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第2章:生い立ち編1~訓練施設インシデント~
第16話 インシデント12:怒りの感情
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バルドは暫くの間、セルジオの深く青い瞳を見つめ、優しく頭をなでていた。
じっと見返すセルジオを見ているとバルドの中に今まで抱いた事のない熱く煮えたぎる感覚が湧いてくる。今起こった状況が頭の中で大きく渦巻く。
『なぜだっ!終わらせたではないかっ!ただ騎士としてのっ!
騎士団団長としてのっ!訓練だけでよいではないかっっ!!』
城壁最上階回廊での訓練は他の訓練者と重なると事故に繋がる可能性がある。その為、誰が、いつ、どのように使用するかを訓練施設内で周知できるように共同の水屋近くに回廊使用者が告知されていた。
今日、セルジオが回廊で訓練をする事は訓練施設内で知られていたのだ。
『大ネズミを放ったのはおそらくマデュラの刺客!
まさかこの様な卑劣な手を講じてくるとはっ!許せぬっ!許せぬっっ!』
バルドは全身に満ちてくる煮えたぎる思いを感じ『はっ!』とする。
『これは!『怒りの感情』だ・・・・』
バルドは自身が初めて感じた『怒りの感情』に一瞬戸惑う。セルジオの深く青い瞳がバルドを見つめていた。
バルドはセルジオへ感じたままの感情を伝える。初代セルジオが残した『悔恨』もまた、『怒りの感情』が根源であったからだ。
「セルジオ様、私は今、全身が熱く煮えたぎる感覚でおります。
これは『怒りの感情』です。我が主であるセルジオ様にこの様な
卑劣な手を講じる者への怒り、
そしてエリオス様、オスカー殿を巻き添えにした怒り、
終わりにしたはずの事を引きずる者への怒り、
そして、セルジオ様をこの様なお姿にしてしまった私自身への怒りです」
バルドはセルジオの瞳を見つめ懺悔の様に自身の『感情』を伝える。
「騎士は、この様な『感情』を抱いてはなりません。
特に『怒りの感情』は判断を誤る最大の要因となります。
私は今、騎士としてあるまじき思いを抱いております」
バルドの話を傍らで聞いていたエリオスがオスカーの手から布を受け取る。
「セルジオ様、お顔の血をお拭き下さい」
エリオスはバルドに抱えられているセルジオに近づき、顔に付着している大ネズミの血を拭う。
バルドはエリオスのその姿に我に返った。
「バルド殿、お気持ちお察し致します。
我らはネズミの死骸を始末致します故、
セルジオ様を沐浴へお連れ下さい」
オスカーは戦場では見せた事のないセルジオへの慈愛に満ちたバルドの姿に人としての温もりを感じていた。
『バルド殿は変わられた。
この様に包み込むような温かさを持たれたとは・・・・』
オスカーは謀略の魔導士と恐れられ、『感情を持たない騎士』を貫いていたかつてのバルドが人としての深みを増していると思った。
「エリオス様、感謝申します。
エリオス様の訓練の邪魔を致しました。申し訳ございません。
オスカー殿、お言葉に甘え、本日はこのまま退散致します。
また、後日改めて訓練の同行を願います」
ギィィィ
バタンッ!
バルドは二人に挨拶をするとセルジオを抱え、回廊天井扉から階段を降りていった。
セルジオとバルドの姿を見送るとオスカーはエリオスへネズミの死骸の始末をするよう促す。
「エリオス様、それでは我らはネズミの死骸を始末いたしましょう。
まず、一か所へ集めましょう。重たいですぞ。できますか?」
オスカーはネズミの死骸の後脚を持ち上げ、天井扉近くの凹凸壁まで運んだ。
「大丈夫だ!」
エリオスは一言告げると自身の身長と同じ位のネズミの死骸の前脚を持ち、引き摺り運ぶ。
ズッズリッズゥーーーー
ズッズリッズゥーーーー
「オスカー、持ち上げられぬのであれば引き摺ればよいであろう?」
エリオスはズリズリと引き摺る様をオスカーへ見せる。
「左様にございますな。
エリオス様はお独りでできます事が増えてまいりました」
自身でできる方法を考え、瞬時に行動する事は騎士団第一隊長の必要とされる資質の一つである。オスカーは日に日に成長するエリオスを頼もしく感じていた。
スッ・・・・
バサッ!バサッ!
その様子を一羽のハヤブサが少し離れた凹凸壁から見ていた。ハヤブサは再び天井扉が開くと飛び立っていった。
バルドがセルジオを伴い、城壁最上階回廊から西階段を降りていると階下から西門に詰めているエステール伯爵家門番3人がバタバタと駆け上がってきた。
バタッバタッバタッ!
