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アスタリア王国編
180 偽りのない本心を叫びましょう
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シルヴィオはじっとナディヤの考えを読もうとするように見つめ、頷いた。
「いいよ。何?」
ナディヤは静かに息を深呼吸をし、愛しさを言葉に乗せて送り出す。
「シルヴィオ様……殿下の絵を、そして殿下自身をお慕いしております。ただ路傍の石の囁きですので、捨て置いてくだされば……」
今、その想いを口にできるだけでいいと思えた。いつも図書館で本を読んで、家では部屋に閉じこもっている自分からすれば、好きな人に想いを伝えられるだけで幸せだ。
だがシルヴィオは面白くなさそうに顔を険しくし、「ふ~ん」と低い声を出す。
「僕のことを好きと言ってくれるわりには、冷たいんだね。僕と一緒にいようとはしないの?」
初めて聞くシルヴィオの棘のある言葉に、ナディヤの肩が跳ねる。目を白黒させて、上ずった声で返す。
「え、それは、過ぎた望みですので……」
「へぇ。ということは、君の想いはそれぐらいのものってことだ」
「いえ、その……」
ナディヤには何故シルヴィオの機嫌が悪くなり、険しい目つきをしているのか分からない。ただ失言したことだけ理解し、青ざめる。
「じゃぁ、例えば僕が君のお姉さんのどちらかと結婚してもいいんだよね。少し前に言い寄られていたし、話を持ちかけてみようか。そういや、今王宮で開かれている茶会に来ているんだっけ」
今日は王家主催の茶会という名の集団お見合い会が開かれており、姉二人はいそいそと出かけていったのだ。ナディヤも二人の姉が夜会でシルヴィオの近くにいたのを見ている。その光景が脳裏によみがえり血の気が引いていく。手先が冷たくなってきた。意地悪をする姉たち。二人は恐怖の対象としてナディヤに刻まれており、そのどちらかがシルヴィオといると考えただけで体が震える。
胸の奥底から、どろりとした黒い感情が湧き出した。
「い、嫌です!」
気づけば叫んでいて、大声を出した自分に驚く。悪役令嬢になりきって大声を出していたからだろうか、すんなりと体が動く。
「あ、あの二人だけはダメです!」
「じゃぁ、誰ならいいの?」
その問いかけは、ナディヤが自分を守るために覆っていた諦めという名の冷静さを突き崩し、グラグラと揺さぶった。誰ならいいか。そんなもの、考えたことはない。答えなど、本当は分かり切っているのだ。
口の中がカラカラに乾き、心臓は飛び出すくらい高鳴っている。ナディヤはエリーナにお守りにと渡されていた扇子を握りしめ、自分の正直な欲望を口にした。
「わ、わたくしじゃないと嫌です!」
望んでも、満たされることはない。そう思っていたから、考えることも、口にすることもしなかった。口にすれば、あまりの夢物語に虚しくなるから。
そのナディヤの告白をシルヴィオは黙って聞き入れ、ふわりと花が開くように笑った。
「……分かった。ナディヤの想いは確かに届いたよ。ごめんね、試すようなことをして」
なぜ謝るのかと不思議そうな顔をしているナディヤの前で、シルヴィオは跪く。王族が膝をついたことに目を丸くするナディヤに手を差し伸べた。
「シルヴィオ・ディン・アスタリアはナディヤ・グリフォンへの愛を告白し、一生側に寄り添い守り、幸せにすると誓う。この手を取っていただけませんか?」
それはアスタリアの女性なら誰しも一度は憧れる、正式な愛の告白だ。童話でもロマンス小説でも描かれ、それを読んで育ってきた。ナディヤは口を開け、非現実的な目の前の状況を受け入れられずにいた。処理能力を超えたため固まっているナディヤに、シルヴィオはさらに言葉をかける。
「ナディヤ。これは僕の本心だよ。これほど、僕の絵を見てくれて愛情を注いでくれた人はいない。絵は僕にとって僕その物だ。そんなナディヤだから、一緒にいたいと思うんだ」
言葉をかみ砕いて、甘い顔と甘い声でナディヤに注ぐ。その強張った心を溶かすように、甘く優しく。
「そんな……ありえません。私なんか……」
「また言ってる。僕は君しかいらないよ。だから、この手を取ってくれないか?」
