悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

文字の大きさ
上 下
59 / 194
学園編 16歳

57 強制イベントに幕を引きましょう

しおりを挟む
 事件が起こった三日後。エリーナはベロニカから茶会の招待を受け、オランドール公爵家を訪れていた。ジークの求めに応じたものであり、事件について話したいことがあるらしい。

 公爵家の侍女に案内されサロンに入ると、すでにジークとベロニカがソファーに座ってお茶を飲んでいた。二人が一緒にいるところを見ることは少ないが、見た目だけでいえばお似合いだとエリーナは思う。文句のない美男美女。どれほど部屋の空気が殺伐としていても……。

「殿下、ベロニカ様。本日はお招きいただきありがとうございます」

 ドレスをつまんで礼をしてから、ベロニカに促されて隣に座る。ジークの舌打ちが聞こえたが、聞こえなかったことにする。

「エリーナ。まだ外に出るのも辛いでしょうけど、この馬鹿がどうしてもと言うから……」

 ベロニカは本当に申し訳ないという顔を作り、エリーナの手に自身の手を添えた。その様子に、ジークはうぐぐと悔しそうに低く呻いて恨みがましい目を向けている。

(ベロニカ様……殿下に圧力をかけているわ)

 お前のせいでエリーナは苦しみ、さらにここまで来させているのだと見せつけている。それを理解したエリーナは、迷うことなくベロニカに加担する。

「ベロニカ様……まだあの時の恐怖が消えなくて、夜も眠れませんの。今日も馬車に乗りながら人の姿を見るたびにあの時のことが頭によぎって……わたくし」

 声を震わせ、辛くてしかたがないと言わんばかりに顔を伏せる。半分はジークに顔を見られないためだ。ベロニカを見ていたら顔がにやけそうになっていた。ベロニカと演技できるのが楽しくて。

「あぁ可哀想に。ジーク殿下のせいで5回も攫われたわたくしはともかく、エリーナは初めて……どれほど恐ろしかったでしょう!」

 ベロニカはぎゅっとエリーナを抱き寄せ、よしよしと背中を撫でる。その体が小刻みに震えているのは、笑うのを我慢しているからだ。

「いえ、殿下のせいで5回も攫われているベロニカ様がいらっしゃったから、わたくしは助かったのです!」

 殿下のせいを強調し、エリーナは涙声で訴える。そしてチラリとジークを見ると、彼は頭を抱えてうなだれていた。ダブル悪役令嬢とまではいけなかったが、いい連携プレイと言えるだろう。

「ベロニカ……俺が悪かったのは分かってるから。エリーナをそっちに引き込まないでくれ」

 十分追い込めたようなので、二人はそっと体を離してジークに向き直る。そしてエリーナはニコリと笑って、

「殿下、わたくしは最初からこちら側ですわ」

 とベロニカに倣って止めを刺すのだった。

 すでに満身創痍のジークは重いため息をつくと、身を正して二人に視線を向けた。真面目な雰囲気に変わったので、二人もからかうのを止めて表情を改める。

「ベロニカ、エリーナ。今回は俺の浅慮から危険な目に遭わせてしまい、申し訳なかった」

 そう謝罪の意を口にして、軽く頭を下げる。王族が頭を下げるなどあってはならないため、エリーナは目を見開いてベロニカに助けを求める。戸惑うエリーナに対してベロニカは鼻で笑い、口角を上げた。

「殿下、その言葉はもう聞き飽きましたわ。けどまぁ、今回はご自身で首謀者を捕縛されたそうで、そこは褒めてさしあげますわ。それに殿下が無事で何よりです」

「ベロニカ……怒りたいなら怒ってくれ。その顔が一番怖い」

 怒りが滲み出る笑顔。それを向けられる度に、ジークは生きた心地がしなかった。

「あの、殿下……わたくしは大丈夫ですので。お気になさらないでください」

「エリーナ……やっぱりお前は優しいな。誰かと違って」

 その誰かとジークは目を合わせ、火花を飛ばし合っている。

(もう少し長く反省されたらいいのに……)

 急に結婚を申し込んだ時もそうだが、ジークは反省しても立ち直りが早すぎる。打たれ弱いくせに……。


 そしてジークが咳ばらいをし、改めて事件について説明されることとなった。ジークは順を追って話し、ベロニカは頷きながら聞いている。彼女が集めた情報とも合致するのだろう。

「つまり、元公爵家の生き残りとクーデターの実行部隊の生き残りが、再び王家を倒そうとジーク殿下を狙ったということですね」

「あぁ……だが、交渉を有利に進めるために婚約者であるベロニカと……俺が親しくしているエリーナに標的を移したらしい」

 少し言い淀んだのは、自分のせいでエリーナを巻き込んだ後ろめたさからだ。

「わたくしはともかく、エリーナの情報を向こうが知っていたのは誤算ね。脇が甘すぎるわよ」

「あぁ……反省している」

「まぁ、今後の行動で見せてもらいましょう。それで? 元公爵家は何でまた王家を狙ったの? 自分が王になれるとも限らないのに」

 仮にもう一度クーデターを起こし、王位を空にしてもその後ろには二大公爵家が待ち構えている。王宮の全兵力を投入して討伐にあたることは容易に想像ができるのだ。

「それが……はっきりしないんだ。俺は取り調べに関わっていないから、捕縛した時の情報しかないんだが、別の目的をもった集団がいるようだった」

 ジークは討ち入った時のことを思い出しているのか、表情が翳っている。あまり気分のいいものではなかったらしい。

「一つは、現王に恨みを抱いている集団。もう一つは、反現王派と呼ばれる集団だ」

 反現王派は現王の血筋を不服とし、正統な王位の継承を望む過激な集団だとクリスから聞いた。前王派は前王を懐古しつつも現王については認めており、両者には明確な違いがある。

