127 / 194
学園編 18歳
121 恋する気持ちを伝えましょう
しおりを挟む
エリーナは急いでローゼンディアナ家に帰った。湯あみを済ませ、体を綺麗にして精神を統一する。まるで決戦に挑むような凛々しい顔つきのエリーナに、サリーは心配そうな視線を向けていた。クリスが好きなラベンダー色のドレスを着て、髪は自然のままに流しクリスからもらった髪飾りを付ける。決戦に挑むにしては頼りないが、エリーナは飾らない姿でいくことにしたのだ。
サリーにクリスの居場所を聞くと書斎にいるらしい。
(最初にクリスと会った時のことを思い出すわね)
クリスと最初に会ったのも書斎だった。祖父に新しい家族が来ると言われ、弟だと思い込んだエリーナは面を食らった記憶がある。その後悪役令嬢として嫌がらせに躍起になったが、全て躱されたのも今になってはいい思い出だ。
サリーの付き添いを断り、一人で書斎に向かった。ドアの前で深呼吸をしてからノックをする。返事の声に心臓が飛び跳ね、落ち着かせてから書斎に入った。
「エリー、おかえり」
「ただいま、クリス」
蝋燭と本、インクの香りにクリスの匂いが混ざる。それだけで胸が締め付けられた。
「少しいいかしら」
「いいよ」
クリスはペンを置いて、顔をエリーナに向けた。その視線にさらされるだけで頬が赤くなり、耳元に心臓があるぐらいバクバクと高鳴る。呼吸が浅くなり、緊張していると思うとさらに緊張する。それでもなんとか、言葉を絞り出した。
「あ、あのね。卒業パーティーのエスコートのことなんだけど、クリスにお願いしたいの」
心臓がうるさく、口の中が渇く。クリスの反応が怖くて、じっと祈るような思いでクリスの答えを待った。クリスは「そうだね」と少し迷うそぶりを見せてから、頷く。
「婚約者もいないし、僕がしたほうがいいだろうね」
婚約者の代わりと思われたようで、エリーナは慌てて否定する。
「ち、違うの。私はクリスがいいの。クリスにエスコートをしてほしいのよ!」
言い募るエリーナに、クリスは不思議そうな顔で小首を傾げた。欠片も気持ちが伝わっておらず、エリーナは羞恥をかなぐり捨てて恋する想いを口にした。
「だから、私は、私は……クリスが好きなの! 卒業パーティーはクリスといたいの!」
たどたどしく、エリーナは偽りのない想いを告白する。ロマンス小説や乙女ゲームのようなきれいな告白ではない。だが、これがエリーナの精一杯だ。
クリスは目を飛び出さんばかりに開いて固まっており、言葉を出すことができない。ここで想いの丈を訴えないと届かないと思い、エリーナはさらに畳みかけた。
「私はクリスを選んだの。クリスと一緒にいたいの!」
自分でも分かるぐらい顔が真っ赤だ。
「僕を……選んだの?」
信じられないといった表情でクリスは呟く。
「なんで? 僕は、違うのに。選ばれるはず、ないのに」
半ば無意識で口にした言葉からは、クリスが動揺しているのが伝わってくる。クリスはゆっくり立ち上がり、不安そうに眉根を下げて近づいて来た。エリーナは手の届く距離に立っているクリスをまっすぐ見つめる。
「私が選んだのよ。好きだって、気づいたのよ」
伝わってほしいと、願いをこめてもう一度口にする。何度口にしても気恥ずかしく、目を逸らさないだけで精一杯だ。
「嘘だ……それは、家族への信愛だよ。恋愛じゃない」
信じられないのか、信じたくないのか。クリスはそう否定した。エリーナは負けてたまるかと仁王立ちになり、想いの全てを込めて叫んだ。
「違うわ! 私だって、恋が何かを知ってる。みんなが、教えてくれたもの!」
想いを寄せてくれた四人だけではない。エリーナはそれぞれの形で恋をしている人たちを見てきた。
「殿下からは一途な想いを、ルドルフ様からは独占したいという想いを、ミシェルからはその人の笑顔のために動きたいという想いを、そしてラウル先生からは嫉妬の心を教えてもらったわ。もちろん、リズとベロニカ様からも人を愛することを……。それが全て当てはまるのは、クリスだけなのよ!」
一人一人からもらったピースが嵌っていくように、エリーナは恋を知った。その全てがクリスへとつながっていく。クリスはわなわなと震える唇で、夢うつつのように声を出す。
「本当に? 何かに強制されていないよね」
「なんでそんなに疑り深いのよ……」
「だって、信じられなくて」
そう泣きそうな顔になったクリスは壊れ物に触るように、そっとエリーナに手を伸ばした。エリーナが半分呆れた顔でその手を取れば、抱き寄せられる。頬にクリスの胸が当たり、その熱と鼓動の速さにクリスの心を知る。遅れてクリスが泣いていることに気づく。
