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学園編 17歳
62 小動物を愛でましょう
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今年も社交のシーズンが始まり、去年より増えた夜会への参加に疲れを感じ始めた頃。エリーナは昼休みをいつもの庭園で過ごしていた。花の香りを感じ、風に吹かれながらベンチでぼんやりとする。最近は色々な人相手に猫を被ってきたので、たまには無でいたい。しかも夜会では高頻度でルドルフとジークに会うため、気が抜けない。
ルドルフはその紫の目に熱を込め、言葉巧みにエリーナを口説く。
「貴女のアメジストの瞳に私が映っているのを見ると、まるで一つになったようだ。エリーナとの共通点である紫の目を、これほど嬉しいと思ったことはない。幸せは私が保証するから、この手を取ってくれないか?」
だがエリーナはその手を取ることはない。ただ曖昧に笑って、「他の方に声をかけてください」と返すことしかできなかった。
一方のジークは時たま弱音を吐いて、甘えるようになった。かと思えば強気な瞳で見つめられ、直球で愛の言葉を投げられる。
「エリーナ。俺はお前さえ手に入ればいいんだ。俺を信じてくれ、誰よりもお前を幸せにする」
だが、どれだけ思いを訴えかけられても、悲しいまでにエリーナの心は動かない。「ベロニカ様を大切にしてください」と、ベロニカを盾にして逃げていた。
最初は困ったらベロニカが助けてくれていたが、最近は恋の修行よと口を出さなくなっていた。甘い言葉を囁き、言質を取ろうと虎視眈々と狙っている二人には悪役令嬢モードも効かず、限界が来てはベロニカの下に逃げ込むのだ。その度に、「エリーナにはまだ早いか」と呆れ顔で溜息をつかれる。
(なんでヒロインはあの糖度の高い言葉を笑って流せるのかしら……恥ずかしすぎて聞いていられないわ)
リズとベロニカの言う乙女レベルがどれぐらいになればヒロインの領域に到達できるのか全くわからない。まだまだ続く夜会と茶会に憂鬱になっているエリーナの耳に、土を踏む音が届いた。
「エリーナ様発見!」
子どもっぽい弾んだ声はミシェルで、振り返ったエリーナは彼が両手で包むように持っているものに目を瞬かせた。
「え……子猫?」
白い子猫はミャオと可愛らしく鳴いており、生まれて間もないように見える。
「そー。校舎の裏で鳴いてたんだよ。親も近くにいないし、育てようかと思って」
可愛いよねと目を細めて笑うミシェルこそ可愛らしい。ジークとルドルフという肉食獣に心を苛まれた後のため、ミシェルが可愛い愛玩動物に思えてきた。
(小動物みたいで癒されるわ)
和むわと微笑ましく見ていたら、何? とミシェルは首を傾げた。それがまた可愛らしい。
ミシェルはエリーナの隣りに座り、エリーナの膝の上に子猫をそっと置いた。ミャオミャオとじたばたするのがまた可愛らしい。
「可愛いわね」
子猫の青いクリクリした目に心臓を射抜かれ、頬が緩む。すくい上げるように持てば、温かさと柔らかさに胸が高鳴った。
「でしょう? 可愛いから、エリーって名付けようと思ってるんだ」
「え?」
いつも通りのちょっと抜けたような話し方で、さらっと聞き捨てならない名前を口にしていた。
「この子も可愛いし、エリーナ様も可愛いしぴったりでしょ?」
「何がぴったりなのか、全く分からないわ」
子猫は可愛いが、知らないところで自分の愛称で呼ばれると考えるとなんだか嫌だ。
「いつもエリーナ様と一緒のようで、いい考えだと思うんだけど」
「やめて、お願いだから別の名前にしましょ」
ミシェルは可愛い顔と口調で時に怖いことを平気で言う。
「じゃぁ、エリーナ様が決めてよ」
むぅと唇の先を尖らせているが、今は全く可愛くない。なんとかエリーだけは回避しなくてはと、今までの人生で出会った名前を思い出していく。子猫は女の子なので、この際ヒロインの名前を挙げていくことにした。
「マリー、セリナ、クロエ、シェリー」
「もっと可愛い名前はないの?」
「……ルルは?」
注文をつけられ、少し投げやりに答えるとミシェルはパッと顔を輝かせた。彼の琴線に触れたらしい。
「それにする。ルル、パパとママだよ~」
「ちょっと、さりげなく私を母親にするのはやめなさい」
やはり攻略キャラだけあって油断はできない。ミシェルは無邪気に笑っているが、最近はこの笑顔の裏で何か企んでいるのではとヒヤリとすることがある。
(せめてミシェルは和ませ癒しキャラでいてほしいわ……)
そんなことをつらつら思いながら、指にすり寄って甘えてくる子猫に癒され昼休みを過ごしたのだった。
