悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

文字の大きさ
上 下
73 / 194
学園編 17歳

70 王女様対策を練りましょう

しおりを挟む
 シャーロットが学園で過ごすようになって二週間が経った。エリーナはなぜか王女に気に入られ、放課後や休日を一緒に過ごすようになった。観光地巡りや観劇、買い物と、護衛のエドガーと共に付き添う。本来の案内役であるベロニカとはそりが合わなかったようだ。

 そして常にジークにくっついて回り、親密さを見せつけるように振舞っている。ジークも曖昧に笑ってつきあっているため、ますます増長していた。その様子からベロニカとの婚約を破棄してシャーロットを正妃に迎えるのではという妙に真実味のある噂が流れ始め、ベロニカに反感を持っていた令嬢たちによって瞬く間に広まっていったのだった。

 そんな中、ベロニカは珍しく学園を休んだ。エリーナは令嬢たちが根も葉もない噂をするのを不快に思いながら、心配になる。そして、ベロニカが倒れたとを聞いたのは、その日の放課後だった。


 家に帰り、クリスから話を聞いたエリーナは、制服のまま馬車に飛び乗って公爵家に向かった。クリスには日を改めたほうがいいと言われたが、居ても立っても居られなかったのだ。
 公爵家の侍女に案内され、ベロニカの部屋を訪れる。彼女によると学校は大事をとって休んだだけで、本人は元気らしい。ドアが開くなり、中に飛び込んだ。

「ベロニカ様!」

「……うるさいわよ」

 ベロニカが横たわっているベッド際へと駆け寄る。彼女はふかふかのクッションに背を預け、半身を起こしていた。その手には小説があり、暇つぶしに読んでいたのだろう。

「お体は大丈夫なのですか!?」

 エリーナは部屋着姿のベロニカを隅々まで見る。ゆったりとした服を着ており、つい豊かなふくらみに目が行ってしまった。

「平気よ……ちょっと疲れが出ただけなのに、周りが騒ぐから」

 エリーナはベッドの側にある椅子に腰かけ、安堵の息をついた。思ったより元気そうで安心する。

「そうだったんですね……」

 ベロニカはベッドから起き上がり、窓際にあるテーブルセットへ向かう。侍女がすぐにお茶の準備をし、エリーナもそこに座った。

「こんな格好でごめんなさいね。今日はゆっくりしようと思って」

「いえ……わたくしこそ突然押しかけて申し訳ありませんでした」

 紅茶を淹れる音が響き、香りが立つ。

「いいのよ。暇をしていたところだしね……」

 そして紅茶をすすりながらベロニカが話すには、シャーロットの一件で上位貴族が騒ぎ出し、その対応に追われていたらしい。しかも以前エリーナにからんできた侯爵令嬢の一派が息を吹き返し、あちこちであらぬ噂を広げるためその火消しに躍起になっていたのもある。心身ともに疲労していたところに、夜気に当てられたそうだ。

「殿下……許すまじですわ」

 ベロニカの苦労話を聞いたエリーナの結論がそれだった。シャーロットにも非はありまくるが、それを許しベロニカに負担をかけているジークが許せなかった。

「……弱いものね。ずっと殿下の婚約者として振舞って気を張ってきたけれど、無意味になるかもしれないと思うとやりきれなくて」

「ベロニカ様……」

 弱気なベロニカは眉尻を下げて、自嘲を口元に浮かべた。

「馬鹿よね。リズに言われたとおりよ。素直にジークを引き留められたらどれだけいいか」

 今日のベロニカはやけに素直だ。体が弱っていることもあって、気が弱くなっているのだろう。

「なんだかんだ言って、殿下のことを想っていらしたんですね……」

 リズとベロニカから鈍いと言われているエリーナだって、この間の反応を見ればそれぐらいは分かる。そう口にすると、ベロニカは悲しそうに頷いて視線を窓辺に飛ばした。出窓にはドライフラワーが飾ってあり、小さな花たちが可愛らしく身を寄せ合っている。

