サフェス湖湖畔の森の中を不気味な風が吹き抜ける。
マディラの刺客の躯を始末しまつしていたルディとジクムントの緋色ひいろに染まった瞳のその奥にうごめく黒々とした『黒の影』をジグランは後づさりながら凝視ぎょうししていた。

「ポルデュラ様・・・・これは・・・・どういう・・・・」

ジグランはポルデュラのかたわらまで後退すると事態の状況を確認した。

珍しく血香けっかを醸し出したポルデュラがジグランの問いに答える。

「黒魔術だ!『黒の影』だ!
躯から抜け出た魂がルディとジクムントの中に入り込み、身体を乗っ取ったのだ!
エリオス様の身体にも闇の者が入っていたっ!」

ギクリッ!

ジグランはポルデュラの言葉に胸にくさびが突き刺さった様な衝撃を受ける。勢いよくポルデュラの顔を見た。

「!!!それは・・・・では、ルディとジクムントはいずこに・・・・」

ルディとジクムントはジグラン率いるセルジオ騎士団第一隊の直属の従士だ。『黒の影』に飲み込まれたことで、2人の魂が消滅したのではないかと思ったのだ。

「ジグラン殿、今は説明をしている時はない!!
よいかっ!ルディとジクムントを殺めてはならぬっ!気を失わせるのだ!
殺めれば『黒の影』はまた生きた別の身体に入り込むだけだ!
殺めてはならぬぞっ!」

「はっ!承知しました!」

カチャリ!

ジグランはさやから抜かずに剣を構えた。

「くそっ!隊長殿!早々そうそうにばれたではないか!
こやつらの身体に入り込むか?」

「・・・・無駄だな。
相手はセルジオ騎士団第一隊長ジグランとラドフォールの風の魔導士ポルデュラだ。
我らが死んだとて身体の中には入れまい。ならば!2人を始末すればよい!」

ザッザザッ!!!

ジクムントが剣を抜きジグランに襲い掛かる。

ガンガン!!ガン!ガン!

「おっしゃ!そう言う事なら2人掛かりで早い所、始末をしてしまおうぞ!」

ルディもジクムントに合わせてジグランに襲い掛かる。

ガッ!ガガッ!!!
ザッザザッーーーー!

ジグランは双方から叩きつけられる剣をかわす。

「ルディ!ジクムント!目覚めよ!目を覚ませ」

剣越しに2人に叫ぶ。

「無駄だ。この身体の魂は魔術で奥底に沈められた。
お前の言葉ごときで目覚めはしない」

ジクムントが無表情に呟く。

「ぐっっぅ!そなたらは・・・・ルディとジクムントは殺させぬっっ!」

ガッ!ガキィ!

ジグランの重装備のよろいにジクムントの剣があたった。

ガサァーーーー!
ビュルゥゥゥゥーーーー

落ち葉が舞い上がり竜巻の様にルディとジクムントを覆う。

「ジグラン殿!下がれっっ!」

ポルデュラが左腕を天に掲げる。

バッ!
ザバァーーーー!
ザッザッザッ!

ルディとジクムントが『黒の影』をまとい、落ち葉の中から現れる。ジグラン目掛けて歩みを進めた。

ポルデュラがルディとジクムントを睨み付ける。

「!!根源は別かっっ!」

ルディとジクムントの声でない、別の声が森の中にこだまする。

「はははは!気が付いたか!ポルデュラ殿、久しいのぅ」

ザッザザアァァァ・・・・
グワッ!

ルディとジクムントがまとう『黒の影』がかたまりとなり、人の姿を現した。

「そなたっ!マルギットかっ!黒魔術は封印されたはず・・・・なぜ・・・・」

「はははは!封印・・されたではないわ!封印・・されてやったのだ!
100有余年前、忌々いまいましい王家の魔導士マグノリアを
あざむく為になっ!あっはっはっはっ!!
あやつ、おめでたい事に我を封じ込めたと思っていたわっ!
違うぞ。されてやったのだ!されば封印を解くことも己で解ける。
そなたなら解るであろう?」

ガッ!ガキィ!
グッググッ・・・・

「ぐっ!ポルデュラ様!このままでは防ぎきれませぬっ!」

カシャンッ!

