上 下
4 / 216
第1章:前世の記憶の入口~西の砦の攻防とサファイアの剣の継承~

第3話:無謀な救出

しおりを挟む
「メアリ見て!こんなに!こんなに沢山のクルミが落ちているわ!」


嬉しそうにアンが言う。

「よろしゅうございましたね、アン様。
さぁ、沢山拾って、お日様が真上にくるまでにお屋敷へ戻りましょう」

メアリが優しくさとした。

「姉さま、今日は森がとても静かだわ・・」

キャロルが森の声に耳を傾ける。シュタイン王国直属の魔導士で光と炎の使い手であるオーロラは引き取った2人の女児に魔術教育を受けさせていた。『森の声を聴く』事は自然の息吹を感じ取る魔術の基本とされていた。

「そうかしら?・・・・
そう言えば少し冷たい声がする・・・かしら?」

アンも森の声に耳を傾ける。

「・・・・・おかしいわっ!!」

アンが拾ったクルミを手からこぼし勢いよく立ち上がった。

「こんなにクルミが落ちているのにリスがいない!」

森の動物達は冬ごもりの真っ最中のはずだ。それなのにリスが一匹もいない。メアリの胸に冷たい何かが広がったと同時に馬のいななきが耳をついた。メアリは辺りを見回す。山小屋までの道に誰もいないことを見て取ると2人に叫んだ。

「アン様!キャロル様!山小屋へ急ぎお入り下さい!」

ビクリッ!

2人の女児はメアリの声に驚く。
メアリは2人の背中を押し山小屋へ急いだ。

『馬が近くまできている!それも大勢!』

西の屋敷へ戻る余裕はなかった。

パタンッ!

メアリはアンとキャロルを伴い、山小屋へ入ると静かに分厚い木の扉を閉めた。

山小屋の中はひんやりとしていた。2ヶ月前に建ちあがったばかりの山小屋内は真新しい木の香りが充満していた。
部屋の中を見回し、変わりがないことを確かめる。メアリは2人に状況を説明すると身を隠す場所を示した。

「アン様、キャロル様、お声を立ててはいけません。
大勢の馬が近くまで来ています。
馬が通り過ぎるまでこちらで隠れていましょう」

メアリは2人を裏口の隠し扉のある部屋の物陰にいざなった。隠し扉の向こうには屋敷へ通じる隠し道がある。セルジオは万が一に備えて山小屋の裏口から屋敷へ通じる隠し道を作っていた。

『このまま素通りしてくれればよいのだけれど・・・・』

ドキンッ!ドキンッ!ドキンッ!

メアリは鼓動が速さを増すのを感じていた。
それでも2人に鼓動の高鳴りを気取けどられない様、深く静かに息を吐く。

「ヤギンス様、このような所に小屋があります」

ビクリッ!

くぐもって聞えた声に身体が硬くなるのをメアリは感じた。

『あぁ!神様!このまま見つかりません様に!』

メアリは2人の女児の肩をそっと寄せながら息を飲む。外は数人の人と馬の気配がしていた。

「姉さま!恐い!」

キャロルが涙を浮かべながらアンに身体を寄せる。

「お静かに!声を立ててはなりません」

メアリはどうか外に声が聞こえていませんようにと願いながら2人の肩を抱きよせた。

バンッ!!

山小屋の扉が勢いよく開く音がした。

ビクリッ!

3人の騎士が山小屋の中へ入り様子を伺う。

『あぁ!神様!』

メアリは2人を更に引き寄せきつく抱きしめ目を閉じた。


ドサツッ!

何かが倒れる大きな音に山小屋の中へ入った3人の騎士が扉の外へ目を向けた。

ザワッザワッ!

突然、外が騒がしくなった。

「ここで何をしている!」

聞覚えのある声がメアリの耳に入る。

『セルジオ様?』

3人の他に山小屋の様子を伺いに同行したのは5人。その内の1人を後ろ手に捕え、セルジオは言った。他の7人が剣に手をかける。

1人を後ろ手に捕えたセルジオは侵入してきた騎士の姿を確認する。

「その紋章はスキャラル国の者だな!我が地にて何をしている!」

再びセルジオの声がメアリの耳に入る。

「何をしているもなにも、解りませぬか?
御国シュタイン王国へ攻め入る途中の休息場所を探していたのですわ」

先鋒隊せんぽうたいの隊長と思しき人物が答える。

「ほう、ここをセルジオ・ド・エステールが守るとりでと知ってのことか?」

シュタイン王国西の砦。エステール伯爵家の所領の一つであり、セルジオ騎士団が守護する西の森の北端に位置する砦だ。西の砦は隣国スキャラル国との国境が浅い最も危険な場所であった。

