とある騎士の遠い記憶

春華(syunka)

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第2章:生い立ち編1~訓練施設インシデント~

第14話 インシデント10:最善の策

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バルドは目を閉じ、自身の胸にあてたこぶしに力を込める。一呼吸置き、目を閉じたまま話出した。

「策は大きく3つございます。
1つは日々のセルジオ様の護衛にございます。
1つはお食事等の我ら以外からセルジオ様にあてがわれる物にございます。
1つは訓練のあり方にございます」

バルドはここで目を開ける。

「まず、護衛にございますが、
マデュラ子爵家の刺客は恐らく後3人おります。
私が調べました限り、先程窓の外におりました3人の男は、
訓練施設内に従事している者ではございません」

「この先、時をみて外より侵入してくるものと思われます。
私は曲者くせものとはいえマデュラ子爵家の乳母をあやめました。
矛先ほこさきがベアトレス様に向くとは思えませんが、
万が一を考えまして、ベアトレス様へ1つ目のお願い事にございます」

バルドはベアトレスへ顔を向ける。

「何なりとお申し付け下さいませ」

ベアトレスは即答した。

「では、ご一緒におられますお嬢様のアルマ様を
エステール伯爵家へお連れ下さい」

ベアトレス自身も訓練施設に同行している娘アルマの存在が気がかりであった。

「承知致しました。
実は実家より引き取りにくる者を頼もうと考えておりました。
エステール伯爵家にてお手をわずらわせるなど
滅相めっそうもございません。アルマは実家へ戻します」

「感謝申します。
エステール伯爵家領内よりお出になられればその方が安全にございます」

バルドはほっとした表情を見せた。

「次なるは、ベアトレス様が日々お過ごしになるお部屋を
ポルデュラ様の控えの間にお移し下さい。
ポルデュラ様、ご承知頂けますでしょうか?」

ポルデュラに前もっての相談もなしに決めた策である。バルドはここでポルデュラに許しを乞うた。

ポルデュラもセルジオと同様に訓練施設内で3つに連なる部屋を使っていた。魔導士であるから武具は必要ない。

そこで、武具が置かれる部屋を控えの間として訓練施設の訓練者や各貴族家名からつき随う従士、その他従事者へ治癒術をほどこす部屋としていた。

「構わぬぞ。その様な事になるやもと思うてな。
実は隣の部屋を片付けさせた。
話が終わった後、直ぐにでも移ればよい。ベアトレス歓迎するぞ」

ポルデュラはベアトレスへ微笑みを向けた。

『さすがはポルデュラ様っ!全てお見通しでいらっしゃる』

バルドは心の中が安堵で満たされていくのを感じた。

「ポルデュラ様、感謝致します。
これより先、なにとぞよろしくお願いいたします」

ベアトレスは緊張がほどけた表情をポルデュラへ向けた。

「ポルデュラ様、ご承知下さいまして、感謝申します。
セルジオ様、護衛ごえいみなもとが整いました。
これより日々の護衛ごえいにございます。
ベアトレス様がお使いだったお部屋を
ただ今、セルジオ様の居室下層階におります
ローライド准男爵家エリオス様にお使い頂きます」

「エリオス様の従士オスカー殿は私と同じく
セルジオ騎士団第一隊に属しておりました。
戦場にて負傷し退団の後、こちらへ従事しております」

弓術きゅうじゅつけております故、
この階の護衛として申し分ございません。
そして、セルジオ様でございますが、
お一人にて護身ごしんがおできになるまでは
私のふところにてお過ごし頂きます。
お食事、沐浴もくよく等の時のみ
ベアトレス様へお任せ致したく存じます。
お休みになられる時も暫くはお独りにては危のうございます故、
私がお部屋内に待機致します」

バルドの策にベアトレスは驚いた。

「バルド様、それではバルド様がお休みになられる時がございませんのは?
いざの時にセルジオ様をお守りする事が困難となられるのではございませんか?」

バルドの身を案じてベアトレスは率直そっちょくに自身の考えを伝える。

「ご心配には及びませぬ。
長期間の戦闘せんとうには慣れております故、ご安心下さいっ!」

バルドは胸にあてたこぶしを力強く握り、ベアトレスへ呼応した。

『バルド様は戦闘せんとうと申された・・・
私はまた、おろかな事を申しました』

ベアトレスは自身がいかに甘い考えでいるかを痛感つうかんする。

「ベアトレス、案ずるな。
全てバルドの申す通りに任せておけば間違いはない。
バルドは戦闘と申すが、そなたは戦場へ赴いた事がないであろう。
全てをバルドと同じ思いで事にあたるのは難しいぞ。
そこを解っておればよい。そなたはそなたの役割をまっとうすればよいのだ」

