呂布奉先、ローマを治める <序>

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第一話 呂布奉先、ローマを治める <序>

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 短い夏に急かされるように植物達は緑の世界を作りはじめている。今年の夏はいつもより暖かい。

 村から少し登った丘の上で少年はそんなことを考えていた。

 切れ長の目に涼しさを持った美しい少年である。向かいの風を受け、後ろで束ねた髪が揺れる様は天の使いのようだ。しかし簡素な衣服の隙間から見える筋肉は鋼を束ねたように隆起していた。

 しなやかな体つきは野生の獣を連想させる。美なのか野なのか、正なのか邪なのか、少年自身ですらまだ決めかねているようだった。 
  

 視線の先に少年は自分の村を見ている。

 若々しい緑の中、村だけがくっきりと浮き上がっている。暖かさのせいか時間がゆっくり流れているようだった。

 少年はこの場所からの眺めがどの景色より一番好きだった。村の中で小さく動く人々、立ち上る炊飯の煙、遠くに聞こえる村人の声。その全てが少年の心を満たした。 

 長い間少年は飽きるふうでもなくその景色を眺めていた。 

 「伯にいちゃん」 

 ふいに後ろから声がした。

 伯と呼ばれた少年は優しく振り返った。

 美しい少女が夏の陽光に髪を溶かしながら笑っている。 
 
 「季蝉か…また後をつけてきたな」眩しい少女の姿に目を細めながら伯は笑った。 

 「そろそろ帰ろうよぅ」 

 甘えるように季蝉は伯の目を見て言った。伯は無言でうなずき、季蝉を抱き上げると丘を降りはじめた。陽はとうに南天を過ぎていた。 


 家の前までくると伯は大事な宝物を扱うようにそっと季蝉を降ろした。 

 「ありがとう!また後で遊ぼうね。」そう言うと季蝉は元気よく走りだした。季蝉の姿が見えなくなるのを確かめて伯は家に入らず中庭へ回った。

 雲が出てきたせいか日差しは弱くなってきている。そのせいか伯の顔が少し厳しくなったようだった。 

 中庭の端には静かに男が立っていた。

 気付いた伯が軽く目配せすると男は傍らに置いてあった木剣を投げてよこした。

 「遅刻です。伯様」無愛想でどこか怒ったような声だ。

 だが彼がそんなことで怒る人間でないことを伯は長い付き合いで知っている。 

 「すまないラクレス。季蝉がせがんでな、丘へ行っていた」 

 「逆でしょう」ラクレスと呼ばれた男は短く言い返した。 

 「季蝉が稽古に間に合うようお前を連れてきてくれたのだろう。」しわがれた太い声。いつの間にか父まで中庭を眺んでいた。 

 「どうも皆季蝉の味方だな」伯は苦笑いとともに投げられた木剣を構え男をみる。 

 この国の人間ではない。

 浅黒い肌に緑がかった瞳、皺の刻まれた顔、髪はひどい癖毛。体躯はそれほど大きくはないが引き締まっている。

 ラクレスという名前は他の国ではありふれた名前なのだろうか。手にはすでに伯と同じ木剣が握られている。 

 ラクレスの緑色の瞳が深さを増した。 
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