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学園編 16歳
34 転生者について知りましょう
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互いに一度落ち着き、知っている情報を共有し合うことにする。まずはリズが探るように話を切り出した。
「えっと、ここがゲームの世界ってことはいいですよね」
「えぇ。ちなみに何というゲームなの?」
ゲーム名を知らないエリーナにリズは驚いた表情で、
「『運命の学園 あなたは誰に恋をする?』です。人気の高いゲームでした」
と当然のようにスラスラ答えた。
「エリーナ様は転生者ではないんですよね」
「それは何? たぶん違いそうだけど」
「転生者は、こことは違う世界で生きていて、そこで死んでから違う世界で生まれ変わった人です」
その説明にエリーナは分かったような分からないような気持ちになる。だが、思い当たるところはあった。
「こことは違う世界って、ゲームではないということよね……それって、ヒロインを動かしている人が生きている世界のこと?」
悪役令嬢を演じる際は、その世界のシナリオと設定が何十ページにも渡って書かれた本が頭の中に入っていた。その中で、プレイヤーというヒロインを動かす存在について触れられていたのだ。
「あ、はい……ゲームと区別するために、現実世界と呼びますね。私、前世は城崎さやかって名前で、このゲームが好きで毎日遊んで攻略を進めていたんです。でも途中で事故に遭って死んでしまって……気付けばこちらの世界で赤ん坊として生まれていました」
「生まれたときからこの世界にいるの!?」
7歳の体に入った時も衝撃だったが、生まれた時からこの世界で生きていた人がいるとは。とんだ災難だと同情するが、この世界が好きならむしろ幸運なのかと思い直した。
「はい……始めはゲームの世界だって気づかなかったんですけど、国名や王様の名前に憶えがあって、5歳くらいで確信しました」
「そんなこともあるのね……」
悪役令嬢役を演じ続けている自分も変わった存在だと思っていたが、他にも数奇な人がいるものだ。
「これは転生チートで楽しめると思ったんですが、言語チートすらなく……頑張って語学を習得しました。私、バイリンガルになりましたよ」
リズは今までの苦労を思い出したのか、遠い目をしていた。エリーナは言語で苦労したことはないため、言語チートがあるのかもと思いつつ相槌を打つ。
「しかも、こういうのはヒロインか悪役令嬢が定番なのに、モブで……なんとしても大好きなキャラたちを見たくて、侍女科に入ったんです」
「こっちの科ではなくて?」
攻略キャラがいるのはエリーナが所属している科であり、侍女科とは全く接点がない。キャラを間近でみたいなら、侍女科は不利だ。
「はい、将来はキャラの家で侍女として働くことが夢なので」
きっぱりと清々しく言い切ったリズに、なるほどと大きく頷くエリーナ。彼女の行動理由は思慕というより、支え尽したいというファン魂なのだろう。
「ふ~ん。そういう堅実なところは嫌いじゃないわ」
「それでエリーナ様……悪役令嬢ってどういうことですか?」
今度はエリーナが話す番だ。その表情は興味津々ではなく、踏み込んでいいのかと恐々としている。
「そのままよ。私は乙女ゲームの悪役令嬢を19人演じてきたの。このエリーナが20人目ね」
「乙女ゲームの悪役令嬢……」
意味が呑み込めていないのか、反応が薄い。
「例えば、『騎士学』のリリアンヌ・ドローズとか……」
「え、知ってます! あのすっごく嫌な公爵令嬢ですよね」
前回の悪役令嬢の名を挙げれば、ぐいっと身を乗り出して食いついてきた。乙女ゲームの名前は長すぎるので、略称の方が伝わりやすい。
「後は……『ハピエン』のリリー・マリアや、『天空の歌姫』のカリーナ・ヴァロアね」
「えぇぇ! 全部やりました! どれもヒロインの邪魔ばかりするし高飛車だしで大っ嫌いです!」
