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学園編 16歳
40 ゲームとの違いを確認しましょう
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今日の授業が終わった。昨日はほとんど眠れず、目をつむればリズに言われたことが頭の中を渦巻いてずるずると考え込んでしまったのだ。朝、顔色を見たサリーに心配され、夜会に行くときのようにしっかりと化粧をされた。この肌と目の下の隈は令嬢としてアウトらしい。食欲もあまり出ず、朝食の席でクリスにも心配された。今日は休んだほうがいいと言われたが、家でじっとしていると気が滅入りそうだった。
今日は図書室に寄ってから帰ると伝えてあるので、下校時間まで迎えは来ない。少しでも気を紛らわせたかったからだ。
ぼんやりと教室を出て行く人たちを見ていると、縦巻きロールを揺らしながらベロニカが近づいて来た。
「あなた、ひどい顔よ。お化粧で誤魔化しているみたいだけど、寝てないの?」
ベロニカの目はごまかせなかったかとエリーナは決まりの悪そうに薄く笑った。
「ちょっと、寝付けなかったんです」
「ふ~ん。まぁいいわ。あそこで不安そうにこっちを覗いている子がいるのだけど、貴女に用があるんじゃない?」
教室に残っているのはもうエリーナとベロニカだけだ。ベロニカが視線を向けた方を見ると、入り口の近くにリズが立っていた。エリーナは目を瞬かせる。
「リズ、どうしたの?」
侍女科は別の棟にあるため、ここに来るには勇気がいっただろう。
「え、エリーナ様……少しよろしいでしょうか」
おどおどと遠慮がちに話があると伝えてきた。ベロニカの鋭い視線を受け、身を縮ませている。
「エリーナ、あの子はあなたの家の侍女見習いなの?」
使用人の子が侍女科にいることは珍しくもない。それでも、こちらの棟に来る侍女科の学生はほとんどいないが。
「えっと、それは違うんだけど。知り合いなの」
「ふ~ん」
ベロニカはそれほど興味がないようで、早く寝なさいよと言い残すと颯爽と教室から出て行った。リズはさっと戸口から離れ、ベロニカの背を見送る。
エリーナも帰り支度をして教室を出、リズとともにサロンへと向かう。リズが訪ねて来たのは予想外だったが、近いうちにまた話そうとは思っていたのだ。
「エリーナ様、申し訳ありません。早めに話しておきたいことがあって……」
「かまわないわ。私も、話があったから」
密会場所のようになってしまったサロンで、リズはお茶の準備をする。その間にエリーはサリーから持たされたお菓子の包みを机の上で広げた。お疲れのようなので甘いものをと渡されたのだ。それはエリーの好きなプリンの形をしたプリン味のクッキーだ。包みにドルトン商会の印があり、試作品のようだ。
(これ……前に紅茶を飲みながらプリンを食べたいって言ったからよね)
独り言のつもりだったのに、しっかりクリスに聞かれていたらしい。
ほどなくお茶のいい香りが室内に満ち、気が安らぐのを感じた。お茶が注がれる音がなんとも心地よい。
リズはお茶を出すと、向かいのソファーに座った。その表情には陰りがあり、申し訳なさそうに目を伏せている。
「エリーナ様……昨日は、無神経な発言をしてしまい、申し訳ありませんでした。エリーナ様を思い悩ませたくなんてなかったのに」
今にも泣きそうな顔をしているリズは、ぐっと膝の上で拳を握って自分を責めていた。あの後血相を変えて帰ったエリーナを見て、言うんじゃなかったと後悔したのだ。
「リズ……わたくし、そんなにひどい顔をしているのね。大丈夫よ、クリスはイレギュラーなのかもしれないけど、大切な家族ですもの……彼を信じることにしたわ」
柔らかで落ち着いた微笑を浮かべるエリーナをリズは真剣な表情で見つめ返す。
「今度無神経なことを言ったら、ひっぱたいてくださいね」
「本当に過激ね……」
沈鬱としていた気分が少しましになり、クッキーに手を伸ばして試しに食べてみる。一口サイズで食べやすいところがまたいい。口に入れた瞬間にふわっとプリンの香りと味が広がり、サクサクとクッキーの食感がある。
「おいしいわ。リズもどうぞ」
