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学園編 17歳
59 聖地巡礼をいたしましょう
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学園の一年目が終わり、春休みになった。社交のシーズンに向けた準備もあるため、夏休みと同じ二か月の休みがある。エリーナはしばらく王都に留まり、休みの後半を領地で過ごすつもりだった。
そして休みに入ってすぐの本日。ローゼンディアナ家にはベロニカとリズが訪れており、小説談義に花を咲かせていた。あの事件以降、事件解決に協力したということでエリーナはベロニカにリズを紹介したのだ。最初リズはゲームのイメージもあって緊張していたのだが、お互いにロマンス小説が好きとわかるや意気投合し始めた。二人はロマンス小説の好みが近く、共感できるらしい。
今日も一通り語り尽くし、紅茶を飲んで一息ついたところでリズが「あのですね」と声を弾ませて提案する。
「せっかくの春休みですし、聖地巡礼をしませんか?」
聞きなれない言葉に二人は口を揃えて訊き返す。
「聖地巡礼?」
それは確か、宗教的に大切な場所を巡る旅ではなかっただろうか。王国にも国教があり国民はたいてい信じているが、信心深くもなく聖地巡礼は聖職者がするぐらいだ。
「宗教の方ではなく、ロマンス小説の舞台になった場所を巡るんです」
ロマンス小説と聞いて二人は俄然興味が湧いてきた。身を乗り出して続きを促す。
「どういうこと?」
「詳しく教えてちょうだい」
リズは一冊の小説を手に取ると、熱く聖地巡礼について語り始めた。
「この小説はこの王国を舞台にしていて、実際にある街や場所が出てきますよね。例えば二人が最後結婚式を挙げる教会は王都にあるものです。そこへ行って、小説の世界に思いを馳せる。それが聖地巡礼です!」
この世界にない変わった発想は、おそらくリズが生きていた日本という国の文化なのだろう。半年以上一緒にいると、エリーナの知らない知識や思いもよらない発想に遠い異国を感じることがしばしばあった。
「へぇ、おもしろそうね」
「いいと思いますわ。王国を舞台にした小説はたくさんありますもの。どこへ行くか決めるだけでも楽しいですね」
さっそく日程を決め、それぞれが好きな小説から聖地を選んでいく。あまり遠くにはいけないため、王都とオランドール公爵家の領地を回ることにした。北にあるオランドール領は風光明媚で美しい建物が多くあり、小説の舞台としてよく登場するのだ。
そして大まかな計画が立ち、まだ時間もあるので王都にある聖地に行ってみることにした。馬車の中でも小説の話はまだまだ続く。
ロマンス小説は大まかに二分できる。架空世界をもとにしたものと、現実世界をもとにしたものだ。エリーナは架空世界の小説のほうが好みだが、現実世界のものもよく読む。
そしてこの王国を舞台にしたロマンス小説の中に、王宮前広場で月明かりの下、ヒロインが王子に告白されるという場面がある。そこに辿り着くまでにさまざまな障壁が立ちはだかっており、感動のラストなのだ。
三人は王宮広場で降り、挿絵と同じ角度を探す。その場面で銀色の髪をした王子は王宮を背に、平民生まれのヒロインに跪く。そしてその手を取り、愛を言葉に乗せるのだ。万感の思いを込め、リズは小説の王子と同じ立ち位置でセリフを朗読する。
「かわいい私の天使よ。今宵の月は貴女だけを照らしている……どうか、私の胸でその羽を休めてくれないか」
手にはしっかりと開かれた小説があり、道行く人の注目を浴びていた。さすがにエリーナとベロニカに朗読に参加する勇気はなかった。
リズは満足そうに笑ってクルクルと広場を回る。小説の世界にトリップしていた。
「この広場、別の小説ではヒロインと公爵が初めて出会う場所だったり、ダンスが行われたりするんですよ」
「広場は王国でも有名な場所だから、よく小説にも出てくるわね」
「よく来るのに考えたことありませんでしたね」