「本当に、僕でいいの?」
涙交じりの声でなかなか信じようとしないクリスに、エリーナはとうとう溜息をついた。
「クリス以外は嫌よ。だから、クリスの答えを教えて」
そう伝えると、クリスはそっと体を離して涙を拭ってから、手を取ったまま跪いた。クリスの紅い髪が蝋燭の灯りに照らされて艶めく。上目遣いで見つめられれば、鼓動が早まり顔は熱を帯びる。
「エリー。愛しているの言葉では足りないくらい、君の全てを愛している。ずっと側で見てきて、何度も救われた。だから、これからは僕が守る。エリーがこの世界でずっと笑っていられるように」
そして愛おしむように手の甲に唇を落とし、立ち上がってもう一度エリーナを抱きしめた。エリーナはその心地よいぬくもりに身を預け、目を閉じる。クリスは優しく髪を撫でていた。
「エリー、ありがとう。絶対守るから……もう苦しませないから」
そう震える声で言葉を紡ぐクリスの頬を涙が伝う。二人は互いの熱と鼓動を感じ、幸せに浸るのだった。
サリーにクリスの居場所を聞くと書斎にいるらしい。
(最初にクリスと会った時のことを思い出すわね)
クリスと最初に会ったのも書斎だった。祖父に新しい家族が来ると言われ、弟だと思い込んだエリーナは面を食らった記憶がある。その後悪役令嬢として嫌がらせに躍起になったが、全て躱されたのも今になってはいい思い出だ。
サリーの付き添いを断り、一人で書斎に向かった。ドアの前で深呼吸をしてからノックをする。返事の声に心臓が飛び跳ね、落ち着かせてから書斎に入った。
「エリー、おかえり」
「ただいま、クリス」
蝋燭と本、インクの香りにクリスの匂いが混ざる。それだけで胸が締め付けられた。
「少しいいかしら」
「いいよ」
クリスはペンを置いて、顔をエリーナに向けた。その視線にさらされるだけで頬が赤くなり、耳元に心臓があるぐらいバクバクと高鳴る。呼吸が浅くなり、緊張していると思うとさらに緊張する。それでもなんとか、言葉を絞り出した。
「あ、あのね。卒業パーティーのエスコートのことなんだけど、クリスにお願いしたいの」
心臓がうるさく、口の中が渇く。クリスの反応が怖くて、じっと祈るような思いでクリスの答えを待った。クリスは「そうだね」と少し迷うそぶりを見せてから、頷く。
「婚約者もいないし、僕がしたほうがいいだろうね」
婚約者の代わりと思われたようで、エリーナは慌てて否定する。
「ち、違うの。私はクリスがいいの。クリスにエスコートをしてほしいのよ!」
言い募るエリーナに、クリスは不思議そうな顔で小首を傾げた。欠片も気持ちが伝わっておらず、エリーナは羞恥をかなぐり捨てて恋する想いを口にした。
「だから、私は、私は……クリスが好きなの! 卒業パーティーはクリスといたいの!」
たどたどしく、エリーナは偽りのない想いを告白する。ロマンス小説や乙女ゲームのようなきれいな告白ではない。だが、これがエリーナの精一杯だ。
クリスは目を飛び出さんばかりに開いて固まっており、言葉を出すことができない。ここで想いの丈を訴えないと届かないと思い、エリーナはさらに畳みかけた。
「私はクリスを選んだの。クリスと一緒にいたいの!」
自分でも分かるぐらい顔が真っ赤だ。
「僕を……選んだの?」
信じられないといった表情でクリスは呟く。
「なんで? 僕は、違うのに。選ばれるはず、ないのに」
半ば無意識で口にした言葉からは、クリスが動揺しているのが伝わってくる。クリスはゆっくり立ち上がり、不安そうに眉根を下げて近づいて来た。エリーナは手の届く距離に立っているクリスをまっすぐ見つめる。
「私が選んだのよ。好きだって、気づいたのよ」
伝わってほしいと、願いをこめてもう一度口にする。何度口にしても気恥ずかしく、目を逸らさないだけで精一杯だ。
「嘘だ……それは、家族への信愛だよ。恋愛じゃない」
信じられないのか、信じたくないのか。クリスはそう否定した。エリーナは負けてたまるかと仁王立ちになり、想いの全てを込めて叫んだ。
「違うわ! 私だって、恋が何かを知ってる。みんなが、教えてくれたもの!」
想いを寄せてくれた四人だけではない。エリーナはそれぞれの形で恋をしている人たちを見てきた。
「殿下からは一途な想いを、ルドルフ様からは独占したいという想いを、ミシェルからはその人の笑顔のために動きたいという想いを、そしてラウル先生からは嫉妬の心を教えてもらったわ。もちろん、リズとベロニカ様からも人を愛することを……。それが全て当てはまるのは、クリスだけなのよ!」