「ありがとうござ、え、これドルトン商会の商品じゃないですか! しかも見たことない商品!」
丁寧にお礼を述べていたリズの口調が、包みの印を見たとたんガラリと変わり目を輝かせた。リズの、前世を含めた素の表情を見て、吹き出してしまう。そして口に放り込むなりおいしいとはしゃぐリズを見ていたら、鬱々としていた気分はいつの間にか消えていた。
「エリーナ様……私、あれから考えたんです。もしかしたらクリス様は私と同じ転生者かもしれません」
「転生者? わたくしは隠しキャラかと思ったけど」
落ち着いた後で真っ先に考え付いたのはそのことだ。隠しキャラであるなら、ヒロインであるエリーナに優しくするのも理解できた。
「その可能性も考えたんですけど、事前情報だと他国の王子様で、隠しルートの回をプレイした時はクリス様はいらっしゃらなかったんですよね。それに、隠しキャラならもっと華々しく出てくると思うんです」
「ふ~ん……まぁ、なんでもいいわ」
エリーナはこの話は終わりと、紅茶をすする。対するリズは何かを言いたそうに視線を向けていた。
「それと……実は昨日言えなかったんですけど、他にも私が知っているゲームと違うところがあるんですよね」
「え、他にもあるの?」
「はい。一番大きなものはクリスさんなんですけど、エリーナ様が悪役令嬢として振舞われたからか……いくつか」
思い当たる節が多すぎて、どう悪影響を与えたのか考えたくない。エリーナは静かに紅茶を飲み、目で続きを促した。
「えっと、次に目立つのがベロニカについてです。ベロニカはヒロインがどのルートに入っても攻略キャラの婚約者として邪魔をするのですが、今回は早くにジークとの婚約が決まってるんです。だから、てっきりエリーナ様がジークルートを選んだのかと思ったんです」
「たしか……七歳の時に婚約されたのよね」
「はい。それに、ゲームではもっと性格が難しいと言いますか、気がお強いと言いますか。先ほどエリーナ様と普通にお話しされているベロニカを見て、目を疑いました。いつも取り巻きと一緒にいて、暴言しか吐かれない方だったんですが……」
ベロニカが悪役令嬢と言うなら、それもわかる。オートモードで中から見ていて、絶句するような性格の令嬢もいたからだ。
「う~ん。それに関してわたくしは分からないわ。ベロニカ様とは学園で初めて出会ったし……」
「そうですよね。あと、ジークとルドルフも少し性格が違うんです。ジークはもっとプライドが高くて俺様系だったし、ルドルフはもっと腹黒で怖く、ベロニカとジークに厳しかったです。ルドルフとジークが肩を並べるシーンなんてありませんでした」
全体的にキャラが丸くなっているらしく、隠しルートだからという理由でもないらしい。
「どれもゲームのイベントに大きな影響はなさそうなんですけど……寮でのイベントはどうですか? ミシェルは遊びに来ました?」
「あ、わたくし寮に住んでないの……」
「え、何でですか?」
クリスもおらず天涯孤独だったのなら、当然寮に住んでいたはずだ。だが、どちらにせよ攻略キャラは全員寮にはいないのだが……。
「クリスが王都に屋敷を買って、そこから通ってるわ。イベントかはわからないけど、この間ミシェルが来たわね」
リズは目を丸くし、クリス様何者と小さく呟いている。場所が変わってもゲームの強制力かイベントは起こっていた。
「それで、アロマをプレゼントされましたか?」
「えぇ……」
アロマはもらったが、今思うとその後のクリスについて話していたほうがメインになってしまった気がする。
「それなら大丈夫です。私が気づいたのはこれくらいですね……」
「やっぱり、ここはゲームと全く同じ世界ではないのね……」
一つの拠り所が崩れてしまった。そのショックから簡単に立ち直れはしないが、嘆いてばかりもいられない。
「これから起こるイベントについて伝えましょうか?」
「そうね、だいたいでいいわ。わたくしはヒロインを演じたくはないもの」
リズは一度お茶で喉を潤してから、ではと言葉を続けた。避けた方がいいイベントと、必ずクリアしてほしいイベントを重点的に伝える。細かなものは直前に教えてもらうことにした。一連の話を聞き終えたエリーナは、任せなさいと頼し気に微笑みを浮かべたのだった。