ジグランが剣をさやから抜いた。

「!ジグラン殿!!殺めてはならぬっっ!あやつの思うつぼだっっ!」

ポルデュラは銀色の風の珠を膨らませた。

ザアァァァーーーー
ブワッ!

銀色の風の珠でルディとジクムントを包む。

「無駄だ!ポルデュラ殿!あきらめよ。早う、2人を殺してしまえ!
さまなくばそなたら2人が殺されるぞ!
そうなれば、我らは助けを求めセルジオ騎士団城塞へ向かうまで。
ははははっ!ポルデュラ殿!いずれにしてもそなたらに勝ち目はないわ!
わっははははは!」

マルギットの影は高らかに笑う。
ジグランに向かっていたルディがポルデュラへ剣を向ける。

「魔女狩りだっ!あっはははは!魔女狩りだ!
100有余年の間、この時を待っていたわ!死ねぇぇぇ!魔女め!」

ビュンッッ!!

ポルデュラに剣が振り下ろされた。

シュッ!!
グスッ!!
ギャァァァァ!!!
バサッ!

「ポルデュラ様!大事ございませんかっ!」

ザッザザッ!!

バルドがポルデュラに駆け寄る。
短剣がルディの右手に刺さり、ルディは剣を落としていた。

「バルドっっ!そなた!なぜ?」

「ご説明は後に!オーロラ様と近衛ノルベルト殿、ダイナ殿もおりますっ」

ザッザッザッ!
ザッザッザッ!

見ると静かに近づく3人の姿があった。

「・・・・星読みか?ダグマル殿か・・・・」

「左様にて!
ポルデュラ様、我らはルディとジクムントを気絶きぜつさせます!
後はオーロラ様とポルデュラ様にてお願い致します!
道々、ポルデュラ様とオーロラ様の共闘のご様子をオーロラ様より見せて頂きましたっ」

ザバッ!!!
バルドとダイナはルディとジクムント目掛けて短剣を構え、飛びかかった。

ガンッカンッカンッ!!
カカンッ!カンッ!

「ジグラン様!ポルデュラ様とオーロラ様をお願い致します」

バルドがルディと応戦しながら叫ぶ。

「承知した!」

ジグランはポルデュラをオーロラの傍まで連れだった。

バルドはルディと剣を交える。

カンカンッ!カンッ!
ガンガン!

「くそっ!さっきよりも短剣が重いではないかっ!」

ルディの姿をした『黒の影』が緋色に染まる瞳でバルドを苦々しそうににらむ。

生憎あいにくだったな!同じ相手とまみえて遅れを取る事はない!」

「ふん!殺せるのか?仲間だろう?殺せるのか?」

「我らは死する覚悟はできている!されど!そなたらの思い通りにはさせん!」

フッ・・・・

バルドはルディの目の前から消えた。

「!!どこに・・・・!おっ!」

ドサッ!!ドカッ!

「うっぐふっ!・・・・」

バルドはルディの足をすくい、倒れさせた所で鳩尾みぞおちに短剣の柄を叩きこんだ。

ブワンッ・・・・

黒の影がルディの身体から湧き立つ。

「ポルデュラ様!」

バルドは黒の影を見て取るとポルデュラの名を呼び合図をおくった。

「あい、解った!」


ゴォォォォーーーー
ブワワァァァーーーー

ポルデュラの銀色の風の珠が黒の影を包む。

「ポルデュラ!無駄だと申したであろう!」

グワンッ!

マルギットの影がルディの身体から抜け出た黒の影を取り込もうとする。

「させないわっ!光よ!天の光よ!我が手に集まれ!」

カシャラァン・・・・

オーロラが左手を大きく天に掲げる。光の筋が天とオーロラの手を結んだ。

ピカリッキラッン・・・・

金色の光の珠がみるみる膨らみ大きく輝く。

「黄金の光の珠よ!黒の影を閉じ込めよ!」

グワッ!
ババッ!!!

