悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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アスタリア王国編

152 恋人とデートをしましょう

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 この日、エリーナは朝から上機嫌だった。久しぶりにクリスが休みを取れたので、一緒にデートをすることになったからだ。鼻歌を歌いそうなぐらい上機嫌なエリーナの髪をリズは結い、化粧を施す。クリスとのデートに向け、昨夜から栄養も美容もばっちりだ。デートに心浮き立たせているエリーナは可愛らしく、少し羨ましいとリズは思った。

「きれいですよ、エリーナ様」

「いつもありがとうね、リズ」

 エリーナは鏡の前に立ち、仕上がりを確認する。クリスが好きなラベンダー色のワンピースドレスは飾り立て過ぎず、お淑やかな印象を与える。髪はサイドを編み込んでおり、アメジストのイヤリングが輝いていた。

「お安いごようですよ~。いいなぁ、彼氏。エリーナ様を見ていると、私もデートがしたくなってきます」

「あら。恋人を作ればいいじゃない。相談に乗るわよ」

 エリーナは親切心でそう言ったのだが、リズからは軽い笑い声が返って来た。

「そんな、エリーナ様だって恋愛初心者なのに……いたっ」

 失礼なリズにエリーナは振り返ってデコピンをお見舞いし、鼻を鳴らす。

「結果を見なさい。わたくしは恋人がいるけど、リズはいないじゃない。わたくしのほうが恋愛経験値は上だわ」

 ふっと嘲るような笑みを浮かべた悪役令嬢っぽいエリーナに、リズはムッとして唇を尖らす。

「私なんて、今まで三十人は彼氏をとっかえひっかえしたんですからね!」

 胸を反らせて強気でそう言い返すが、エリーナは可哀そうにと口元に手を当て、首を傾けて見下ろす。悪役令嬢のスイッチが入ったようだ。

「あらまぁ、でもその恋人に触れることはできないでしょう? 哀れねぇ」

「もう! エリーナ様の意地悪!」

 そんな二人のやりとりを、手伝っていた侍女たちがクスクスと笑いながら見ていた。王宮勤めの侍女たちにも二人の仲は良く知られており、残念ながら悪役令嬢にハマっている変わり者の王女であることも理解されていた。最初は隠そうとしていたが、本棚を見れば一目瞭然のため諦めたのだ。
 ロマンス小説だけならともかく、趣味が高じて編纂をお願いした悪役令嬢大全なんてものまであるのだから、言い逃れはできない。皆王宮に勤めているだけあって人柄がよく、口も堅い。エリーナとリズは彼女たちを信頼しているからこそ、ありのままの姿でいられるのだ。

 そんな侍女たちに見送られ、迎えに来たクリスとともに王宮の外へと出る。お忍びなので馬車も地味なものだ。今日は王都の繁華街で買い物をして、開店間近のカフェ・アーク、アスタリア店で新作を試食する予定だ。新作プリンもエリーナが楽しみにしているところであり、馬車に揺られるエリーナの口角が自然と上がるのだった。

 そして二人は買い物を楽しみ、カフェ・アークへと向かった。パティシエは同じで、ラルフレアから家族ともども来てくれたのだ。後進はすでに育っており、向こうの店は若手に十分任せられると歯を見せて笑っていた。そして早速新作をいただくことになったのだ。新作は何やら仕掛けがあるようで、パティシエが持ってきたカートの上には透明な液体が入ったグラスが置かれていた。
 エリーナはワクワクするのを抑えきれず、目を輝かせてパティシエが目の前に置いた皿に視線を落とし、小首を傾げる。

「いつものプリンと同じに見えるけれど……?」

 皿の中央にエリーナが大好きなプルプルで、なめらかなプリンが鎮座している。しいて違いを挙げれば、カラメルソースの代わりに砂糖がかけられ、周りに果物はあっても生クリームのホイップはないことぐらいか。
 プリンア・ラ・モードでもないようだが、正直どう変わったのか分からない。

「もしかして、中に何かが入っているのかしら」

 食べれば分かるかしらとスプーンを持ち上げたエリーナに、笑みを浮かべたクリスが待ったの声をかけた。

「エリー。これはね、まず見て楽しむんだよ」

 クリスの表情はいたずらを考えている子どものようで、エリーナは少し悔しくなる。自分だけが分かっていないのは、なんだか面白くない。ムッとした表情でクリスを見ていたら、ふっと部屋が薄暗くなった。