「セルジオ・ド・エステールだと?・・・・
青き血が流れるコマンドールかっ!」

金色に輝く髪、深く青い瞳、紋章にサファイヤをあしらったエステール伯爵家に代々伝わる剣を見やりながらヤギンスは続ける。

「我が名はヤギンス・バロッグ。
スキャラル国ジークフリード隊の先鋒をつとめる者。
セルジオ殿とは知らずに失礼をした。その者を放しては下さらぬか?」

ヤギンスを囲む6人はセルジオの名を聞き後づさる。
セルジオは後ろ手を捕えながら山小屋の中へ目をやった。物陰からこっそりこちらの様子を伺うメアリと目が合った。

『無事か!間に合いよかった!』

セルジオはメアリに目配せをした。

『逃げよ!2人を連れて裏口から屋敷へ向け走れ!』

メアリはうなずき、裏口から出る機会をうかがう。
セルジオは小屋の中にいる3人の騎士を外へ出す様うながした。

「ヤギンス殿、まずはそなたらが小屋から出ることが先であろう」

セルジオから目を離さずヤギンスは小屋の中にいる騎士へ号令する。

「出よ!」

ヤギンスの言葉に小屋の中の3人は屋外へ出た。

ヤギンスの後ろに6人の騎士が斜線しゃっせんを組み立ち並ぶ。1人はセルジオに捕えられているとはいえ、セルジオ1人に対して8人。ヤギンスは強気な声音こわねをあらわに再び捕えた騎士を離すよう言う。

「さぁ、セルジオ殿、出ましたぞ。その者をお離し頂けぬか?」

セルジオは山小屋の中へ合図を送る。メアリは飛び出す機会を伺いながら2人の手を取った。

セルジオは山小屋の扉を閉める様うながす。

「スキャラル国では部屋から出る際に扉を閉めぬのか?
我が国では、必ず閉める習わしだが・・・・」

セルジオは表扉を閉めるまで、後ろ手を離さないとばかりに言いやった。

メアリは2人の女児の耳元にささやく。

「よいですか!扉が閉じたら裏口から出ます。
走ります故、ドレスのすそをお結び下さい!」

アンとキャロルは小さな震える手で自らのドレスの裾を結んだ。
ヤギンスはセルジオの言葉にしぶしぶ扉を閉めさせる。

「扉を閉めよ」

バタンッ!

大きな音を立てて表の扉が閉まった。同時にメアリは2人の手を取り、裏口から音を立てずに屋敷への隠し道を走り出した。


ヤギンスはセルジオの申出に従ってやったと言わんばかりにしたり顔で言う。

「さぁ、これでいかがですか?セルジオ殿。
私の配下の者を離しては下さらぬか?」

ドサッ!ガチャッ!

セルジオに後ろ手を離された騎士はヤギンスへ駆け寄ると斜線に構える騎士の一番後ろに構えた。
セルジオは8人の騎士から距離を取る。

1人対8人の対峙たいじができるとヤギンスは怪訝けげんそうな顔を向けた。

「しかし、セルジオ殿、この様な所にお独ひとりでこられるとは!
宣戦布告した北戦域ではないとはいえ、
余りに我が隊を見くびっておいでではありませぬか?」

ヤギンスら8人の騎士に厳しい目を向けながらセルジオは心の中で呼応した。

『その通りだが、致し方あるまい』

セルジオはここをどう乗り切るかを思案していた。


スキャラル国ジークフリード隊の先鋒は騎馬隊30騎、歩兵隊50名の80部隊だ。歩兵は槍隊・弓隊・剣隊の3部隊に分かれている。

通常の戦いは宣戦布告をし、双方が戦う準備を整えた上で対戦することが習わしであった。スキャラル国が宣戦布告をしたのはオーロラが向かったシュタイン王国の北西に位置する北戦域だった。

西の砦はシュタイン王国の真西に位置する。ヤギンス率いる先鋒隊は明らかに奇襲であり、騎士の戦闘としては卑劣ひれつな行為であった。

しかも、最前線の戦線調査に先鋒隊隊長自らがのぞむことなど考えられない。セルジオはスキャラル国の先鋒隊隊長がこの人数で表立っていることに違和感を覚えていた。

奇襲であればこそ、西の砦にはシュタイン王国の騎士団は到着していないと踏んでいたのだろう。

『だから、先鋒隊長自らか・・・・』

セルジオはヤギンスらの騎士としてのプライドを刺激する心理戦に打って出る。

「スキャラル国の騎士は、騎士の道理をわきまえておらぬようだな!
宣戦布告した北戦域ではなく、西より攻め入るなど
騎士の正義を正義と思わぬやからぞろいということかっ!
不意打ちなど騎士とは呼べぬなっ!」

セルジオ自身をおとりにし、先鋒隊本隊が到着した後もこの場で足止めをする挑発だった。

「なにっ!?」

ヤギンスはセルジオの挑発にまんまとのった。

先鋒隊隊長までつとめる騎士が奇襲きしゅう卑劣ひれつと思わない訳がない。このまま王都まで攻め入ることを躊躇ちゅうちょすると考えたのだ。

セルジオは更にヤギンスの持つ奇襲への疑念を膨らませる。

「これはっ!気付いてはいなかったのか?!
奇襲が騎士にとり最も卑劣ひれつな行為であることを
スキャラル国は平然とやってのける!
そうであろう?その様な卑劣なやから
騎士を名乗る資格はないっ!!」

セルジオはヤギンスへ見下みくだした目を向けた。

ヤギンスのこぶしはふるふると震え、騎士としてのプライドを傷つけられた怒りが煮えたぎる目でセルジオをにらみつけた。
セルジオはニヤリと笑う。

『かかったっ!!これで平静さを失う。
後はできる限り、この場に先鋒隊を留めさせることだ!』

セルジオは対峙する8人の騎士と間合いを取りながら山小屋入口からヤギンスらを引き離す方向へ足を進めるのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...