とある騎士の遠い記憶

春華(syunka)

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第2章:生い立ち編1~訓練施設インシデント~

第38話 インシデント35:黒の影の正体

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セルジオ騎士団城塞西の屋敷へ向かったセルジオ騎士団第一隊長ジグランとセルジオを抱えたバルド、エリオスとオスカーを見送り、ルディとジクムントは3人のマデュラ子爵家刺客のむくろの始末に取掛っていた。

バサッ!
ザアッザザッ!

むくろの周りの血液で固まった落ち葉を取り除きながらジクムントはルディに始末の方法を確認する。

「ルディ、3体の躯をマデュラ子爵領内へ還す様にとの事であったな?」

「左様にて。ジグラン様はその様に仰っていました」

「荷車と布が必要になるな・・・・
西の砦にあったと思うが・・・・先に取りに行かねばなるまい」

マディラ子爵家領はシュタイン王国南の隣国エフェラル帝国と隣接する位置にあった。躯が並ぶサフェス湖湖畔の森から陸路でしかも荷車を使うとなると2日を要する。

ルディはサフェス湖湖畔の森に点在する戦闘の痕をぐるりと見回すと3体の躯をまじまじと視て言った。

「しかし・・・・見事に3体とも首が落とされて・・・・
短剣と剣でまみえて、そうそうできる事ではあるまい」

短剣と剣で戦い、しかも3体の躯とも首を落とされ、見た所バルドもオスカーも手傷を負った様にはみえなかった。

ゾクリッ!

ジクムントは背中に寒気を感じ、素直にルディに告げた。

「左様だな・・・・いささか恐ろしさを感じる・・・・」

ザアァァァァ・・・・

ゾクリッ!

風が躯の上を吹く抜け、何とも言えない不気味さを感じた。
いたたまれず躯の始末をできるだけ早く済ませてしまいたい思いにかられる。

「ルディ、まずは首と身体を揃えてから西の砦に荷車を取りにまいろう・・・・
躯をこのままに離れる訳にはいくまい」

ルディも森の空気が重々しく感じ、早くこの場を去りたい衝動に駆られていたが、ジクムントに気取られないように平然と答える。

「承知した。刺さったままの短剣は抜くか?」

「うむ。抜いた方がよかろう。この後、お使いにはならないとは思うが・・・・
抜いて、弔いに使うとしよう。丁度、3口ある故・・・・」

「承知した」

戦場では躯の弔いはしない。ただ、躯に『』が入り込む事を防ぐ習わしがあり躯の胸の上に短剣を置く事が弔いとされていた。

ルディは、喉から後頭部までを短剣で貫かれ、うつ伏せの首を持ちあげると仰向けに置いた。

右目を矢で射ぬかれていた。喉の短剣1口を丁寧に抜く。

グッ、グッ、グスリッ!

ゴシャゴシャ・・・・

短剣のやいばからまる血液を落ち葉で拭き取った。

チャッ

次に右目の矢に右手をかけた。矢じりにつられて目玉が出ない様に左手指で右目まぶたを押える。

グジャッ・・・・
ドロリッ・・・・

右目の矢を抜く。矢じりの先にねっとりとした透明な黄赤色の液体が付着ふちゃくした。

矢と短剣を取り除いた首を見つめる。

『まるで精気がないな・・・・
いくら躯でも何かの抜けからのようだ・・・・』

戦場で見る躯は恐怖や憎悪ぞうおと言った類の『念』が残っている事がしばしばある。

どんよりとした重苦しい何かをとどめたままに感じるのだ。ルディは躯に違和感を覚えたまま、うつ伏せに倒れている身体を半回転させ右目の矢と喉に突き刺された短剣を抜き取った首を合わせた。

カチャリッ

喉から抜き、落ち葉で血液を吹き取った短剣を胸の上に置く。
膝をつき、左手を胸にあて横たわる躯を見ると一言添える。

「天に召される事を願っているぞ」

騎士が戦場で連れ帰れない同胞に贈る弔いの言の葉ことのはだった。

ルディは1体の躯の始末を終えるとジクムントの始末の様子を確認する。両目を短剣で刺された躯の始末をしていた。

「ジクムント、1体は弔った。残りの1体は私が弔おう」

そう言うと辛うじて皮一枚で身体に繋がり、うつ伏せの状態の首を持ち上げた。

カッカッカッカッ!!!

