悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

文字の大きさ
上 下
72 / 194
学園編 17歳

69 王女様を接待しましょう

しおりを挟む
 エリーナは困惑していた。休日前の放課後、帰ろうとしたところに例のシャーロット王女に肩を掴まれたからである。

「ねぇ、エリーナ。聞いたわよ。貴女、殿下の側室候補の上に、あのプリンクッキーを生み出したカフェ・アークに顔が利くんですってね。明日、私をカフェに連れていきなさい」

「は、はい」

 明日が命日になるかもしれない。エリーナは内心大変なことになったと固まったのだった。


 そして翌日、エリーナは虚ろな目でシャーロットの豪華な馬車に揺られていた。さすが王族の馬車。揺れは少なくクッションは最高級で、体に負担が少ない。上座に座るシャーロットは護衛のエドガーにお茶を淹れてもらい、くつろいでいた。薄紫の洒落たドレスで、胸周りを彩るフリルに目が行ってしまう。

「エリーナ。そんな緊張しなくてもいいのよ。いじめたりなんかしないわ」

「そ、そんなこと考えておりません」

 ふ~んと意地悪っぽく微笑を浮かべたシャーロットに、エリーナはおずおずと口を開く。

「その、案内役はベロニカ様と伺っておりましたので、わたくしでよいのか不安になっておりました」

 王女が王都に滞在する間、案内はベロニカがすることになっていた。それが王女の一声で代えられたのだ。
 シャーロットはおもしろくなさそうに鼻を鳴らし、茶器をエリーナの隣に座るエドガーに渡してすまし顔で答えた。

「あんな高飛車そうな女嫌だわ。それに、正妻は二人もいらないでしょう? ねぇ、エリーナ。側室に入りたいなら、わたくしと組まない?」

 そう話を持ち掛けるシャーロットにエリーナが言葉を返そうとする前に、エドガーが口を挟んだ。

「シャーロット様。お戯れはそのあたりになさってください」

「あらエドガー、何か不満でも?」

「いえ……エリーナ様が困惑されておりますので」

 棘のある言葉に対し、頭を下げてエドガーは答える。ベロニカによると、彼はエドガー・ベンゼン侯爵家の次男で、シャーロットとは幼馴染らしい。幼い時から騎士として側に仕えており、護衛から身の回りまですべてをこなしているそうだ。

「あの、わたくしは側室に入るつもりはございませんので……」

「あらそうなの? まぁいいわ。今日はジーク様のことを色々と教えてもらうから、いいわね」

「は、はい!」

 エリーナが断れるはずもなく、重圧に気持ちが悪くなる中カフェ・アークに着いたのだった。


 カフェ・アークは南の国の王女が来訪するということで、店の奥を衝立で区切り簡易的な個室が作られていた。エドガー以外にも護衛は三人おり、彼らを引き連れて店内に入れば衆目を集める。エリーナは心を無にして奥へと進んでいった。

「いいお店ね」

「はい、わたくしもよく通わせていただいております」

 テーブルを挟んでエリーナとシャーロットが座り、彼女の後ろにエドガーが立つ。

「まぁすごい。ココナッツプリンがあるわ」

 メニューを見ていたシャーロットが目を丸くする。クリスが指示したココナッツプリンはもともと事前にレシピを完成させていたこともあり、すぐメニューに並んだ。

「今回王女殿下の来訪のおり、多くの特産品が持ち込まれたためですわ。ココナッツの香りと味わいがおいしいと評判なんです」

「そう、なんだか嬉しいわね」

 そう目を細め、メニューを閉じた。

「メニューにあるプリンを一つずつちょうだい」

 今アークで出されているお嬢様シリーズのプリンは、普通のプリン、クレームブリュレ、ココナッツプリン、プリン・アラモードの4つだ。エリーナなら軽々と食べられるが……

「シャーロット様、頼み過ぎではございませんか? 本日は晩餐会もございますし」

 案の定エドガーがそう苦言を呈するが、シャーロットは肩越しに彼を見上げると含んだ笑みを見せる。

「あら、エドガーも食べるでしょ?」

「え、あ……はい」

 それに対し、一瞬虚を突かれた顔をしてから、少し赤くしてエドガーは頷いたのだった。それを意外そうに見てから、エリーナはココナッツプリンとクレームブリュレを頼む。

「エドガー、突っ立てないでここに座りなさい。後ろにいられると邪魔だわ」

「いえ、しかし……」

「どうせ貴方も食べるんだし、外から見えないから大丈夫よ。護衛は向こうに三人もいるしね」

 エドガーは少し躊躇するが、シャーロットがもう一度促すと申し訳なさそうに二人の間に用意された椅子に座った。実のところエドガーはシャーロットの護衛だが、彼自身は侯爵位を持っているためそこまで下手に出る必要はない。だが、長年騎士であり従者として振舞ってきた癖なのだろう。

