とある騎士の遠い記憶

春華(syunka)

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第2章:生い立ち編1~訓練施設インシデント~

第37話 インシデント34:光と炎の魔導士

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王都西門に到着するとつい先刻見送られた西門門番頭のエーミルがバルドの姿を眼にすると駆け寄ってきた。

「バルド様!
いかがなさいましたか?エステール伯爵家領内を西へ向かわれるのでは?」

「エーミル殿、舞い戻ってまいりました」

バルドはニコリと微笑み、仔細しさいは話さなかった。

「左様でございますか・・・・ダイナ殿もご一緒に・・・・」

エーミルは何かあったのかと不安気ふあんげな顔を向ける。

「はい、こちらでしばし待たせて頂きます」

ダイナもエーミルへにこやかな微笑みを向ける。二人の表情にエーミルはそれ以上の詮索せんさくをやめた。

バルドとダイナは馬より下りると王都西門脇に控えた。

「では、私は門内に戻ります。失礼を致します」

エーミルはバルドとダイナに挨拶をすると持ち場である西門門内に戻っていった。

カッカッカッ・・・・
カッカッカッ・・・・

しばらくすると王都石畳を歩む馬蹄ばていの音が近づいてくる。
バルドとダイナは西門脇で膝まづき、頭を下げた。
王都城壁西門をくぐり、馬が顔を覗かせる。
馬上から声がかけられた。

「お待たせを致しました。
王家近衛師団ノルベルト・ド・コンクシェルにございます」

「はっ!
エステール伯爵家セルジオ様訓練施設同行従士、バルドにございます」

「はっ!
同じくラドライト准男爵家ミハエル様訓練施設同行従士、ダイナにございます」

バルドとダイナは膝まづいたまま顔を伏せ挨拶をする。

「・・・・セルジオ様付従士バルド殿。
そなたに同行は命じてはおりませんが・・・・」

「はっ!
エステール伯爵家当主ハインリヒ様へお目通りの後、居合わせました故、
同行させて頂きたく、お待ち致しておりました」

「・・・・そうですか。承知しました。
同行の事、構いません。お二方共、おもてをあげられよ」

ノルベルトは馬から下りた。
顔を上げると馬上には腰のたけ程までのびた銀色の髪、深い緑色の瞳をした5~6歳の女児が馬上から微笑みを向けていた。

「バルド殿、ダイナ殿。
こちらはシュタイン王国第14王女、
オーロラ・ラドフォール・ド・シュタイン様でございます」

「はっ!お初にお目に掛かります。エステー・・・・」

「挨拶はよいぞ。バルドとダイナであったな。
私は名前を覚えるのが得意なのだ」

王女はふふふと楽しそうに笑った。

「ノルベルト、2人に話しをする時はあるのか?
馬上で道々みちみち話した方がよいのではないのか?
日が暮れる前にサフェス湖へ到着するのではないのか?
何でも、エステールの西の森から眺める夕陽が美しいのであろう?
時があれば眺めてみたいものだ」

コロコロとたまが転がる様な楽し気な話し方にバルドはハッとする。

『オーロラ様!初代様の・・・・』

オーロラ・ラドフォール・ド・シュタイン。
シュタイン王国第14王女。初代セルジオの時代、マデュラ子爵家騎士団団長の企てによって、火あぶりにされた光と炎の魔導士オーロラの生まれ変わりと言われている。

ラドフォールの名は母方の家名であった。ラドフォール公爵家第三子である風の魔導士ポルデュラの妹がオーロラの生母である。

オーロラもまた、生まれ落ちて直ぐに魔術の力に目覚めた。目覚めたその力は初代セルジオの時代100有余年前と同じく『光と炎』であった。

その深い緑色の瞳は魔導士が多く輩出はいしゅつされるラドフォール公爵家の血統けっとうを色濃く表している。

バルドはしばらく時を忘れ、オーロラから目が離せなくなる。いずれ、セルジオと大きく関わる事になる王女が目の前にいると思うと不安なのか?嫌悪なのか?好意なのか?それとも遠ざけたいのか?自身でも解らない胸騒ぎを覚えていた。

