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第2章:生い立ち編1~訓練施設インシデント~

第31話 インシデント28:宿世の結び

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エリオスはカモミールのお茶で嘔吐おうとが止まり、湯浴みゆあみができるまでになっていた。オスカーは浴槽よくそうに浸かるエリオスの肩より少し長い髪を丁寧にくしでといていた。セルジオと同じ金色に輝く髪だ。

チャポッ・・・・

「ふぅぅぅ・・・・
オスカー、先程の苦しさがうそのようによくなった。感謝申す・・・・」

エリオスは浴槽のへりに頭をのせ目を閉じ、呼吸を深く静かに整えながらオスカーに礼を言う。

「ようございました。
エリオス様はご立派でございます。既にご立派な騎士にございます」

オスカーはエリオスの髪をときながら震える声で呼応する。安堵あんどの涙が出るのを必死に抑えていたのだ。

「いや、オスカーがそばにいてくれ、
幼き頃の話しを聞かせてくれた事で己を保てた。
危うく、別の世に行きそうになった」

パシャッ!

湯の中で自身の身体を両手で抱える。

「今、ようやく己に戻れた気がしている。恐かった!恐ろしかったのだっ!」

身体を起こし、自身で抱える身体に添える両手に力が入っている。オスカーは髪をとく手を止めた。

バシャッ!

「木の上に留まりセルジオ様を眺めている私自身が恐ろしかった!
『青白い炎』を湧き立たせ、刺客に立ち向かうセルジオ様を
見ている私の後ろから声がするのだっ!
黒いかたまりの様な重く、暗く、冷たい声がするのだっ!」

「『そうだ!そうだ!ってしまえ!
もっとだ!もっとだ!ころしてしまえ!
辺り一面を血の海にしてしまえ!
焼き払え!焼き払え!人も家も森も城も全てを焼き払え!』と耳元で声が!!!」


「うぁぁぁぁ!!!やめてくれ!言わないでくれぇ!
嫌だっ!嫌だっ!ここにはいたくないっ!嫌だぁぁぁ!!!」

ザバァッァーーーー

エリオスは浴槽から立ち上がり頭を抱え叫び声を上げた。

「エリオス様っっ!!大事ございませんっっ!大事ございませんっっ!
オスカーがおそばにおります故、大事ございませんっっ!」

オスカーは浴槽で立ち上がった濡れたままのエリオスを抱きかかえる。

「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!
駄目なのだっ!私には守れないのだっ!守りきれないのだっっ!
戦いたくなどないのだぁぁぁ!!!
セルジオ様!!セルジオ様!!!お逃げ下さい!!」

必死に抱きかかえるオスカーの手を振り払う勢いで叫ぶ。

「オスカー下がれっ!エリオス様を放すのだっ!」

ポルデュラはエリオスを抱きかかえるオスカーを引きはがすと浴槽の中で頭を抱え叫ぶエリオスの前に立った

「よう、戻られましたなっ!エリオス様!
騎士団第一隊長エリオス・ド・ローライド様!」

「戻った?!戻ったとはなんだ?!
ここは!ここは!西の屋敷か?!
セルジオ様は?セルジオ様は!ご無事でお戻りなのか?
ミハエルはどうした?セルジオ様と一緒に逃れたミハエルはどうした?
他の者は?いずこにいる?私は!私は!守れたのか・・・・
はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・セ・ルジ・・オ様・・・・」

ボチャン!!!

エリオスは気を失い湯の中に勢いよく倒れ込んだ。

「エリオス様!!!」

オスカーが駆け寄り、抱きかかえる。

エリオスに呪文をかけるポルデュラを見る。
ポルデュラは静かにオスカーに話し出した。

「『宿世しゅくせの結び』だ。セルジオ様と同じだ。
前世の記憶がよみがえったのだ。恐らく、最後の別れの時であろうな。
前世でのエリオス様はセルジオ様を逃し、自らたてとなり絶命ぜつめいしておる」

「セルジオ様と同じく『無念の感情』を抱えていたのであろうな。
ただ、『無念の感情』の強さがセルジオ様とは異なる。
エリオス様は根源が穏やかなのだ。中庸ちゅうようなのだ。
感情の振り幅が中間で安定しているという事だ」