リズは前世で相当な乙女ゲーオタクであり、かなりやりこんでいたようだ。いつも恋の障害となる悪役令嬢を思い出して気が昂ったのか、嫌いと叫んでからしまったと罰の悪そうな顔をした。目の前に、その悪役令嬢を演じていた人がいる。
だがエリーナはうふふと目元を和ませ嬉しそうに笑っていた。先ほどまでの攻撃的な笑みではなく、本心から出た笑み。
「ありがと。嫌な女と思われ嫌われたなら、役者冥利につきるって話よ」
自然と感謝の言葉が口から出ていた。初めてプレイヤーから話が聞けたのだ。彼女の中にその存在が少し残っているだけでも、今までやってきたことが報われたような気がする。
そして、エリーナは簡単に今までの悪役令嬢人生について話した。イベントはオートモードだったこと、ゲームがエンドロールを迎えれば次の役に移ったこと、最初は戸惑い辛い思いもしたが今はプロの悪役令嬢だと自負していること。それを聞いたリズは、そうだったんですねと感嘆の声をこぼす。
「エリーナ様……だから、あんなに悪役令嬢がきまってたんですね」
「あら、うれしい」
おほほほと、悪役令嬢笑いを披露しておく。幼い頃はサリーにまだまだと指摘を受けてばかりだったが、今では練習の成果か怖いですという評価をもらえるようになった。そして最近はなぜか、役を交代しませんかとヒロインを勧めてくるのが謎だ。
「それで、訊きたいことがあるんだけど。いいかしら」
話が一区切りついたため、エリーナは改めて問いかけた。今回のゲームは不具合が多いが、プレイヤーだったリズに会えたのは幸運だ。これで懸念材料が少し減る。
「あ、はい。なんでしょう?」
リズは背筋を伸ばし、続く言葉を注意深く待つ。最初の恐怖が強かったため、まだ身構えてしまう。
「このゲームのヒロインって誰? あと、シナリオがわかるなら教えてほしいわ」
「え……?」
リズは動作不良が起こったのかと思うほど、ピシリと固まった。天地がひっくり返ったような衝撃を受けた表情をしており、そんなに変なことを言ったのかとエリーナはむっとする。ちょっとその顔は失礼だ。
だがその小さな苛立ちは、次の言葉で吹き飛んだ。
「……エリーナ様です」
「ん?」
「エリーナ・ローゼンディアナがこのゲームのヒロインです」
「えっと、ここがゲームの世界ってことはいいですよね」
「えぇ。ちなみに何というゲームなの?」
ゲーム名を知らないエリーナにリズは驚いた表情で、
「『運命の学園 あなたは誰に恋をする?』です。人気の高いゲームでした」
と当然のようにスラスラ答えた。
「エリーナ様は転生者ではないんですよね」
「それは何? たぶん違いそうだけど」
「転生者は、こことは違う世界で生きていて、そこで死んでから違う世界で生まれ変わった人です」
その説明にエリーナは分かったような分からないような気持ちになる。だが、思い当たるところはあった。
「こことは違う世界って、ゲームではないということよね……それって、ヒロインを動かしている人が生きている世界のこと?」
悪役令嬢を演じる際は、その世界のシナリオと設定が何十ページにも渡って書かれた本が頭の中に入っていた。その中で、プレイヤーというヒロインを動かす存在について触れられていたのだ。
「あ、はい……ゲームと区別するために、現実世界と呼びますね。私、前世は城崎さやかって名前で、このゲームが好きで毎日遊んで攻略を進めていたんです。でも途中で事故に遭って死んでしまって……気付けばこちらの世界で赤ん坊として生まれていました」
「生まれたときからこの世界にいるの!?」
7歳の体に入った時も衝撃だったが、生まれた時からこの世界で生きていた人がいるとは。とんだ災難だと同情するが、この世界が好きならむしろ幸運なのかと思い直した。
「はい……始めはゲームの世界だって気づかなかったんですけど、国名や王様の名前に憶えがあって、5歳くらいで確信しました」
「そんなこともあるのね……」
悪役令嬢役を演じ続けている自分も変わった存在だと思っていたが、他にも数奇な人がいるものだ。
「これは転生チートで楽しめると思ったんですが、言語チートすらなく……頑張って語学を習得しました。私、バイリンガルになりましたよ」