そしてその夜。クリスは一人で情報屋からの報告書を読んでいた。無意識のうちに舌打ちが漏れる。
「リズ・スヴェル……」
ぐしゃりと紙を握り潰すと、蝋燭の火にかざす。火が移り、白い紙は黒く燃えてゆく。残りを受け皿に捨て、深いため息をついた。その視線は宙に飛んでおり、薄暗い天井を睨んでいた……。
今日は図書室に寄ってから帰ると伝えてあるので、下校時間まで迎えは来ない。少しでも気を紛らわせたかったからだ。
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「ちょっと、寝付けなかったんです」
「ふ~ん。まぁいいわ。あそこで不安そうにこっちを覗いている子がいるのだけど、貴女に用があるんじゃない?」
教室に残っているのはもうエリーナとベロニカだけだ。ベロニカが視線を向けた方を見ると、入り口の近くにリズが立っていた。エリーナは目を瞬かせる。
「リズ、どうしたの?」
侍女科は別の棟にあるため、ここに来るには勇気がいっただろう。
「え、エリーナ様……少しよろしいでしょうか」
おどおどと遠慮がちに話があると伝えてきた。ベロニカの鋭い視線を受け、身を縮ませている。
「エリーナ、あの子はあなたの家の侍女見習いなの?」
使用人の子が侍女科にいることは珍しくもない。それでも、こちらの棟に来る侍女科の学生はほとんどいないが。
「えっと、それは違うんだけど。知り合いなの」
「ふ~ん」
ベロニカはそれほど興味がないようで、早く寝なさいよと言い残すと颯爽と教室から出て行った。リズはさっと戸口から離れ、ベロニカの背を見送る。
エリーナも帰り支度をして教室を出、リズとともにサロンへと向かう。リズが訪ねて来たのは予想外だったが、近いうちにまた話そうとは思っていたのだ。
「エリーナ様、申し訳ありません。早めに話しておきたいことがあって……」
「かまわないわ。私も、話があったから」
密会場所のようになってしまったサロンで、リズはお茶の準備をする。その間にエリーはサリーから持たされたお菓子の包みを机の上で広げた。お疲れのようなので甘いものをと渡されたのだ。それはエリーの好きなプリンの形をしたプリン味のクッキーだ。包みにドルトン商会の印があり、試作品のようだ。
(これ……前に紅茶を飲みながらプリンを食べたいって言ったからよね)
独り言のつもりだったのに、しっかりクリスに聞かれていたらしい。
ほどなくお茶のいい香りが室内に満ち、気が安らぐのを感じた。お茶が注がれる音がなんとも心地よい。
リズはお茶を出すと、向かいのソファーに座った。その表情には陰りがあり、申し訳なさそうに目を伏せている。
「エリーナ様……昨日は、無神経な発言をしてしまい、申し訳ありませんでした。エリーナ様を思い悩ませたくなんてなかったのに」
今にも泣きそうな顔をしているリズは、ぐっと膝の上で拳を握って自分を責めていた。あの後血相を変えて帰ったエリーナを見て、言うんじゃなかったと後悔したのだ。
「リズ……わたくし、そんなにひどい顔をしているのね。大丈夫よ、クリスはイレギュラーなのかもしれないけど、大切な家族ですもの……彼を信じることにしたわ」
柔らかで落ち着いた微笑を浮かべるエリーナをリズは真剣な表情で見つめ返す。
「今度無神経なことを言ったら、ひっぱたいてくださいね」
「本当に過激ね……」
沈鬱としていた気分が少しましになり、クッキーに手を伸ばして試しに食べてみる。一口サイズで食べやすいところがまたいい。口に入れた瞬間にふわっとプリンの香りと味が広がり、サクサクとクッキーの食感がある。
「おいしいわ。リズもどうぞ」
「ありがとうござ、え、これドルトン商会の商品じゃないですか! しかも見たことない商品!」
丁寧にお礼を述べていたリズの口調が、包みの印を見たとたんガラリと変わり目を輝かせた。リズの、前世を含めた素の表情を見て、吹き出してしまう。そして口に放り込むなりおいしいとはしゃぐリズを見ていたら、鬱々としていた気分はいつの間にか消えていた。
「エリーナ様……私、あれから考えたんです。もしかしたらクリス様は私と同じ転生者かもしれません」
