悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

文字の大きさ
上 下
168 / 194
アスタリア王国編

160 恋人の友人に話を聞こうか

しおりを挟む
 リズ・スロヴァ。最初にその名を知ったのは、エリーナが取り乱してクリスに不可解な疑問をぶつけてきた後だった。あまりに不自然だったため、学園で何かあったのだろうと交友関係を調べたところ、彼女の名が挙がってきた。

 だが調査結果としては、普通の侍女を目指している子爵令嬢で、特筆するとすればたまに情報屋が存在を見失うほど存在感が無くなることぐらいだ。ロマンス小説が好きで、エリーナと意気投合したらしい。

 エリーナがローゼンディアナ家に連れてきたので、ちょうどいいと忠告をすれば逆に言い返された。エリーナの事を何でも知っているような言い方が頭に来たが、その裏にエリーナへの好意が見えて排除できなかった。そうするうちにベロニカまで一緒になって、三人仲良く遊ぶようになっていた。

 そして誘拐事件をきっかけに交流を持つようになり、お酒を片手にエリーナのことを語り合っていた。リズから聞くエリーナの話は情報屋も掴んでいないものが多く、仲を深めることはクリスにも利があったのだ。

 その後卒業パーティーの場で、ベロニカから推薦されエリーナ付きの侍女になって今に至る。エリーナの信頼は厚く、他の侍女からの評判も高い。だが、クリスは一目会った時から、拭いきれない違和感があった。リズがエリーナに向ける眼差しは、侍女としての憧れでも敬愛でも、また友人としての親愛とも異なるものが混じっているような気がするのだ。

 そしてその先を思考しようとしたところで、クリスの部屋のドアがノックされた。朝食が終わり少し経った頃だ。エリーナは勉強の時間で、時間の空いたクリスはリズと話をしようと呼び出していたのだった。

「入って」

 クリスは時間切れだと、返事をする。すぐにドアが開き、完璧な礼をしてリズが入って来た。背筋をピンと伸ばしてまっすぐソファーに座るクリスを見ており、ずいぶん侍女らしくなったとクリスは感心する。手で向かいのソファーに座るように示し、リズは一瞬戸惑いを浮かべたがすぐに一礼して座った。

「突然ごめんね。落ち着いてエリーナについて訊きたくてね。アスタリアのことで何か不満を言っていない? まだプリンもロマンス小説もラルフレアの時ほど揃えられてはいないからさ」

「あ、いえ。エリーナ様は満足されていますよ。今日の朝食でもプリンを召し上がっておられましたし」

 しかも二個も食べていた。王宮勤めの侍女たちが微笑ましくしており、後で厨房を覗けばプリン姫がおいしそうに食べていたという話で盛り上がっていた。

「そっか……それと、何か悩んでいることはない? 最近元気がない時があるから心配で」

 ここでリズは呼び出された理由に得心がついた。リズはエリーナの悩みについて知っており、それが知りたいのだろうとあたりを付ける。だが、敬愛するエリーナのことをおいそれと明かすわけにはいかない。

「悩んではおられますけど……」

 その答えにクリスは目を見開き、身を乗り出した。

「僕にできることはあるかな。エリーの悩みを取り除きたい」

 クリスの表情からそれがひたむきな善意であることは伝わったが、リズは申し訳なさそうに首を横に振った。

「これはエリーナ様の問題です。クリス様は、エリーナ様がお話をされた時に静かに受け止めてくださるのが一番です」

 サリーと同じことを言われ、クリスは小難しい顔になる。何かしたいのに何もできないのは、歯がゆくてしかたがない。

「リズはエリーナの悩みを知っているんだよね……」

 恨みがましい視線を向けられ、リズは体をせわしなく動かす。

「あ、いえ。その、偶然にといいますか。あ、安心してください。エリーナ様はクリス様のことが大好きなので、悩まれているんです」

 大好きの言葉がクリスの胸に響き、顔を上げた。気分は浮上したが、自分が抱えていることに思い至り、また急降下する。それと同時に、クリスはリズに不思議な話しやすさを覚えていた。なんだか昔から知っている雰囲気がある。
 だからだろうか。つい、本心を零してしまった。

