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アスタリア王国編
141 図書館で出会いましょう
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翌日。この日の午後からエリーナには家庭教師が付き、アスタリア王国の歴史や文化を学ぶことになった。王子妃の教育の一環である。そのため時間のある午前中に図書館に行ってみることにした。リズが有能な侍女という顔で粛々とついて来てくれる。切り替えの上手さに、エリーナは複雑そうに笑うのだった。
図書館は王宮の敷地の南側にあり、門のすぐ近くに位置していた。許可が出れば王宮に仕えていない貴族たちも使うことができ、貴族の少年やご令嬢もいた。これに加え王宮の奥にも学術書を集めた図書室があるらしい。
エリーナは嗅ぎなれた本の匂いに包まれ、ほうと息を吐いた。やはり本に囲まれると落ち着く。
リズは下調べを済ませていたようで、エリーナはロマンス小説の棚へと案内する。広く開放されているとは言っても、図書館に人はあまりおらず、ひっそりと落ち着いた雰囲気だった。そして一つの棚を埋めるロマンス小説に目を見張る。
「すごい……王宮の図書館にロマンス小説があるなんて」
一般的に王宮の図書館は学術書を扱っており、娯楽であるロマンス小説の需要すらない。驚くエリーナを見て、リズは自分の手柄のように得意げな顔で王宮勤めの侍女から聞いた理由を披露する。
「この図書館は貴族の子女にも開放されています。それは、自由恋愛を重んじるこの国では重要な出会いの場だからです。なので、ご令嬢が来やすいようにロマンス小説が置いてあるそうですよ」
見合いよりも電撃の走る出会いを。それがアスタリアにおける婚姻の合言葉であると、文化の授業で学んだところだった。
「へぇ……」
エリーナは興味深そうに相槌を打ちつつ、ロマンス小説の棚に目を滑らせる。タイトルから自分の好みに合いそうなものを選抜する。その精度は年々磨きがかかっていた。
エリーナの一歩後ろでは、リズもさっそく同じように気になるタイトルを目で探している。
「エリーナ様、二段目の右端が……」
「わかるわ。あれは良作の予感」
さっそく手に取りあらすじに目を通す。アスタリア王国の王宮を舞台にしたもので、人気があるのか何度も読まれた跡があった。パラパラとめくると挿絵がある。
(あら……この男の人、シルヴィオ様に似ているわ)
あの容姿だ。ロマンス小説のモデルになっていてもおかしくない。
「それに、この辺りもよさそうね」
タイトルに惹かれたものを取り、リズへと渡していけばすぐに十冊を超えた。そしてロマンス小説だけを借りるのもどうかと思ったので、他の分野で興味が持てそうな本を選ぶ。エリーナは勉強が始まることもあって、この国の歴史や文化に関する本を探していた。
そして棚を曲がった時、突然目の前に人影が現れ、驚いて声を上げる。
「きゃっ」
「ひゃぁ!」
向こうも驚いたようで遅れてドサドサと本が落ちる音がした。もうすぐでぶつかるところであり、リズが慌ててエリーナの無事を確認し本を拾う。エリーナが相手に視線を向けると、彼女は蒼白な顔で小刻みに震えていた。
「す、す、すみません……わたくしが前を、向いていなかったから」
蚊の鳴くような小さな声で、怯えた視線を向けていた。簡素なワンピースドレスを着ており、どこかの令嬢なのだろう。背はエリーナと同じくらいで、腰まである桃色の髪は緩く巻かれ自然に流してある。長めの前髪が暗い印象を与え、その向こうに自信のない瞳が覗いている。
「わたくしは大丈夫ですわ。あなたこそ大丈夫ですか?」
リズが五冊の本を拾って恭しく手渡せば、彼女はそれを大事そうに抱え何度も頭を下げる。
「い、いえ。こちらこそ申し訳ございません」
頭を上げた時に前髪が揺れ、透き通るような琥珀色の瞳が露わになった。
(あら、きれいな瞳)