「転生者? わたくしは隠しキャラかと思ったけど」
落ち着いた後で真っ先に考え付いたのはそのことだ。隠しキャラであるなら、ヒロインであるエリーナに優しくするのも理解できた。
「その可能性も考えたんですけど、事前情報だと他国の王子様で、隠しルートの回をプレイした時はクリス様はいらっしゃらなかったんですよね。それに、隠しキャラならもっと華々しく出てくると思うんです」
「ふ~ん……まぁ、なんでもいいわ」
エリーナはこの話は終わりと、紅茶をすする。対するリズは何かを言いたそうに視線を向けていた。
「それと……実は昨日言えなかったんですけど、他にも私が知っているゲームと違うところがあるんですよね」
「え、他にもあるの?」
「はい。一番大きなものはクリスさんなんですけど、エリーナ様が悪役令嬢として振舞われたからか……いくつか」
思い当たる節が多すぎて、どう悪影響を与えたのか考えたくない。エリーナは静かに紅茶を飲み、目で続きを促した。
「えっと、次に目立つのがベロニカについてです。ベロニカはヒロインがどのルートに入っても攻略キャラの婚約者として邪魔をするのですが、今回は早くにジークとの婚約が決まってるんです。だから、てっきりエリーナ様がジークルートを選んだのかと思ったんです」
「たしか……七歳の時に婚約されたのよね」
「はい。それに、ゲームではもっと性格が難しいと言いますか、気がお強いと言いますか。先ほどエリーナ様と普通にお話しされているベロニカを見て、目を疑いました。いつも取り巻きと一緒にいて、暴言しか吐かれない方だったんですが……」
ベロニカが悪役令嬢と言うなら、それもわかる。オートモードで中から見ていて、絶句するような性格の令嬢もいたからだ。
「う~ん。それに関してわたくしは分からないわ。ベロニカ様とは学園で初めて出会ったし……」
「そうですよね。あと、ジークとルドルフも少し性格が違うんです。ジークはもっとプライドが高くて俺様系だったし、ルドルフはもっと腹黒で怖く、ベロニカとジークに厳しかったです。ルドルフとジークが肩を並べるシーンなんてありませんでした」
全体的にキャラが丸くなっているらしく、隠しルートだからという理由でもないらしい。
「どれもゲームのイベントに大きな影響はなさそうなんですけど……寮でのイベントはどうですか? ミシェルは遊びに来ました?」
「あ、わたくし寮に住んでないの……」
「え、何でですか?」
クリスもおらず天涯孤独だったのなら、当然寮に住んでいたはずだ。だが、どちらにせよ攻略キャラは全員寮にはいないのだが……。
「クリスが王都に屋敷を買って、そこから通ってるわ。イベントかはわからないけど、この間ミシェルが来たわね」
リズは目を丸くし、クリス様何者と小さく呟いている。場所が変わってもゲームの強制力かイベントは起こっていた。
「それで、アロマをプレゼントされましたか?」
「えぇ……」
アロマはもらったが、今思うとその後のクリスについて話していたほうがメインになってしまった気がする。
「それなら大丈夫です。私が気づいたのはこれくらいですね……」
「やっぱり、ここはゲームと全く同じ世界ではないのね……」
一つの拠り所が崩れてしまった。そのショックから簡単に立ち直れはしないが、嘆いてばかりもいられない。
「これから起こるイベントについて伝えましょうか?」
「そうね、だいたいでいいわ。わたくしはヒロインを演じたくはないもの」
リズは一度お茶で喉を潤してから、ではと言葉を続けた。避けた方がいいイベントと、必ずクリアしてほしいイベントを重点的に伝える。細かなものは直前に教えてもらうことにした。一連の話を聞き終えたエリーナは、任せなさいと頼し気に微笑みを浮かべたのだった。
そしてその夜。クリスは一人で情報屋からの報告書を読んでいた。無意識のうちに舌打ちが漏れる。
「リズ・スヴェル……」
ぐしゃりと紙を握り潰すと、蝋燭の火にかざす。火が移り、白い紙は黒く燃えてゆく。残りを受け皿に捨て、深いため息をついた。その視線は宙に飛んでおり、薄暗い天井を睨んでいた……。
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