麗しい顔、熱のこもった瞳で見上げられると、どうにかなってしまいそうだ。
(信じても、いいの? でも、こんな夢みたいな……)
知らず知らずのうちに、扇子を握る手に力が入る。その扇子が熱を持った気がした。この扇子を持ったエリーナは常に誇り高く、自信をもって悪役令嬢を演じ、一途な想いを口にしていた。それが短い指導の中でナディヤが得たもの。エリーナに軽く背中を押された気がした。ナディヤは熱に浮かされるように、その手に触れた。思ったより温かい手に掴まれ、現実が押し寄せる。
「ナディヤ、ありがとう。必ず君を守ると約束するから、安心して」
「え、へ、え……本当に?」
「そうだよ。これからは恋人として、よろしくね」
と爆弾級の笑顔を放り込まれ、限界を迎えたナディヤはふらっと意識を手放した。もう頭が処理しきれない。これ以上鼓動が早くなったら、きっと心臓が止まる。
「え、ナディヤ!? ちょっと!」
体の力が抜けたナディヤを抱き留め、シルヴィオが焦った声をあげればドアが音を立てて開かれた。
「ナディヤ様?」
「ナディヤ!?」
リズとエリーナが飛び込んできて、シルヴィオの腕に抱かれるナディヤを見て目を丸くしていた。逆にシルヴィオもドアの向こうにエリーナがいたことに驚いている。エリーナはナディヤを送り出した後、心配になって居ても立っても居られず、ドアの前まで来てしまったのだ。
そして二人はひとまず「おめでとうございます」と祝福の言葉をシルヴィオにかければ、シルヴィオは嬉しそうにはにかんだ。その麗しい笑みは、これから一計案じようとしている二人の心に刺さる。浄化されそうだ。
だがここで天に召されるわけにもいかないので、これは絶好の機会とシルヴィオにナディヤをエリーナの部屋まで運んでもらった。わざと王宮勤めの侍女の目につくように。シルヴィオが令嬢と一緒にいたという噂は瞬く間に侍女の間に広まり、王宮で茶会に出席しているどこかの令嬢へ、そして姉たちへと届くからだ。ダメ押しにとリズが確実に姉たちへ情報が届くように、馴染の侍女たちに協力をお願いしていた。
エリーナは自分のベッドで寝ているナディヤの顔を見て、不敵な笑みを浮かべる。目が覚めればいよいよ悪役令嬢劇場の幕開けだ。
「いいよ。何?」
ナディヤは静かに息を深呼吸をし、愛しさを言葉に乗せて送り出す。
「シルヴィオ様……殿下の絵を、そして殿下自身をお慕いしております。ただ路傍の石の囁きですので、捨て置いてくだされば……」
今、その想いを口にできるだけでいいと思えた。いつも図書館で本を読んで、家では部屋に閉じこもっている自分からすれば、好きな人に想いを伝えられるだけで幸せだ。
だがシルヴィオは面白くなさそうに顔を険しくし、「ふ~ん」と低い声を出す。
「僕のことを好きと言ってくれるわりには、冷たいんだね。僕と一緒にいようとはしないの?」
初めて聞くシルヴィオの棘のある言葉に、ナディヤの肩が跳ねる。目を白黒させて、上ずった声で返す。
「え、それは、過ぎた望みですので……」
「へぇ。ということは、君の想いはそれぐらいのものってことだ」
「いえ、その……」
ナディヤには何故シルヴィオの機嫌が悪くなり、険しい目つきをしているのか分からない。ただ失言したことだけ理解し、青ざめる。
「じゃぁ、例えば僕が君のお姉さんのどちらかと結婚してもいいんだよね。少し前に言い寄られていたし、話を持ちかけてみようか。そういや、今王宮で開かれている茶会に来ているんだっけ」
今日は王家主催の茶会という名の集団お見合い会が開かれており、姉二人はいそいそと出かけていったのだ。ナディヤも二人の姉が夜会でシルヴィオの近くにいたのを見ている。その光景が脳裏によみがえり血の気が引いていく。手先が冷たくなってきた。意地悪をする姉たち。二人は恐怖の対象としてナディヤに刻まれており、そのどちらかがシルヴィオといると考えただけで体が震える。
胸の奥底から、どろりとした黒い感情が湧き出した。
「い、嫌です!」
気づけば叫んでいて、大声を出した自分に驚く。悪役令嬢になりきって大声を出していたからだろうか、すんなりと体が動く。
「あ、あの二人だけはダメです!」
「じゃぁ、誰ならいいの?」