「かたや初代セルジオ様は感情の振り幅が大きい。
良くも悪くも中間ではいられぬ。
その分、抑え込む力も強くなる。なれば反動も大きいと言う訳じゃ」

「初代セルジオ様の『無念の感情』は今世のセルジオ様の心と共に
封印せねばしずめる事ができなんだ。
その思いは国を破壊はかいする程の力を秘めていての。
されど、前世のエリオス様の『無念の感情』は浄化ができる!
『心の傷』を治す事ができるのじゃ!
案ずるな!オスカー!その為に私がこの場におるのだ!」

「ただ!!その前にこやつをっっ!この『黒い闇の影』をっっ!
かえるべき場所へ還ってもらわねばならぬ!!!」

ポルデュラはそう言うと額の前で左手で大きく円を描いた。

ゴオォォォォーーーー

音を立てて銀色の風が渦巻く。

魔法陣まほうじん!!この者の影に隠れる『闇の者』よ!
出でよ!お前の住処すみかへ還るがよい!」

ゴォォォォーーーー
ブワッ!!

左手二指を額にあて、目を閉じる。エリオスが浸かる浴槽の床に魔法陣が姿を現した。銀色の風は更に渦高く舞い上がる。

「出でよ!『闇の者』この者の影にお前の住処すみかはない!」

再びポルデュラが大声を出すとエリオスの背中から黒い影が浮かび上がった。

ゆらりっ・・・・

「ケケケケ!よくわかったな!ケケケケ!
折角せっかく見つけた新しい住処すみかだ!
うばわれてなるものか!ケケケケ!」

黒い影が不気味に笑う。

「ほう、私に逆らえると思うか?お前の還る場所はこの者の影にあらず!」

渦高く舞い上がる銀色の風が強さを増す。

「還れ!お前の住処すみかへ!」

グオォォォォーーーー

浴槽の床に描かれた魔法陣の中に風が吸い込まれている。

「無駄だ!ケケケケ!お前ごときに・・・・うん?・・・・ケケケケ!!」

「風の魔導士ポルデュラの風魔よ!
風のことわりをもちて『闇の者』を還せ!」

ガアァァァァァーーーー
ガオォンンーーーーー

魔法陣に吸い込まれる風が強さを増した。

「ケケケケ・・・・これは・・・・ウガガガ・・・・おのれ!
折角見つけた新たな住処を・・・・ウガガガガ・・・・」

シュゥゥゥ!!
フッ!!

黒い影は魔法陣に吸い込まれ、同時に魔法陣も消えた。

「これで邪魔者は消えた!エリオス様の『心の傷』を浄化するぞ!」

唖然あぜんとした表情で見ているオスカーへエリオスを浴槽から出し、床に寝かせる様に言うとポルデュラは青いヒソップの花びらを散らし出した。

青いヒソップの花はいにしえより『聖なる薬草』と呼ばれ清めの儀式や浄化に用いられる。

「ベアトレス!セルジオ様をエリオス様の隣に寝かせてくれ!早う、頼む!」

「はい、承知致しました!」

ベアトレスはセルジオを隣室から抱えてくるとエリオスの隣に静かに寝かせた。
オスカーは祈る様にその様子を見ていた。

騎士団第一隊長エリオス・ド・ローライド。
そなたの隣にそなたの心に残る想うお人が寄り添い眠る。
歩んだ道を同じくし、今またここで道を同じくする宿世しゅくせの結びなり。
今世に任せ天より見守り、天より救いの手を差し伸べられよ。
今ここに聖なる花と共に清らかな清浄の地へ向かう・・・・」

