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第2章:生い立ち編1~訓練施設インシデント~

第5話 インシデント1:水面下の死闘

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ダッダッダッ!
ダッダッダッ!

バルドは訓練施設西門階段を駆け上がる。

『最上階の殺気の位置は・・・・』

バルドは階段を駆け上がりながら最上階から感じ取れる殺気のぬしに意識を向けていた。
4階にあるセルジオの居室は、3部屋に区切られた中央にある。西階段に隣接しているバルドの居室から2つ先の部屋だった。

殺気がバルドの駆け上がる階段上部から近づいてくる。

『これは!セルジオ様の居室へ向かうのか!』

バルドは腰の短剣に手をかけた。

4階の踊り場に到着すると呼吸を整え、自身の気を消す。壁に身を潜めセルジオの居室を伺う。
セルジオの居室前に黒のマントに身を包んだ人影があった。

『・・・・誰だ?エステールの侍従ではないな・・・・』

バルドはセルジオの居室前にいる黒のマントの人物が殺気を発している人物と同一人物かを確認する。

訓練施設には各家名から訓練以外の日常的な世話係が配置される。
侍従と食事の管理をする料理人、水屋内を受け持つ女官等だ。

カチャリ・・・・

バルドが4階階段踊り場から黒のマントの人物の様子をうかがっているとその人物はセルジオの居室のドアへ手をかけた。

『やはりっ!殺気の人物だっ!』

バルドは腰を落とし、短剣を構え黒のマントの人物目掛け、石材の床を力強くけった。

カッザッサッ!

黒のマントの人物がバルドに気付く。

シュッ!

黒のマントの人物はマントの中から短剣を放った。

ザッサッ!

バルドは黒のマントの人物へ走り込みながら身体を斜めによじる。

ピッ!カッカッ!

バルドの右頬を短剣がかすめ、バルドの頬に赤い血線が浮かぶ。
バルドは勢いを落とさず、そのまま一気に黒のマントの人影の喉元へ短剣を左手で突き刺した。

グザッ!

同時に右手で首を左にへし折る。

バギッッ!

ドサリッ!

声を立てる間もない一瞬の内に黒のマントの人物は石材の床に力なく倒れた。
バルドは息の音がないことを確認するために横たわる黒のマントの人物へ近づく。

ゴロリッ!

バルドは短剣を左手に構えると動かなくなった黒のマントの人物の左肩を右手で石材床に押しつけた。

「・・・・」

短剣の刃先を横たわる黒のマントの人物へむけたまま何の反応もないことをしばらく観察する。

「仕留めたか・・・・」

バルドは短剣を鞘へおさめるとマントのフードをめくり人物を確認した。

「これはっ・・・・
マデュラ子爵家の・・・・乳母かっ!」

最上階から手鏡信号を送っていた人物だとバルドは確信をする。

『訓練施設内の人間だとは思っていたが・・・・
まさか、乳母とは・・・・』

バルドはセルジオの居室で乳を与えているベアトレスに気付かれない様、マデュラ子爵家乳母のむくろを抱え今しがた駆け上がった西門階段を下りていった。

訓練施設では基本的に禁じられている事柄がある。その一つに争い事でむくろを出す事があった。あくまでも『訓練の一環として躯が出る』事はあるが、争いで躯が出る事は禁止事項である。その行為は「内紛ないふん」に繋がりかねないからだった。

バルドは、あるじであるセルジオを守る為とはいえ、禁止事項を犯してしまった「言い訳」を躯を抱えながら考えていた。

『これは、あえて事を大きくした方がよいかもしれぬなっ!』

乳母に成りすまし潜入したのか?戦闘能力を身に付けている者が乳母になったのかは定かではないが、エステール伯爵家の次期騎士団団長の命を狙った事は確かな事実た。事の次第が公に周知されれば相手は次の手が打ちづらくなる。

バルドはむくろをマデュラ子爵家の訓練同行従士へ届けるつもりでいた。しかし、この状況をあえて公にすると決める。そこで向かう先を変え、エステール伯爵家へ向かうことにした。

躯を抱えたバルドを王都城壁西門の門番が度肝どぎもを抜かれた顔で出迎えてくれた。
つい先ごろ、口ひげを携えた男の話をした西門門番頭のエーミルだ。

「バルド様!
これは!いかがされましたか!こちらの躯は・・・」

恐る恐るバルドに近づく。

バルドは辺りに響く様に大きな声で門番に呼応した。

「心配ご無用に存じます。
セルジオ様のお命を狙ったやからを討ち取ったまでのこと。
これよりその旨をエステール伯爵ご当主へ報告に行ってまいります」

門番頭のエーミルは目を見張る。

「それは!大変な事ではございませんか!分かり申しました。
我らはその旨を王都騎士団総長配下近衛師団へお伝え致します」

門番は自ら総長への報告を買って出てくれた。
訓練施設を統括管理しているのはシュタイン王国王都騎士団総長だった。施設内で起こった事件や事故は遂次、王都騎士団総長直属配下である近衛師団に報告することが規律によって定められていた。

バルドはマデュラ子爵家の乳母がセルジオを襲撃未遂を起こしたことで、口ひげを携えた男たちがマデュラ子爵家に関わりがある者だと確信する。

『恐らく・・・・どこからかこの様子を見ているに違いない』

バルドはいち早く門番頭のエーミルが王都騎士団総長直属配下の近衛師団への伝令を申し出てくれたことでマデュラ子爵家の情報操作の糸口を断ち切ったと考えた。

更に大きな声で門番頭のエーミルへ呼応する。

「それは、助かり申します。
これより即刻・・、お願いできますでしょうか?
総長直属配下近衛師団への報告は西門門番エーミル殿より致します旨、
エステール伯爵ハインリヒ様へお伝え致します」

王都城壁門番は隣接する家名から人員を配置させている。西門門番はエステール伯爵家の管轄だった。
そこで、バルドは門番の顔が立つ様に話しを進めたのだ。

「はっ!承知致しました。
即刻、総長直属配下近衛師団居城へ向かいますっ!」

門番頭のエーミルは詰め所から騒ぎの様子をうかがっている3人の門番に事の次第を説明すると一目散に王都中心部へ向かって走り出していた。

バルドはマデュラ子爵家乳母のむくろを抱えたまま門番を見送る。

『エーミル殿、頼みます。即刻、できるだけ早く頼みます』

エーミルの背中が見えなくなるとバルドは王都城壁西門を出て、エステール伯爵家東門へ向かい歩き出した。
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