両手を広げ黒の影へ向けて光を放つ。

「誰だっ!そなた・・・・まさか・・・・まさかっ!」

マルギットの影はルディの黒の影から後ずさる。

「まさかっ!オーロラか!まだ・・・・子供ではないか!
なぜだ!なぜ、既にあの時のオーロラと同じ力が出せる!
まだ!!!子供ではないかぁぁぁ!」

マルギットの影がオーロラへ向けて憎々にくにくし気に声を上げる。

「私は、前世の記憶と共に今世に生まれ落ちた。
なれば光と炎は前世以上に思うままになるっ!」

ブワンッ!

ルディの黒の影を金色の光の珠が完全に包み込んだ。

「なんだ!この光の珠は!出してくれっっ!ここから出してくれっつ!」

ルディから湧き出た黒の影が金色の光の珠から抜け出そうともがく。

「なんだと?前世の記憶と共に今世へ生まれ落ちたと!
あの業火ごうかの中で!火破ひやぶりのあの業火の中で!
己に転生の魔術をほどこしたのかっっ!」

「そんな事、していないわ。
ただ、次に生まれてくる時も今世の事を覚えています様にと
魂に願いを刻み込んだだけよ!」

ババッ!!
フワリッ!!

大きく両手を広げ、金色の光の珠をにらむ。

「真紅の浄化の炎よ!燃えさかれ!
黄金の光の中で燃えさかれ!黒の影となりし魂の根源を焼きつくせ!」

ボワッァァ!!

金色の光の中で真紅の炎が燃えさかる。

「うぎゃぁぁぁ!やめてくれぇぇぇぇ!俺は死なぬのだぁぁぁぁ!
何度でも身体を代えて死なぬのだぁぁぁぁ!
マルギット様っっ!マルギット様っっ!助けてくれっ!
お願いだっっ!!助けてくれっ!マルギット様ぁぁぁぁぁ!」

黒の影が炎の中でのたうち回る。

ボッボワッッンッッ!!

炎の勢いが増す。金色の光の珠は真紅の炎で埋め尽くされた。

「真紅の浄化の炎よ!黒の影となりし、魂の根源を焼きつくせ!
黄金の光の珠よ!魂の欠片かけらを包み天へ還せ!」

金色の光の珠の中で燃えさかる真紅の炎は無数の金色の光の欠片かけらに換わった。

「黄金の光の欠片かけらよ!一片たりとも残さず天に昇れ!」

サァァァァーーーー
サラッサラッサラッ・・・・

無数の金色の光の欠片かけらが天に昇っていく。星が地上から天に向けて還っていくように見える。ポルデュラは金色の光の欠片を目で追った。

「おのれぇぇぇぇ!オーロラ!忌々いまいましい!!オーロラめぇぇっ!!
今回は引いてやろう!この事忘れはせぬぞ!
前世と同じ様にいずれお前を火炙ひやぶりにしてくれるわ!覚えておれぇぇぇ!」

ブワンッ・・・・
スッ・・・・

マルギットの影は憎々にくにくし気な言葉を残し、姿を消した。

ドッ!ドサッ!

ルディの身体は落ち葉の上に倒れる。
オーロラがルディの身体を金色の光で包んだ。

「ポルデュラ様、
銀色の風の珠でこの者の奥底に沈められた魂を浮き上がらせて下さいませ。
黄金の光で目覚めをほどこします」

「承知した」

フーーーッ!フッ!!


スゥゥゥゥ・・・・

ポルデュラの銀色の風の珠がルディの口から身体の中へ吸い込まれていく。
ルディの身体を包む金色の光が輝きを増す。

「うっ・・・・」

ルディのまぶたが静かに開いた。真っ赤に染まった瞳は青い瞳に戻っていた。

「よかったわ。お帰りなさい。しばらく、そのままに・・・・」

オーロラの言葉にルディは再びまぶたを閉じた。

ジクムントの身体を乗っ取った黒の影はダイナと応戦していたが、オーロラとポルデュラの浄化が始まると剣を手から落とし、その様子を呆然ぼうぜんと見ていた。戦意は失っている。

ポルデュラがジクムントに近づく。

「さて、どうする?ジクムントの中にいる黒の影よ。
マルギットはそなたを見捨てた。もはや、逃げ場はないぞ。
このまま大人しく我らに浄化されよ」

「そして、来世らいせへ魂をつなげ。闇のままでおっては来世はないぞ。
ゆくゆくは闇に飲みこまれ、正気を失い、己が誰なのかも解らなくなる」

「マルギットの元へは戻る事はできまい。
あやつは捨て駒すてごまと思ったら最後、拾う事はない。
使える内は丁寧ていねいにそれは丁寧ていねいにしておるがな。
悪い事は言わぬ。観念かんねん致せ」