ポルデュラは横たわるセルジオとエリオスにヒソップの花びらを降り注ぐ。
オスカーはエリオスの口から白く光る煙の様なものが出てくるさまに『ギクリ』とした。

「エリ・オ・・ス様?」

白く光る煙に語りかける。
ポルデュラが口びるに指をあててオスカーを制する。更に花びらが降り注ぐ。
ポルデュラは白く光る煙にさとす様に告げる。

騎士団第一隊長エリオス・ド・ローライド。
そなたのかたわらに眠る者、
騎士団団長セルジオ・ド・エステールなり。
そなたが命をかけ、守りし者なり。
そなたの願いのままに今世に再び生を受けし者なり。
今世において再び会いまみえ、同じ道を歩み、同じ時を過ごし、
同じくかたわらに寄り添いし者なり。宿世の結びは叶った。
今世に任せ、天に昇り、天より見守り、天より救いの手を差し伸べられよ。
今ここに聖なる花と共に清らかな清浄の地へ向かう」

白く光る煙は広がったかと思うと消えてなくなった。
オスカーはその様子を呆然ぼうぜんと見ていた。

「オスカー様、こちらへお掛け下さい」

ベアトレスがオスカーに椅子を薦める。

「私も・・・・私は・・・・
初代セルジオ様の封印の折、取り乱しまして・・・・」

ふふふと思い出し笑いを見せた。

「・・・・感謝申します。ベアトレス殿・・・・」

「いいえ、今しばらくでございます。ご安心下さいませ。
ポルデュラ様にお任せしておれば大事ございません。
エリオス様も今まで以上にお元気なられるはずでございます」

ベアトレスはニコリとオスカーへ微笑みを向けた。

「感謝申します・・・・」

オスカーはやっとの思いで椅子に座る。腰が抜けた感覚を初めて味わった。

エリオスがムクリと起き上がる。
かたわらに寝ているセルジオのほほにそっと手を置く。

「ようございました・・・・ご無事で・・・・ようございました。
これよりまたお傍にてお仕えいたしますれば、今は天より見守っております・・・・
セルジオ様・・・・思うがままにお生き下さい」

そう言うと目を閉じセルジオの額に口づけをした。

バタリッ!!!

エリオスはそのまま、セルジオを守るかの様におおいかぶさる。ベアトレスがエリオスの身体を抱えそっとセルジオのかたわらへ寝かせた。

「オスカー、終わったぞ。前世のエリオス様の『無念の感情』は浄化された。
安心いさせ!今日この日の事は、前世のエリオス様の浄化をする為のものであったな。よかったの」

「そなたが、エリオス様の従士でなければエリオス様は正気でいられなかった。
そうなれば浄化はできぬからな。お手柄じゃ!オスカー!」

ポルデュラはオスカーの手にヒソップの花びらを乗せる。

「食すのだ。今、この花びらを食すのだ」

「花びらをですか?このままでよろしいですか?」

「そうだ。そのままでよい。そのまま食せ。
そなたの中にエリオス様の『無念の感情』の欠片かけらが入っておる。
その欠片かけらを取り除くためじゃ。何、案ずるな。毒ではない。
後でそなたの治療をもと思っていた。左足を痛めたであろう?
傷の薬にもなる故、そのまま食せ」

「わかり申しました。感謝申します」

オスカーはマデュラの刺客との戦闘時に左足に傷を負っていた。周りに悟られない様にマントで隠していたが、ポルデュラにはお見通しの様だ。

「ポルデュラ様に隠し事はできませんね!」

オスカーは素直にヒソップの花びらを口に含む。少し苦味があるがすぅっと鼻に抜ける清涼感せいりょうかんに目を閉じる。

「ベアトレス、オスカーの左足も手当を頼む。傷口を聖水でよく洗ってやってくれ。
その後でこの小瓶の薬を布に含ませて傷口にあててやれ」

「承知致しました。オスカー様、失礼を致します」

ベアトレスはオスカーの左足の手当を始める。
ポルデュラは床に横たわるセルジオとエリオスにヒソップの花びらを数回降り注ぐと白の布をふわりと掛けた。

「これで、ひとまずは安心だの」

「あぁ、案じておるかの?
あの『黒い影』はマデュラの刺客の中にいた闇の者だ。
エリオス様が右目を射抜いた際に移ってきたのであろうな。
還るべき場所へ戻した故、安心いたせ」

ポルデュラはカモミールのお茶をカップに注ぐとベアトレスが用意した椅子に腰かける。

オスカーへもお茶を薦めるとふっと一つ息を吐きカップをゆっくりと口に運ぶのだった。

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