「うん?なんだ?何の音だ?」

歯を嚙合かみあわせる様な音がした。手にする首の口元を見る。

「ケケケケケ!!!やっと口が動かせる!
おい!おまえ!早く、顔を正面に向けろ!ぐずぐずするなっ!」

首が血走った目を向け、ルディに指図をした。

「・・・・!!!ヒィッ!!!ヒィッーーーー
わぁぁぁ!!なんだっっ!首がっ!首が喋ったぞ!!」

ルディは首を放り投げた。

バッバサッ!!
ゴッゴロッ・・・・

「おいっ!おまえぇ!!乱暴に扱うな!早くしろ!
早く顔を正面に向けろ!そして、首を身体につけろっっ!」

地面に転がるも首はルディに怒鳴どなる。

「!!!わぁぁぁぁーーーージクムント!ジクムント!
首が!首が喋ったぁぁっ!」

慌てたルディは両目に突き刺さる短剣を抜いたままの体勢でたずむジクムントへ駆け寄る。

「・・・・」

「ジクムントっ!ジクムントっ!返事をしろっっ!」

ルディはジクムントの右肩に左手をかけ、引き寄せた。

ジクムントは首の両目から短剣を抜き、血の涙を流し真っ赤に染まった口を大きく開けた首を手にしていた。

振りむいたジクムントの青い瞳が真っ赤に染まっている。

「!!!ジクムントっっ!!いかがしたっっ!その眼はいかがした!」

パチリッ・・・・

ジクムントが手にしている首の両目が開く!

「ヒィッ!」

両目から『黒の影』が煙の様に立ち上るとジクムントの身体を包み込んだ。

フッフワァ・・・・
ブワンッブワンッ・・・・

「ジクムントぉっ!」

ルディはジクムントから後ずさり離れる。

後ろから怒鳴り声が聞こえる。

「おいっ!お前!おいっ!踏むなよ!俺様の首を踏むなよっっ!」

足元を見ると先程放り投げた首が赤く染まった瞳でルディを見上げていた。

「ヒィッ!!!」

ルディは呼吸もできな程に驚き、その場から足を動かせずにいた。

「仕方がない・・・・首だけでもいけるだろう・・・・」

首はポツリと呟くと両目から『黒の影』が立ち上った。

フッフワァ・・・・
ブワンッブワンッ・・・・

「うぎゃぁーーーー」

ルディは逃げ惑う。

「大丈夫だ。痛みはないから安心しろ。少し寒気がするだけだ!」

ザァザアァァザアァァァァ・・・・

逃げるルディの後を『黒の影』が追ってくる。

「ぎゃぁぁぁーーー」

ブワンッブワンッ・・・・
ブワンッブワンッ・・・・

ルディも『黒の影』に飲みこまれた。

『黒の影』に飲みこまれたルディとジクムントは赤く染まる瞳で辺りを見回す。

「おい!隊長殿。1体身体が足りぬぞっ!
待つか?誰ぞ来るまでここで待つか?」

「いや、木の上にいたであろう?
右目を矢で射ぬかれた時に木の上にいた子供に入り込んだ。
既に役目を果たしているころだ」

「そうか!我らよりも早く入り込んだか!新入りの割にやるではないか!
しかし、マルギット様も悪知恵わるぢえが働くな。
えて殺されて、セルジオ騎士団の騎士の身体に入り込めば
安々と騎士団城塞へ忍び込めるなど思いつきもしない事だ」