「ばっかねぇ。前王の血筋を引く人なんてもういないのに……」

「だが、他国に嫁いだ直系を辿れば話は別だ」

 それは遠い親戚となり、そうなると現王との違いがわからなくなる。

「それは、結局陛下と同じなのではないのですか?」

「反現王派は、現王の血筋は分家になりほとんどが臣籍降下されていることを問題視しているのよ」

 政治に疎いエリーナは首を傾げる。それと同時に、昔ラウルの授業で聞いた言葉を思い出した。

「国を治めるのに血筋は有効ですけど、王であるのに必要なのは血筋ではなく気構えと実績だと思いますわ」

 王家の正統性を高めるには血筋を限定する必要があるが、王であるのに必ずしも必要ではない。
 どういうことだと眉間に皺を寄せるジークに対し、ベロニカはしたり顔で頷いた。

「ラウル先生のお言葉ね。授業で反現王派に対する一つの意見としておっしゃってたわ。王を王たらしめるのは、血筋ではなくその気概と生き様……歴史であると。その気高く崇高な生き方と実績が後世に認められてこそ、真の王になるのだと」

 政治家ではなく歴史家だからこそ言える言葉だ。歴史上では王として君臨した人物でも暴君や悪政を敷いたものは真の王とは評価されないからだ。

「王に必要なのは、気高く崇高な生き方と実績」

 ジークは噛みしめるように復唱した。

「……一度、ラウル先生に会ってみるか」

 その言葉に興味を惹かれたのか、そう呟いた。ジークは歴史の授業を取っていないらしい。

「ぜひ会ってみてください。とてもいい先生ですわ」

「あぁ。エリーナの家庭教師をしていたんだったな」

 ぼそりと「敵情視察も兼ねるか」と聞こえたが、全力で聞き流した。危険な目に遭ったばかりであり、これ以上関わりたくない。

 そしてここでジークはまだ後処理が残っているからと、王宮に帰っていった。エリーナとベロニカは、気分を変えましょうとおいしいスイーツを食べながら、この間買った新作を読みふけった。たまには語るのではなく、同じ空間でそれぞれの世界に浸るのもいい。


 一方のジークは帰りの馬車に揺られながら、「気高く崇高な生き方と実績」と心に刻み込むようにもう一度口にした。そして苦々しく顔を歪める。脳裏には元公爵家の生き残りを捕縛した時の惨状が蘇り、彼らの声が耳に残って不協和音を奏でている。

 あの日、王直属部隊を率いて制圧に乗り出したジークが目にしたのは、問答無用で粛清される様だった。捕縛もされず、その場で処刑されていく。なぜ捕え尋問しないのか部隊長に問えば、陛下のご命令とだけ返って来た。元公爵家の一員がジークを目にするとみるみるうちに怒りと憎しみに駆られ、斬りかかって来た。それを受けることなく、彼らは兵士たちに斬り捨てられた。

「裏切り者!」

 彼らは口々にそう叫んだ。さらに何かを訴えようとするが、その前に命が尽きる。あの場は、一言の弁明も許さぬ処刑場だった。

「気高く崇高な生き方と実績……俺は、父上はできているのか?」

 その言葉は一人揺られる馬車の中で、虚しく響いた。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

乙女ゲームの悪役令嬢になったから、ヒロインと距離を置いて破滅フラグを回避しようと思ったら……なぜか攻略対象が私に夢中なんですけど!?

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「イザベラ、お前との婚約を破棄する!」「はい?」悪役令嬢のイザベラは、婚約者のエドワード王子から婚約の破棄を言い渡されてしまった。男爵家令嬢のアリシアとの真実の愛に目覚めたという理由でだ。さらには義弟のフレッド、騎士見習いのカイン、氷魔法士のオスカーまでもがエドワード王子に同調し、イザベラを責める。そして正義感が暴走した彼らにより、イザベラは殺害されてしまった。「……はっ! ここは……」イザベラが次に目覚めたとき、彼女は七歳に若返っていた。そして、この世界が乙女ゲームだということに気づく。予知夢で見た十年後のバッドエンドを回避するため、七歳の彼女は動き出すのであった。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

転生侍女は完全無欠のばあやを目指す

ロゼーナ
恋愛
十歳のターニャは、前の「私」の記憶を思い出した。そして自分が乙女ゲーム『月と太陽のリリー』に登場する、ヒロインでも悪役令嬢でもなく、サポートキャラであることに気付く。侍女として生涯仕えることになるヒロインにも、ゲームでは悪役令嬢となってしまう少女にも、この世界では不幸になってほしくない。ゲームには存在しなかった大団円エンドを目指しつつ、自分の夢である「完全無欠のばあやになること」だって、絶対に叶えてみせる! *三十話前後で完結予定、最終話まで毎日二話ずつ更新します。 (本作は『小説家になろう』『カクヨム』にも投稿しています)

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

処理中です...