一人一人からもらったピースが嵌っていくように、エリーナは恋を知った。その全てがクリスへとつながっていく。クリスはわなわなと震える唇で、夢うつつのように声を出す。
「本当に? 何かに強制されていないよね」
「なんでそんなに疑り深いのよ……」
「だって、信じられなくて」
そう泣きそうな顔になったクリスは壊れ物に触るように、そっとエリーナに手を伸ばした。エリーナが半分呆れた顔でその手を取れば、抱き寄せられる。頬にクリスの胸が当たり、その熱と鼓動の速さにクリスの心を知る。遅れてクリスが泣いていることに気づく。
「本当に、僕でいいの?」
涙交じりの声でなかなか信じようとしないクリスに、エリーナはとうとう溜息をついた。
「クリス以外は嫌よ。だから、クリスの答えを教えて」
そう伝えると、クリスはそっと体を離して涙を拭ってから、手を取ったまま跪いた。クリスの紅い髪が蝋燭の灯りに照らされて艶めく。上目遣いで見つめられれば、鼓動が早まり顔は熱を帯びる。
「エリー。愛しているの言葉では足りないくらい、君の全てを愛している。ずっと側で見てきて、何度も救われた。だから、これからは僕が守る。エリーがこの世界でずっと笑っていられるように」
そして愛おしむように手の甲に唇を落とし、立ち上がってもう一度エリーナを抱きしめた。エリーナはその心地よいぬくもりに身を預け、目を閉じる。クリスは優しく髪を撫でていた。
「エリー、ありがとう。絶対守るから……もう苦しませないから」
そう震える声で言葉を紡ぐクリスの頬を涙が伝う。二人は互いの熱と鼓動を感じ、幸せに浸るのだった。
3
お気に入りに追加
754
あなたにおすすめの小説
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
乙女ゲームの悪役令嬢になったから、ヒロインと距離を置いて破滅フラグを回避しようと思ったら……なぜか攻略対象が私に夢中なんですけど!?
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「イザベラ、お前との婚約を破棄する!」「はい?」悪役令嬢のイザベラは、婚約者のエドワード王子から婚約の破棄を言い渡されてしまった。男爵家令嬢のアリシアとの真実の愛に目覚めたという理由でだ。さらには義弟のフレッド、騎士見習いのカイン、氷魔法士のオスカーまでもがエドワード王子に同調し、イザベラを責める。そして正義感が暴走した彼らにより、イザベラは殺害されてしまった。「……はっ! ここは……」イザベラが次に目覚めたとき、彼女は七歳に若返っていた。そして、この世界が乙女ゲームだということに気づく。予知夢で見た十年後のバッドエンドを回避するため、七歳の彼女は動き出すのであった。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

【完結80万pt感謝】不貞をしても婚約破棄されたくない美男子たちはどうするべきなのか?
宇水涼麻
恋愛
高位貴族令息である三人の美男子たちは学園内で一人の男爵令嬢に侍っている。
そんな彼らが卒業式の前日に家に戻ると父親から衝撃的な話をされた。
婚約者から婚約を破棄され、第一後継者から降ろされるというのだ。
彼らは慌てて学園へ戻り、学生寮の食堂内で各々の婚約者を探す。
婚約者を前に彼らはどうするのだろうか?
短編になる予定です。
たくさんのご感想をいただきましてありがとうございます!
【ネタバレ】マークをつけ忘れているものがあります。
ご感想をお読みになる時にはお気をつけください。すみません。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

悪役令嬢がヒロインからのハラスメントにビンタをぶちかますまで。
倉桐ぱきぽ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私は、ざまぁ回避のため、まじめに生きていた。
でも、ヒロイン(転生者)がひどい!
彼女の嘘を信じた推しから嫌われるし。無実の罪を着せられるし。そのうえ「ちゃんと悪役やりなさい」⁉
シナリオ通りに進めたいヒロインからのハラスメントは、もう、うんざり!
私は私の望むままに生きます!!
本編+番外編3作で、40000文字くらいです。
⚠途中、視点が変わります。サブタイトルをご覧下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる