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推しとともに生き、推しへの愛を語り合おう

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「本日はめでたい卒業の日なのに、騒動に巻き込んでしまい申しわけない。迷惑ついでに、もう少しつきあってもらえるだろうか」

 鼓膜をくすぐるやわらかな美声、少し高めのその声はゲームの中でも聞いたことはなく、耳が肥えているミレアとユーリオも聞き惚れた。人々を魅了したアルベルトは、にこりと笑顔をふりまきグレイシアへと向き直る。

「グレイ、大変な時に側にいられなくてごめんね。王家のために、国のためにと頑張ってくれていたことは知っているし、これからもグレイの力を借りたいと思う」
「アル……気にしなくていいのよ。私は公爵家の娘ですもの、当然だわ」

 グレイ、アル。その呼び名が二人の関係がどれほど近しいものだったかを物語っていた。

「それでも、辛いこともあっただろ? 僕は、グレイは兄さんの婚約者になってしまったから、近づかないようにしていただけで、本当は側で支えたかったんだ」

 アルベルトは申し訳そうな顔をしていて、真剣なものへと変えていった。「だから」と小さく呟くと、グレイシアの前で片膝をつき右手を伸ばし、声を張り上げた。

「グレイ、僕はずっと君が好きで、君だけを愛していた。一度諦めようとしたけれど、無理なんだ。……今度こそ、僕が幸せにする。そして、僕を、この国を支えて欲しい。ねぇグレイ、僕と一緒に生きてくれる?」

 素敵な愛の告白に、ミレアをはじめとする女の子たちのため息がもれた。恋愛劇を見ているようで、誰もがグレイシアの返答に釘付けとなる。そのグレイシアは耳まで真っ赤にして俯いていた。いつも毅然とした態度で胸を張っていた彼女らしくない態度に、観客はますます舞台に魅入る。

「私は、公爵令嬢として、王太子の婚約者として胸を張って生きてきたわ。その時間も、行いも、後悔はしてない。…………それでも、公爵令嬢でも、婚約者でもないグレイシアは……グレイは、ずっとアルと一緒にいられたらいいのにって思ってたのよ」

 話すにつれて涙声になり、泣くまいと堪えているせいで、表情は泣きたいのか笑いたいのか、入り混じったものになっている。

「私、そんなに優しくないわよ? 知ってるでしょ」
「知ってる。一度決めたら頑固なことも、言い方がきついことも、失敗したら誰もいないところで泣いていることも、本当はすごく繊細なことも知ってる。そんなグレイだから、僕は大好きなんだ」

 一度受けた役目を投げ出さず、最後まで王太子の婚約者としての最善を尽くした。どれほど辛くても人前で涙は見せず、常に気高く淑女の見本としてあり続けた。そのグレイシアの頬に涙が伝い、そっと吸い寄せられるように手を伸ばす。

「だから、僕の側では、ただのグレイになってよ」

 アルベルトはグレイシアの手を取ると、立ち上がって引き寄せた。

「ちょっと、アル!」

 照れているグレイシアは身をよじっているが、アルベルトは離そうとしない。周りからは自然と拍手が起こり、ミレアとユーリオも目に涙を浮かべて手を叩いていた。特にミレアはグレイシアの秘めていた想いを知っている分、感動はひとしおだ。

「グレイ様、よかった……幸せになってくれて、本当によかった」

 推しに幸せになってほしい。その願いが思わぬ形で叶って、ミレアは安心したように微笑んだ。

「グレイシア様とアルベルト様は、幼馴染なんだってな」
「え、どうして知ってるの?」

 ミレアが驚いて顔を向けると、ユーリオは苦りきった表情で「グレイシア様から聞いた」と低い声で答えた。推しと話したわりにはテンションが低いなとミレアが思った時、ユーリオがミレアに向き直った。

「なぁ、みぃ」
「なに?」

 表情が真剣なものだったから、ミレアはグレイシアから目を離してユーリオに体を向ける。

「推しが幸せだったらそれだけでご飯がうまいし、推しの話で盛り上がれたらずっと楽しいよな」
「そりゃもちろん。あのグレイ様を見ているだけで、ご飯三杯はいけそうよ」
「グレイ様がこんなに近くにいるからには、推しへの愛をずっと語りたいだろ?」
「うん。今すぐ帰ってアルベルト様とのやりとりを全て記録して、グレイ様の全ルートを振り返りながら、語り尽くしたい」

