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学園編 18歳
136 悪役令嬢は舞台から降りましょう
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怒涛の一か月を乗り越え、エリーナは久しぶりにローゼンディアナ家に戻っていた。荷造りの最終確認が終わり、サロンでクリスと出立前の休息を取っている。サリーがお茶の用意をしてくれ、一息ついていた。
「ほんと、徹底的に僕たちを会わせなかったよね。絶対身分隠して動いていたことへの嫌がらせだと思うんだけど」
小さな丸テーブルを挟んだ向かいでお茶をすするクリスは、呆れ顔で溜息をつく。
「……逆にそれぐらいで許されたことに感謝するべきよ」
他国の王族が伯爵代行として長く活動していたことは、下手すれば外交問題に発展しかねなかった。だが、西の国が不関与であり、後日正式な文章で謝罪と国に帰ったら灸をすえると書かれていたこと、クリスのラルフレア王国での功績の大きさを考慮してお咎め無しとなったのである。
「それで? なんで王子なのにウォード家やうちに養子に来たのよ」
バタバタしていて有耶無耶になっていたことを、エリーナはやっと訊くことができた。クリスは「ん~」と不明瞭な声を漏らし、曖昧に微笑む。
「エリーに会ったからだよ」
「……どういうこと?」
「ディバルト様は基本的にエリーを屋敷から出したがらなかったけれど、時たま茶会に連れて来られてね。ウォード家でお世話になっていた時に見て、一目惚れしたんだよ」
おそらくエリーナの中に入る前の出来事だろう。エリーナの記憶には無く、目を瞬かせた。
「そんな理由で?」
「まぁ、ちょっとその時、国にいるのが嫌になってたこともあってね……。今のところはこれぐらいで許してくれない?」
あまり話したくないようなので、エリーナは「ふ~ん」と頷くだけにした。これから長く一緒にいるのだ。ゆっくり聞けばいい。
そしてクリスは身を乗り出して、エリーナの手に自身の手を重ね金色の瞳を向けた。
「エリー……本当によかったんだよね。僕についてきて……ラルフレア王国で生きることもできたのに……」
クリスはまだひっかかっているのか、不安げな表情をしていた。エリーナは呆れ顔になって、クリスの手を握り返す。
「私が決めたの。後悔なんてしないわ」
そして強気な笑みを浮かべ、誇りを込めて言葉を続けた。
「それに、悪役令嬢は幕が下りたら舞台から降りるものよ。私のこの国での役割は終わったの。だから、これからはずっとクリスの側にいるわ」
「エリー……ありがとう。愛しているよ」
クリスは花が綻ぶように破顔し、エリーナの心臓が跳ねる。好きな人が笑うだけで、エリーナまで幸せになる。エリーナは頬がにやけないようにするのが精一杯で、クリスは可愛いと思いながらエリーナの手を引き寄せて甲に口づけを落とした。
「エリー、一生離さないから」
強い意思のこもった金色の瞳に見つめられ、エリーナの頬は紅く染まる。エリーナは照れ臭そうに少し顔を斜めにし、強気な口調で返す。
「私も、一生離さないわ」
サロンを甘い空気が占め、幸せが二人を包んでいた。だが、見つめ合う二人をサリーの咳払いが現実に戻す。
「申し訳ございませんが、出立のお時間です」
エリーナは部屋を見回し、名残惜しそうにクリスに手を引かれて玄関へと向かった。十年の思い出が詰まった場所だ。クリスに手を引かれて馬車に乗り、最初の目的地へと向かう。西の国へ行く前に、寄りたいところがあった。ほどなく小高い丘で馬車は止まり、エリーナは草を踏んで歩く。
遠くにローゼンディアナ家が見える丘に、その石碑はあった。エリーナは前王の最期を刻んだ石碑の前に立ち、隣でクリスがしゃがみ込んで花を手向けている。国を出る前に、父親へ挨拶をしておきたかったのだ。
エリーナは父へと想いを馳せて目を閉じる。
(お父様、今からアスタリア王国へ行ってきますわ。わたくしは今幸せです。今まで、ここから見守ってくださってありがとうございました)
王宮に行くたびに肖像画を眺めた。前王をよく知る侍女は、目元が似ていると話していた。そして父の偉業を聞けば、父親とつながりのあるアメジスト色の瞳が誇らしくなったのだ。
頬を撫でる風は冷たく、ことさら寂しさが増す。
「さぁ、行こうか」
立ち上がったクリスが、エリーナに手を伸ばした。エリーナはその手を取り温かさを感じる。そしてもう一度石碑に、ローゼンディアナ家に視線を移した。あそこで物語が始まり、クリスに出会ったのだ。領地は王家直轄となるが、屋敷は二人のために手入れをして保管してくれるらしい。
「いってきます」
エリーナはそう呟き、クリスに手を引かれて馬車へと向かうのだった。
「ほんと、徹底的に僕たちを会わせなかったよね。絶対身分隠して動いていたことへの嫌がらせだと思うんだけど」
小さな丸テーブルを挟んだ向かいでお茶をすするクリスは、呆れ顔で溜息をつく。
「……逆にそれぐらいで許されたことに感謝するべきよ」
他国の王族が伯爵代行として長く活動していたことは、下手すれば外交問題に発展しかねなかった。だが、西の国が不関与であり、後日正式な文章で謝罪と国に帰ったら灸をすえると書かれていたこと、クリスのラルフレア王国での功績の大きさを考慮してお咎め無しとなったのである。
「それで? なんで王子なのにウォード家やうちに養子に来たのよ」
バタバタしていて有耶無耶になっていたことを、エリーナはやっと訊くことができた。クリスは「ん~」と不明瞭な声を漏らし、曖昧に微笑む。
「エリーに会ったからだよ」
「……どういうこと?」
「ディバルト様は基本的にエリーを屋敷から出したがらなかったけれど、時たま茶会に連れて来られてね。ウォード家でお世話になっていた時に見て、一目惚れしたんだよ」
おそらくエリーナの中に入る前の出来事だろう。エリーナの記憶には無く、目を瞬かせた。
「そんな理由で?」
「まぁ、ちょっとその時、国にいるのが嫌になってたこともあってね……。今のところはこれぐらいで許してくれない?」
あまり話したくないようなので、エリーナは「ふ~ん」と頷くだけにした。これから長く一緒にいるのだ。ゆっくり聞けばいい。
そしてクリスは身を乗り出して、エリーナの手に自身の手を重ね金色の瞳を向けた。
「エリー……本当によかったんだよね。僕についてきて……ラルフレア王国で生きることもできたのに……」
クリスはまだひっかかっているのか、不安げな表情をしていた。エリーナは呆れ顔になって、クリスの手を握り返す。
「私が決めたの。後悔なんてしないわ」
そして強気な笑みを浮かべ、誇りを込めて言葉を続けた。
「それに、悪役令嬢は幕が下りたら舞台から降りるものよ。私のこの国での役割は終わったの。だから、これからはずっとクリスの側にいるわ」
「エリー……ありがとう。愛しているよ」
クリスは花が綻ぶように破顔し、エリーナの心臓が跳ねる。好きな人が笑うだけで、エリーナまで幸せになる。エリーナは頬がにやけないようにするのが精一杯で、クリスは可愛いと思いながらエリーナの手を引き寄せて甲に口づけを落とした。
「エリー、一生離さないから」
強い意思のこもった金色の瞳に見つめられ、エリーナの頬は紅く染まる。エリーナは照れ臭そうに少し顔を斜めにし、強気な口調で返す。
「私も、一生離さないわ」
サロンを甘い空気が占め、幸せが二人を包んでいた。だが、見つめ合う二人をサリーの咳払いが現実に戻す。
「申し訳ございませんが、出立のお時間です」
エリーナは部屋を見回し、名残惜しそうにクリスに手を引かれて玄関へと向かった。十年の思い出が詰まった場所だ。クリスに手を引かれて馬車に乗り、最初の目的地へと向かう。西の国へ行く前に、寄りたいところがあった。ほどなく小高い丘で馬車は止まり、エリーナは草を踏んで歩く。
遠くにローゼンディアナ家が見える丘に、その石碑はあった。エリーナは前王の最期を刻んだ石碑の前に立ち、隣でクリスがしゃがみ込んで花を手向けている。国を出る前に、父親へ挨拶をしておきたかったのだ。
エリーナは父へと想いを馳せて目を閉じる。
(お父様、今からアスタリア王国へ行ってきますわ。わたくしは今幸せです。今まで、ここから見守ってくださってありがとうございました)
王宮に行くたびに肖像画を眺めた。前王をよく知る侍女は、目元が似ていると話していた。そして父の偉業を聞けば、父親とつながりのあるアメジスト色の瞳が誇らしくなったのだ。
頬を撫でる風は冷たく、ことさら寂しさが増す。
「さぁ、行こうか」
立ち上がったクリスが、エリーナに手を伸ばした。エリーナはその手を取り温かさを感じる。そしてもう一度石碑に、ローゼンディアナ家に視線を移した。あそこで物語が始まり、クリスに出会ったのだ。領地は王家直轄となるが、屋敷は二人のために手入れをして保管してくれるらしい。
「いってきます」
エリーナはそう呟き、クリスに手を引かれて馬車へと向かうのだった。
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