悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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アスタリア王国編

148 庭園で思わぬ事実を知りましょう

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 一週間の時が過ぎ、エリーナは家庭教師からアスタリア王国の歴史や文化の知識を身に着け、クリスの家族たちとお茶会をしたり遊びにいったりして親睦を深めていた。クリスとは時間に許しがある限り一緒にいて、取り留めもないことで笑いあう。
 だがクリスとの関係がうまくいくほど、エリーナの不安は大きくなっていった。夜眠りにつく前には必ず終わりの恐怖に襲われる。これで目を閉じたら、次の世界になっているかもしれない。ナディヤのことも友人になれそうで嬉しいが、何かイベントのきっかけかもしれないと思うと素直に喜べない。
 そんな日が続いたとある夜、ジークが即位したという知らせとベロニカからの手紙が届き、エリーナは飛び跳ねて手紙を受け取った。そこにはエリーナを心配する言葉と、悩んだ時は行動あるのみという力強い言葉が記されていた。そして最後の一文に小躍りする。

「ベロニカ様が西の国へ来るんですって!」

 プレゼントを開けた子どものように喜んでリズに伝える。リズも嬉しく思いながら、エリーナを微笑ましく見ていた。そしてワクワクと目を輝かせているエリーナをベッドに誘導し、話を聞きながら灯りを消していく。

「早くベロニカ様に会いたいわ」

「はいはい。まだ先なんですから、早く寝てくださいね」

 最近のエリーナはベッドに入れば先の見えない未来のことばかり考えてしまったが、今日は不思議とすぐに眠くなった。やはりベロニカは頼りになると、エリーナは会える日を心待ちにして目を閉じたのだった。



 パチリと目が開き、エリーナはベッドの上で身を起こした。窓の外を見ると明るくなっており、早朝のようだ。もう一度寝ようかと思うが、妙に目が冴えていた。ベロニカの言葉に安心したからだろうか、体調がすごくいい。

「悩んだ時は行動あるのみ」

 エリーナはベロニカからのありがたいお言葉を胸に、行動に移ることにした。庭を歩くのだ。風邪を引かないように外套を羽織り、手袋もする。アスタリア王国は、どんどん冬の寒さが増していた。
 外の空気を吸い込めば、さらに頭が起きてくる。エリーナは細い小道を通り、先へと進んだ。なんだか無性に不思議な雰囲気を纏ったマルクに会いたくなった。彼に友達から手紙が来て勇気づけられたことを話したくなったのだ。
 そして小さな庭に出れば、いつものように彼はいた。今日はベンチではなく、古びたテーブルセットのところに座っている。前はなかったので、どこかで使われていたものが運ばれたのだろう。いつ見ても軽装で、寒くないのかと思う。彼は前と同じように二本の棒で器用に食事をしていた。

「マルクさん、おはようございます」

「ん? おはよ。なんだ、今日は機嫌のいい顔をしてんな」

 一目で見抜かれ、エリーナは満面の笑みを浮かべた。

「友達から手紙が来て、少し元気が出たの」

「そりゃよかったな。大事な友達だ」

「はい!」

 話しているとやはり懐かしいような、よく知っているような感覚を覚える。それが何なのか分からず、疑問に思いながらエリーナはマルクの向かいに座り、何気なくお弁当箱の中に目をやった。変わった料理だと思って見ていると、見覚えのあるものに気づく。

「あら、唐揚げ?」

 茶色い揚げた肉のようなものが入っており、以前リズに教わった唐揚げによく似ていた。思わず呟いただけだったが、その言葉にマルクは風の立つ勢いで顔を上げてエリーナを凝視する。

「え、唐揚げを知ってんのか!?」

 体が前のめりになっており、目を見開いて興奮していた。思わぬ反応にエリーナは驚いて目を瞬かせる。

「えぇ、おいしいわよね。マルクさんの国にもあったの?」

 エリーナは興味を引かれてそう尋ねる。もしこの世界にもリズがいた世界のものに似ている料理があるなら、リズが喜ぶと思ったからだ。

「あ、あぁ」

 マルクは食い入るようにエリーナを見つめ、「まさか」と小さく口を動かす。そして不安と期待が入り混じった表情で言葉を続けた。

「もしかして、お前も日本から来たのか?」

「にほん?」

 それに対しエリーナは日本という言葉が引っかかって小首を傾げる。その名前は聞き覚えがあった。

「日本……って、リズの。え? 転生者!?」

 途端にマルクは満面の笑みを見せ、身を乗り出してエリーナの手を両手で握る。

「俺だけじゃなかったんだ! 俺、あっちでは奥田修平って名前で料理人やっててさ、気づいたらこの世界で赤ん坊になってたんだよ。いや~、日本人に会えてよかった!」

 ぶんぶんと握手するように手を振られ、エリーナは慌てて手を振りほどいた。今ので彼がリズと同じ転生者であることが分かった。ならば早く誤解を解かなくてはならない。

「違うの!」

 エリーナは右手を前に突き出し、はしゃぐマルクを止める。「えっ」と戸惑いを浮かべるマルクに申し訳なくなりながらも、分かることを伝える。

「私は日本人じゃないわ。でも、日本人を知ってる。だから、よかったら会わない?」

 リズだって同じ国出身の人に会いたいだろうと考え、エリーナはそう提案した。

「え……てことは、別に日本人がいるってこと?」

 エリーナが違うと知って気落ちしたようだが、別にいると分かってすぐに喜色が滲む。

「えぇ。予定を調整するから、貴方の休みはいつ?」

「今日の昼、一時間ぐらい休みが取れる」

「わかったわ。時間が取れたら厨房に案内を出すわね」

「恩に着る!」

 マルクは立ち上がると勢いよく頭を下げた。エリーナは不思議な縁もあるものだと思う一方で、これも新しいイベントの始まりだろうかと不安に思うのだった。
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