「え、何!?」

「エリー、見てて。これが新しいプリンだよ」

 従業員たちが一斉に灯りを消し、暗い室内で灯りは暖炉の火だけだ。従業員の一人がごうごうと燃える松明を持って来れば、パティシエはグラスを持ち上げて近づけていく。何が始まるのか分からず、エリーナは固唾をのんで見守った。そして次の瞬間、グラスから青い炎が立ち昇ったのである。

「わぁ! なんてきれい!」

 グラスの中でゆらゆらと揺れる炎は幻想的な青色。時折紅い炎を呑みながら、色合いが変化していく。そしてパティシエはプリンの皿を少しエリーナから離し、プリンの上に青い炎を注いだ。ほのかにお酒の香りがする。

「わぁ……」

 炎はプリンを包み込み、砂糖を溶かしてゆらゆらと踊る。あまりにも美しく幻想的で、エリーナは声も出なかった。ただ炎が小さく静かに消えていくのを見守る。そして炎が消えた後に残ったのは、お酒の香りとカラメルソースの香ばしさ。

 部屋の明かりがつき、エリーナはうっとりと余韻に浸りつつ素晴らしいプリンをまじまじと見た。先ほどの光景は目に焼き付いている。砂糖は溶けてカラメルになっており、お酒の香りがプリンをお洒落なスイーツへと押し上げていた。少し深めの皿には注がれたお酒が少し残っており、プリンを囲む湖のようだ。

「アルコール分は飛んでおりますので、安心してお召し上がりください」

「すごいわね」

 エリーナはさっそくスプーンを差し入れる。心を弾ませて口の中に入れれば、ほろ苦いカラメルソースに濃厚なプリンの甘みにお酒の香りがアクセントをつけている。身も心も大人になった気分だ。

「おいしいわ。見るのも食べるのも楽しめるなんて、贅沢ね」

「これはフランベと申しまして、肉や魚にお酒の香りを付ける技法でございます。デザートに行う例もありましたので、プリンで試してみたのです」

「最高よ。フランベプリンなのね」

 パクパクと果物と一緒に食べ進めるエリーナは満足顔で、クリスも嬉しそうに微笑んでコーヒーを飲んでいた。エリーナが幸せなら自分も幸せ。そう顔に書いてあった。
 その後エリーナの下には追加のクレームブリュレやかぼちゃのプリンが運ばれ、クリスにはクリームチーズプリンが運ばれた。そしてお互い満足がいくまで好きなスイーツを食べ、カフェ・アークを後にしたのだった。

 帰りの馬車で、エリーナは幸せの余韻に浸って目を閉じていた。ほわほわしているエリーナをクリスはじっと見つめており、心地よい時間が流れる。時折悩まし気に眉根が顰められ、瞳が揺れ動く。そしてしばらく経った後、クリスは静かに声をかけた。

「ねぇ、エリー……」

 その声音は少し硬い。クリスはエリーナの返事を待たずに続けた。ここで止まったら、言えないような気がしたのだ。

「もし、僕が隠し事をしていたら……僕を軽蔑するかな」

 覚悟を決めたような表情を向けているが、その瞳には不安が滲んでいる。じっとエリーナを見つめて返答を待つが、エリーナからは何も返ってこなかった。言葉も出ないのかとクリスは青ざめ、慌てて言葉を付けたす。

「違うんだよ? 別にエリーを騙していたわけじゃなくて、ただ言えなくて……その……」

 歯切れが悪く、クリスはエリーナの顔色を伺うが、眉一つ動かなかった。

「ねぇ、エリー……お願いだから答え……え、寝てる?」

 あまりの返答の無さに腰を浮かせて近づいたクリスは目を見開いた。せっかく勇気を振り絞って隠し事を明かそうとしたのに、とんだ空振りだ。クリスはつい恨めしく思い、つんつんと柔らかい頬を指でつつく。エリーナは不愉快そうに眉根を寄せるが、目覚める気配はなかった。

「……まぁ、いいか。帰ってからゆっくり考えよ」

 クリスはエリーナの隣に座り、その柔らかな髪を撫でて寝やすいように自分に寄りかからせる。温かいエリーナからは規則正しい寝息が聞こえていた。

「エリー。たとえ君に嫌われても、一生愛を捧げ続けるから……どこにいても、守り続けるから」

 クリスはもう一度エリーナの頭を撫で、少し休息を取ろうと目を閉じたのだった。
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