「ゴホンッ!では、道々、お話し致します。
サフェス湖までの案内を頼みます」

ノルベルトが時を動かした。

「はっ!
承知致しました。バルドが先導致します。ダイナは後方をお守り致します」

バルドが返答をする。

「頼みます」

ノルベルトは馬にまたがった。

ノルベルト・ド・コンクシェル。
シュタイン王国王家近衛師団第14王女付。シュタイン王国5伯爵家第二位コンクシェル伯爵家第三子である。エステール伯爵家領の南隣を治めている。ノルベルトは騎士叙任式じょにんしきを終えたばかりの14歳であった。

薄いブロンズ色の髪、薄い緑色の瞳は白と金色の近衛師団の着衣に映え、洗練された美しさを醸し出していた。

ノルベルトは馬上で経緯いきさつを語り出した。

「本日、夜明前のダグマル様の星読みをお伝え致します。
『西の泉に黒の影が立ち込める。わざわいの元となる黒の影。
黒の影、風の珠で宙そらへ巻き上げ、光と炎で消し去る。
風の珠で全てを巻き上げ、光と炎で全てを消し去る。
さもなくば王都に黒の影が手を伸ばす。
西の森に陽が沈む後、王都に黒の影が手を伸ばす』と仰せになりました。
西の泉はサフェス湖、風の珠は風の魔導士ポルデュラ様、
そして光と炎は王女オーロラ様となりまして、
急ぎサフェス湖まで向かう様、仰せつかりました」

ノルベルトはバルドとダイナに星読みダグマルの言葉を伝えた。

王都では毎日、夜明前・昼・夕暮時・夜半の4回、王家直属の星の魔導士ダグマルによって吉凶を見定める『星読み』が執り行われる。

その星読みによって導かれた事柄で今回の様に直接王家が動く事もあれば、臣下の者に任される事もある。

かつて『青き血が流れるコマンドール』の再来を予兆し、初代セルジオの封印と封印が解かれた時の対処を導いたのも星の魔導士ダグマルによってであった。

ノルベルトは話しを続ける。

「ダグマル様が申されるにポルデュラ様への使いは無用。
承知されているとの事でございます。
サフェス湖へ向かえば出会えると仰せになりました。
セルジオ騎士団団長へは使いを出しております」

ノルベルトは丁寧な口調で同行の経緯いきさつとサフェス湖への道案内の理由を話した。

「・・・・承知致しました・・・・」

『これはっ!マデュラの刺客と・・・・黒の影とが重なったっ!』

バルドはマデュラの刺客を始末したこことハインリヒの後ろにうごめいていた黒い影とが関係があると確信する。

「バルド殿。本日、サフェス湖で何かございましたか?」

ノルベルトはバルドが主のセルジオを連れ立っていない事に違和感を覚えていた。

カツッカッカッ・・・・

バルドはノルベルトの馬の横に自身の馬を並行させた。
今朝、サフェス湖湖畔で起きたことを話し出す。

「はい、実は・・・・」

「私、今朝方、
西の泉の近くから『青白い炎』が天に向けて燃え上がるのを見たわ。
美しい色だわと思ったのだけれど・・・・とても悲しい音がしたの・・・・」

バルドが口を開くとノルベルトが握るたずなの間で馬に揺られているオーロラが先程の王女らしい話し方ではなく、親し気にバルドへ話し掛けた。

「私、思ったの。月のしずくとはあのような色なのかしらと・・・・」

オーロラは目を閉じ夜空に浮かぶ月を思い浮かべている様に見えた。

「・・・・オーロラ様、いえ、姫様。
その様に親し気に初めて会われた方とお話してはなりませんと
常々申し上げておりますが・・・・」

ノルベルトは困った表情をバルドへ向ける。

「なぜ?なぜ?いけないのかしら?
私から親し気に話さなければバルドはいつまでも親しく話してはくれないわ。
ノルベルトはバルドとダイナと親しくなりたくはないの?
私は親しくなりたいわ。その方がサフェス湖までの道のりが楽しくなるでしょう?」

オーロラはバルドに微笑みを向ける。その微笑みがキラキラと光を放つ様にまぶしく感じた。

「姫様・・・・物見遊山ものみゆさんに向かうのではありません。
これより何が起こるか解りません。姫様は伯母様おばさまであるポルデュラ様と
お力を合されて黒い影を消し去るお役目がございます。
その前にバルド殿、ダイナ殿が存じていらっしゃる事を伺う事が
お役目をまっとうする手立てになります」