改めてよく見れば顔立ちは悪くなく、磨けば光りそうだ。エリーナがじっと見つめると彼女はますます委縮し、身を小さくして「すみません」と謝罪の言葉を口にする。エリーナは彼女に興味を惹かれて、ついっと彼女が持っている本に目を落とした。
「おもしろそうな本ですね。よく図書館にいらっしゃるの?」
彼女は芸術系の本を二冊とロマンス小説を三冊持っていた。エリーナの目が光り、同士の予感に口の端が上がる。それを見た少女がまた怯えだした。
「は、はい。ここにはよく来ます。わたくしは芸術分野に興味がありまして、それと、恥ずかしながらロマンス小説も好きで……」
彼女はぼそぼそとうつむきがちに答える。エリーナはやったと内心ガッツポーズをして、友好的な笑みを浮かべる。
「わたくしもロマンス小説が好きなんです。実は、こちらの国に来て日が浅くて友達がいなくて、よかったらロマンス小説について話しませんか?」
「え……」
少女は顔を上げ、戸惑いを瞳に浮かべていた。だがその奥に期待があるのを捉えたエリーナはさらに押す。
「わたくしラルフレアから来て、あちらのロマンス小説もたくさん持ってきましたの。興味があるなら、お貸ししますわ」
彼女が持つ小説には、ラルフレア王国のものが一冊入っており、興味があるのではと餌をまいたのだ。案の定眉が上がり、瞳に迷いが生じる。興味があるのが丸わかりだ。そしておずおずと申し訳なさそうに声を出す。
「あ、あの。わたくしでよければ……」
「もちろんですわ」
エリーナはリズと目を合わせて、ロマンス仲間ゲットと頷き合った。
「あ、えっと。わたくしは、ナディヤ・グリフォンと申します」
ナディヤはペコリと頭を下げ、対するエリーナも名乗ろうとして口を開けたが固まる。
(この子に王女だって言っても大丈夫かしら……)
見るからに自信の無い気の弱そうな子だ。身分のせいでロマンス小説仲間を失いたくないが、嘘をつきたくもない。そして嘘をついてもすぐにばれるだろう。エリーナは腹を括り、できるだけ人懐っこい笑みを浮かべて軽い口調で名乗る。
「わたくしはエリーナ・フォン・ラルフレアですわ。仲良くしましょ」
にこっと念押しの笑顔を向けたが、ナディヤは「ラルフレア」と呟いた瞬間、驚愕に目を見開き再び本が腕から滑り落ちたのだった。
図書館は王宮の敷地の南側にあり、門のすぐ近くに位置していた。許可が出れば王宮に仕えていない貴族たちも使うことができ、貴族の少年やご令嬢もいた。これに加え王宮の奥にも学術書を集めた図書室があるらしい。
エリーナは嗅ぎなれた本の匂いに包まれ、ほうと息を吐いた。やはり本に囲まれると落ち着く。
リズは下調べを済ませていたようで、エリーナはロマンス小説の棚へと案内する。広く開放されているとは言っても、図書館に人はあまりおらず、ひっそりと落ち着いた雰囲気だった。そして一つの棚を埋めるロマンス小説に目を見張る。
「すごい……王宮の図書館にロマンス小説があるなんて」
一般的に王宮の図書館は学術書を扱っており、娯楽であるロマンス小説の需要すらない。驚くエリーナを見て、リズは自分の手柄のように得意げな顔で王宮勤めの侍女から聞いた理由を披露する。
「この図書館は貴族の子女にも開放されています。それは、自由恋愛を重んじるこの国では重要な出会いの場だからです。なので、ご令嬢が来やすいようにロマンス小説が置いてあるそうですよ」
見合いよりも電撃の走る出会いを。それがアスタリアにおける婚姻の合言葉であると、文化の授業で学んだところだった。
「へぇ……」
エリーナは興味深そうに相槌を打ちつつ、ロマンス小説の棚に目を滑らせる。タイトルから自分の好みに合いそうなものを選抜する。その精度は年々磨きがかかっていた。
エリーナの一歩後ろでは、リズもさっそく同じように気になるタイトルを目で探している。
「エリーナ様、二段目の右端が……」
「わかるわ。あれは良作の予感」
さっそく手に取りあらすじに目を通す。アスタリア王国の王宮を舞台にしたもので、人気があるのか何度も読まれた跡があった。パラパラとめくると挿絵がある。
