とある騎士の遠い記憶

春華(syunka)

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第2章:生い立ち編1~訓練施設インシデント~

第21話 インシデント17:人を動かす感情

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合同訓練は訓練施設内で訓練を受けている各貴族騎士団毎に行われる。他貴族騎士団との交流は日常訓練では行われていなかった。

5歳を迎えると恐怖を克服する訓練『石塔訓練』が行われる。『石塔訓練』は年に4回、1ヶ月の期間を独り石塔に閉じ込められ過ごすものだった。

この『石塔訓練』を終えると他貴族と狩り等の訓練施設外で合同で訓練が行われることになる。それまでは、将来同じ騎士団に所属する訓練者との訓練となる。これを合同訓練と呼んでいた。

合同訓練は、徐々に人数を増やし行われる。個々に『強く』なることよりも騎士団として『組織的』な動きを身に付ける事が最大の目的であった。
その為、それぞれの持つ『強み』と『弱み』『力量』を知る事が重視される。

セルジオが合同訓練に加わり、3ヶ月が経った。その間に生殖器排除手術を受け終えたユリウス・ド・スピネリが加わる。唯一セルジオと同年齢のスピネリ准男爵家第二子である。従士はトルディ、元セルジオ騎士団第四隊長に仕えた槍の使い手であった。

個々の訓練は午前中に行われ、午後から合同訓練が行われた。組織的な戦闘力を身に付けるには『統制』と『統率』の何たるかを知る事が不可欠である。

限られた情報の中から団長が意思決定した『最善の策』を騎士がどう受取り、行動へ移すか構成と指揮統制の訓練が時間をかけ行われた。

訓練には『狩り』が取り入れられる。静止の的から動く的へ獲物と範囲が徐々に拡大されていく。

『狩り』は城壁内訓練施設の『狩場』から始まる。1階門番詰め所の隣には囲いがされた『狩場』の訓練所が設けられている。

『獲物』はにわとりから始まる。日々の食材の一つでもある為、訓練後は即時血抜きをし、調理場へ運ばれる。
『命をもてあそばない』ことは騎士の戒律の一つであるからだ。

セルジオより2歳と3歳年長のエリオス、ミハエル、アドルフは城壁外のエステール伯爵家所領内の『狩場』へ赴く本格的な『狩り』訓練が行われていたが、セルジオとユリウスに合わせ、城壁内での『狩り』訓練に立会う事となった。

この日、セルジオとユリウスは初めて『狩り』訓練を受ける。

コケェーーーーッッケッケッケッ!

鶏が『狩場』に放たれる。鶏は自身が獲物だと認識しているのか狩場内を勢いよく逃げ回る。

鶏の首と両翼の間に目印の『布的ふてき』がくくり付けられている。
『布的』へ矢を射るのだが、動く的へ命中させるのはなかなかに困難な事だった。

弓射を得意とするアドルフが手本を見せる。『狩場』の中を駆け回る鶏を囲いの外から弓を構え狙う。

ギリッギリッギリッ・・・・

ドドドドッ・・・・
コケッケッェーーーー!!

鶏が自身の前を通り過ぎ、背中を見せた瞬間、アドルフは矢を放った。

ギッギリッ!
シュッ!
バジュッ!

グベッ!ガヘェーーー
ドッドトッドッ・・・・

見事、的に命中する。

カツンッ!
ザザッザッ!
シャッ!

アドルフは弓を置き短剣を手に『狩場』へ駆け込む。

ドドドドッ・・・・
バタバタバタッ!

矢を射られた鶏はそのまま『狩場』を駆け回る。鶏に近づき、両足を持ち逆さづりにした。

シュバッ! 
ボトッ!ドバッ!ボタッボタッ・・・・

アドルフが鶏の頭部を短剣で切り落とすと、首から血が吹きだす。血抜きだ。暫くすると逆さづりにされた頭部のない鶏の首から滴る血は止まった。

「調理場へ行ってまいります」

アドルフは切り落とされた頭部を拾い上げ、鶏を手に調理場へ向かった。

「・・・・オ・オェェェェェ」

セルジオの隣にいたユリウスがその光景に嘔吐おうとする。

「・・・・ユリウス・・・・大事ないか?」

セルジオはユリウスの背中をさすると狩場囲いの反対側にいるユリウスの従士トルディへ視線を向けた。トルディは動こうとしない。

セルジオは視線をトルディの隣にいるバルドへ向ける。

『いかがしたものか・・・・ユリウスをいかがしたものか』

バルドへ問い掛けの視線を送るが、バルドも何の反応もしない。困惑しているとエリオスが近づいてきた。

「ユリウス!!後ろへ下がるのだ!
そのままではそなたが『的』となるぞ!」

そう言うとエリオスはユリウスを抱え、狩場囲い壁面柱の影にユリウスの身を隠した。

「セルジオ様、狩場囲い内が『敵方てきがた』となります。
この様に『敵方てきがた』が見渡せるという事は
我方わがほう』も見渡せるという事にございます!
負傷した者がそのまま留まれば格好の『的』となります」