ポルデュラはジクムントの中にいる黒の影に優しい風を送りながらさとした。周りをジグラン、バルド、ダイナ、そしてノルベルトが囲む。

ルディを金色の光で包み、黒の影に取り込まれた身体の浄化とバルドが放った短剣を右手で受けた傷の治癒術ちゆじゅつを終えるとオーロラもジクムントへ歩み寄った。

ジクムントの中の黒の影は周りを囲む6人をぐるりと見ると落ち葉の上に膝をついた。

ドサッ!

「・・・・ふっ・・・・左様だな。
行き場も逃げ場ももはやないな・・・・わかった。言う通りにする」

ジクムントの中の黒の影は観念かんねんをした表情をポルデュラへ向けた。

「・・・・そなた・・・・何ぞ、思い残す事があるな。
申せ!ここで全て申しておけ。
そうせねば魂の浄化はできようとも『無念』が残る。
来世へのわざわいは今この場で全て断ち切っておけ」

「・・・・ふっ・・・・ポルデュラ・・・・
いや、ポルデュラ様、あなた様は・・・・俺の心の中を見通せるのか?」

「そうだな。それが我らの力であって、役目だからな。
申してみよ。心の中を全て洗出し、軽くなってこそ天へ昇れる」

「・・・・わかった。されど・・・・」

バルドをチラリと見る。

「バルドに関わりがあることなのか?」

ポルデュラが問う。

「・・・・」

「申してみよ。ここで隠し立てして何になる」

「・・・・わかった・・・・バルド殿にとっては・・・・
いや、騎士としては・・・・言いにくい事だが頼まれてくれるか?」

「何なりと申してみよ」

「・・・・俺には女房にょうぼうと子がいた。子は4歳になる。
女子だ。女房は・・・・ファティマは・・・・イゴール殿の乳母だった。
セルジオ殿の暗殺に加担かたんし、バルド殿に殺された」

バルドはじっと深い紫色の瞳でジクムントを見ていた。

「バルドを恨んでおるのか?」

ポルデュラが問う。

「いや・・・・恨んではいない。お互い役目の事、先は知れぬと思っていた」

「そうか。ならば、何が心残りだ?」

「子が・・・・子の事が・・・・子の名はフリーダだ。
あいつが・・・・ファティマが平和を思いつけた名だ。
俺とファティマとフリーダと3人で国を出て、
争いのない土地で暮らすのがあいつの夢だった」

両親りょうおやを亡くし、行き場がなくなればおのずと俺達の様になる。
マデュラ領内では孤児こじは育たぬ。
孤児院もないからな。それが・・・・忍びない」

「今、フリーダはいずこにいるのだ。マデュラ領内にいるのか?」

「いや、俺がこの役目を失敗すればマルギット様はフリーダを
次の担い手にないてにするだろうと思ったのだ。
エンジェラ河沿いにあるジェイド子爵領内の修道院に託してきた」

