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46 相手の策を打ち破ります
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審議は徐々に玄家と珀家の皇帝に的が絞られていき、朱家と蒼家はそれを静かに見ていた。鈴花は二家らしくない態度に、表情を曇らせる。何か一計でもあるのではと勘ぐってしまうのだ。
そして今は玄家と珀家の皇帝に、筆記で同じ問いを答えさせ、その真偽を測ろうとしていた。だが十問ほど出されたが全て両者同じ答えを出しており、筆跡も皇帝の特徴と同じで判別がつかないと文書を扱う文官が音を上げる。
(毎日模写させた甲斐があったわね)
元の宵の字は癖があったため、かなり強制した。意外と模写はできるので理由を聞けば、妓楼で客への手紙を代筆していたからだと返って来たのだ。鈴花も妓楼で修練をした時に何度が依頼されたことがあり、なるほどと納得したのだった。
今のところ宵は完璧に皇帝になりきっており、鈴花や父親が手助けをする必要はない。また、それは珀家の皇帝も同じで鈴花の胸の内に迷いが生じる。
(まさか……本当に本物なの?)
今行われている筆記による問答には、私的な面も含まれている。正直なところ鈴花も分からないものが含まれているのだが、宵はうまく答えていた。鈴花が頭を悩ましていると、解答の紙を開いた太師の顔が強張る。二つを見比べ、悩ましい顔つきになった。それを見た周りはとうとう差が出たのかとざわめき、鈴花もその結果に注目する。
「……両者とも間違いです」
その言葉に肩をすくめる二人の皇帝。問題は母親の李星蘭に関するものであり、太師と百官は初めて出た間違いにどう解釈すべきかと意見を交わしていた。たまたま間違えが重なったのだろうという意見が多いが、鈴花はひっかかりを覚える。
(……なんで一緒の答えなのかしら)
その問いは鈴花も知らないもので、宵が答えられるはずがない。だからもし珀家の皇帝が本物であれば、宵だけが間違えていたはずだ。
(思えば、正解が分かりにくいものも、全部同じ答えだったわよね)
皇帝自身の好みや癖、日課などまで問題が及んでいたが、両者の答えが一致していたため正解とみなされたのだ。鈴花は何かがおかしいと、辺りを注意深く見渡す。
(何か、あるはずよ。からくりが)
鈴花が考えているうちにも審議は再開され、両者は問題を聞いてからその答えを書いている。その間に堂庁をぐるりと見回せば、ふと宵の隣に座る文官の動きが気になった。各皇帝の側には不正をしないか見張る文官が配置されているのだが、彼は腕を組んでじっと宵の回答を見ており、右手の指を忙しなく動かしている。癖の用にも見えるが、それは変則的で時たま不自然に止まったりもした。
(それに、あっちの文官も膝の上で指を動かしてる……ん? よく見たら、同じ動きじゃない?)
その動きで答えを伝達しているのではと鈴花が思い付きを父親に話そうとした時、春明が近づいてきてお茶が入っている茶杯を入れ替えた。鈴花には底が黒く塗られている茶杯を、そして父親には底が白い茶杯を。
鈴花はそれを見た途端、口角を上げた。その茶杯が意味するのは、珀家が黒。
(珀家に捕らわれている人がいたのね)
審議の最中はどこに人の耳があるか分からないため、こうして伝令をするように決めてあった。もし朱家なら赤の茶杯が、蒼家なら青の茶杯が出てきただろう。詳しい内容については伝わっていないらしく、春明は小さく首を横に振ってから後ろに下がった。
(やっとこれで動けるわ)
怪しい文官もいるので、そこも追及できそうだと鈴花が思っていると、最後の解答を受け取った太師が思い悩んだ声を出した。
「……両者とも正解。これは、難儀ですなぁ。百官の中でも玄家と珀家で意見が割れておりまする」
唸った太師は長く白いあごひげを撫で、両家の当主を交互に見た。何か申すことがあれば述べよということなのだろう。この機に鈴花が気づいたことを父親に伝えようと動こうとすれば、珀家の当主から厭味ったらしい声が上がった。
「私としても、これほど玄家が精巧な偽物を用意するとは思いませんでしたな」
でっぷりとした右丞相は玄家の皇帝を偽物だと決めつけており、鈴花は浮かせかけた腰を下ろす。娘と同様、人の神経を逆なでする声と言い方だ。
鈴花は苛立ちを覚え言い返そうと口を開きかけるが、父親に手で制された。父親の深みのある落ち着いた声が堂庁に響く。
「そちらは何やら、色々と裏で手を回した様子」
