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学園編 18歳
124 先生と不穏な噂を話そうか
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卒業パーティーまでの一週間は慌ただしく過ぎた。エリーナのドレスの最終仕上げに、カイルに頼んでいたアメジストの確認、エリーナを喜ばせるために新作プリンの情報収集とやることはたくさんあった。クリスはそれらを幸福のあまり叫びそうになる自分を抑えながら、着々と進めていたのだ。
そしてパーティーの前日、クリスは防音設備の整った酒場でラウルと会っていた。エリーナには内緒であり、二人はどこかぎこちない笑みを浮かべあっている。
「まずは、祝福いたしますよ。クリス様」
「ありがとう。でも、油断するなって顔に書いてあるね」
「それはもちろん」
と軽く言い合って、二人は旧知の笑みに変えた。エリーナとの関係が変わっても、互いの関係は変わらない。エリーナのために、それが二人の共通の想いだ。
お酒が運ばれ、グラスを軽くあげるとクリスは少しだけ口にした。ラウルからの手紙では気になることが書かれていたので、お酒は控えることにする。ラウルも少しワインを飲んでから、実はとさっそく本題を切り出す。
「ここ最近王宮で噂されているのですが、前王に隠し子がいたそうです」
「へぇ……」
特に政治に関わる貴族の間でまことしやかに囁かれているのを、ラウルは王宮で小耳に挟んだのだ。ラウルは復位後、王宮内にある歴史文献の管理と研究を任されている事もあり、貴族と関わる機会も増えている。
「男か女かは何て?」
「それはわからないみたいですね……」
「ふ~ん。男なら現王の治世が揺らぐからね……女なら王家に迎え入れるつもりかな」
クリスは顎に手をやって興味深そうに口角を上げた。
「まぁ、あくまで噂ですが。一応耳に入れておこうと思いまして」
「ありがと。王宮はきな臭くなってきたからね……こっちも気を付けるよ。そっちも、十分気をつけてね」
すっと目を細めて、意味ありげな視線をラウルにぶつける。その意図を理解したラウルは、軽く肩をすくめて困ったように眉尻を下げた。
「大丈夫ですよ。何があっても皆さまには迷惑をかけません」
クリスはラウルが近頃ジークやルドルフと頻繁に会っている情報を掴んでいた。傍から見ればラウルに教えを受けているようにも見えるが、彼らの心の内を知っていれば見方は変わる。ラウルは以前、その片鱗をクリスに零していた。
「違うよ。エリーはもちろんだけど、先生自身を大事にしてほしいんだ」
そう念を押して伝えれば、ラウルは目を瞬かせて、くすぐったそうに小さく笑った。
「ありがとうございます。でも、これは私の闘いなんです。歴史を正しくするというね」
「先生も意思を曲げないからなぁ」
諦めに似て、だが誇らしそうな表情でクリスは微笑む。そしてふと、険しい表情に変えて声を低くした。
「先生、僕からも言っておかないといけないことがあるんだ」
クリスの纏う空気が変わり、ラウルは気を引き締めて言葉を待つ。
「卒業パーティーで、僕の方にも何か起こるかもしれないけれど静観していてほしい」
「それは、どういうことですか?」
ラウルからすればクリスに何かが起こることが信じられない。付け入る隙はなさそうに見えるのだが。
「ん? 秘密。でも、僕もエリーを全力で守るし、ちゃんと手は打ってあるから楽しく見ていてよ。劇場をさ」
そうクリスは愉快気に喉の奥を鳴らして笑うが、ラウルの表情は晴れない。心配そうでありどこまでも二人の先生であった。その余裕すら感じさせる態度に、ラウルは半ばあきれ顔でワインを飲む。
「何をなさるつもりなんですか……」
「さぁ。むしろ僕が訊きたいね。何をするつもりなのか」
そう棘を含んだ声で、クリスは自信ありげに笑う。やれるものならやってみろと、強者の風格が滲んでいた。その表情を見たラウルは、「なるほど魔王」と心の中で呟いた。以前サリーとルドルフがクリスをそう称していたのだ。
「いよいよ明日ですね」
「そうだね。エリーのめでたい門出だから、祝福しないとね」