バタッバタッバタッ!
「あっ!これはっ!バルド様!いかがなさいましたか!
地上に大ネズミが矢を射られ、落下してまいりました故、参上した次第です。
はっぁ、はっぁ、はっぁ・・・・」
少し息を切らし西門門番頭のエーミルがバルドへ慌てた表情を見せた。
「感謝申します。回廊にて10匹程の大ネズミに襲われました。
回廊にエリオス様とオスカー殿がおいでです。
ネズミの死骸の始末をお願いできますか?」
バルドは返り血を浴びているセルジオを麻布で覆い見えない様に門番頭エーミルに呼応する。
「承知致しました。ベンノ、麻袋を持ってまいれ。
後、石畳の血も落とさねばなるまい。ひしゃくも持ってまいれ」
門番頭のエーミルがつき随う2人の門番に指示を出す。
バルドは3人に挨拶するとそのままポルデュラの部屋へ向かった。4階階段踊り場を左へ曲がるとポルデュラがセルジオの居室前に立っていた。
「バルド、大変だったな。ベアトレスに沐浴の準備をさせている。
まずはセルジオ様を清めて差し上げろ」
「ポルデュラ様・・・・感謝・・申します」
ガクッ!
バルドは麻布で包んだセルジオを抱きしめポルデュラの前にひざまずいた。
「いかがした。そなたらしくもない。
その様に気落ちをして。『感情』が抑えられなんだか?」
ポルデュラの見通す眼には叶わないとバルドは心の中で思う。
「なに、使い魔が一部始終見ておったでな。
回廊凹凸壁にハヤブサがとまっていたであろう?
気付かなんだか?この施設で起こる事を全て見通す事、それが私の役目だ」
ポルデュラはバルドに柔らかな視線を向け続ける。
「案ずるな。封印が解かれたのではない。
そなたの思う通りセルジオ様が『覚醒』されただけだ」
ポルデュラはセルジオは近いうちに必ず『覚醒』すると断言していた。それが今日であっただけの事だと言う。
「はい、覚悟はしておりましたが、
この様に早く『覚醒』なさるとは思っておらず・・・・
大ネズミを仕留められた際に『青白き炎』を湧き立たせておいででした。
大ネズミの襲撃がなければまだ、今少し先であったかと思うといたたまれません・・・・」
セルジオの深く青い瞳をのぞき、言い終わるとバルドはポルデュラの顔を見上げる。
「ポルデュラ様!私は未だかつて抱いた事のない『怒りの感情』を抱きました。
エリオス様とオスカー殿がおらねば・・・・そのまま・・・
真偽も確かめぬまま・・・・恐らくマデュラへ刃を向けておりました。
『感情』を抑えられぬとは騎士としてあるまじきこと・・・・」
バルドは自分自身に言い聞かせる様に『怒りの感情』を抱いた事をポルデュラへ伝える。
ポルデュラはバルドの額へ左手2指をあて、目を閉じ、息吹を吹き込んだ。
「ふっ!!ふぅぅぅぅ・・・・ふっっ!」
勢いよく左手を払うとバルドへ告げる。
「大事ない。大丈夫だ!バルド。安心いたせ。
初代セルジオ様がお出ましになられた時、
そなたが長けている読心術が自然に作用しただけだ。
初代セルジオ様が抱かれていた『強い無念の感情』を読みとり、
今回の事でセルジオ様に重ねたのであろう。
それは『怒り』ではなく『無念』だ!
そなたのその深く紫色の瞳は人の心を見通す眼だ。案ずるでない」
ポルデュラはバルドの額から手を離す。
「そなたが抱いた『感情』は風を通し、飛ばした。
安心いたせ。後は我が部屋にてお茶を入れよう。
身体を清めればその『感情』は消えてなくなる。
そなたの瞳の光も元に戻る・・・・そなたの眼は・・・・特別だからな・・・・
初代セルジオ様のお心に触れたことで刺激されたのであろうな・・・・」
ポルデュラはバルドを立ち上がらせ、状況を説明するとセルジオを沐浴させる様促した。
バルドはセルジオをベアトレスが沐浴の準備をしている部屋へ連れだって行った。
ポルデュラはバルドとセルジオの後ろ姿を見送り、独りつぶやく。
「しかし・・・・初代セルジオ様、
あなた様の『強いご無念』は何世代先までも癒えぬのでありましょうな。
あのバルドでさえ、影響を受けてしまうのですから・・・・」
やれることを都度、起こる都度、対処することでしかセルジオを救う事はできないと改めてポルデュラは感じていた。
バルドが初めて感じた『怒りの感情』。それは、初夏の南風が吹く、天気のよい日に起こったマデュラ子爵家の企て、セルジオ抹殺未遂が引き金となっての事だった。
じっと見返すセルジオを見ているとバルドの中に今まで抱いた事のない熱く煮えたぎる感覚が湧いてくる。今起こった状況が頭の中で大きく渦巻く。
『なぜだっ!終わらせたではないかっ!ただ騎士としてのっ!