「そうだ!隊長殿、ちょこまかと動いていた子供がセルジオなのか?
木の上に留まっていたのがセルジオなのか?」

「木の上に留まっていたのはエリオスだ。
我らに立ち向かってきた子供がセルジオだ。見えなかったか?
『青白い炎』が身体から湧き立っていただろう?」

「いや、あいつ!何と言ったかな・・・・
ほれっ!お前の女、イゴール殿の乳母だったファティマを殺したあいつ!」

「バルドか」

「おっ、そうだ。バルドだ。あいつ!なかなかの使い手でな。
短剣と剣でまみえていてもひるみもしなかった。
それ故、相手をするだけで精一杯だったのだ。他を見る余裕などなかったわ」

「お前!腕が鈍っているのではないのか!酒と女におぼれているからそうなる。
マルギット様のお力で我らが生き永らえている事を忘れるな!」

「おーーー恐い!恐い!隊長殿はおかたくていらっしゃるな。
マルギット様が我らにのみさずけて下さった特権だぞ!
国の定めがなんだ!我らはシュタイン王国ではなく、
マデュラ子爵家ご当主マルギット様に仕えているのだぞ」

「国は我らに何もしてはくれなかった!子供の頃を忘れたか!
我らのかしらが王都であろうことか子供に殺され、
セルジオ騎士団にねぐらと仲間を捕えられ行き場を失った我らを
マルギット様だけが手を差し伸べてくれたのだぞ!」

「わかっている。俺が言いたいのは少しは自重をしろ!と言う事だ」

「隊長殿とて!バルドをうらんでいるのであろう?!
己の女に子が生まれ、イゴール殿の乳母に取り立てられ、
赤子だったセルジオの暗殺が終われば晴れて一緒に暮らせるはずであった。
それを安々とバルドに殺されたのだからな!」

「・・・・役目故、致し方ない事だ。お互い先は知れぬと思っていた!」

隊長と呼ばれた男は4年前を思い返す。

『ファティマ・・・・4年前・・・・か・・・・』

「ホルガー、
この役目が終わったらマルギット様にお話して国をでましょう。
ホルガーと私とこの子と3人で静かなあらそいのない国で暮らしましょう。
のんびり暮らすの。日のある内は畑を耕して、
日が暮れたら私は針仕事をしてホルガーは・・・・
そうね、木彫り細工で美しいからくりの箱を作るの。
そして、街で売るの。ふふふ・・・・とても楽しいわね。きっと・・・・」

『ファティマ・・・・』

「どうした?隊長殿。バルドへの憎さが蘇ったか?」

ハッ!隊長と呼ばれた男は我に返る。

「とにかく、自重をしろ!
いにしえよりおごり高ぶる者は国であれ、人であれ、滅びを迎える。
マルギット様がお困りになる事は控えろと言っているのだ」

「はいはい、承知しました。隊長殿。
それで、何の話だったか?あーーそうだ。セルジオだ。
セルジオの『青白い炎』を見損なった話だったな」

「そうだ。あれは早めに始末をしておかねばならん!
マルギット様のさくかなうもかなわぬも
セルジオの始末にかかっている。あれがいなければ・・・・
あるいは無謀むぼうと思われるマルギット様のお考えも
無謀ではなくなるかもしれんからな」

「そうだな。まぁ、俺は策などどうでもよいのだがな。
旨い酒と旨い飯と美味い・・・・」

「それ以上は口を慎め!
我らマデュラの騎士だけが生殖器せいしょくきを残しているのだからな」

「ふん、ひげを生やしている時点で皆に知れたことであろう?今更、何を隠し立てする事がある」

「あっ!我らはこの身体から戻る身体を失ったのだった。
生涯、この身体を使えということか?」

ルディの身体の中に入った『黒の影』はルディの身体を足元からぱんぱんっとはたき確認する。

「ちょっと待て!隊長殿!この身体!女だぞ!
おいおい、俺は女の身体で生涯しょうがいを過ごすのか!」

「致し方あるまい。新しい身体がなければ魂は行き場をなくす。
ちていくだけだ。身体があるだけましであろう?」

「そうは言っても女の身体だぞ!おっ!そうだ。大丈夫だ。
また、殺めてもらってだな、次は男の身体に入ればよい。よいよい」

「そうだ。名は何と言っていたか?
隊長殿がルディだったか?俺がルディだったか?」

「お前がルディで俺がジクムントだ」

「解った。流石は隊長殿だな。よく見聞きしている。
では、ジクムント、我らの帰りが遅く案じてやってくる
セルジオ騎士団の騎士がくるまで、躯を片付けよう。
我らの躯だ。綺麗に洗って、整えておこうぞ。
我らの躯はマデュラに還すと言っていたな」