リズは今までの苦労を思い出したのか、遠い目をしていた。エリーナは言語で苦労したことはないため、言語チートがあるのかもと思いつつ相槌を打つ。
「しかも、こういうのはヒロインか悪役令嬢が定番なのに、モブで……なんとしても大好きなキャラたちを見たくて、侍女科に入ったんです」
「こっちの科ではなくて?」
攻略キャラがいるのはエリーナが所属している科であり、侍女科とは全く接点がない。キャラを間近でみたいなら、侍女科は不利だ。
「はい、将来はキャラの家で侍女として働くことが夢なので」
きっぱりと清々しく言い切ったリズに、なるほどと大きく頷くエリーナ。彼女の行動理由は思慕というより、支え尽したいというファン魂なのだろう。
「ふ~ん。そういう堅実なところは嫌いじゃないわ」
「それでエリーナ様……悪役令嬢ってどういうことですか?」
今度はエリーナが話す番だ。その表情は興味津々ではなく、踏み込んでいいのかと恐々としている。
「そのままよ。私は乙女ゲームの悪役令嬢を19人演じてきたの。このエリーナが20人目ね」
「乙女ゲームの悪役令嬢……」
意味が呑み込めていないのか、反応が薄い。
「例えば、『騎士学』のリリアンヌ・ドローズとか……」
「え、知ってます! あのすっごく嫌な公爵令嬢ですよね」
前回の悪役令嬢の名を挙げれば、ぐいっと身を乗り出して食いついてきた。乙女ゲームの名前は長すぎるので、略称の方が伝わりやすい。
「後は……『ハピエン』のリリー・マリアや、『天空の歌姫』のカリーナ・ヴァロアね」
「えぇぇ! 全部やりました! どれもヒロインの邪魔ばかりするし高飛車だしで大っ嫌いです!」
リズは前世で相当な乙女ゲーオタクであり、かなりやりこんでいたようだ。いつも恋の障害となる悪役令嬢を思い出して気が昂ったのか、嫌いと叫んでからしまったと罰の悪そうな顔をした。目の前に、その悪役令嬢を演じていた人がいる。
だがエリーナはうふふと目元を和ませ嬉しそうに笑っていた。先ほどまでの攻撃的な笑みではなく、本心から出た笑み。
「ありがと。嫌な女と思われ嫌われたなら、役者冥利につきるって話よ」
自然と感謝の言葉が口から出ていた。初めてプレイヤーから話が聞けたのだ。彼女の中にその存在が少し残っているだけでも、今までやってきたことが報われたような気がする。
そして、エリーナは簡単に今までの悪役令嬢人生について話した。イベントはオートモードだったこと、ゲームがエンドロールを迎えれば次の役に移ったこと、最初は戸惑い辛い思いもしたが今はプロの悪役令嬢だと自負していること。それを聞いたリズは、そうだったんですねと感嘆の声をこぼす。
「エリーナ様……だから、あんなに悪役令嬢がきまってたんですね」
「あら、うれしい」
おほほほと、悪役令嬢笑いを披露しておく。幼い頃はサリーにまだまだと指摘を受けてばかりだったが、今では練習の成果か怖いですという評価をもらえるようになった。そして最近はなぜか、役を交代しませんかとヒロインを勧めてくるのが謎だ。
「それで、訊きたいことがあるんだけど。いいかしら」
話が一区切りついたため、エリーナは改めて問いかけた。今回のゲームは不具合が多いが、プレイヤーだったリズに会えたのは幸運だ。これで懸念材料が少し減る。
「あ、はい。なんでしょう?」
リズは背筋を伸ばし、続く言葉を注意深く待つ。最初の恐怖が強かったため、まだ身構えてしまう。
「このゲームのヒロインって誰? あと、シナリオがわかるなら教えてほしいわ」
「え……?」
リズは動作不良が起こったのかと思うほど、ピシリと固まった。天地がひっくり返ったような衝撃を受けた表情をしており、そんなに変なことを言ったのかとエリーナはむっとする。ちょっとその顔は失礼だ。
だがその小さな苛立ちは、次の言葉で吹き飛んだ。
「……エリーナ様です」
「ん?」
「エリーナ・ローゼンディアナがこのゲームのヒロインです」
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