騎士団団長としてのっ!訓練だけでよいではないかっっ!!』
城壁最上階回廊での訓練は他の訓練者と重なると事故に繋がる可能性がある。その為、誰が、いつ、どのように使用するかを訓練施設内で周知できるように共同の水屋近くに回廊使用者が告知されていた。
今日、セルジオが回廊で訓練をする事は訓練施設内で知られていたのだ。
『大ネズミを放ったのはおそらくマデュラの刺客!
まさかこの様な卑劣な手を講じてくるとはっ!許せぬっ!許せぬっっ!』
バルドは全身に満ちてくる煮えたぎる思いを感じ『はっ!』とする。
『これは!『怒りの感情』だ・・・・』
バルドは自身が初めて感じた『怒りの感情』に一瞬戸惑う。セルジオの深く青い瞳がバルドを見つめていた。
バルドはセルジオへ感じたままの感情を伝える。初代セルジオが残した『悔恨』もまた、『怒りの感情』が根源であったからだ。
「セルジオ様、私は今、全身が熱く煮えたぎる感覚でおります。
これは『怒りの感情』です。我が主であるセルジオ様にこの様な
卑劣な手を講じる者への怒り、
そしてエリオス様、オスカー殿を巻き添えにした怒り、
終わりにしたはずの事を引きずる者への怒り、
そして、セルジオ様をこの様なお姿にしてしまった私自身への怒りです」
バルドはセルジオの瞳を見つめ懺悔の様に自身の『感情』を伝える。
「騎士は、この様な『感情』を抱いてはなりません。
特に『怒りの感情』は判断を誤る最大の要因となります。
私は今、騎士としてあるまじき思いを抱いております」
バルドの話を傍らで聞いていたエリオスがオスカーの手から布を受け取る。
「セルジオ様、お顔の血をお拭き下さい」
エリオスはバルドに抱えられているセルジオに近づき、顔に付着している大ネズミの血を拭う。
バルドはエリオスのその姿に我に返った。
「バルド殿、お気持ちお察し致します。
我らはネズミの死骸を始末致します故、
セルジオ様を沐浴へお連れ下さい」
オスカーは戦場では見せた事のないセルジオへの慈愛に満ちたバルドの姿に人としての温もりを感じていた。
『バルド殿は変わられた。
この様に包み込むような温かさを持たれたとは・・・・』
オスカーは謀略の魔導士と恐れられ、『感情を持たない騎士』を貫いていたかつてのバルドが人としての深みを増していると思った。
「エリオス様、感謝申します。
エリオス様の訓練の邪魔を致しました。申し訳ございません。
オスカー殿、お言葉に甘え、本日はこのまま退散致します。
また、後日改めて訓練の同行を願います」
ギィィィ
バタンッ!
バルドは二人に挨拶をするとセルジオを抱え、回廊天井扉から階段を降りていった。
セルジオとバルドの姿を見送るとオスカーはエリオスへネズミの死骸の始末をするよう促す。
「エリオス様、それでは我らはネズミの死骸を始末いたしましょう。
まず、一か所へ集めましょう。重たいですぞ。できますか?」
オスカーはネズミの死骸の後脚を持ち上げ、天井扉近くの凹凸壁まで運んだ。
「大丈夫だ!」
エリオスは一言告げると自身の身長と同じ位のネズミの死骸の前脚を持ち、引き摺り運ぶ。
ズッズリッズゥーーーー
ズッズリッズゥーーーー
「オスカー、持ち上げられぬのであれば引き摺ればよいであろう?」
エリオスはズリズリと引き摺る様をオスカーへ見せる。
「左様にございますな。
エリオス様はお独りでできます事が増えてまいりました」
自身でできる方法を考え、瞬時に行動する事は騎士団第一隊長の必要とされる資質の一つである。オスカーは日に日に成長するエリオスを頼もしく感じていた。
スッ・・・・
バサッ!バサッ!
その様子を一羽のハヤブサが少し離れた凹凸壁から見ていた。ハヤブサは再び天井扉が開くと飛び立っていった。
バルドがセルジオを伴い、城壁最上階回廊から西階段を降りていると階下から西門に詰めているエステール伯爵家門番3人がバタバタと駆け上がってきた。
バタッバタッバタッ!
バタッバタッバタッ!
「あっ!これはっ!バルド様!いかがなさいましたか!