そして後日、リズにこの一件を話したところ癒しイベントの一つですと返ってきた。エリーの名前を許可すると、今後ミシェルの家に行った時に子猫をエリーと呼んで可愛がるシーンが見られるそうだ。そんな羞恥プレイたまるかと、エリーナは違う名前にしたことに強く安堵するのだった。
ルドルフはその紫の目に熱を込め、言葉巧みにエリーナを口説く。
「貴女のアメジストの瞳に私が映っているのを見ると、まるで一つになったようだ。エリーナとの共通点である紫の目を、これほど嬉しいと思ったことはない。幸せは私が保証するから、この手を取ってくれないか?」
だがエリーナはその手を取ることはない。ただ曖昧に笑って、「他の方に声をかけてください」と返すことしかできなかった。
一方のジークは時たま弱音を吐いて、甘えるようになった。かと思えば強気な瞳で見つめられ、直球で愛の言葉を投げられる。
「エリーナ。俺はお前さえ手に入ればいいんだ。俺を信じてくれ、誰よりもお前を幸せにする」
だが、どれだけ思いを訴えかけられても、悲しいまでにエリーナの心は動かない。「ベロニカ様を大切にしてください」と、ベロニカを盾にして逃げていた。
最初は困ったらベロニカが助けてくれていたが、最近は恋の修行よと口を出さなくなっていた。甘い言葉を囁き、言質を取ろうと虎視眈々と狙っている二人には悪役令嬢モードも効かず、限界が来てはベロニカの下に逃げ込むのだ。その度に、「エリーナにはまだ早いか」と呆れ顔で溜息をつかれる。
(なんでヒロインはあの糖度の高い言葉を笑って流せるのかしら……恥ずかしすぎて聞いていられないわ)
リズとベロニカの言う乙女レベルがどれぐらいになればヒロインの領域に到達できるのか全くわからない。まだまだ続く夜会と茶会に憂鬱になっているエリーナの耳に、土を踏む音が届いた。
「エリーナ様発見!」
子どもっぽい弾んだ声はミシェルで、振り返ったエリーナは彼が両手で包むように持っているものに目を瞬かせた。
「え……子猫?」
白い子猫はミャオと可愛らしく鳴いており、生まれて間もないように見える。
「そー。校舎の裏で鳴いてたんだよ。親も近くにいないし、育てようかと思って」
可愛いよねと目を細めて笑うミシェルこそ可愛らしい。ジークとルドルフという肉食獣に心を苛まれた後のため、ミシェルが可愛い愛玩動物に思えてきた。
(小動物みたいで癒されるわ)
和むわと微笑ましく見ていたら、何? とミシェルは首を傾げた。それがまた可愛らしい。
ミシェルはエリーナの隣りに座り、エリーナの膝の上に子猫をそっと置いた。ミャオミャオとじたばたするのがまた可愛らしい。
「可愛いわね」
子猫の青いクリクリした目に心臓を射抜かれ、頬が緩む。すくい上げるように持てば、温かさと柔らかさに胸が高鳴った。
「でしょう? 可愛いから、エリーって名付けようと思ってるんだ」
「え?」
いつも通りのちょっと抜けたような話し方で、さらっと聞き捨てならない名前を口にしていた。
「この子も可愛いし、エリーナ様も可愛いしぴったりでしょ?」
「何がぴったりなのか、全く分からないわ」
子猫は可愛いが、知らないところで自分の愛称で呼ばれると考えるとなんだか嫌だ。
「いつもエリーナ様と一緒のようで、いい考えだと思うんだけど」
「やめて、お願いだから別の名前にしましょ」
ミシェルは可愛い顔と口調で時に怖いことを平気で言う。
「じゃぁ、エリーナ様が決めてよ」
むぅと唇の先を尖らせているが、今は全く可愛くない。なんとかエリーだけは回避しなくてはと、今までの人生で出会った名前を思い出していく。子猫は女の子なので、この際ヒロインの名前を挙げていくことにした。
「マリー、セリナ、クロエ、シェリー」
「もっと可愛い名前はないの?」
「……ルルは?」
注文をつけられ、少し投げやりに答えるとミシェルはパッと顔を輝かせた。彼の琴線に触れたらしい。
「それにする。ルル、パパとママだよ~」
「ちょっと、さりげなく私を母親にするのはやめなさい」
やはり攻略キャラだけあって油断はできない。ミシェルは無邪気に笑っているが、最近はこの笑顔の裏で何か企んでいるのではとヒヤリとすることがある。
(せめてミシェルは和ませ癒しキャラでいてほしいわ……)
そんなことをつらつら思いながら、指にすり寄って甘えてくる子猫に癒され昼休みを過ごしたのだった。
そして後日、リズにこの一件を話したところ癒しイベントの一つですと返ってきた。エリーの名前を許可すると、今後ミシェルの家に行った時に子猫をエリーと呼んで可愛がるシーンが見られるそうだ。そんな羞恥プレイたまるかと、エリーナは違う名前にしたことに強く安堵するのだった。
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