「そのようだな。西の砦に荷車と布があると言っていた。
それは迎えの騎士がきてからでよいな。西の砦のどこにあるのか解らんからな。
しかし、流石さすがだな・・・・セルジオ騎士団。
躯の弔い方も騎士の行いそのものだ・・・・美しい・・・・」

「あやつらは規律きりつ戒律かいりつから
逃れる気概きがいがないだけだろう?
そんなもの!掃いて捨ててやるわ!されど、今回は我らの躯だからな。
丁寧に扱ってくれてなによりだ。では隊長殿、俺はサフェス湖で布を濡らしてくる」

「承知した。俺は我らの躯を並べておく」

マデュラの刺客から抜け出た『黒の影』は乗っ取ったルディとジクムントの身体を自在に操り、自らの躯を綺麗に整え、短剣を胸の上に置き、弔いをした。

2人は並べた3体の躯を見下ろしつぶやく。

「こう見ると、この身体も名残惜なごりおしいな。マルギット様の魔術は恐ろしいな。
身体を乗っ取り自在に操る我らの魂を生みだしたのだからな。
死する事がないとは何とも言えない喜びだな」

「・・・・お前は喜びなのか。俺は・・・・」

「うん?隊長殿は喜びではないのか?
乗っ取る相手が大きければ大きい程、やりたい放題できるのだ!
俺は喜び以外の何物でもないぞ!」

「・・・・生きながらえるとは、何だろうな」

「また、隊長殿は辛気臭しんきくさいぞ!
これからセルジオ騎士団城塞に入って、やりたい放題だぞ!」

「しっ!黙れ!誰かくる!馬が2頭くるぞ!
お前、口のきき方を注意しろ!セルジオ騎士団の話し方をしろよっ!
解ったなっ!」

「はいはい、承知しました。隊長様!
まっ、城塞に入ってしまえば後はこちらのものだがなぁ」

ルディの身体の中にいる『黒の影』はニヤリと笑う。

パカラッパカラッパカラッ・・・・
パカラッパカラッパカラッ・・・・

駆けてくる馬の蹄の音が近づき大きくなる。

「きたぞ!我らはセルジオ騎士団のルディとジクムントだ。間違えるなよ!」

「わかった!」

姿を現したのは重装備の騎士と銀糸に縁取られた深紫色のマントに身を包んだ人物だった。

パカッパカッパカッ・・・・
カッカッカッカッ・・・・

「どうどう・・・・・」

ブルルルルゥゥ・・・・

タッ・・・・
ザッザッザッ・・・・
ザッザッザッ・・・・

ルディとジクムントは膝まづき馬から降りた重装備の騎士とマントの人物が近づくのを待つ。

『あれは・・・・あのマントの人物はもしや?ポルデュラか?』

ジクムントの身体に入り込んだ『黒の影』マデュラの刺客隊長は胸騒ぎを覚えた。

『なるようにしかならぬな』

ザッザッザッ!

「ルディ、ジクムント変わりはないかっ!」

重装備の騎士が問い掛ける。

「はっ!ジグラン様!躯の始末は終わりましてございます」

ジクムントがかしづいたまま答える。

『!!おい隊長!流石さすがだな!こいつの名前まで覚えていたのか!』

「そうか!ご苦労だった。して、何か変わりはなかったか?」

ジグランはほっと吐息をもらすとルディとジクムントに近づいた。

ルディとジクムントはは顔を上げる。

「!!ジグラン殿っっ!!
下がれっっ!!こやつらルディとジクムントではないぞっっ!」

ポルデュラがジグランを2人から遠ざようと大声を上げた。

顔を上げたルディとジクムントの瞳は赤く染まり、中心に黒々とした『黒の影』が揺らめいていた。
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