悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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学園編 18歳

93 会食に挑みましょう

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 前菜から始まる王宮の料理は絶品であり、エリーナが「おいしい」と目を丸くして感想を零せば、王は目を細めて微笑んだ。

「お口に合ったようで何よりだ」

 エリーナは食前酒を遠慮したが、他の三人はワインを飲みながら歓談している。

「陛下、本日はこのような光栄な機会を頂き誠にありがとうございます」

「二人の話はジークから聞いていたからな。前から会ってみたいと思っていたのだよ。特にローゼンディアナ伯はこの国に大きく貢献してくれたからな」

「いえ、滅相もありません」

 クリスは朗らかに微笑み、話を進めていく。陛下は壮健で風格があり、それでいて気さくに話している。親しみを持ちやすいところはジークが似たのかもしれない。そして王はエリーナをじっと見つめており、その視線に気づいたエリーナは気まずそうにそっと顔を上げた。

「……あの、何か粗相をいたしましたでしょうか」

 手元に細心の注意を払いつつ尋ねれば、王は首を横に振って小さく笑った。

「いやすまないな。あまりにもセレナに似ていて、懐かしく思ったのだ。王妃付きではあったが、来賓の接待の席によくいたため印象に残っている」

 王は目を細め、エリーナに母セレナの面影を見ているようだった。

「そうだったんですね」

 母に似ていると言われて嫌な気はしない。特に祖父は、母親そっくりに育つエリーナを見て嬉しそうに甘やかしてくれたことを覚えている。そして話は変わり、食事も進んでいく。話が学園のことになった時、ふと王がエリーナに話を向けた。

「学園でジークが迷惑をかけていないか」

 濃い青色の瞳を向けられ、エリーナは手元に意識を残したまま答える。音一つ立てたくない。

「いえ、とてもよくしてくださっております。わたくしには恐れ多いぐらいですわ」

「そうか」

 陛下は嬉しそうに頷き、ワイングラスをテーブルの上に置いて鋭い視線を向けた。

「ベロニカ嬢との仲も良好と聞く。ジークも気に入っておるし側妃として王室に入らんか」

 その瞬間空気が変わった。エリーナは首元に鎌をかけられたような緊迫感を感じ、喉元が閉まる。

「ち、父上。その話は……」

 慌ててジークが陛下に顔を向けて何かを言おうとしたところに、クリスがワイングラスをテーブルに音を立てて置いた。

「陛下、少々気がお早いのではございませんか。エリーナの結婚については本人の意思を尊重し、こちらで決めます」

 ピリッとした空気が隣から迸っていた。

(陛下にそんな強気な態度で大丈夫なの!?)

 クリスは微塵も王から目を逸らさず、堂々と言い切った。それを受け、王は声を上げて笑い軽く手を振る。

「そう警戒するな。ご令嬢があまりにも美しいから誰かに取られぬうちにという親心だ。だが気に入ったのは本当だ。ジークが駄目なら弟の方でもいいぞ」

 そう冗談めかして笑う王に、エリーナはぎこちない笑みを浮かべていた。どれほど演技力があってもこの状況で美しく笑えない。第二王子は今年で十一歳。エリーナとの年の差は七歳であり、そんな年下と結婚など考えられない。何より、隣のクリスから静かな怒りを感じてもう食事どころではない。せっかくデザートにプリンが出たのに、スプーンが震えないようにするのに必死で味わえない。

「父上。その件については手出し無用に願いたい。女性一人落とせぬようでは、男として名折れですから」

 ジークが口調を強めて言えば、王はますます愉快そうに笑った。
 そして当たり障りのない話が交わされていき、エリーナが食べ終わったのを見てジークが口を開く。

「父上。王宮の庭園をエリーナに見せてきてもよろしいですか」

「かまわん。若者同士の方がよいだろう」

 エリーナはクリスを一人残して大丈夫かとその顔を見れば、いってらっしゃいと微笑まれた。王と二人っきりでも平気な度胸を分けて欲しい。エリーナは丁寧に礼を取り、ジークにエスコートをされて部屋を後にする。