その問いかけは、ナディヤが自分を守るために覆っていた諦めという名の冷静さを突き崩し、グラグラと揺さぶった。誰ならいいか。そんなもの、考えたことはない。答えなど、本当は分かり切っているのだ。
口の中がカラカラに乾き、心臓は飛び出すくらい高鳴っている。ナディヤはエリーナにお守りにと渡されていた扇子を握りしめ、自分の正直な欲望を口にした。
「わ、わたくしじゃないと嫌です!」
望んでも、満たされることはない。そう思っていたから、考えることも、口にすることもしなかった。口にすれば、あまりの夢物語に虚しくなるから。
そのナディヤの告白をシルヴィオは黙って聞き入れ、ふわりと花が開くように笑った。
「……分かった。ナディヤの想いは確かに届いたよ。ごめんね、試すようなことをして」
なぜ謝るのかと不思議そうな顔をしているナディヤの前で、シルヴィオは跪く。王族が膝をついたことに目を丸くするナディヤに手を差し伸べた。
「シルヴィオ・ディン・アスタリアはナディヤ・グリフォンへの愛を告白し、一生側に寄り添い守り、幸せにすると誓う。この手を取っていただけませんか?」
それはアスタリアの女性なら誰しも一度は憧れる、正式な愛の告白だ。童話でもロマンス小説でも描かれ、それを読んで育ってきた。ナディヤは口を開け、非現実的な目の前の状況を受け入れられずにいた。処理能力を超えたため固まっているナディヤに、シルヴィオはさらに言葉をかける。
「ナディヤ。これは僕の本心だよ。これほど、僕の絵を見てくれて愛情を注いでくれた人はいない。絵は僕にとって僕その物だ。そんなナディヤだから、一緒にいたいと思うんだ」
言葉をかみ砕いて、甘い顔と甘い声でナディヤに注ぐ。その強張った心を溶かすように、甘く優しく。
「そんな……ありえません。私なんか……」
「また言ってる。僕は君しかいらないよ。だから、この手を取ってくれないか?」
麗しい顔、熱のこもった瞳で見上げられると、どうにかなってしまいそうだ。
(信じても、いいの? でも、こんな夢みたいな……)
知らず知らずのうちに、扇子を握る手に力が入る。その扇子が熱を持った気がした。この扇子を持ったエリーナは常に誇り高く、自信をもって悪役令嬢を演じ、一途な想いを口にしていた。それが短い指導の中でナディヤが得たもの。エリーナに軽く背中を押された気がした。ナディヤは熱に浮かされるように、その手に触れた。思ったより温かい手に掴まれ、現実が押し寄せる。
「ナディヤ、ありがとう。必ず君を守ると約束するから、安心して」
「え、へ、え……本当に?」
「そうだよ。これからは恋人として、よろしくね」
と爆弾級の笑顔を放り込まれ、限界を迎えたナディヤはふらっと意識を手放した。もう頭が処理しきれない。これ以上鼓動が早くなったら、きっと心臓が止まる。
「え、ナディヤ!? ちょっと!」
体の力が抜けたナディヤを抱き留め、シルヴィオが焦った声をあげればドアが音を立てて開かれた。
「ナディヤ様?」
「ナディヤ!?」
リズとエリーナが飛び込んできて、シルヴィオの腕に抱かれるナディヤを見て目を丸くしていた。逆にシルヴィオもドアの向こうにエリーナがいたことに驚いている。エリーナはナディヤを送り出した後、心配になって居ても立っても居られず、ドアの前まで来てしまったのだ。
そして二人はひとまず「おめでとうございます」と祝福の言葉をシルヴィオにかければ、シルヴィオは嬉しそうにはにかんだ。その麗しい笑みは、これから一計案じようとしている二人の心に刺さる。浄化されそうだ。
だがここで天に召されるわけにもいかないので、これは絶好の機会とシルヴィオにナディヤをエリーナの部屋まで運んでもらった。わざと王宮勤めの侍女の目につくように。シルヴィオが令嬢と一緒にいたという噂は瞬く間に侍女の間に広まり、王宮で茶会に出席しているどこかの令嬢へ、そして姉たちへと届くからだ。ダメ押しにとリズが確実に姉たちへ情報が届くように、馴染の侍女たちに協力をお願いしていた。
エリーナは自分のベッドで寝ているナディヤの顔を見て、不敵な笑みを浮かべる。目が覚めればいよいよ悪役令嬢劇場の幕開けだ。
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