悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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学園編 16歳

42 お友達を家に招待しましょう

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 リズ・スヴェルは感動していた。図書室の壁一面を埋め尽くすロマンス小説を見て、目を輝かせている。本日は休日であり、リズはローゼンディアナ家を訪れていた。休日のため、制服ではなく簡素なドレスを身に纏っている。お嬢さんという雰囲気であり、服と髪型でずいぶん変わるのねとエリーナは感心したのだった。

 そんなリズもロマンス小説の愛読者であり、日本に比べて娯楽が少ないためロマンス小説で恋愛成分を補充しないと生きていけないと豪語していた。だが、残念ながら生家は貧乏な子爵家であり、余分な本を買う余裕はない。リズは色々とアルバイトをして小遣いを稼いでは小説を買っているのだが、読みたい本が多すぎて追いつかないのだ。

 そのため、

「なら、うちに来て借りていけばいいじゃない」

 というエリーナの言葉に甘え、ウキウキと心を躍らせてやって来たのである。

「エリーナ様! 素晴らしいです! 最新刊がこんなに!」

 きゃっきゃとはしゃぐリズを見て、エリーナは誇らしげに胸を張った。

「でしょう? ベロニカ様はもっとお持ちだけど、有名どころは全部押さえてあるわ」

「あぁぁ……ここは天国です」

 エリーナはお薦めの本を紹介し、リズは読みたい本を見繕っていく。二人とも読んだことがある本を見つけては、感想を語りあった。二人でロマンス小説の世界にどっぷり浸かれば、時間はすぐに過ぎていく。

 そしてリズの選書が終わり、落ち着いた頃合いを見計らって庭園でお茶をすることにしたのだった。

「わぁぁ。素敵な庭園ですね。ゲームに出ていた本邸もいいですけど、こちらも素晴らしい!」

「庭園なんてどの貴族の屋敷にもあるでしょうに」

「エリーナ様がいるからいいんですよ。隣に攻略キャラがいたらスチル絵になりそう」

 そしてサリーにお茶を淹れてもらえば、リズは恐縮した様子で身を小さくしていた。

「リズ……将来は侍女になるにしても、一応は令嬢でしょう? もっと堂々としなさいよ」

「そんな、サリーさんに淹れてもらえるなんて……夢のようで」

 サリーが屋敷に戻ってから言うには、サリーはゲーム内でもよく出てきており、憧れの人だったそうだ。
 そしてお茶をありがたそうに一口飲むと、ぱぁっと破顔した。

「あぁ、サリーさんのお茶を飲んでる。私、死んでもいい」

「やめて、うちの紅茶に毒が入ってたみたいじゃない」

 幸せそうに溜息をつくと、リズはそっとカップをテーブルに戻す。

「なんだか安心しました。ゲームの中のエリーが思い出す本邸は寂しく暗いところだったんです。だから、今のエリーナ様を見ているとクリス様に感謝しないとって思います」

 リズはゲーム内のキャラについては呼び捨てで、実際のキャラたちは様付けをしていた。エリーナには分からないが、明確な違いがあるのだろう。

「ふ~ん。ちょっと可哀想なヒロインだったのね」

 リズのゲーム話に相槌を打っていると、馬車の音がした。

「あら、ちょうどクリスが来たわ。紹介するわね」

「え、ちょっとエリーナ様?」

 外から帰って来たらしいクリスが廊下に見えたので、手を振ってこちらに呼ぶ。リズは慌てて居住まいを正して立ち上がった。

「どうも。こんにちは」

 庭園に出てきたクリスはリズに向けてニコリと笑いかけた。親しいものに対する笑みではなく、仕事で交渉に入るような笑みだ。

(あら、外向きの笑顔だなんて珍しい)

 それをリズの隣りで見たエリーナは、不思議に思いつつクリスを紹介する。

「こちらが私のお兄様、クリスよ。クリス、この子はスヴェル子爵家のリズ。侍女科で学んでいるわ。ロマンス小説が好きで、親しくなったの」

「はじめまして。妹につきあってくれてありがとう」

「いえ、こちらこそエリーナ様にはよくしていただいております」

 リズは丁寧に挨拶をし、礼儀作法も完璧にこなしていた。ますますよい侍女になりそうだ。二人が目を合わせた時、一瞬火花が散ったような気はしたが……。

「僕もお茶をもらおうかな。エリー、悪いけどサリーを呼んでくれる?」

「えぇ、わかりましたわ」

 屋敷へと向かうエリーナの背中に、クリスは急がなくていいからねと声をかけ、その姿が見えなくなると笑みを消してリズに向き直った。リズの表情からもとうに笑顔は抜け、見定めるような厳しい目を向けている。二人の脳内でゴングが鳴り、クリスが前置きもせずに斬りこんだ。