エリオスは珍しく少し強い口調でセルジオに言葉を発した。

セルジオはエリオスに頼もしさを感じる。

「!!エリオス!感謝申す!私は甘かった。
『狩り』と思うていた。鶏を『狩る』事と思うていた!
『訓練』であった!エリオス!感謝申す」

セルジオは己の勘違い極まりない愚かさに愕然きょうがくする。一呼吸置き、目を閉じた。
バルドの声が頭の中で響く。

『よいですか!団長お独りが『強い』のではありません。
皆の力を合わせる事ができる団長が『強い』のです。
己の『弱さ』を認める事です。『謙虚けんきょ』になる事です』

セルジオはハッとし、目を開けた。

「エリオス!ミハエル!
ここでの『訓練』はどのようにするのか教えてくれぬか!頼む!」

セルジオはエリオスとミハエルに素直に訓練の方法を尋ねる。そこへ調理場からアドルフが戻ってきた。

「ただ今、調理場より戻りました。
セルジオ様、まず初めに獲物の射方をご覧頂きました。
これより訓練のご説明を致します」

エリオスとミハエル、アドルフは顔を見合わせ、うなずき合った。アドルフがユリウスを呼ぶ。

「ユリウス、大事ないか?そなた立てるか?
立てるのであれば訓練を始めるがよいか?」

ユリウスは身体を起こすと袖口そでぐちで口元を拭い、アドルフの顔を見ると呼応する。

「・・・・グフッ!・・・・
大事・・・ございません。失礼を致しました」

ユリウスは立ち上がり皆が整列する場所へ戻った。

アドルフが号令をかける。

「これより弓射訓練を始める。
『敵』は鶏10羽。全ての首を落とし、血抜き後、調理場へ運ぶ。
陣形は斜線陣しゃせんじん。エリオス、ミハエルは
たてを構え南から北壁へ鶏を囲い込め。
セルジオ様、ユリウスは弓矢を整えミハエルの後陣に付き囲い込みに合わせ進め。
私は指令を出す。の合図にて弓射。
射抜いた鶏より首を落とし、血抜きに入る。
命中の鶏あらば盾隊はそのまま待機。弓隊にて鶏の首を落とす。
よいか!!血抜きまでの時を開けてはならんっ!!
痛みを覚える間もなき程にて鶏の首をはねよっ!」

「はっっ!」

エリオス、ミハエルが返事と共に盾を手にした。セルジオとユリウスはその姿に見よう見まねで必死についていく。

「はっ!」

「・・・・はっ!!」

2人は遅れて返事をすると弓矢を手に取り、ミハエルの右斜め後方へついた。アドルフの号令が終わるとバルドら従士が捕獲ほかくされている鶏10羽をかごから放った。

バサッバサッバササッ!!
コケェーーーーケッケッ!!
バババッバサバサッ!!!

勢いよく10羽の鶏は狩場の中を駆け回る。

「エリオス!ミハエル!盾を構え!北壁へ向けて移動せよ!」

アドルフが号令する。

「はっ!」

エリオス、ミハエルは分散しかけた鶏10羽を盾を巧みに使い北壁に向けて囲い込みをかけていく。

子供と見下しているのか1羽の鶏が跳躍ちょうやくし鋭い爪をミハエルの後方で弓を構えるユリウスの目に向けた。

ケッケッ!コケェーーーー

「あっ!!ユリウスよけろっっ!」

アドルフが叫ぶ。アドルフの声にセルジオの身体はピクリと反応した。

セルジオはまるで時が止まったかの様にゆっくりと情景が視えていた。

ザッザザッ・・・・
シャッ・・・・

「ユリウスっっ!」

アドルフが狩場の外から短剣を手にユリウスへ走り寄る。

バサバサッバサッ!
コケケケケッコケッーーーー

エリオスとミハエルは後ろを一瞬振りかえるが他の鶏を制そうと2人の距離を詰める。

カツンッ!
ザッザザッ!