「そうね。ノルベルトの言う通りだわ。
それでもそのお話しを少しでも楽しく聴きたいの。
相手が黒い影なのでしょう?ならば私は金色の光と真紅の炎を用意するわ」

「どうかしら?バルド!ダイナ!目を閉じてみて。
黒い影はポルデュラ様の銀色の風の珠に吸い込まれるの。
その後、金色の光で私が包むわ。
そしてそのまま燃えさかる真紅の炎で焼消される」

「ここに青白い炎が合わされば美しさが増すのに。
最後に黒の影は光の結晶けっしょうになって天にかえるわ。
綺麗きれい・・・・」

オーロラはまるで森にむ妖精が悪戯いたずらでもするかの様に目を閉じ黒の影の始末を思い描いていた。

バルドはオーロラに言われた通りに目を閉じてみる。

『これはっっ!』

オーロラが思い描いているであろう光景が目の前に色鮮やかに現れる。驚き目を開け、ダイナを見る。ダイナも同じ様に感じていることが見て取れた。

「姫様、解り申しました。そろそろ、バルド殿、ダイナ殿と話を進めてよろしいですか?」

「いいわ。ノルベルトも見えたかしら?」

「はい、拝見致しました。
私はいつものことなれど、バルド殿、ダイナ殿は驚かれておいでです。
先程の光景の事、お話し致しましょう」

ノルベルトのやれやれと困った表情とオーロラの楽しそうな微笑みが対照的でバルドの口元はほころぶ。

「バルド殿、ダイナ殿、失礼を致しました。
オーロラ様はいつもこの様に私をおからかいになるのです・・・・
困った姫様なのです。いえ・・・・
とてもほがらかな姫でいらっしゃいます」

ノルベルトの言葉にオーロラはふふふと悪戯いたずらっぽく笑う。

「先程、オーロラ様が思い描かれた光景をご覧頂けたかと思いますが、
オーロラ様はご自身が頭の中に思い描かれた光景を見せたい者の頭の中に
投影とうえいするお力を備えていらっしゃいます」

「このお力は魔術とはいささか異なるものでございますが、
かつてこのお力がわざわいしました。
闇の者を民の頭の中へ植え付け、暴動や殺人、
あらゆる悪事を自らに代わって行わせる人をあやつ
『黒魔術の魔女』として魔女狩りのき目にわれました」

「100有余年前、前世のオーロラ様でございます。
それ故、このお力はあまり人目につくような使われ方をせぬように
お伝えしているのですが・・・・なかなかに聴きいれていただけず・・・・」

「あらっ!それは違うはノルベルト!
私の力は投影とうえいをすることだけだわ。
植え付けて、光景が見えた人を自在に操るなどできはしないわ」

「そうなのです!その事は重々じゅうじゅう我らは解っておりますが、
知らぬ者はただただ恐ろしいだけにて、投影とうえいも操りも
同じ事に感じてしまうのです。
姫様にはその事をお解り頂きたく、ノルベルトのただ一つのお願いにございます」

「ぷっ!・・・・あっ!これは!失礼を致しました」

バルドはオーロラとノルベルトのやり取りが微笑ましく吹き出した。

「嬉しいわ!バルド!楽しんで下さったのね!
今日はなんとよい日でしょう?バルドが楽しんでくれたわ!ノルベルト!嬉しいわ」

オーロラは心の底から喜んでいる様に見えた。

「よろしゅうございました。姫様。お話しが一向に進みません。
サフェス湖へ到着してしまうのではないかといささか焦りを覚えます」

ノルベルトがバルドとダイナへ苦笑にがわらいを向ける。

「いえいえ、私も楽しませて頂いております。
この様に朗らかな姫様が我がシュタイン王国におられたとは!」

ダイナも微笑みを返す。
「ありがとう。バルド、ダイナ。ノルベルトもありがとう。
お話しを進めて。私は森の息吹と話をしておくわ」

そう言うとオーロラは馬上で両手を広げ空を飛ぶ様な仕草で目を閉じた。

ノルベルトはオーロラの仕草を見ると話しを続ける。

「それでは、お話の続きにまいります」

ザッカカッカッ!