 その通りだとミレアは頷く。だから、前世からずっと仲良くできていたのだ。しかし、なぜそんな話をと相槌を打ちつつミレアは疑問に思ったが、ユーリオの話はまだ続く。

「それでさ、俺達も……グレイシア様とアルベルト様みたいに、うまくいくと思うんだ」
「……へ?」

 ユーリオらしくない、回りくどい言い方にミレアはどういう意味なのと見返した。そこへ畳みかけるようにユーリオが言葉を続ける。

「だから、俺達も幼馴染で、婚約者で……あぁ、もう!」

 急に声を大きくしたユーリオは、理解できていないミレアの両肩を掴み、苛立っているような照れているような表情でまくしたてた。

「俺、お前のことが好き。ユーリオだけじゃなくて、ゆうの時からずっと好きだった。だから、俺とつきあってほしい」

 トクンと、ミレアの心臓が高鳴る。ぶっきらぼうな言い方で、しっかりものと言われていても、幼馴染の前では照れ臭くて意地を張ってしまうユーリオの精いっぱいの告白だった。先ほどのアルベルトのものと比べれば、飾りっ気がなく女の子がキュンとくるシチュエーションでもない。それが、ずっと一緒にいた幼馴染らしくて、ミレアはくしゃりと笑った。じわじわと喜びが胸いっぱいに広がって、くすぐったい。

「もう婚約もしているのに、つきあうの? 好きな人ができたら婚約を解消するって話は?」

 本当は飛び上がるほど嬉しいのに、つい試すようなことを言ってしまう。願いが叶うんじゃないかと思うと、手に入りそうになると、予防線を張ってしまう。

「ちゃんと、伝えようと思ったんだよ。幼馴染だから婚約してるんじゃない。俺は、みぃだから……みぃが好きだから婚約してるんだ」

 まさかそんな言葉がユーリオの口から聞けると思わず、ミレアは数秒固まってしまった。人は嬉しすぎるととっさに反応ができないらしい。ユーリオはが不安そうに眉尻を下げたところで、やっとミレアは声をだすことができた。

「う、嘘じゃ、ないよね」
「違う」
「ほんとに、ほんと?」
「あたりまえだろ。お前は俺のこと好きじゃなくても、絶対好きにさせるから。あの時は、婚約を解消してもいいって言ったけど、ほんとは、これっぽっちも思ってないから」

 照れ臭くては早口で言われた言葉に、ミレアも顔が熱くなってきた。心臓は嬉しさからか、緊張からかバクバクとうるさい。顔は自分でも制御できないくらいにやけてしまって、ミレアの目に涙が浮かぶ。「告白しなさい」とグレイシアに背中を押された気がした。

「ゆう、あのね、私もゆうのこと好きだよ。好きって気づいたのは、記憶が戻ってからなんだけど……きっと前世でも、一番大切な人はゆうだったと思う」

 そう伝えると、ユーリオは目を大きく見開き、「まじで?」と食い気味に聞き返した。その勢いに押されつつも、「うん」と頷けば、ぱぁっと後ろから光が差したように満面の笑みになる。

「よっしゃ! よかったぁ。また断られたらどうしようかと思った」
「え? また?」
「いやいや、なんでもないって」

 ユーリオは今にも踊りだしそうな勢いで、ミレアの手を握ってその感触を楽しんでいた。両親の前ではしっかりもので、大人びているのに、こういうところは子どもだなぁとミレアは思う。

(ほんと、外面だけはいいんだから)

 手から伝わる温かさに、ミレアはじわじわと恋人になれた嬉しさと実感を噛みしめる。ふとグレイシアの姿を探せば、祝福の言葉をかける人たちに囲まれていた。幸せで温かな雰囲気で、ミレアたちまで祝われている気分になる。劇的な恋ではなく、喧騒の中でひっそりと実った恋。
 ミレアはユーリオの手を握り返し、隣に立つ彼を見上げた。見飽きるほど見てきた顔のはずなのに、今は一段とかっこよく見えてしまうから恋は不思議だ。

「ねぇ、ゆう。落ち着いたら、グレイ様に報告に行こうよ。実は、ゆうとのことグレイ様に相談しちゃったんだよね」
「あ~……まぁ、そうだな」

 歯切れの悪い返事に、「推しに報告するのが恥ずかしいの?」とミレアはクスクス笑った。そして「そういえば」と気づいたように問いかける。

「どうして、急に告白してくれたの? アルベルト様の影響?」
「あ~……うん」

 するとユーリオはまた苦い顔をすると、幸せそうな二人に視線を向ける。

「神のお言葉があったからかな……」
「何それ」

 ミレアはおかしそうに口元に手を当てて笑った。楽しそうに笑うミレアに、照れ臭そうに顔を違う方向に向けているユーリオ。二人の手はしっかりと結ばれていて、誰が見ても仲睦まじい婚約者同士だった。


 そんな二人を人垣の中からグレイシアが見て、口角を上げたのである。
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