「エドガー様は、甘いものがお好きなのですか?」

 エリーナの周りの男性は甘いものが得意ではない人が多い。幸せそうに食べるエリーナに自分の分を差し出して、コーヒーを飲んでいるからだ。唯一ミシェルは「一口ちょうだい」とスプーンを伸ばしてくるが。

「あ……はい。嫌いではありません」

 エリーナに話しかけられ、歯切れの悪くそう答える。それをシャーロットは横目で見た。

「何言ってんの。大好きでしょう? この店の情報も、貴方が知ってたんじゃない」

「いえ……それは、侍女たちが……」

「今更隠さなくてもいいわよ」

 二人のやりとりからは親しさが感じられ、エリーナはつい頬を緩める。「はい」と小さく呟いたエドガーは、恥ずかしそうにしていた。

 ほどなく注文したプリンたちが来て、シャーロットは一つずつ味見をしていく。どれも一口食べては、隣に座るエドガーにあげていた。

「おいしい。プリンってこんなにおいしくなるのね。ココナッツプリンも国のレベルと同じだわ」

 目を丸くして驚いており、合格点のようだ。本場の人に食べてもらうのは緊張する。エリーナもいつもの味に満足しており、ブリュレの濃厚な味わいを堪能していた。

「ねぇ、エリーナ。最初に会った時から気になっていたのだけど、貴女親族にニールゲル王国の方がいるの? この国で紫の瞳は珍しいでしょう」

 紅茶を飲みながら、シャーロットは唐突にそう尋ねた。深い意味のない素朴な疑問のようだ。

「え……はい、たぶん。父がニールゲル王国に縁があるのだと思います」

 その曖昧な答え方に、

「ごめんなさい。立ち入っていい話じゃなかったのね」

 とシャーロットが少し表情を曇らせたため、エリーナは慌てて言葉を足す。

「いえ、まったく! わたくしも分からないので、曖昧な言い方になり申し訳ありません」

「そうなの……本当にいい色だと思うわ」

 そう言って微笑むシャーロットの瞳はすみれ色で美しい。そして彼女はニコッと口角を上げてこう続けた。

「さて、ジーク様について色々教えてもらうわよ」

「は、はい!」

 背筋を伸ばすエリーナに対し、エドガーは表情を曇らせる。そしてエリーナが解放されたのは、たっぷり二時間質問攻めにされた後だった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

21時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

気だるげの公爵令息が変わった理由。

三月べに
恋愛
 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したリーンティア。王子の婚約者にはまだなっていない。避けたいけれど、貴族の義務だから縁談は避けきれないと、一応見合いのお茶会に参加し続けた。乙女ゲーのシナリオでは、その見合いお茶会の中で、王子に恋をしたから父に強くお願いして、王家も承諾して成立した婚約だったはず。  王子以外に婚約者を選ぶかどうかはさておき、他の見合い相手を見極めておこう。相性次第でしょ。  そう思っていた私の本日の見合い相手は、気だるげの公爵令息。面倒くさがり屋の無気力なキャラクターは、子どもの頃からもう気だるげだったのか。 「生きる楽しみを教えてくれ」  ドンと言い放つ少年に、何があったかと尋ねたくなった。別に暗い過去なかったよね、このキャラ。 「あなたのことは知らないので、私が楽しいと思った日々のことを挙げてみますね」  つらつらと楽しみを挙げたら、ぐったりした様子の公爵令息は、目を輝かせた。  そんな彼と、婚約が確定。彼も、変わった。私の隣に立てば、生き生きした笑みを浮かべる。  学園に入って、乙女ゲーのヒロインが立ちはだかった。 「アンタも転生者でしょ! ゲームシナリオを崩壊させてサイテー!! アンタが王子の婚約者じゃないから、フラグも立たないじゃない!!」  知っちゃこっちゃない。スルーしたが、腕を掴まれた。 「無視してんじゃないわよ!」 「頭をおかしくしたように喚く知らない人を見て見ぬふりしたいのは当然では」 「なんですって!? 推しだか何だか知らないけど! なんで無気力公爵令息があんなに変わっちゃったのよ!! どうでもいいから婚約破棄して、王子の婚約者になりなさい!! 軌道修正して!!」  そんなことで今更軌道修正するわけがなかろう……頭おかしい人だな、怖い。 「婚約破棄? ふざけるな。王子の婚約者になれって言うのも不敬罪だ」  ふわっと抱き上げてくれたのは、婚約者の公爵令息イサークだった。 (なろうにも、掲載)

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~【長編】

暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」 高らかに宣言された婚約破棄の言葉。 ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。 でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか? ********* 以前投稿した小説を長編版にリメイクして投稿しております。 内容も少し変わっておりますので、お楽し頂ければ嬉しいです。

処理中です...