(あら……この男の人、シルヴィオ様に似ているわ)
あの容姿だ。ロマンス小説のモデルになっていてもおかしくない。
「それに、この辺りもよさそうね」
タイトルに惹かれたものを取り、リズへと渡していけばすぐに十冊を超えた。そしてロマンス小説だけを借りるのもどうかと思ったので、他の分野で興味が持てそうな本を選ぶ。エリーナは勉強が始まることもあって、この国の歴史や文化に関する本を探していた。
そして棚を曲がった時、突然目の前に人影が現れ、驚いて声を上げる。
「きゃっ」
「ひゃぁ!」
向こうも驚いたようで遅れてドサドサと本が落ちる音がした。もうすぐでぶつかるところであり、リズが慌ててエリーナの無事を確認し本を拾う。エリーナが相手に視線を向けると、彼女は蒼白な顔で小刻みに震えていた。
「す、す、すみません……わたくしが前を、向いていなかったから」
蚊の鳴くような小さな声で、怯えた視線を向けていた。簡素なワンピースドレスを着ており、どこかの令嬢なのだろう。背はエリーナと同じくらいで、腰まである桃色の髪は緩く巻かれ自然に流してある。長めの前髪が暗い印象を与え、その向こうに自信のない瞳が覗いている。
「わたくしは大丈夫ですわ。あなたこそ大丈夫ですか?」
リズが五冊の本を拾って恭しく手渡せば、彼女はそれを大事そうに抱え何度も頭を下げる。
「い、いえ。こちらこそ申し訳ございません」
頭を上げた時に前髪が揺れ、透き通るような琥珀色の瞳が露わになった。
(あら、きれいな瞳)
改めてよく見れば顔立ちは悪くなく、磨けば光りそうだ。エリーナがじっと見つめると彼女はますます委縮し、身を小さくして「すみません」と謝罪の言葉を口にする。エリーナは彼女に興味を惹かれて、ついっと彼女が持っている本に目を落とした。
「おもしろそうな本ですね。よく図書館にいらっしゃるの?」
彼女は芸術系の本を二冊とロマンス小説を三冊持っていた。エリーナの目が光り、同士の予感に口の端が上がる。それを見た少女がまた怯えだした。
「は、はい。ここにはよく来ます。わたくしは芸術分野に興味がありまして、それと、恥ずかしながらロマンス小説も好きで……」
彼女はぼそぼそとうつむきがちに答える。エリーナはやったと内心ガッツポーズをして、友好的な笑みを浮かべる。
「わたくしもロマンス小説が好きなんです。実は、こちらの国に来て日が浅くて友達がいなくて、よかったらロマンス小説について話しませんか?」
「え……」
少女は顔を上げ、戸惑いを瞳に浮かべていた。だがその奥に期待があるのを捉えたエリーナはさらに押す。
「わたくしラルフレアから来て、あちらのロマンス小説もたくさん持ってきましたの。興味があるなら、お貸ししますわ」
彼女が持つ小説には、ラルフレア王国のものが一冊入っており、興味があるのではと餌をまいたのだ。案の定眉が上がり、瞳に迷いが生じる。興味があるのが丸わかりだ。そしておずおずと申し訳なさそうに声を出す。
「あ、あの。わたくしでよければ……」
「もちろんですわ」
エリーナはリズと目を合わせて、ロマンス仲間ゲットと頷き合った。
「あ、えっと。わたくしは、ナディヤ・グリフォンと申します」
ナディヤはペコリと頭を下げ、対するエリーナも名乗ろうとして口を開けたが固まる。
(この子に王女だって言っても大丈夫かしら……)
見るからに自信の無い気の弱そうな子だ。身分のせいでロマンス小説仲間を失いたくないが、嘘をつきたくもない。そして嘘をついてもすぐにばれるだろう。エリーナは腹を括り、できるだけ人懐っこい笑みを浮かべて軽い口調で名乗る。
「わたくしはエリーナ・フォン・ラルフレアですわ。仲良くしましょ」
にこっと念押しの笑顔を向けたが、ナディヤは「ラルフレア」と呟いた瞬間、驚愕に目を見開き再び本が腕から滑り落ちたのだった。
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