ノルベルトの言葉にバルドとダイナはノルベルトの両隣りへ馬を寄せた。

「バルド殿、サフェス湖にて何かございましたか?」

神妙しんみょうな面持ちでノルベルトはバルドを見る。

「はい、実は本日、セルジオ様、エリオス様とサフェス湖へ狩りに参りました所、
マデュラ子爵家刺客3人から襲撃しゅうげきを受けました。
幸い、こちらで始末は致しましたが、セルジオ様、エリオス様、
お二人ともセルジオ騎士団城塞西の屋敷にて養生ようじょうを致しております。
私がエステール伯爵家当主ハインリヒ様へお目通りしましたのは
その一件の報告でございます」

「なんと!収まってはいませんでしたか!
されどご無事でなによりでございます・・・・あっ!
先程の姫様が仰っていらした『青白い炎』とは・・・・もしやっ!」

「はい、左様にございます。セルジオ様にございます」

「左様でしたか!星読みの事とやっと事態じたいがみえてまいりました」

「されば・・・・今回の事・・・・
元凶げんきょうはマデュラ子爵でございますか?」

「・・・・その事でございますが・・・・いささか気になる事がございます。
星読みダグマル様が仰せの『黒の影』なるものでございますが、
エステール伯爵家当主ハインリヒ様の背後でうごめく『黒の影』を見ました」

「ハインリヒ様侍従のギュンター殿はその『黒の影』に飲みこまれ
身体の自由が効かなくなったと申しておりました。
何かしらの魔術だとは思っておりましたが・・・・
先程のオーロラ様とノルベルト様のお話しから正体が判明致しました。
間違いなく人を操る『黒魔術』が使われたと存じます」

「なんと!なぜ?今になって『黒魔術』が息を吹き返したのでしょう?
100有余年前に『黒魔術』は時の王家大地の魔導士マグノリア様に
よって封印されたと聴いておりますが・・・・
!もしやっ!お名前がっ!魂が重なられた事で封印が解かれたということかっ!」

「解りませぬ・・・・
『黒魔術』の封印のお話は我らには聴かされておりませんでした。
ただ今、ノルベルト様のお話で初めて耳に致しました」

「!!!左様にございますか!
エステール伯爵家はこの事一部始終ご存知のはずです。
『黒魔術』の事のみ伏せられていたとなれば・・・・
先程のハインリヒ様の背後に現れし『黒の影』もどなたにも知られずに
静かに忍び寄る事を目論もくろんでいる様に思えます!」

バルドはノルベルトが話す『黒魔術』と『黒の影』が現れた起点を頭に浮かべた。

「・・・・失敗が相次いだ事で・・・・踏み切ったのやもしれませんっ!」

「それは・・・・いかがなことでございますか?」

「はい、セルジオ様は訓練施設で2度、そして・・・・
本日とで合わせて3度お命を狙われました。が、いずれも失敗に終わっております。
そして、その方法がセルジオ様のご成長に合わせ変化し、
直接殺める行いへとなりました・・・・どうも、解せません!」

「バルド殿、どのような所が解せぬのでありますか?
マデュラの乳母の件、大ネズミ襲撃の件とお話しは聴いておりますが、
恥ずかしながら私は実戦の経験がございません」

「なぜ?その様にセルジオ様がお命を狙われるのかも想像がつかないのです。
因縁があるとは申せ、100有余年も以前のできごと。
なぜ?その様に過ぎた事を引きづられているのかも解らないのです」

近衛師団は王家の護衛が役目である。その為、王国への直接の侵攻がなければ戦場へ赴く事はない。ただ、王家魔導士付の近衛兵は魔導士が戦場へ赴けば同行をする。ノルベルトは『光と炎の魔導士』付である自身が将来は戦場に赴く事を想定しバルドへ教えを乞うつもりで話をしていた。

「・・・・左様ですね。我らには解らぬ事でございますね」

バルドは100有余年前、初代セルジオの時代の出来事から今日までを頭の中で反芻はんすうしていた。

ノルベルトの問いにポツリと呟く。

「我らが考えるよりも『黒の影』は色濃く、王国に根を張り巡らせ、
機会を狙っているのやもしれません・・・・」

ダイナはじっとバルドとノルベルトの話を聴きながら馬上で揺られるオーロラを見ていた。

スッ・・・・パチリッ

オーロラが静かに目を開ける。

「ノルベルト!少し急ぎましょう!森の息吹が!痛がっているっ!」

先程の朗らかで悪戯いたずらっぽさを微塵みじんも感じさせず厳しい表情を西の空へ向けるオーロラがいた。

3人はギョ!とする。それはノルベルトが初めて目にした『光と炎の魔導士オーロラ』の姿だった。
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