ベロニカとエリーナの頭の中にも、次々とここで繰り広げられた場面が浮かんでくる。ストーリーを思い出しながら景色を見ると、また一味違って見えるから不思議だ。
「ねぇエリーナ様。こうやってヒロインになり切ってこの場に立つんです。そうしたらドキドキしてくるでしょう?」
「しないわよ」
うっとりと高揚しているリズをエリーナはバサリと斬る。小説と同じ場所というのは興味深く楽しいが、ドキドキはしない。小説を読むときは悪役令嬢目線なので、ヒロインの立場になって読んだことがないためである。
「エリーナ様ぁ……もっとときめきましょうよ。恋する乙女レベルが低すぎます!」
ずんずんと近づいてきて、頬を膨らませている。恋する乙女レベルって何と思ったところに、ベロニカも入ってくる。
「たしかにエリーナの恋愛レベルは低いわよね……あんなに男たちに言い寄られているのに、ぐらつきもしないんだから」
ベロニカからまさかの不意打ちをくらい、エリーナは致命傷を受ける。
「ベロニカ様ぁ……ひどいですわ」
エリーナだってクリスやリズに気になる人ができたかと訊かれる度に困っている。リズがよく口にするキュンっが分からないのだ。いくらロマンス小説を読みふけっても、どれだけ恋に落ちる描写を読みこんでも、実体験として訪れない。
「少しは自分の心を動かさないと、さび付いてしまうわよ。それとも、わたくしが油をかけて火をつけてあげましょうか?」
ベロニカはにぃっと口角を上げて悪役の手本のような笑みを浮かべている。それを見たエリーナは背筋を伸ばして飲まれないよう虚勢を張る。
「卒業式までには相手を見つけますわ!」
「いい心意気ね。卒業式までに見つからなかったら、わたくしがもらうわよ」
それ即ち、側室コースだ。一瞬、ベロニカにもらわれるのはありと思ってしまった。
(だめ! ベロニカ様とロマンス小説に誘惑されるけど、殿下がついてくるのよ!)
普通は逆だが、そこはプロの悪役令嬢として正しい順位である。
その後、カフェ・アークに寄り、『お嬢様のブリュレ』を堪能してから解散した。そして後日行われた聖地巡礼の小旅行は至福の一言であり、どっぷりと小説の世界に浸かったのだった。
そして休みに入ってすぐの本日。ローゼンディアナ家にはベロニカとリズが訪れており、小説談義に花を咲かせていた。あの事件以降、事件解決に協力したということでエリーナはベロニカにリズを紹介したのだ。最初リズはゲームのイメージもあって緊張していたのだが、お互いにロマンス小説が好きとわかるや意気投合し始めた。二人はロマンス小説の好みが近く、共感できるらしい。
今日も一通り語り尽くし、紅茶を飲んで一息ついたところでリズが「あのですね」と声を弾ませて提案する。
「せっかくの春休みですし、聖地巡礼をしませんか?」
聞きなれない言葉に二人は口を揃えて訊き返す。
「聖地巡礼?」
それは確か、宗教的に大切な場所を巡る旅ではなかっただろうか。王国にも国教があり国民はたいてい信じているが、信心深くもなく聖地巡礼は聖職者がするぐらいだ。
「宗教の方ではなく、ロマンス小説の舞台になった場所を巡るんです」
ロマンス小説と聞いて二人は俄然興味が湧いてきた。身を乗り出して続きを促す。
「どういうこと?」
「詳しく教えてちょうだい」
リズは一冊の小説を手に取ると、熱く聖地巡礼について語り始めた。
「この小説はこの王国を舞台にしていて、実際にある街や場所が出てきますよね。例えば二人が最後結婚式を挙げる教会は王都にあるものです。そこへ行って、小説の世界に思いを馳せる。それが聖地巡礼です!」
この世界にない変わった発想は、おそらくリズが生きていた日本という国の文化なのだろう。半年以上一緒にいると、エリーナの知らない知識や思いもよらない発想に遠い異国を感じることがしばしばあった。
「へぇ、おもしろそうね」
「いいと思いますわ。王国を舞台にした小説はたくさんありますもの。どこへ行くか決めるだけでも楽しいですね」
