悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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アスタリア王国編

156 その決断を応援しましょう

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 ほどなくクリスがサロンに姿を見せ、ラウルとにこやかに挨拶を交わした。そんなクリスを見たエリーナの眉が吊り上がる。

「ちょっとクリス。また私に教えなかったわね! ひどいわよ!」

 そう怒った顔で抗議すると、クリスはバツが悪そうに目を逸らした。

「だって、ラウル先生が来るって知ったら、喜ぶでしょ」

「当然よ!」

「……寂しいし、嫉妬するから。でも、ごめんね?」

 正直に教えなかった理由を口にしたクリスは、しょんぼりと反省した様子を見せている。小首を傾げて捨てられた子犬のような目を向けられれば、エリーナの良心に突き刺さる。なぜかこちらがいじめているようだ。

「こ、今度からはちゃんと教えなさいよ!」

「かしこまりましたよ、お姫様」

 クリスは反省の顔をひっこめて、肩を震わせて二人のやりとりを聞いていたラウルに視線を向けた。

「先生、アスタリアへようこそ」

「えぇ、ありがとうございます。住みやすい国ですね。ここがクリス様の国かと思うと、感慨深いものがあります」

「困ったことがあったら、何でも言って。こっちでは屋敷をもらっているんだったよね」

 そこそこ大きく場所もいいようで、好待遇だった。だがラウルは困った顔で、「そうなんですが」と話し出す。

「もったいないくらい大きく、使用人の数が足りないんですよ。それと、それを纏められる侍女頭もいなくて……」

 なんでもラウルを慕う使用人たちが何人かついてきたのだが、もともと熟練の人たちが多く、弟が当主となったゴードン家を手すきにするわけにもいかないので、数人しか一緒に来られなかったらしい。使用人はアスタリアで募集して集まってきているのだが、経験のいる侍女頭を見つけるのは難しいそうだ。
 話を聞いたクリスもうーんと唸って顎を撫でる。

「しばらくは、僕のところにいる使用人を貸せるけど……侍女頭はなぁ」

 経験に素質、性格と必要な要素が多く、二か国の人間をまとめるのは一筋縄ではいかないだろう。執事はいるので、当面は彼がその役を担えるが一人では厳しいものがある。三人して何かいい案はないかと考えを巡らせた時、遠慮がちな声が聞こえた。

「あの、クリス様、エリーナ様」

 壁際に控えていたサリーであり、三人の顔がそちらへと向く。

「もし差支えがなければ、私が侍女頭として出向いてもよろしいでしょうか」

 その申し出に三人とも目を見開いた。確かにサリーは侍女としての経験も十分であり、ローゼンディアナ家では侍女頭である母親の補助もしていた。少し若いが侍女頭として立派に務められるだろう。

「そんな、サリーさんはエリーナ様とクリス様にお仕えになっていらっしゃるのに」

 それを聞いたラウルは慌て、主人である二人に戸惑った顔を向ける。サリーはエリーナについてきた侍女の中でも古株であり、皆の中心だった。クリスは少し難しい顔をして、考え込む。
 以前、サリーは自分の今後について考えていると言っていた。今後王宮を出て屋敷に移ることになったとしても、侍女頭にはアスタリアの貴族出身の侍女がなるだろう。サリーにとって、これはいい機会だった。
 そこまで考えて判断してから、エリーナに視線を向ける。

「エリーがいいなら、僕は反対しないよ。サリーにとってはいいチャンスだと思う」

 そして決定を任されたエリーナは困った顔をサリーに向けた。サリーは生まれた時から世話をしてくれた、家族同然の存在だ。姉であり、母である。そんな人が遠くへ行くのは正直寂しい。
 だが、サリーはその場の思い付きで話をするような人ではない。

「サリーは考えがあって先生のところへ行くのよね」

「……はい。エリーナ様のおそばを離れるのは心苦しいですが、立派に成長されましたし、リズもよくやっています。私も新しいことに挑戦したいと思うのです。それにラウル様はエリーナ様を支え、エリーナ様のために動かれた方。わたくしは仲間として、ラウル様のお役に立ちたいと思います」

 芯の強い声で、頼もしく常に支えて導いてくれたサリーらしい言い方だった。そこまで意思が固いなら、エリーナに止めることはできない。エリーナは誇らしげに笑い、胸を張った。

「サリー、いってらっしゃい。ラウル先生を任せたわよ」

「エリーナ様……」

 サリーは快く送り出してくれるエリーナに、初めて赤ん坊のエリーナを抱いた日を思い出して目頭が熱くなる。

「本当に、大きく成長されましたね」

 目が潤んでも涙を見せないのがサリーらしく、エリーナに大人の生き方を見せてくれる。
 そして話がまとまったところで、ラウルが立ち上がりサリーの前に立った。

「サリーさん。よろしくお願いします」

 ラウルが軽く頭を下げ、サリーも「こちらこそ」と頭を下げる。エリーナが小さい時から側にいてくれた二人であり、並び立つ姿を見るとエリーナは安心する。するとサリーがクリスとエリーナに顔を向け、微笑みかけた。

「私はラウル様のところにいても、常にエリーナ様を想っております。ですから、クリス様が嫌になったらいつでも逃げに来てくださいね」

 そのちょっとした意地悪に、エリーナはパッと表情を明るくして乗る。

「そうね! 第三の実家ができたわ! しかも近くに!」

「待って! サリー、それはずるい! 先生にサリーじゃ、絶対帰してくれないよね!?」

 焦った表情を浮かべるクリスに、三人はクスクスと顔を見合わせて笑った。この気安い仲は、長い年月をかけてできたもの。これからもこうやって続いていくのだろう。

 そして、ラウルも一緒に夕食を食べ、お酒を飲みつつ話に花を咲かせる。ラウルの話はいつもながら豊かでおもしろく、二人して聞き入った。二人もアスタリアに来てからのことを話し、ラウルは楽しそうに相槌を打つ。

「エリー様。幸せそうで、本当によかったです」

 そう柔らく甘い声で、ラウルは灰色の瞳をエリーナに向け微笑んだ。お酒で少し潤んだ瞳と上気した頬はずるい。不覚にもエリーナの心臓が飛び跳ねた。

「ら、ラウル先生のおかげよ。ありがとう」

 少しドギマギしつつ、心の底からお礼を言えば、クリスから拗ねた声が飛んでくる。

「先生……エリーナに大人の色気を使わないでください」

「おや、そんなつもりはなかったのですが……。それに、大人の色気というのは、漏れ出るものなのですよ」

 そう言い返され、クリスはムッと押し黙る。酔っているのか、「僕も色気の練習をしないと」と、意味の分からないことを口走っていた。サリーが無言で水の入ったグラスをクリスの手元に置く。なんだかんだ言っても、ラウルが訪ねてくれたことが嬉しく、いつもよりお酒を飲んでしまっているのだ。
 楽しい夕食の時間が過ぎ、ラウルは名残惜しそうに帰っていった。一週間後に、サリーは引継ぎを済ませてラウルの屋敷へ移ることになっている。エリーナは新たな決断をしたサリーに勇気をもらい、自分も頑張ろうと奮い立たせる。

(まずは、できることから始めるわよ。ナディヤに話を聞いて、和風プリンを研究して、クリスに秘密を話すわ)

 エリーナは頭の中でやらなければならないことを並べた。明日はナディヤと会う予定であり、ゲームのシナリオに関わるルートを確認しなければならない。エリーナは気合を入れ直し、湯あみへと向かうのだった。
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