悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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アスタリア王国編

168 秘策を甘んじて受けようか

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「なんのために君はこんなことをしているんだい?」
「なんのため?」

 男は首を傾げた。
 そして口を大きく開けて笑う。

「ガハハハ! そんなもんない!」
「ない?」
「ああ、魔王様の命令で勇者を倒すよう言われたが、これはただのついでだな。で……」

 男はクリスを睨み付ける。

「なんで魔族が人間を庇うんだ?」

 クリスが助けた人間が、驚いた顔でクリスを見た。

「……ただの主義だよ。あと、焼死体なんて見たくないだけ」
「はっ!」

 クリスの答えを、男は鼻で笑う。

「ずいぶん腑抜けた魔族だな。そんな甘ちゃんには教育が必要か?」

 そう言って両手に高密度の魔力が宿った炎を作り出す。
 そしてそれを左右から挟み撃ちするようにクリスに向けて放つ。
 激しく燃える火球は、とんでもないスピードでクリスに迫る。
 火球がクリスに当たる直前、クリスが作った障壁により霧散した。

「ほう、結構やるな!」

 そう言うと、男は両手を前に突き出す。

「なら、これはどうだ!」

 男の両手から、渦巻く炎が繰り出された。
 先ほどの火球よりも早く、クリスを貫こうと迫る。
 炎はクリスが作った障壁に阻まれる。
 だが、ぶつかった炎は消えず、周囲に飛び散って近くの木や家を燃やす。

「ほらほら、いつまで耐えられるかな!」

 男は馬鹿にしたように笑っている。

(さて、どうするか……)

 クリスは周囲の被害が最小限になるように男を包み込む形の障壁を築きながら考えていた。
 正直、このまま男の魔力が尽きるまで障壁を保つのも別に苦ではない。
 男の炎の魔法はサーニャより強力ではあるが、クリスにとっては大したことなかった。
 だが、いつまでもこのままだと消火活動に支障がでる。
 それに、クリスは個人的にこの男を数発殴りたいという思いがあった。
 殺さずに男を倒す方法はたくさんあるが、どれにしようかは決めかねていた。
 とりあえず、後ろにいる人間の安否が心配だったので声をかける。

「君は無事かい?」
「ひぃっ!」

 クリスが魔族だと知ったからか、人間は青い顔になって怖がる。
 クリスはため息をつくと、ちょうど近くにいた勇者一行に目を向けた。

「悪いけど、怪我人とかの世話をしてくれない?」

 魔族であるクリスが何かするより、同じ人間の方が安心だろう。
 回復魔法が使えるらしいグレイは、すぐに火傷を負った人間の治療にかかる。
 他の仲間もできる限りの介抱や無事を確かめるために動き出す。
 そんな中、勇者だけはクリスに近寄った。

「なぁ……」

 クリスが男をどうするか考えていると、勇者が声をかけてきた。

「なんだい?」

 胡乱げにクリスは聞く。

「あの魔族、俺に任してくれないか?」

 勇者の提案にクリスは目を見開いた。

「なぜだい?」

 クリスの疑問に勇者は拳を固く握る。

「……俺がやる意味はないかもしれない。
 けど、お前にだけ任せていたら、俺は本当にただの足手まといだ」

 そして勇者はクリスをキッと睨んだ。

「仲間になりたいとか共に戦おうとかムシのいいことは言わない。
 でも、役立たずや足手まといはごめんだ! お願いだ!やらせてくれ!」

 真剣な眼差しでクリスを見つめる勇者に、クリスはため息をつく。
 実のところ、クリスは勇者は嫌いだが、ヨハンという少年は嫌いじゃなかった。
 しょっちゅう暴走するし思い込みが激しいが、その愚直なまでの真っ直ぐさは尊敬できるものがある。
 それに彼は、国民に手を出していない。
 何もしていない国民を傷つけたら、勝手に付いてきたとはいえ一緒に旅などしたくないが、そうでなかったからこそ黙認している。
 だから、つい、クリスは言ってしまった。

「わかった。けど、いくつか条件がある」

 まさか頼みを聞いてくれるとは思ってなかったのか、勇者――ヨハンは驚く。

「な、なんだよ」

 クリスはヨハンを真剣に見据えた。

「1つはあの魔族を生かしたまま、捕らえること」
「は? なんでだよ」
「僕は生かしたまま、捕らえるつもりだから。殺していいなら簡単にできる。
 それができないなら、僕がやる」
「……わかった」

 納得していないようだが、ヨハンはしぶしぶ頷く。

「次に、元の世界に戻って王を倒しても、他の国民や配下に手を出さず、真っ直ぐ帰ること」
「へ?」

 ヨハンは目をぱちくりした。

「……倒すのはいいのかよ」
「本当は良くないけど、国民に手を出すよりはましだしね。ま、簡単にはできないだろうけど」

 ヨハンは少しムッとしたが、それを無視してクリスは続ける。

「最後に、これから僕がすることに文句を言わないこと。で、全部守れる?」

 ヨハンは真剣に頷く。

「ああ、わかった」

 クリスは淡く微笑んだ。

「じゃあ、がんばってね、ヨハン」

 そう言ってクリスはヨハンの背中を強く押した。
 初めてクリスが自分の名前を呼んだことに気づいた時、ヨハンはクリスによって、障壁の外の炎が渦巻く中に押し出されていた。
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