さっそく日程を決め、それぞれが好きな小説から聖地を選んでいく。あまり遠くにはいけないため、王都とオランドール公爵家の領地を回ることにした。北にあるオランドール領は風光明媚で美しい建物が多くあり、小説の舞台としてよく登場するのだ。
そして大まかな計画が立ち、まだ時間もあるので王都にある聖地に行ってみることにした。馬車の中でも小説の話はまだまだ続く。
ロマンス小説は大まかに二分できる。架空世界をもとにしたものと、現実世界をもとにしたものだ。エリーナは架空世界の小説のほうが好みだが、現実世界のものもよく読む。
そしてこの王国を舞台にしたロマンス小説の中に、王宮前広場で月明かりの下、ヒロインが王子に告白されるという場面がある。そこに辿り着くまでにさまざまな障壁が立ちはだかっており、感動のラストなのだ。
三人は王宮広場で降り、挿絵と同じ角度を探す。その場面で銀色の髪をした王子は王宮を背に、平民生まれのヒロインに跪く。そしてその手を取り、愛を言葉に乗せるのだ。万感の思いを込め、リズは小説の王子と同じ立ち位置でセリフを朗読する。
「かわいい私の天使よ。今宵の月は貴女だけを照らしている……どうか、私の胸でその羽を休めてくれないか」
手にはしっかりと開かれた小説があり、道行く人の注目を浴びていた。さすがにエリーナとベロニカに朗読に参加する勇気はなかった。
リズは満足そうに笑ってクルクルと広場を回る。小説の世界にトリップしていた。
「この広場、別の小説ではヒロインと公爵が初めて出会う場所だったり、ダンスが行われたりするんですよ」
「広場は王国でも有名な場所だから、よく小説にも出てくるわね」
「よく来るのに考えたことありませんでしたね」
ベロニカとエリーナの頭の中にも、次々とここで繰り広げられた場面が浮かんでくる。ストーリーを思い出しながら景色を見ると、また一味違って見えるから不思議だ。
「ねぇエリーナ様。こうやってヒロインになり切ってこの場に立つんです。そうしたらドキドキしてくるでしょう?」
「しないわよ」
うっとりと高揚しているリズをエリーナはバサリと斬る。小説と同じ場所というのは興味深く楽しいが、ドキドキはしない。小説を読むときは悪役令嬢目線なので、ヒロインの立場になって読んだことがないためである。
「エリーナ様ぁ……もっとときめきましょうよ。恋する乙女レベルが低すぎます!」
ずんずんと近づいてきて、頬を膨らませている。恋する乙女レベルって何と思ったところに、ベロニカも入ってくる。
「たしかにエリーナの恋愛レベルは低いわよね……あんなに男たちに言い寄られているのに、ぐらつきもしないんだから」
ベロニカからまさかの不意打ちをくらい、エリーナは致命傷を受ける。
「ベロニカ様ぁ……ひどいですわ」
エリーナだってクリスやリズに気になる人ができたかと訊かれる度に困っている。リズがよく口にするキュンっが分からないのだ。いくらロマンス小説を読みふけっても、どれだけ恋に落ちる描写を読みこんでも、実体験として訪れない。
「少しは自分の心を動かさないと、さび付いてしまうわよ。それとも、わたくしが油をかけて火をつけてあげましょうか?」
ベロニカはにぃっと口角を上げて悪役の手本のような笑みを浮かべている。それを見たエリーナは背筋を伸ばして飲まれないよう虚勢を張る。
「卒業式までには相手を見つけますわ!」
「いい心意気ね。卒業式までに見つからなかったら、わたくしがもらうわよ」
それ即ち、側室コースだ。一瞬、ベロニカにもらわれるのはありと思ってしまった。
(だめ! ベロニカ様とロマンス小説に誘惑されるけど、殿下がついてくるのよ!)
普通は逆だが、そこはプロの悪役令嬢として正しい順位である。
その後、カフェ・アークに寄り、『お嬢様のブリュレ』を堪能してから解散した。そして後日行われた聖地巡礼の小旅行は至福の一言であり、どっぷりと小説の世界に浸かったのだった。
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