ユリウスの従士トルディは槍を手に狩場の中へ駆け込む。

ガサッ!ガサッ!
コケッケッケケーーーー

バルド、ダイナ、ルッツは捕獲ほかく用の籠を残りの鶏に向けかぶせている。

ブワッフワッ・・・・
ポチャァンーーーー

セルジオは狩場の空間が自分を中心に広がる感覚を覚える。全ての動きが『える』のだ。

身体がフワリとちゅうに浮く様に感じた瞬間、構えていた弓矢を放し、腰の短剣を両手で抜いていた。

カランッ!
シャッシャッ!

ユリウスの前にいたセルジオの頭上を鶏の足が通り過ぎようとした。

ザッッ!! 
ズバッッ! バサッ!
ゴロッ! ゴロッ・・・・

鶏の両足が切り落とされ、続いて頭部が落とされた。血しぶきが舞い動けず立ちすくむユリウスに降り注ぐ。

鶏の両足、頭部、胴体がユリウスの目の前に落ちた。セルジオは両足が落とされた鶏の胴体を血抜きの為に逆さに持った。

ドバッ・・・・
ポタッポタッポタッッ・・・・

ユリウスの目の前に鶏の両足切り口からこんもりと血液が盛り上がる。逆さづりの首からボタボタと滴る血をセルジオは見つめていた。

一同は唖然あぜんとその姿を眺める。その場から動く者は一人もいない。誰もが狩場の空気が静止した様に感じていた。

しばらくするとセルジオがアドルフへ声を掛けた。

「アドルフ!!すまぬ!・・・・
どう言えばよいのか?この様な時は・・・・」

右斜め上を向き言葉を探す。

「・・・・『感謝申す』ではない様に思う。
やはり、『すまぬ!』だな。
弓射の訓練のはずが短剣を使用した。すまぬ!」

「・・・・」

アドルフは呆然ぼうぜんとセルジオを眺めていた。

「これは・・・・この鶏は・・・・
そろそろこの鶏の血抜きは終わりでよいのか?
血が止まった様に見えるが・・・・まだか?」

首の切り口を覗く。

「止まった様だ。調理場へ運べはよいか?
両足と頭もだったな・・・・全てを一度に持てぬが二度に分けてもよいか?」

セルジオは何事もなかったかの様に屈託くったくなくアドルフへ伺いを立てる。

「・・セっ・・セルジオ様・・・・ゴホンッ!」

アドルフは咳ばらいをすると漸くようや返事を返した。
アドルフの返事で静止していた狩場の空気が動き出した。

「失礼を致しました。いえ・・・・詫びなど不要にございます!!
私の戦略が甘かったのです。セルジオ様!
感謝申します。危うくユリウスの目を!
ユリウスは光を失う所でした!感謝申します!」

バチンッ!

アドルフは握っていた短剣をさやに納めるとセルジオにかしずいた。

「いや・・・・ユリウスが大事にならずよかった。・・・・
よいのか?私は指令を守らなかった!勝手な判断で勝手な動きをしたのだぞ・・・・」

セルジオは鶏を手にしたままチラリとバルドへ視線を向ける。バルドは微笑んでいた。

「????バルド?」

セルジオは困惑した表情を見せ首をかしげる。

「はっははははっ!」

オスカーが突如大声で笑った。

「よかったではありませんか。
どなたも怪我けがもなさらず、鶏1羽の血抜きまで終えたのです。
残り9羽ですな。一旦、休憩きゅうけいといたしましょう。
セルジオ様、流石にお一人では運べますまい。
アドルフ様に同行を頼まれてはいかがですか?」

セルジオはオスカーの言葉に頷きアドルフへ顔を向ける

「アドルフ、調理場への同行を頼めるか?
先程から鶏の胴体が重く、腕がピクピクとしているのだ・・・・」

セルジオは恥ずかしそうに自身の状態を告げた。

「これはっ!気付かず申し訳ありません!
私が胴体を運びます故、セルジオ様は両足と頭をお持ちいただけますか?」

「よいのか?その様に甘やかして・・・・アドルフ、感謝申す」

「セルジオ様、
調理場で水を所望しょもうして頂けますか?皆で休憩と致しましょう」

オスカーは再び皆を休憩へと誘う。

バルドはその光景を微笑ましくもあり、これからの課題でもあると思案し眺めていた。

『セルジオ様は、『恐怖』を感じておられん。
自らを危険にさらす事もいとわぬ。逃げもせぬ。
そこはよいとしても・・・・『恐怖』を感じる人の心を理解ができぬ。
ここをどのように伝えるか・・・・
人は『感動』と『恐怖』と『利』の3通りでしか動かぬ事を体験していただかねばならぬな・・・・』

『他の者の痛みがわからぬ団長に皆はついてはこまい』

ポルデュラの言葉をバルドは頭の中で反芻はんすうするのだった。
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