「そうか。ジェイドの修道院では一時的に面倒をみてくれるのみであろう。
その先の事はどうするのだ?」

「・・・・そうなのだ。それが心残りなのだ。
・・・・こんな事を頼めた義理ではないのだが・・・・」

ジクムントの黒の影は懇願こんがんする様な眼差まなざしをポルデュラへ向けた。

「エステール伯爵領には孤児院があるであろう!
その孤児院にフリーダを託す事はできないか?・・・・頼む!この通りだ!」

ジクムントの黒の影は深々と頭を下げた。

「承知した!全て私に任せろ!フリーダは私がバルドと共に迎えに行こう。
そして、必ずエステール孤児院で立派に育つ様、取り計らう故、案ずるな」

ポルデュラはバルドと顔を合わせる。バルドは静かにうなずいた。

「うん?まだ何か残っておるな・・・・
吐き出せばよい・・・・そなた、名は何と申す?」

「ホルガーだ・・・・
名をたずねられるなど・・・・久しくなかった・・・・」

「そうか。ホルガーか。槍の使い手の名だな。よい名だ。
して、ホルガー、バルドに尋ねたい事があるのか?」

「!!何でも見通せるのだな・・・・いや、尋ねたい事と言うか・・・・」

ホルガーは落ち葉をじっと見つめた。

「乳母の・・・・ファティマ殿の最後が知りたいのか?」

バルドが口を開く。バルドはかつて『謀略の魔導士』と呼ばれ、読心術に長けていた。深い紫色の瞳が光を増す。

ハッとした表情でホルガーはバルドを見た。
震える声で尋ねる。

「そ・・・うだ・・・・
ファティマは最後・・・・お前に殺された時・・・・苦しんだのか?」

ジクムントの身体の中に入るホルガーは目頭に涙を浮かべた。

「いや、痛みも苦しみも感じぬ程の速さで、一瞬にて殺めた。我ら騎士の道理だ」

「そうか・・・・よかった。感謝するバルド殿」

「・・・・」

バルドは胸に痛みを覚える。

『殺めた事への・・・・悔恨かいこんか?』

また、初めて感じる感覚だった。

「躯は丁重に弔われたと聞いた。感謝する」

ポルデュラはホルガーの心の深淵しんえんのぞく。

「そなた!何を隠しておる!黒の珠が胸に残っておるぞ!」

「はははは・・・・ポルデュラ様・・・・
もう、隠し立てはできぬな!わかった。話す。
マルギット様の黒魔術はこれで終わりではない」

「ファティマもまた我らと同じく黒の影となり、エステール伯爵家へ潜り込んだ。
ファティマの躯の弔いをした女官に入っているはずだ。
マルギット様のつなぎをしている。
エステール伯爵家ご当主をセルジオ殿を殺す気にさせる為にな。
これで・・・・最後だ。もう隠し立ても話す事もない。後は頼む」

ジクムントの中にいるホルガーは静かに目を閉じた。

「承知した。うむ。軽くなったな。
どれ、オーロラ殿、今一度、先程と同じく浄化の立会を頼む」

「はい、ポルデュラ様」

オーロラは目を閉じ天へ向け左手を掲げた。

ドカッ!

バルドはジクムントの鳩尾みぞおちを短剣の柄で下から突き上げる。

「うっぐふっ!・・・・」

ジクムントは気を失った。黒の影がジクムントの身体から湧き出る。

ブワンッ・・・・
フワッ・・・・

ポルデュラが銀色の風の珠で黒の影をそらへ巻き上げた。

「黒の影になりし、ホルガーの魂よ。銀の風の珠でそらに昇れ」

カシャラァン・・・・
ブワンッ・・・・

オーロラが天へ掲げた左手と金色の光の筋が結ぶ。金色の光の珠が大きく膨らみ、銀色の風の珠ごと黒の影を包み込む。

「銀の風の珠に取り込まれしホルガーの魂よ。
黄金の光の珠で包み込み、真紅の炎で浄化する。
輝く黄金の光の欠片となり、一片残す事なく天に昇れ。
暖かな黄金の光の欠片となりて、一片残す事なく天に還れ」