地上に大ネズミが矢を射られ、落下してまいりました故、参上した次第です。
はっぁ、はっぁ、はっぁ・・・・」
少し息を切らし西門門番頭のエーミルがバルドへ慌てた表情を見せた。
「感謝申します。回廊にて10匹程の大ネズミに襲われました。
回廊にエリオス様とオスカー殿がおいでです。
ネズミの死骸の始末をお願いできますか?」
バルドは返り血を浴びているセルジオを麻布で覆い見えない様に門番頭エーミルに呼応する。
「承知致しました。ベンノ、麻袋を持ってまいれ。
後、石畳の血も落とさねばなるまい。ひしゃくも持ってまいれ」
門番頭のエーミルがつき随う2人の門番に指示を出す。
バルドは3人に挨拶するとそのままポルデュラの部屋へ向かった。4階階段踊り場を左へ曲がるとポルデュラがセルジオの居室前に立っていた。
「バルド、大変だったな。ベアトレスに沐浴の準備をさせている。
まずはセルジオ様を清めて差し上げろ」
「ポルデュラ様・・・・感謝・・申します」
ガクッ!
バルドは麻布で包んだセルジオを抱きしめポルデュラの前にひざまずいた。
「いかがした。そなたらしくもない。
その様に気落ちをして。『感情』が抑えられなんだか?」
ポルデュラの見通す眼には叶わないとバルドは心の中で思う。
「なに、使い魔が一部始終見ておったでな。
回廊凹凸壁にハヤブサがとまっていたであろう?
気付かなんだか?この施設で起こる事を全て見通す事、それが私の役目だ」
ポルデュラはバルドに柔らかな視線を向け続ける。
「案ずるな。封印が解かれたのではない。
そなたの思う通りセルジオ様が『覚醒』されただけだ」
ポルデュラはセルジオは近いうちに必ず『覚醒』すると断言していた。それが今日であっただけの事だと言う。
「はい、覚悟はしておりましたが、
この様に早く『覚醒』なさるとは思っておらず・・・・
大ネズミを仕留められた際に『青白き炎』を湧き立たせておいででした。
大ネズミの襲撃がなければまだ、今少し先であったかと思うといたたまれません・・・・」
セルジオの深く青い瞳をのぞき、言い終わるとバルドはポルデュラの顔を見上げる。
「ポルデュラ様!私は未だかつて抱いた事のない『怒りの感情』を抱きました。
エリオス様とオスカー殿がおらねば・・・・そのまま・・・
真偽も確かめぬまま・・・・恐らくマデュラへ刃を向けておりました。
『感情』を抑えられぬとは騎士としてあるまじきこと・・・・」
バルドは自分自身に言い聞かせる様に『怒りの感情』を抱いた事をポルデュラへ伝える。
ポルデュラはバルドの額へ左手2指をあて、目を閉じ、息吹を吹き込んだ。
「ふっ!!ふぅぅぅぅ・・・・ふっっ!」
勢いよく左手を払うとバルドへ告げる。
「大事ない。大丈夫だ!バルド。安心いたせ。
初代セルジオ様がお出ましになられた時、
そなたが長けている読心術が自然に作用しただけだ。
初代セルジオ様が抱かれていた『強い無念の感情』を読みとり、
今回の事でセルジオ様に重ねたのであろう。
それは『怒り』ではなく『無念』だ!
そなたのその深く紫色の瞳は人の心を見通す眼だ。案ずるでない」
ポルデュラはバルドの額から手を離す。
「そなたが抱いた『感情』は風を通し、飛ばした。
安心いたせ。後は我が部屋にてお茶を入れよう。
身体を清めればその『感情』は消えてなくなる。
そなたの瞳の光も元に戻る・・・・そなたの眼は・・・・特別だからな・・・・
初代セルジオ様のお心に触れたことで刺激されたのであろうな・・・・」
ポルデュラはバルドを立ち上がらせ、状況を説明するとセルジオを沐浴させる様促した。
バルドはセルジオをベアトレスが沐浴の準備をしている部屋へ連れだって行った。
ポルデュラはバルドとセルジオの後ろ姿を見送り、独りつぶやく。
「しかし・・・・初代セルジオ様、
あなた様の『強いご無念』は何世代先までも癒えぬのでありましょうな。
あのバルドでさえ、影響を受けてしまうのですから・・・・」
やれることを都度、起こる都度、対処することでしかセルジオを救う事はできないと改めてポルデュラは感じていた。
バルドが初めて感じた『怒りの感情』。それは、初夏の南風が吹く、天気のよい日に起こったマデュラ子爵家の企て、セルジオ抹殺未遂が引き金となっての事だった。
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