呂布奉先、ローマを治める <序>

ヲヲクラゲ

文字の大きさ
上 下
1 / 23

第一話 呂布奉先、ローマを治める <序>

しおりを挟む
 短い夏に急かされるように植物達は緑の世界を作りはじめている。今年の夏はいつもより暖かい。

 村から少し登った丘の上で少年はそんなことを考えていた。

 切れ長の目に涼しさを持った美しい少年である。向かいの風を受け、後ろで束ねた髪が揺れる様は天の使いのようだ。しかし簡素な衣服の隙間から見える筋肉は鋼を束ねたように隆起していた。

 しなやかな体つきは野生の獣を連想させる。美なのか野なのか、正なのか邪なのか、少年自身ですらまだ決めかねているようだった。 
  

 視線の先に少年は自分の村を見ている。

 若々しい緑の中、村だけがくっきりと浮き上がっている。暖かさのせいか時間がゆっくり流れているようだった。

 少年はこの場所からの眺めがどの景色より一番好きだった。村の中で小さく動く人々、立ち上る炊飯の煙、遠くに聞こえる村人の声。その全てが少年の心を満たした。 

 長い間少年は飽きるふうでもなくその景色を眺めていた。 

 「伯にいちゃん」 

 ふいに後ろから声がした。

 伯と呼ばれた少年は優しく振り返った。

 美しい少女が夏の陽光に髪を溶かしながら笑っている。 
 
 「季蝉か…また後をつけてきたな」眩しい少女の姿に目を細めながら伯は笑った。 

 「そろそろ帰ろうよぅ」 

 甘えるように季蝉は伯の目を見て言った。伯は無言でうなずき、季蝉を抱き上げると丘を降りはじめた。陽はとうに南天を過ぎていた。 


 家の前までくると伯は大事な宝物を扱うようにそっと季蝉を降ろした。 

 「ありがとう!また後で遊ぼうね。」そう言うと季蝉は元気よく走りだした。季蝉の姿が見えなくなるのを確かめて伯は家に入らず中庭へ回った。

 雲が出てきたせいか日差しは弱くなってきている。そのせいか伯の顔が少し厳しくなったようだった。 

 中庭の端には静かに男が立っていた。

 気付いた伯が軽く目配せすると男は傍らに置いてあった木剣を投げてよこした。

 「遅刻です。伯様」無愛想でどこか怒ったような声だ。

 だが彼がそんなことで怒る人間でないことを伯は長い付き合いで知っている。 

 「すまないラクレス。季蝉がせがんでな、丘へ行っていた」 

 「逆でしょう」ラクレスと呼ばれた男は短く言い返した。 

 「季蝉が稽古に間に合うようお前を連れてきてくれたのだろう。」しわがれた太い声。いつの間にか父まで中庭を眺んでいた。 

 「どうも皆季蝉の味方だな」伯は苦笑いとともに投げられた木剣を構え男をみる。 

 この国の人間ではない。

 浅黒い肌に緑がかった瞳、皺の刻まれた顔、髪はひどい癖毛。体躯はそれほど大きくはないが引き締まっている。

 ラクレスという名前は他の国ではありふれた名前なのだろうか。手にはすでに伯と同じ木剣が握られている。 

 ラクレスの緑色の瞳が深さを増した。 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―

優木悠
歴史・時代
―男装の助け人、江戸を駈ける!― 栗栖小源太が女であることを隠し、兄の消息を追って江戸に出てきたのは慶安二年の暮れのこと。 それから三カ月、助っ人稼業で糊口をしのぎながら兄をさがす小源太であったが、やがて由井正雪一党の陰謀に巻き込まれてゆく。 月の後半のみ、毎日10時頃更新しています。

徳川家康。一向宗に認められていた不入の権を侵害し紛争に発展。家中が二分する中、岡崎に身を寄せていた戸田忠次が採った行動。それは……。

俣彦
歴史・時代
1563年。徳川家康が三河国内の一向宗が持つ「不入の権」を侵害。 両者の対立はエスカレートし紛争に発展。双方共に関係を持つ徳川の家臣は分裂。 そんな中、岡崎に身を寄せていた戸田忠次は……。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

融女寛好 腹切り融川の後始末

仁獅寺永雪
歴史・時代
 江戸後期の文化八年(一八一一年)、幕府奥絵師が急死する。悲報を受けた若き天才女絵師が、根結いの垂髪を揺らして江戸の町を駆け抜ける。彼女は、事件の謎を解き、恩師の名誉と一門の将来を守ることが出来るのか。 「良工の手段、俗目の知るところにあらず」  師が遺したこの言葉の真の意味は?  これは、男社会の江戸画壇にあって、百人を超す門弟を持ち、今にも残る堂々たる足跡を残した実在の女絵師の若き日の物語。最後までお楽しみいただければ幸いです。

蘭癖高家

八島唯
歴史・時代
 一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。  遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。  時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。  大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを―― ※挿絵はAI作成です。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

想い出の町

気紛屋 月影
歴史・時代
 日本で一番人口の少ない町に残る口承。  ふと故郷の町を思い出したから、語ろうと思う。気紛れに語るだけだから、聞き流してくれて構わない。  じゃあ、話すぜ。

ロクスタ〜ネロの愛した毒使い〜

称好軒梅庵
歴史・時代
ローマ帝国初期の時代。 毒に魅入られたガリア人の少女ロクスタは、時の皇后アグリッピーナに見出され、その息子ネロと出会う。 暴君と呼ばれた皇帝ネロと、稀代の暗殺者である毒使いロクスタの奇妙な関係を描く歴史小説。

処理中です...