先程の戦闘の様な浄化とは一変し、柔らかな優しい光と炎がキラキラと瞬く。

「暖かい・・・・ずっと冷たく、暗く、寒く苦しんだ・・・・
ファティマ・・・・先に昇り待っているぞ・・・・ファティマ・・・・」

サアァァァァ・・・・
サララッサラッ・・・・

その言葉と共にホルガーの魂は光となり天に昇った。

ホルガーが抜けたジクムントの身体に銀色の風の珠を送り、オーロラの金色の光が全身を包む。

「うっ・・・・ここは・・・・ジ・グラン様?」

ジクムントは正気を取り戻した。

ポルデュラとオーロラは顔を見合わせる。

「終わったな。そなた!まことに光と炎の魔導士だな!
いやはや!恐れ入ったわ。あれだけの魔力を使い、まだ余裕よゆうがありそうだの」

「ポルデュラ様、私は風の魔導士ポルデュラ伯母おばさまの血を引いていますもの」

オーロラはニコリと微笑む。

「ふふふ・・・・」

「はははは!!!!しかし、いささか難儀したな!オーロラ殿!」

「はい、伯母さま。でも、まだ元凶は残っています。
王都南に大きな『黒の影』が・・・・」

「左様だの。まぁ、しばらくは仕掛けてこれまい。
そなた、充分に注意をしておけ!」

「はい、わかりました。王都は毎日黄金の光で浄化をしておきます」

「頼むぞ!されど、これからが楽しみだの」

ポルデュラは嬉しそうに姪の頬を両手で包むと、額に口づけをした。

「風の魔導士ポルデュラの銀の光を
光と炎の魔導士オーロラの傍らで守りとしよう」

「ありがとう存じます。伯母さま。
ここに、『月のしずく』があれば恐れるものはなくなるのだけれど・・・・」

「解った。覚えておこう。
いずれ『月のしずく』を真に持つ者と会いまみえる時が来よう。
それまで待っておれ」

「はい、わかりました。楽しみは先に取っておきます」

オーロラは再びポルデュラに微笑む。

「では、そろそろ、西の屋敷へ戻るか。ジグラン殿、バルド。
ダイナ、そなたも西の屋敷へ寄っていけ。念の為に浄化をする」

ポルデュラは一言告げると馬にまたがった。

「いくぞ!」

「はっ!」

ジグランは目覚めたルディとジクムントへ指示を出す。

「ルディ、ジクムント、西の屋敷に戻り次第、従士を4名こちらへ向かわせる。
マデュラの者達の躯はマデュラ子爵領内へ還すのではなく、
エステールの修道院へ搬送はんそうし、墓地に埋葬まいそうする。
4名が到着するまで躯の番を頼む」

ルディとジクムントはビクリと肩を上げる。

「なに、案ずるな。
そなたらを飲みこんだ黒の影はポルデュラ様とオーロラ様が浄化をされた。
もう、躯から何かが湧き出てくる事はない故、安心致せ」

ルディとジクムントは顔を見合わせる。

「はっ!承知致しました」

ルディが答えた。返答を受けるとジグランはポルデュラの後に続いた。

ガッガッ・・・・
ヒヒィィィンン・・・
パカラッパカラッパカラッ・・・・
パカラッパカラッパカラッ・・・・

2人の姿を見送りバルドはオーロラの前にかしづいた。

「オーロラ様、感謝申します。
サフェス湖に光が戻りました。感謝申します」

ダイナもバルドにならい、オーロラの前にかしづく。

「ふふふ。サフェス湖までの道のりは楽しかったわ。
ありがとう。バルド、ダイナ。
次に会う時はエステールの西の森から一緒に夕陽をながめましょう」

オーロラは光り輝く笑顔を2人に向けた。

「はっ!」

バルドとダイナは平伏へいふくする。

「では、姫様、我らもこれにて失礼を致しましょう」

ノルベルトはオーロラを抱き上げ馬に乗せた。

「ノルベルト殿、いずれまた」

バルドとダイナはノルベルトへ挨拶をした。

「はい、いずれまた」

ノルベルトは王都へ向けたずなを握り去っていった。

サフェス湖は平穏を取り戻し、湖面を照らす夕陽がきらめく。

「ダイナ殿・・・・
騎士団だけでは思いもせぬ事を経験できますな・・・・我らは・・・・」

バルドが湖面を眺めポツリと言う。

「左様にて。未だ夢心地にございます」

ダイナも半ば放心状態ほうしんじょうたいで答える。

2人は顔を見合わせ、くすりと笑い馬に跨った。

バッ!
カチャン!

「さっ、今一つ、役目を終わらせませんと今宵は眠れませんね」

「左様にて」

「ルディ殿、ジクムント殿、我らはお先に西の屋敷へ戻ります」

バルドは2人へ声を掛ける。

「・・・・承知しました。バルド殿。我らは何が何やら・・・・」

「左様でございましょうとも。
後ほど、西の屋敷にて今日の出来事をお伝え致します」

「承知致しました。では、後ほど改めて」

ルディが鳩尾みぞおちを抑え返答をする。

その様子に申し訳なさそうな表情を浮かべ、
バルドとダイナはセルジオ騎士団城塞西の屋敷へ向けて馬を走らせるのだった。

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   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
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公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

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