父親が攻勢に出、鈴花は膝の上に置いている手を握りしめる。場は玄家と珀家の直接対決という様相を見せ始め、皆息を飲んで見守っている。
「言いがかりはよしていただきましょうか。こちらは、そちらの後ろ暗い証拠を握っているのですよ」
「ほう。そちらは名前にそぐわず真っ黒のようですが」
決して声は荒げていないが、見えない刃がぶつかり合い火花が散る。先に動いたのは玄家のほうで、父親は咳払いをしてから目つきを鋭くする。
「そちらにおわす陛下、果たして本物でしょうか。さる情報によりますと、珀家の離れに人が一人閉じ込められているとか。その者はちょうど陛下の御姿見えなくなってからのようですね」
場は「まさか右丞相が」とざわつき始めた。すると右丞相は父の言葉に心外だという顔をつくり、悲しそうに眉をハの字にする。
「言いがかりをつけるのは止めていただきたい。あれは使用人の一人でして、閉じ込めているなどとんでもない。病にかかったようなので、離れにて療養させているのです」
憐れみを乞うような表情で辺りを見回し、訴えかける。使用人が病にかかれば隔離するのはおかしな話でない。だが、玄家で鍛え上げられた潜入部隊の彼らが、病人かどうかを見極められないはずがない。
「なるほど。本当に病か、尋ねてみなければなりませんな」
「なんと冷酷な。病人に対してあんまりですぞ」
非難を瞳に込めて睨んでいる右丞相に対し、父親は涼しい顔をしている。潜入部隊は捕らわれていると思われる人物を発見しだい、武官へと引き渡す流れだ。父親も鈴花も潜入部隊を信じているからこそ、余裕をもった表情をしていられる。
そしてさりげなく珀妃の表情を伺えば、不思議そうな顔をしており話が見えてないようだ。
(あら……心当たりはなさそうね。でも、そろそろ動き出すわ)
鈴花がすっと口元に弧を描いた時、荒々しい足音が近づいて来た。皆の口が止まり、視線が外へと向く。
「きゅ、急報でございます!」
速足で駆け込んできた伝令の武官は、戸口で膝をついた。太師が「許す」と発言を促せば、彼は顔を伏せたまま伝達内容を口にする。
「珀家で捕らえられていたと話す男を保護したと、街を捜索していた武官から伝達がありました! なんでも、珀家の皇帝は偽物だと訴えているそうで」
その報に一同ざわめき立ち、視線が右丞相へと刺さる。その右丞相はかっと目を見開くと、立ち上がって怒号を飛ばした。
「馬鹿なことを言うな! そいつは病人だ。気がふれておる!」
鈴花は表情を変えた右丞相を見て、もう一押しと笑みを浮かべる。反対に珀妃は困惑しており、「お父様」と何度も呼んでいるのがわかった。そして右丞相はギロリと父親に怒りのこもった目を向けると、荒々しく座り直す。ざわめく周囲に目を向けて黙らせると、右手で顔を撫でおろす。その指が顎髭を伝って離れた時には、表情に冷静さが戻っており狡猾そうな笑みが張り付いていた。右丞相は嘗め回すように父親、宵、そして鈴花へと視線を向ける。
(……何? 気味が悪い)
まるで追い詰められた獣のような雰囲気であり、鈴花は寒気がした。まだ何かを隠し持っているような気がする。右丞相は太師へと向き直ると、深々と頭を下げた。
「取り乱して申し訳ございませんでした。まさか、そのような濡れ衣を着せられるとは思わず……。ですが、こちらも玄家の暗躍の証拠を掴んでおります。そちらを含めて皆様には判断していただきたい」
その目は蛇のように鋭く、獲物を捕らえたようで、鈴花の心臓は嫌な音を立てた。手のひらにじわりと汗が滲んでくる。
(何を怯んでいるの? 大丈夫よ。こちらには切り札があるんだから)
鈴花は気圧されそうな自分を叱咤し、拳を握りしめて右丞相の視線を正面から受けた。
そして今は玄家と珀家の皇帝に、筆記で同じ問いを答えさせ、その真偽を測ろうとしていた。だが十問ほど出されたが全て両者同じ答えを出しており、筆跡も皇帝の特徴と同じで判別がつかないと文書を扱う文官が音を上げる。
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元の宵の字は癖があったため、かなり強制した。意外と模写はできるので理由を聞けば、妓楼で客への手紙を代筆していたからだと返って来たのだ。鈴花も妓楼で修練をした時に何度が依頼されたことがあり、なるほどと納得したのだった。
今のところ宵は完璧に皇帝になりきっており、鈴花や父親が手助けをする必要はない。また、それは珀家の皇帝も同じで鈴花の胸の内に迷いが生じる。
(まさか……本当に本物なの?)
今行われている筆記による問答には、私的な面も含まれている。正直なところ鈴花も分からないものが含まれているのだが、宵はうまく答えていた。鈴花が頭を悩ましていると、解答の紙を開いた太師の顔が強張る。二つを見比べ、悩ましい顔つきになった。それを見た周りはとうとう差が出たのかとざわめき、鈴花もその結果に注目する。
「……両者とも間違いです」
その言葉に肩をすくめる二人の皇帝。問題は母親の李星蘭に関するものであり、太師と百官は初めて出た間違いにどう解釈すべきかと意見を交わしていた。たまたま間違えが重なったのだろうという意見が多いが、鈴花はひっかかりを覚える。
(……なんで一緒の答えなのかしら)
その問いは鈴花も知らないもので、宵が答えられるはずがない。だからもし珀家の皇帝が本物であれば、宵だけが間違えていたはずだ。
(思えば、正解が分かりにくいものも、全部同じ答えだったわよね)
皇帝自身の好みや癖、日課などまで問題が及んでいたが、両者の答えが一致していたため正解とみなされたのだ。鈴花は何かがおかしいと、辺りを注意深く見渡す。
(何か、あるはずよ。からくりが)
鈴花が考えているうちにも審議は再開され、両者は問題を聞いてからその答えを書いている。その間に堂庁をぐるりと見回せば、ふと宵の隣に座る文官の動きが気になった。各皇帝の側には不正をしないか見張る文官が配置されているのだが、彼は腕を組んでじっと宵の回答を見ており、右手の指を忙しなく動かしている。癖の用にも見えるが、それは変則的で時たま不自然に止まったりもした。
(それに、あっちの文官も膝の上で指を動かしてる……ん? よく見たら、同じ動きじゃない?)
その動きで答えを伝達しているのではと鈴花が思い付きを父親に話そうとした時、春明が近づいてきてお茶が入っている茶杯を入れ替えた。鈴花には底が黒く塗られている茶杯を、そして父親には底が白い茶杯を。
鈴花はそれを見た途端、口角を上げた。その茶杯が意味するのは、珀家が黒。
(珀家に捕らわれている人がいたのね)
審議の最中はどこに人の耳があるか分からないため、こうして伝令をするように決めてあった。もし朱家なら赤の茶杯が、蒼家なら青の茶杯が出てきただろう。詳しい内容については伝わっていないらしく、春明は小さく首を横に振ってから後ろに下がった。
(やっとこれで動けるわ)
怪しい文官もいるので、そこも追及できそうだと鈴花が思っていると、最後の解答を受け取った太師が思い悩んだ声を出した。
「……両者とも正解。これは、難儀ですなぁ。百官の中でも玄家と珀家で意見が割れておりまする」
唸った太師は長く白いあごひげを撫で、両家の当主を交互に見た。何か申すことがあれば述べよということなのだろう。この機に鈴花が気づいたことを父親に伝えようと動こうとすれば、珀家の当主から厭味ったらしい声が上がった。
「私としても、これほど玄家が精巧な偽物を用意するとは思いませんでしたな」
でっぷりとした右丞相は玄家の皇帝を偽物だと決めつけており、鈴花は浮かせかけた腰を下ろす。娘と同様、人の神経を逆なでする声と言い方だ。
鈴花は苛立ちを覚え言い返そうと口を開きかけるが、父親に手で制された。父親の深みのある落ち着いた声が堂庁に響く。
「そちらは何やら、色々と裏で手を回した様子」
父親が攻勢に出、鈴花は膝の上に置いている手を握りしめる。場は玄家と珀家の直接対決という様相を見せ始め、皆息を飲んで見守っている。
「言いがかりはよしていただきましょうか。こちらは、そちらの後ろ暗い証拠を握っているのですよ」
「ほう。そちらは名前にそぐわず真っ黒のようですが」
決して声は荒げていないが、見えない刃がぶつかり合い火花が散る。先に動いたのは玄家のほうで、父親は咳払いをしてから目つきを鋭くする。
「そちらにおわす陛下、果たして本物でしょうか。さる情報によりますと、珀家の離れに人が一人閉じ込められているとか。その者はちょうど陛下の御姿見えなくなってからのようですね」
場は「まさか右丞相が」とざわつき始めた。すると右丞相は父の言葉に心外だという顔をつくり、悲しそうに眉をハの字にする。
「言いがかりをつけるのは止めていただきたい。あれは使用人の一人でして、閉じ込めているなどとんでもない。病にかかったようなので、離れにて療養させているのです」
憐れみを乞うような表情で辺りを見回し、訴えかける。使用人が病にかかれば隔離するのはおかしな話でない。だが、玄家で鍛え上げられた潜入部隊の彼らが、病人かどうかを見極められないはずがない。
「なるほど。本当に病か、尋ねてみなければなりませんな」
「なんと冷酷な。病人に対してあんまりですぞ」
非難を瞳に込めて睨んでいる右丞相に対し、父親は涼しい顔をしている。潜入部隊は捕らわれていると思われる人物を発見しだい、武官へと引き渡す流れだ。父親も鈴花も潜入部隊を信じているからこそ、余裕をもった表情をしていられる。
そしてさりげなく珀妃の表情を伺えば、不思議そうな顔をしており話が見えてないようだ。
(あら……心当たりはなさそうね。でも、そろそろ動き出すわ)
鈴花がすっと口元に弧を描いた時、荒々しい足音が近づいて来た。皆の口が止まり、視線が外へと向く。
「きゅ、急報でございます!」
速足で駆け込んできた伝令の武官は、戸口で膝をついた。太師が「許す」と発言を促せば、彼は顔を伏せたまま伝達内容を口にする。
「珀家で捕らえられていたと話す男を保護したと、街を捜索していた武官から伝達がありました! なんでも、珀家の皇帝は偽物だと訴えているそうで」
その報に一同ざわめき立ち、視線が右丞相へと刺さる。その右丞相はかっと目を見開くと、立ち上がって怒号を飛ばした。
「馬鹿なことを言うな! そいつは病人だ。気がふれておる!」
鈴花は表情を変えた右丞相を見て、もう一押しと笑みを浮かべる。反対に珀妃は困惑しており、「お父様」と何度も呼んでいるのがわかった。そして右丞相はギロリと父親に怒りのこもった目を向けると、荒々しく座り直す。ざわめく周囲に目を向けて黙らせると、右手で顔を撫でおろす。その指が顎髭を伝って離れた時には、表情に冷静さが戻っており狡猾そうな笑みが張り付いていた。右丞相は嘗め回すように父親、宵、そして鈴花へと視線を向ける。
(……何? 気味が悪い)
まるで追い詰められた獣のような雰囲気であり、鈴花は寒気がした。まだ何かを隠し持っているような気がする。右丞相は太師へと向き直ると、深々と頭を下げた。
「取り乱して申し訳ございませんでした。まさか、そのような濡れ衣を着せられるとは思わず……。ですが、こちらも玄家の暗躍の証拠を掴んでおります。そちらを含めて皆様には判断していただきたい」
その目は蛇のように鋭く、獲物を捕らえたようで、鈴花の心臓は嫌な音を立てた。手のひらにじわりと汗が滲んでくる。
(何を怯んでいるの? 大丈夫よ。こちらには切り札があるんだから)
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