 王宮の庭園はまさに花盛りで、特に薔薇園は圧巻である。色とりどりの薔薇が植えられ、アーチもある光景にエリーナは目を奪われた。

「まぁ、なんてきれいなの」

「エリーナは、ああいう硬い場よりは庭園の方がいいだろう」

 そう意地悪な笑みを浮かべるジークと目を合わせ、エリーナは肯定するようにクスクス笑った。二人とも気が抜けて、学園で会うような気安い雰囲気になる。

「陛下とお食事を一緒にすることになるなんて思いませんでしたわ」

「俺の誕生祭で姿を見た時から、時間があれば会いたいと話していたんだ。王宮で古株になる侍女たちの中にはセレナ殿のことを知っている人も多く、エリーナを見ると嬉しそうにしているよ」

 セレナは城勤めが長く、王妃付きとして重宝され王女が生まれてからは、王女付きとしても働いていた。他方で来賓の接待の席にも駆り出されていたため、顔が広かったのだ。

「そうだったんですね」

 エリーナがその目でセレナを見たことはなかったが、色々な人の記憶の中で生き続けているのだろう。そのことになんだか嬉しくなる。
 するとジークが足を止めて、エリーナをじっと見つめてきた。エリーナは見上げてその視線を受け、小首を傾げる。言いあぐねているような、気難しい顔をしていた。

「エリーナ。その……お前は、どれぐらい父親について知っているんだ?」

「何も知りませんわ。ただ、私の瞳は紫なので南の国の方なのかなと思っておりますが」

「そうか……」

 そしてそれっきりジークは黙り込んでしまった。

「わたくしは別に父親が誰でも気にしませんわ。興味がありませんもの」

 気を遣わせてしまったのかと、エリーナはそう微笑んで言葉をかける。

「エリーナは強いな……なぁ、最後に一度だけ訊く。俺の側妃として王室に入りたいと少しでも思っているか」

 ジークの表情は真剣で声音は硬い。そのため、自然とエリーナも真面目な表情になって決まりきった言葉を返した。

「いいえ。ベロニカ様は案外寂しがりで一途なんですよ? ベロニカ様だけを愛してください」

「……そうだよな」

 その声はどこか寂し気で、だが芯のある声だった。そして複雑な笑みを浮かべ、ジークは再び歩き出した。


 その頃、王と話をしていたクリスは居住まいを正してあることを切り出していた。クリスの結婚話や政治について話が及んだ先のことである。

「陛下の寛大さに甘んじて一言申し上げたいことがございます」

 大胆にも具申するクリスに、王は柔らかな笑みを浮かべて続きを促した。

「よい。話してみろ」

「では僭越ながら、学園で教員を務めておられるラウル殿について申し上げたいことがございます。彼は元ゴードン伯爵家の令息でしたが、ゴードン伯爵は無実の罪でその地位を追われたと聞いております」

 王は難しい顔で顎髭を撫で、鋭い視線をクリスに向けている。

「ラウル殿は歴史に明るく、この国の発展に大きく寄与できる方です。しかし爵位が無いため満足のいく研究ができないこともあると聞きます。そのため、私はその事件を再調査することを具申します」

 王はクリスの言葉を吟味するようにしばらく目を閉じ、その後クリスを正面から見据えた。

「ゴードン伯爵は有能な大臣だった。あの事件を止められなかった余にも責はある。聞き届けよう」

「感謝いたします」

「よい。若者が国を思ってくれるほど嬉しいことはない」

 王は上機嫌で笑い、場はまた和やかな歓談へと戻っていく。そしてジークとエリーナが戻ったところで会食はお開きとなり、クリスとエリーナは深く丁寧な礼を取って政務へと戻る王とジークを見送ったのだった。




 そして玉座へと戻った王は、側近を呼び寄せて耳打ちする。

「ローゼンディアナ伯の身元を調べろ」

 そう命じた王の表情はほの暗く、その目は獲物を狩るような獣の目をしていた。
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