「でも、僕の隠し事を知ったら嫌いになるかもしれないよ」

 口を突いて出てから、自分でも目を丸くした。言うつもりが無かった言葉が出てしまい、困惑する。

「クリス様の隠し事ですか? まぁ、人間誰しも隠し事くらいありますし、エリーナ様も寛容だとは思いますが」

 リズが転生者であることを受け入れてくれたのだから、たいていのことは大丈夫のように思える。

「でも、傷つけるかもしれないし。怖がられるかもしれない」

 曖昧な言い方に、リズは小首を傾げた。クリスが何を欲しているのか、今一つ掴みきれない。なので少しつっこんでみることにした。

「クリス様は何を隠されているのですか? よければお聞きしますが」

「いや、突拍子もないことだし」

 クリスはリズが信じられるとは思えない。

(そもそもゲームを知らない人だし、頭がおかしいと思われるのがおちだ)

 その一方で、不思議と落ち着くリズの雰囲気に話してみたくもなった。いつもニコニコしているリズなら、適当に流してくれる気もした。

(きっとエリーナはそんなリズだから話したんだろう。なら……)

 信じてみようか。そう決意して口を開きかけた時、リズが「そうだ!」と明るい声を発した。重い空気を吹き飛ばすほど満面の笑みで、自信たっぷりに顔を近づける。

「クリス様が打ち明ける勇気がでないなら、私のとっておきの秘密を教えましょう! 突拍子がなさすぎて、ご自身の隠し事がどうでもよくなりますよ。あ、怪しいからって首にはしないでくださいね!」

「……え?」

 魔王と称され暗躍してきたクリスをも呑むリズの圧倒的な前向きさと明るさ。クリスは呆気に取られて、返答に遅れてしまった。その一瞬の隙をリズは逃さず、爆弾を放り込む。

「実はこの世界はゲームの世界で、私は転生者なんですよ!」

 意味が分からないほどのドヤ顔で、胸を反らして言い放った内容に、クリスは固まった。この世界に来て、初めて訳が分からないと思った。そしてまず理解できたのは、リズがゲームを知っているということで。

「え、なんでここがゲームの世界だって知ってるの?」

 そう回転が鈍い頭で訊き返せば、驚くものと期待していたリズは腰を浮かせて、

「何でゲームを知ってるんですか!?」

 と逆に驚くのだった。しばらく互いに見つめ合い、無言の時が流れる。

「リズ……一つずつ確認をしていこうか」

 重々しい口調で口を開いたクリスに、リズは唾を飲みこんで頷く。二人の話し合いは思いもよらない方向へと進んでいったのだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

乙女ゲームの悪役令嬢になったから、ヒロインと距離を置いて破滅フラグを回避しようと思ったら……なぜか攻略対象が私に夢中なんですけど!?

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「イザベラ、お前との婚約を破棄する!」「はい?」悪役令嬢のイザベラは、婚約者のエドワード王子から婚約の破棄を言い渡されてしまった。男爵家令嬢のアリシアとの真実の愛に目覚めたという理由でだ。さらには義弟のフレッド、騎士見習いのカイン、氷魔法士のオスカーまでもがエドワード王子に同調し、イザベラを責める。そして正義感が暴走した彼らにより、イザベラは殺害されてしまった。「……はっ! ここは……」イザベラが次に目覚めたとき、彼女は七歳に若返っていた。そして、この世界が乙女ゲームだということに気づく。予知夢で見た十年後のバッドエンドを回避するため、七歳の彼女は動き出すのであった。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

転生侍女は完全無欠のばあやを目指す

ロゼーナ
恋愛
十歳のターニャは、前の「私」の記憶を思い出した。そして自分が乙女ゲーム『月と太陽のリリー』に登場する、ヒロインでも悪役令嬢でもなく、サポートキャラであることに気付く。侍女として生涯仕えることになるヒロインにも、ゲームでは悪役令嬢となってしまう少女にも、この世界では不幸になってほしくない。ゲームには存在しなかった大団円エンドを目指しつつ、自分の夢である「完全無欠のばあやになること」だって、絶対に叶えてみせる! *三十話前後で完結予定、最終話まで毎日二話ずつ更新します。 (本作は『小説家になろう』『カクヨム』にも投稿しています)

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

処理中です...