「この間は、エリーに余計なことを言ったみたいだね。何を言ったのか知らないけど、苦しませるようなことはしないでくれるかい?」

 怒気を孕んだ地を這うような低い声。震え上がるような怖さがあるが、リズはひるまずに正面から睨み返す。

「クリス様こそ、エリーナ様を縛って苦しめているんじゃないんですか?」

「それは心外だなぁ。僕はエリーの意思を何よりも尊重してるよ」

「あまりに過保護だと嫌われますよ。エリーナ様の側で、何か企んでるんじゃないんですか」

 心外そうにクリスは眉をひそめ、怒りを隠そうともしなかった。この間の一件の引き金となった人物が目の前にいるのだ。はらわたが煮えくりかえっている。

「君は僕たちの何を知っているんだ。あまり出過ぎた口を利くと、その身を滅ぼすぞ」

 滅ぼすぞ。その言葉を聞いた瞬間、リズの心臓が掴まれたようにきゅっとなり、背筋が凍る。何かとんでもない存在の前に立っているような気がした。それでも、負けじと言い返す。

「あなたこそ、エリーナ様の何をご存知なんですか。どんな思いで今まで生きてこられたか。どれほど多くのものを背負って来られたか」

 だが、ふんっとクリスは鼻で笑い、嘲笑を浮かべた。それはまさしく魔王。

「僕は君よりも長くエリーナと一緒にいる。そんな妄言でエリーナを惑わすな」

 リズはぐっと悔しそうに唇を噛み、拳を握った。これしきの言い合いで、クリスがぼろを出すはずもない。リズはすっと息を吸って、気持ちを切り替える。

『……あなたは、誰ですか』

「何だって?」

 突然音が不明瞭になり、不愉快そうにクリスは眉を顰めた。

「……いえ、なんでもありません」

 戸惑った表情を浮かべたリズは用意していた言葉を飲み込んだ。そして、別の言葉にして口に出す。

「私は、エリーナ様に幸せになってほしい。ただ、それだけです」

 それは偽りのない言葉だった。エリーナの今までの人生と、悪役令嬢にかける思いを聞いたリズは、この世界で幸せになってほしいと強く思ったのだ。それをクリスが邪魔しているというなら、何としても立ち向かわなくてはいけない。

「それは僕も同じさ。エリーには幸せになってほしい。自分で人生を選び、生きて欲しいんだ」

 そして二人は睨み合ったまま、どちらからともなく口角を上げた。それは挑戦を受けたと言いたそうな、好戦的な笑み。そんな二人にエリーナがサリーを連れて近づいてきた。

 無言で火花を飛ばし合っている二人に、エリーナはあきれ顔で声をかける。

「ちょっと、二人とも何やってるの?」

「エリーへの愛を語っていたのさ」

「エリーナ様への思いを訴えていたんです」

 視線を外そうとしない二人に、エリーナはため息をついて席に座るように促すのだった。その後も表面はにこやかだが、テーブルの下で足を蹴りあっているような会話が続く。エリーナはリズがクリスに不信感を持っているのを知っているため、口を挟めない。
 そして和やかなようでどこか寒々しい茶会が終わり、クリスが自室へ戻った後でリズがエリーナの傍によって小声で話し出した。

「さっき、クリス様と話していたんですけど、彼は転生者じゃないと思います」

 リズはその可能性があるのではと、前に少し話していた。エリーナはにわかに信じられなかったが、それならシナリオにいなくても不思議ではないかとも思ったのだ。

「あら、どうして?」

「……日本語が通じませんでした。まぁ、現実世界の違う国から来たなら無理ですが、雰囲気もプレイヤーっぽさはなかったです」

 リズは、日本語で「あなたは、誰ですか」と訊いてみたのだ。これで正体を暴けると思っていただけに、少し肩透かしをくらったような気分になった。

「そう……まぁ、クリスが誰でもいいわ。また何かあったら相談するから」

「はい。私はいつだって、エリーナ様の味方ですからね!」

 そう言って胸を張るリズに、エリーナは頼りにしているわよと小さく笑ったのだった。
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