ポルデュラはベアトレスに自身の役割に責任を持つ事と非常時に経験のない事に手を伸ばすのは危険である事を認識させたいと考えていた。

「はい、ポルデュラ様、承知致しました。
私は私の役割を全う致します」

ポルデュラはこの素直な乳母が益々気に入った。

「では、バルド続きを頼む」

ポルデュラはバルドに話を進める様にうながす。

「はい、承知致しました。
護衛は以上にございますが、しばしの間、策を行ってみなければ解りません。
不都合はその都度正してまいりたいと存じますが、いかがでございますか?」

ポルデュラとベアトレスはバルドの問いかけにうなずいた。

バルドの話は護衛の次にセルジオの日々食事等、バルドとベアトレス以外がセルジオと関わる事柄に進んだ。

後2ヶ月もすれば乳の他に食事が提供される。離乳食りにゅうりょくだ。主に大麦をヤギの乳で煮詰めたものだが、料理人ではなくベアトレスが調理する事とした。水屋みずやは共同で各家の侍従、料理人、使用人が使用している。『毒』を仕込まれる事を避ける為だった。

3つ目の訓練のあり方へ話は進む。訓練施設での本格的な戦闘訓練は通常3歳の生殖器排除手術がなされてから行われる。それまでは護身がおもな訓練となる。まず、自身の身を自身で守る事から教えられる。

が、バルドは「多くの者、事、自然と関わらせよ」のポルデュラの話から『訓練施設の外』で触れ合わせる事を多く取り入れたいと考えていた。

エステール伯爵家領内を周り、直に人や事、物と関わらせる。『土壌を知る』事が訓練のあり方の最善の策だと話した。ここでバルドはポルデュラとベアトレスへ伺いを立てる。

「いかがでございましょう?
エステール伯爵領内は自然豊かで恵まれた土地にございます。
地の利を知る事にもなります。
勿論、お食事を普通に摂れる様になってからの話にございますが、
それまでに護身は身に付けて頂きます故」

ポルデュラはベアトレスに抱かれているセルジオの手の傷に風を送りながら微笑んでいた。

「全て、バルドに任せる。バルドの思う様にいたせばよい。
それが何よりの『最善の策』だと思うぞ」

ポルデュラはバルドを頼もしく思っていた。

『こやつ、たいしたものだ。
騎士であった時と少しも変わっておらぬわっ!
叙任の誓いそのものではないか』

ポルデュラの中にあった一抹の不安『心を持たないセルジオ』は払拭される。

「バルド様、私も異論ございません。
その他にも私にできる事がございましたら、
また、できる事ができましたら何なりとお申し付け下さいっ!」

ベアトレスもバルドへ快く返答をした。

「ポルデュラ様、ベアトレス様、感謝申します。
それではこの策にて今この場より始動致します」

バルドは再び目を閉じ胸にあてたこぶしに力を込めるとポルデュラの前でかしづく。

「いついかなる時も正義と善の味方となりて、不正と悪に立ち向かう。
民を守るたてとなり、あるじてきを打つほことなる。
我、騎士である身をわすれることなかれ」

カチャリッ!

バルドは腰の短剣を抜き、ポルデュラへ渡した。

「そなた、
今一度ここで叙任じょにんをするのかっ!承知したっ!」

ポルデュラはバルドから短剣を受け取るとバルドの前に立った。

「ふぅぅぅぅぅぅ・・・・」

短剣をポルデュラ自身の額の前で立てると息吹を吹き込きこむ。そのままバルドの左肩に短剣を置いた。

「汝、ラドフォール魔導士ポルデュラの息吹を受け、
ここにセルジオ・ド・エステールの守護の騎士として任命にんめいす。
その身滅びの時を迎えるまで、続くものと心得るものなり」

ポルデュラは短剣をバルドに手渡し、バルドは短剣に口づけをした。

「これにて、そなたは今一度騎士となったな。バルド」

ポルデュラは嬉しそうにバルドの手を取った。

「ポルデュラ様、感謝申します。一度は滅びた身。
騎士としてはお役目を果たすことはもはや叶わぬと覚悟しておりました。
こうして、今一度、今一度騎士として
セルジオ様にお仕えできる事になろうとは・・・・感謝申します」

バルドの目には光る物が浮かんでいた。

「バルド様、私も私にできる限りの事を致します」

ベアトレスはセルジオをバルドに抱かせる。

「セルジオ様、よろしゅうお願い致します!」

3人はセルジオの胸に手を置き、固く誓いを立てるのだった。

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