悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

文字の大きさ
上 下
120 / 194
学園編 18歳

114 温かい想いに気づきましょう 

しおりを挟む
 ルドルフに素直な想いを伝えてから一週間後、ローゼンディアナ家にはミシェルが訪れていた。怒涛のイベントラッシュにエリーナの気は休まらない。リズに少し愚痴れば、「クライマックスなので仕方がありません」と返ってきた。

 そのリズは数日前から学科の実技実習が行われており、侯爵家で侍女としての卒業試験を受けているらしい。その結果が上位の者は卒業パーティーで、侍女として仕事が与えられ箔がつくそうだ。絶対に卒業パーティーは生で見たいため、死ぬ気で頑張ると言っていた。

 と、リズのことを考えて現実逃避をしていたエリーナの顔を、ミシェルがじっと覗き込んだ。二人はサロンでお茶をしながら雑談をしていたのだ。カイルがクリスと商談をしており、ミシェルは付き添いで来ていた。

「ねぇ、僕の話聞いてた?」

「いえ、考え事をしていたので」

「だ~か~ら~。エリーナ様なんか変だよ。何があったの。商人の目はごまかせないよ!」

 会ってクリスとカイルが出て行くなり質問攻めにされたのだ。それを最初は躱していたものの、徐々に面倒くさくなって思考の空に飛んで行ってしまっていた。
 ごまかそうとするエリーナに対し、ミシェルは剣呑な表情で目を細める。これは相手をどう切り崩そうか思案している顔だ。

「エリーナ様……好きな人できたでしょ」

 一切オブラートに包まず、ミシェルは直球で勝負をしてきた。エリーナはある程度覚悟していたものの、体当たりを受けたような衝撃を覚えて「うっ」と小さく呻く。ついで顔に熱が集まってきた。心も体も嘘をつけない。

 その様子からありありと答えがわかったミシェルは、溜息をついてつまらなそうに顔を歪めた。

「一歩遅かったかぁ……どうせクリス様でしょ」

「ちょっ、どうして!」

 なぜそこまで分かるのと、見透かされているようで怖くなったエリーナは少し腰を浮かせた。前のめりになって、緊迫した表情をミシェルに向ける。

「やっぱり。さっきのクリス様を見るエリーナ様の目を見たら分かったよ。気づきたくなかったけどね」

 吐き捨てるように言うミシェルは、ふてぶてしい。いつもの可愛さのなかに忍ぶかっこよさがなく、ただ不機嫌な少年がそこにいた。十八になっても、彼はまだ幼く見える。

「待って、そんなに分かりやすいの?」

「さぁ。見る人が見たら分かるんじゃない?」

 とうとう返答が投げやりになっている。

「てことは、僕が卒業パーティーのエスコートに誘ってものってくれないよね」

「う、うん……申し訳ないけど」

 ルドルフと同じような状況なのに、あの時のような重苦しいものがなかった。それはひとえにミシェルの人柄によるものだろうが、ここまで違うかとエリーナは目を瞬いていた。それに、ミシェルはあまり残念そうには見えない。
 頬杖をついてジト目を向けてくるミシェルは、恨みがましく唇を尖らせた。

「悔しいなぁ。これが商売なら大赤字だよ。まぁ、後悔はしないけどね」

 そしてコロッと表情を強気な笑顔に変えて、頬杖を外してプリンクッキーに手を伸ばす。

「すでにエリーナ様の生活の大半は僕が作ったもので溢れているし、僕はこれからもエリーナ様にふさわしいものを作り続ける。僕が作ったものでエリーナ様を笑顔にできるんだ」

 そう言ってミシェルはプリンクッキーを口に放り込んだ。

「これは、クリス様にだってできないことだと、誇りに思っているよ」

 ニコニコと裏のありそうな笑みを浮かべているミシェルの言葉は、職人としてのもの。その言葉のとおり、今やエリーナの生活を彩るものはミシェルが開発したドルトン商会製のものばかりだ。特に布団と枕は手放せない。

「あとは、ドレスも手掛けられたら最高なんだけどな~。さすがの僕も、ドレスのデザインや裁縫は無理だからさ」

「さすがにそこまでは……」

「まぁ、これから何があっても、僕はエリーナ様のためにものを作り続けるよ」

 そう胸を張るミシェルを見たエリーナは、一度紅茶を飲んで気持ちを落ち着かせた。ミシェルは気丈に振舞っているが、寄せていた好意を断られたのだ。傷つかないはずがない。

(もし私がクリスに断られたら……)