そう愛おしそうな微笑みを浮かべ、クリスはグラスに残っていたワインを飲み干した。その後二人はのんびりと思い出話やエリーナの話をして、「また明日」と別れた。二人は別々の道へと進み、やがて夜の中に消えていく。両者とも決意に満ちた表情で、明日を待ち望んだ。最後の舞台の幕が開ける。
その舞台の裏で、すでに物語は始まっているのだった。
そしてパーティーの前日、クリスは防音設備の整った酒場でラウルと会っていた。エリーナには内緒であり、二人はどこかぎこちない笑みを浮かべあっている。
「まずは、祝福いたしますよ。クリス様」
「ありがとう。でも、油断するなって顔に書いてあるね」
「それはもちろん」
と軽く言い合って、二人は旧知の笑みに変えた。エリーナとの関係が変わっても、互いの関係は変わらない。エリーナのために、それが二人の共通の想いだ。
お酒が運ばれ、グラスを軽くあげるとクリスは少しだけ口にした。ラウルからの手紙では気になることが書かれていたので、お酒は控えることにする。ラウルも少しワインを飲んでから、実はとさっそく本題を切り出す。
「ここ最近王宮で噂されているのですが、前王に隠し子がいたそうです」
「へぇ……」
特に政治に関わる貴族の間でまことしやかに囁かれているのを、ラウルは王宮で小耳に挟んだのだ。ラウルは復位後、王宮内にある歴史文献の管理と研究を任されている事もあり、貴族と関わる機会も増えている。
「男か女かは何て?」
「それはわからないみたいですね……」
「ふ~ん。男なら現王の治世が揺らぐからね……女なら王家に迎え入れるつもりかな」
クリスは顎に手をやって興味深そうに口角を上げた。
「まぁ、あくまで噂ですが。一応耳に入れておこうと思いまして」
「ありがと。王宮はきな臭くなってきたからね……こっちも気を付けるよ。そっちも、十分気をつけてね」
すっと目を細めて、意味ありげな視線をラウルにぶつける。その意図を理解したラウルは、軽く肩をすくめて困ったように眉尻を下げた。
「大丈夫ですよ。何があっても皆さまには迷惑をかけません」
クリスはラウルが近頃ジークやルドルフと頻繁に会っている情報を掴んでいた。傍から見ればラウルに教えを受けているようにも見えるが、彼らの心の内を知っていれば見方は変わる。ラウルは以前、その片鱗をクリスに零していた。
「違うよ。エリーはもちろんだけど、先生自身を大事にしてほしいんだ」
そう念を押して伝えれば、ラウルは目を瞬かせて、くすぐったそうに小さく笑った。
「ありがとうございます。でも、これは私の闘いなんです。歴史を正しくするというね」
「先生も意思を曲げないからなぁ」
諦めに似て、だが誇らしそうな表情でクリスは微笑む。そしてふと、険しい表情に変えて声を低くした。
「先生、僕からも言っておかないといけないことがあるんだ」
クリスの纏う空気が変わり、ラウルは気を引き締めて言葉を待つ。
「卒業パーティーで、僕の方にも何か起こるかもしれないけれど静観していてほしい」
「それは、どういうことですか?」
ラウルからすればクリスに何かが起こることが信じられない。付け入る隙はなさそうに見えるのだが。
「ん? 秘密。でも、僕もエリーを全力で守るし、ちゃんと手は打ってあるから楽しく見ていてよ。劇場をさ」
そうクリスは愉快気に喉の奥を鳴らして笑うが、ラウルの表情は晴れない。心配そうでありどこまでも二人の先生であった。その余裕すら感じさせる態度に、ラウルは半ばあきれ顔でワインを飲む。
「何をなさるつもりなんですか……」
「さぁ。むしろ僕が訊きたいね。何をするつもりなのか」
そう棘を含んだ声で、クリスは自信ありげに笑う。やれるものならやってみろと、強者の風格が滲んでいた。その表情を見たラウルは、「なるほど魔王」と心の中で呟いた。以前サリーとルドルフがクリスをそう称していたのだ。
「いよいよ明日ですね」
「そうだね。エリーのめでたい門出だから、祝福しないとね」
そう愛おしそうな微笑みを浮かべ、クリスはグラスに残っていたワインを飲み干した。その後二人はのんびりと思い出話やエリーナの話をして、「また明日」と別れた。二人は別々の道へと進み、やがて夜の中に消えていく。両者とも決意に満ちた表情で、明日を待ち望んだ。最後の舞台の幕が開ける。
その舞台の裏で、すでに物語は始まっているのだった。
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