「それなりにはね……でも、本気で愛することはできないわ。だって、この結婚に心を寄せたら苦しむのは目に見えているもの。残念ながら、側妃が増えそれを許せるほど心は広くないのよ。その人を愛するなら、私だけを愛してほしい。そういうものでしょう?」

 率直に気持ちを表現したベロニカの言葉は、エリーナの胸にすんなり入った。愛するなら、私だけを愛してほしい。そのささやかな願いのために、多くの悪役令嬢が散っていった。
 エリーナは決意を込めた瞳を向けて、テーブルの上に置く手を握る。このままではいられない。

「ベロニカ様。ダブル悪役令嬢をしましょう」

「は?」

「シャーロット様がこちらに嫁ぎたくないと思わせればいいんですよ」

 ベロニカからは先ほどの憂いを帯びた表情が消え、冷え冷えとした視線を向けている。

「不敬罪で裁かれるわよ」

 何といっても相手は他国の王女だ。格下の令嬢をいびるのとはわけが違う。エリーナも今までさんざん悪役令嬢として権力を振りかざし、さらなる権力によって断罪されてきた。その恐ろしさは身に染みて理解している。だがエリーナだって考えなしに口にしているわけではない。ゲームのシナリオでは、ヒロインが嫉妬し独占欲を出せば王女は引き下がる。それを利用すればいいのだ。だが、考えたのはそこまでであり……。

「そのあたり、ベロニカ様なら上手くしてくれるかなって」

 潔くエリーナは丸投げし、ベロニカは額に手を当てる。そしてしばらく考えた後、エリーナに視線を向けて諦めたように言葉を返した。

「なんとかしてみるわ……手を回しておくけれど、別に貴女も矢面に立つ必要はないのよ?」

 悪役令嬢として振舞うぐらいベロニカ一人でもできる。エリーナは正式に側室に決まっているわけでもなく、首を突っ込む必要はないのだ。
 だがエリーナはムッとした表情をして、身を乗り出した。

「ベロニカ様が困っているのに、助けない友達がいますか? それに、ベロニカ様と一緒に悪役令嬢ができるなんて、そんな機会逃せるはずがありません!」

 ベロニカに初めて会って師匠と仰いだ時から、いつかは共演したいと思っていたのだ。例の侯爵令嬢の一件があってから、ますますその気持ちは強まっていた。

「……本音は後半でしょ」

「まさか、ちゃんと助けたいって思ってますよ」

 ならいいけどと、溜息をついたベロニカと悪役令嬢劇場のシナリオを練っていく。二人とも重度のロマンス小説好きであり、参考にできるシーンはいくらでもある。そうやって出来上がったシナリオに、二人は悪だくみを心待ちする笑みを浮かべ、実行の日取りを決めたのだった。

 そして帰り際に、エリーナは晴れ晴れとした笑みをベロニカに向ける。

「あ、ベロニカ様……殿下にもちゃんと言うことは言うので安心してくださいね」

「ちょっと、何をするつもりなの」

「ベロニカ様の友人として、少しお話をするだけですよ」

 そんな不穏な言葉を残して、エリーナはオランドール公爵家を後にしたのだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

乙女ゲームの悪役令嬢になったから、ヒロインと距離を置いて破滅フラグを回避しようと思ったら……なぜか攻略対象が私に夢中なんですけど!?

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「イザベラ、お前との婚約を破棄する!」「はい?」悪役令嬢のイザベラは、婚約者のエドワード王子から婚約の破棄を言い渡されてしまった。男爵家令嬢のアリシアとの真実の愛に目覚めたという理由でだ。さらには義弟のフレッド、騎士見習いのカイン、氷魔法士のオスカーまでもがエドワード王子に同調し、イザベラを責める。そして正義感が暴走した彼らにより、イザベラは殺害されてしまった。「……はっ! ここは……」イザベラが次に目覚めたとき、彼女は七歳に若返っていた。そして、この世界が乙女ゲームだということに気づく。予知夢で見た十年後のバッドエンドを回避するため、七歳の彼女は動き出すのであった。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

処理中です...