 少し考えただけで胸がズキリと痛み、悲しみに襲われる。エリーナは表情を引き締め、背筋を正して真剣な目でミシェルの視線を受けた。

「あの、ミシェル……貴方の気持ちに応えられないのは、心苦しく思っているわ。でも、ミシェルの幸せを願っているから」

「気にしないでよ。そんなこと、言わなくていい」

 エリーナが頭の中からなんとか言葉を捻り出していると、ミシェルは言葉を遮った。そして呆れたような、ちょっと馬鹿にしたような表情を作る。

「エリーナ様は、恋愛初心者なんだから、そんな高等技術使おうとしなくていいの。エリーナ様は、自分に正直にいればいいんだよ。僕は、好きなものに一生懸命なエリーナ様を好きになったんだからさ」

 そう照れたように微笑むミシェルは少し大人に見えて、エリーナは口を閉じて頷いた。

「あ、でも卒業パーティーで一緒に踊ってくれるよね。三回くらい踊って、縁を強く太くしておかないと。クリス様に切られないように」

 そう冗談めかして軽口を叩くミシェルに、エリーナはくすくすと笑い声を上げた。この距離感が心地よい。

 そしてほどなく上機嫌のクリスとげっそりしたカイルが戻ってきて、ミシェルはカイルと共に帰っていった。帰り際にカイルがエリーナを難しそうな顔で見てきたため、気になってクリスに問いかける。

「ねぇ、カイルさんと何を話したの?」

 カイルの様子から、どうも自分に関係がありそうだと察したのだ。それに対してクリスはおもしろそうに喉の奥で笑って返す。

「卒業パーティーのドレスに合わせるアメジストをね。今までで一番大きなものにしたくて、ちょっと無理を言ったんだ」

 エリーナは今持っているアメジストのネックレスを思い浮かべ、さぁっと血の気が引いた。今持っているのだってなかなかの大きさと品質だ。何十年に一度掘り当てられかという代物と聞いている。それを超えるものを、あと一か月と少しで用意させる。

「クリス……それは悪魔の所業だわ」

 さすがに引いたエリーナが顔を強張らせて呟けば、クリスはツボに入ったのか笑いを噛み殺していた。

「しかも、最高級のカットまで要求したから、もう魔王だと思うよ」

「魔王って……洒落にならないわね」

「一部では僕のことをそう思っている人がいるみたいだし、そこは期待に応えないと」

 一部のうち一人はサリーである。エリーナはサリーが時々クリスのことを魔王様と呼んでいることを知っていたため、なんとも言えない微妙な笑みを浮かべた。

「じゃぁ私は何? 勇者?」

 物語で魔王と言えば勇者がいる。言ってから魔法使いでもいいなと思った。そしてクリスは含みのある笑い方をして、愉快そうに答える。

「エリーは僕が大事に育てたお姫さまだよ。それで、取り戻しにくる勇者を追い払って楽しんでる」

「ひどい魔王ね」

「魔王だからね」

 リズムよく言い合った二人は同時に噴き出すと、笑い合う。エリーナは笑うクリスを見て、胸が温かくなるのを感じた。

(こうやって一緒にいられるだけで、こんなに楽しくて幸せになるのね)

 以前ミシェルは好きという気持ちについて「胸が温かくなって、その人が幸せなら自分も幸せで笑っていてほしいって思う」と言っていた。その気持ちに気づいたエリーナは、どんどん深みにはまっていく自分に戸惑いに似た表情を浮かべたのだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

乙女ゲームの悪役令嬢になったから、ヒロインと距離を置いて破滅フラグを回避しようと思ったら……なぜか攻略対象が私に夢中なんですけど!?

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「イザベラ、お前との婚約を破棄する!」「はい?」悪役令嬢のイザベラは、婚約者のエドワード王子から婚約の破棄を言い渡されてしまった。男爵家令嬢のアリシアとの真実の愛に目覚めたという理由でだ。さらには義弟のフレッド、騎士見習いのカイン、氷魔法士のオスカーまでもがエドワード王子に同調し、イザベラを責める。そして正義感が暴走した彼らにより、イザベラは殺害されてしまった。「……はっ! ここは……」イザベラが次に目覚めたとき、彼女は七歳に若返っていた。そして、この世界が乙女ゲームだということに気づく。予知夢で見た十年後のバッドエンドを回避するため、七歳の彼女は動き出すのであった。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

処理中です...