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28 勘に賭けてみます

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 二週間ぶりぐらいに見る郭昭はさらに疲労の色が濃くでており、やつれた印象すらあった。鈴花は後宮のことを頼まれたとはいえ、あまり頻繁に会うと妙な勘繰りを入れられ、宵の立場も不安定になるだろうと連絡は取っていなかったのだ。
 そもそも郭昭はあまり後宮に姿は見せず、侍中省にて皇帝捜索に専念していると春明から聞いていた。だがその成果は彼の顔色を見れば察せられるというもので、玄家でさえ掴めていないものを彼が得られるとは思えない。

(彼は皇帝が取り立てたけど、郭家は歴史はあっても小さな家……それに彼自身権力が強いわけではないもの)

 政治への影響力でいえば、副官のほうが強いだろう。鈴花はこちらを伺うような表情をしている郭昭の向かいに座り、優雅に微笑んだ。余裕があるように見せることで、交渉で優位に立てるようにするのだ。

 宮女がお茶を注ぎはじめると、郭昭はすぐに口を開いた。一刻でも時間が惜しいようで、切羽詰まった顔をしている。

「玄妃様、単刀直入に伺います。陛下を保護されたというのは本当でしょうか」

 皇帝の側使えをしていただけあって、その忠誠心は厚い。鈴花は茉莉花茶ジャスミンティーの香りが立つのを感じながら、どう返そうか考えているとお茶を淹れ終わった宮女が頭を下げて出てった。話す内容が内容だけに、人払いは済ませてある。宵には何かがあれば鈴で知らせるようになっていた。
 鈴花は辺りから人の気配が無くなるのを待ってから言葉を返す。

「えぇ……本当ですわ」
「では、会わせてください!」

 郭昭は身を乗り出し、体が方卓つくえにぶつかって茶杯が揺れる。幸いお茶は零れなかったが、香りがいっそう強くなった気がした。

(駆け引きをしてきた人とは同一人物に見えないわね)

 うまく鈴花が後宮の取りまとめ役を引き受けるように仕向けた時のような余裕はないようで、目の下の隈が彼の現状を物語っていた。鈴花は冷静に郭昭を観察し、どう対応するのが最も自分の利になるかを考えていく。

「陛下は怪我は軽いものの精神的な面からか意識が戻らず、先日やっと意識を取り戻したところなのです。会うことは叶いませんわ」
「一目だけでいいのです。そのご尊顔を拝し、お声を頂戴できれば……私は皇帝陛下どうか分かります」

 軽くあしらうつもりが、強い口調で断言した郭昭に鈴花は軽く眉を上げる。今の言葉は流せるものではない。

「郭昭様……その言い方だと、陛下のご尊顔を存じていらっしゃるように聞こえますが」

 もしそうなら思わぬ伏兵だ。宵が偽物であることが明らかになり、全て水の泡に消える。鈴花は掌にじとりと嫌な汗がにじむのを感じた。郭昭は少し迷ったそぶりを見せたが、意を決したように静かに首を縦に振った。

「はい……存じております」

 心臓が嫌な音を立て始め、血の気が引いていく。だが、それに対する返しはすでに用意してあった。

「ですが、陛下は常に仮面をつけ、誰も素顔を知らないと伺っていましたが」
「……はい。ですので、私が見たのは幼い頃の陛下でございます」

 てっきり私生活の場で垣間見でもしたのかと予想した鈴花は、思わぬ返答に言葉を詰まらせた。

「えっと……幼い頃の陛下にお会いになったことがあるのですか」

 その問いかけには少し間があり、郭昭は言いにくそうな顔をしていたがやがて頷く。

「そうです……一度だけ、幼い陛下を見たことがあるのです。だから、その面影で判断できますし、お声はずっと聴いてきました。お願いです玄妃様。私は陛下が心配で、ただその無事を確かめたいだけなのです。そして本当に陛下であらせられたら、身を粉にして協力したいのです」

 切々と訴えかけてくる郭昭に、鈴花は良心が揺さぶられる。さらに彼は言い募る。

「先ほど珀妃様のところにも伺いましたが、にべもなく断られました。私が陛下の顔を知っている証拠がないと。朱家も蒼家もです」

 鈴花も同じところを突こうとしており、考えることは同じかと苦々しく思う。

「そうでしょうね」
「ですから、玄妃様が最後の綱なのです。私はただこの国のために、そして陛下のために行動しているだけなのです!」

 鈴花は郭昭の真剣な瞳を受け、心の中で天秤にかける。断り今までの計画通りに行くほうが安全だ。だが、勘が訴えてくる。鈴花は家業に関わる中で様々な人を見てきた。だから人を見る目には少し自信がある。郭昭が嘘をついているようには見えないし、国と皇帝への忠義は本物に思えた。だから、鈴花は確認することにする。

「郭昭様……この間も思いましたが、どうして私をそこまで頼りにされるのですか。断られたとはいえ、他の三家は玄家よりも力があるところ。そちらに与するほうが得策ではありませんか?」
「いえ、私は玄妃様だからこそお頼み申し上げるのです」
「なぜ?」

 郭昭は一呼吸つき、鈴花の顔を正面から見据えて背筋を伸ばした。覚悟を決めたような顔つきであり、自然と鈴花の表情も引き締まる。

「我が郭家は小さいながらも古い家でございます。もとを辿れば蓮国の豪族だったと聞いています」

 鈴花の眉がぴくりと動く。鳳蓮国はその昔、鳳国と蓮国が合わさってできた国だ。当然どの家もそのどちらかに属していたことになる。

「我が家には言い伝えがあるのです……困った時は、玄家を頼りにせよと。そして、玄家に何かあれば全力でお守りせよと」
「そんなたいそうな……ただの器用貧乏家ですわ」
「……いえ。玄家は、建国を支えられた名家でございます。ですから、私は皇帝陛下の、そして玄妃様のお力になりたいのです」

 含みのある言い方に、鈴花は唇を引き結んだ。天秤が傾いていく。

(これは賭けだわ……郭昭様を味方に引き入れれば有力な手札となる。でも、そのためにはこちらの手を明かさなければならない)

 側使えであった郭昭の証言もあれば、さらに状況はこちらの有利になる。だが宵が身代わりであることを訴え、罪に問う可能性もある。皇帝への忠義が厚ければそちらの危険性のほうが高いだろう。

(春明がこの場にいないのが悔しいわ……いたら相談ができたのに)

 一人で決断するにはあまりにも重い。

「玄妃様……どうかお力添えを!」

 それでも賭けてみようと思ったのは……。鈴花は口角を上げ、大丈夫と心の中で呟く。

(玄家のことを信じてくれている人を、ないがしろにはできないわ)

 押しに弱く頼みを断れない玄家。鳳蓮国を建国から、いやその前から支えてきた矜持がある。

「郭昭様……いいでしょう。ですが、ここから先に進めば私たちは命を保証しません。それでもよろしいですか」
「……もちろんです。私の命は鳳蓮国のためにあるのですから」

 鈴花はその覚悟を受け止め、鈴を鳴らした。一か八か。鈴花は緊張した面持ちで、戸が開くのを待つのだった。
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