上 下
19 / 194
学園編 16歳

17 華々しくデビューしましょう

しおりを挟む
 王立ミスティア学園は創立120年の歴史ある学園だ。王族、貴族はもちろんのこと、将来を有望視される平民も平等に通う。建物はレンガづくりで、敷地面積も広い。設備は最先端のものを取り入れており、壁の装飾一つとっても芸術品だ。サロンも多く、あちらこちらで貴族出身の学生がお茶を楽しんでいた。その空気に慣れないのか、平民の新入生はどこか肩身が狭そうだ。

 その中をエリーナは我が物顔で歩いていた。まさに、肩で風を切るように歩くのである。

(こんな感じで歩いておけば、悪役令嬢っぽく見えるかしらね。さっきから視線も飛んできているし、アピールは成功ね)

 入学式が終わったところで、この後は歓迎の茶会がある。それまでは自由時間なので、学園内をぶらぶらとしているのだ。新入生は胸元のリボンかネクタイの色で分かる。すでにいくつかのグループができ、談笑を楽しんでいた。貴族の方々は茶会で顔を合わせている人が多く、上級生ともスムーズに挨拶ができている。

(これはそうそうぼっちかしらね)

 本来なら悪役令嬢として取り巻きの数人はいるべきなのだが、お茶会に一度も出ていないエリーナは人脈が皆無だった。エリーナが茶会に行きたいと言わなかったのもまずかったが、祖父とクリスが一切連れていくそぶりを見せなかったのも問題だと、今になって思う。いくら今までの経験があるからと言っても、知らない人に話しかけるのは気が重いのだ。

(でも、ヒロインっぽい人いないわね。攻略キャラは一人見つけたけど)

 目の前に人だかりがある。その中心に、新入生代表として挨拶をしていたこの国の第一王子であるジーク・フォン・ラルフレアの姿がある。第一位王位継承者であり、女の子たちに囲まれ黄色い歓声を浴びていた。乙女ゲームに王子は外せない。見目も麗しく、銀色の髪は光を受けて宝石のように輝き、ブルーサファイアのような瞳に誰もが魅了される。艶のある美声は女子の腰を砕くと噂になっていた。
 エリーナはちらりとその集団に目をやり、ヒロインっぽい可愛い子を探すが、ひっかかる子はいない。それどころかジークと目が合ってしまったため、急いで退散する。ガンを飛ばしたと思われたかもしれない。

「おい、お前!」

 背中に艶やかで張りのある声が飛んできた。他の人に声をかけたのかと辺りを見回すが、エリーナの周りに人はいない。まさかと思いつつ振り向くと、人垣を抜けてジークがこちらへ来ようとしていた。

(イベント発生なの!?)

 罵倒する相手は誰だとジークの後ろで鋭い視線を向けている女の子を盗み見るが、全くわからない。これは、ジークに悪印象を与えるイベントかと考えたところで、不敬罪になりかねないと自制する。入学早々トラブルは起こしたくない。

「は、はい。何でしょうか」

 まずは相手の出方を見極めなくてはならない。仕方がない、攻略キャラを知るいい機会と開き直ることにした。

「お前、名を何という」

「私はエリーナ・ローゼンディアナと申します、殿下」

 ドレスをつまみ、頭を下げる。

「顔を上げろ。あのローゼンディアナ伯のご令嬢か。噂はかねがね……実在したとはな」

 それはいったいどんな噂なのか。帰ったらクリスを問い詰めることにする。
 ジークは柔らかそうな髪をかき上げ、キラキラと王族のオーラがあふれ出る笑みを浮かべた。その表情には自信がみなぎっている。

「これも何かの縁、困ったときは俺を頼ってくれ」

 それだけ言い残すと、また後でと女の子を連れて逆の方向へ去っていった。残されたエリーナは、ぽかんとその背を見送る。

(何も、言えなかったわ……王族怖い。それに、やっぱりオートモードはないのね)

 今まで王族とオートモード以外で関わったことはなかった。ゆえに、どんな無礼な態度を取ることもできたのだが……。

(思ったより、私って臆病なのね)

 ここに来て、致命的な欠点に気づいてしまった。これからはここぞという時には勇気を出さなくてはいけないだろう。

(……ちょっと、静かな場所に行きたいわ)

 急に人の多いところに出てきたので、気疲れしてしまった。気分を変えるため廊下を進んでいると、庭園を見つけそちらに足を向ける。人通りもあまりなく、憂鬱な気分を紛らわすにはちょうどいい。

(へぇ、いいところね)

 春の陽気に包まれ、噴水の近くにあるベンチに腰を下ろす。

(あぁ……気持ちいいわ。眠くなりそう)

 ぼうっと幸せな眠りに誘い込まれそうになった時、複数の足音が聞こえてハッと目を開ける。ぼんやりした頭で顔を上げると、そこには仁王立ちをしている女の子がいた。
 赤みのある金色の髪は編み込まれ、後髪はゆるやかなウェーブがかかっている。そして顔にかかっている横髪は見事な縦ロール。好戦的なエメラルドグリーンの目は吊り上がっており、気の強い印象を与える。さらにその子の後ろには二人女の子が、これまた好戦的な目をエリーナに向けている。

「ごきげんよう。わたくし、ベロニカ・オランドールですわ。父はこの国の大臣を務めておりますの」

 ロマンス小説から抜け出してきたような悪役令嬢が、勝気な笑みを浮かべていた。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

悪役令嬢は婚約破棄したいのに王子から溺愛されています。

白雪みなと
恋愛
この世界は乙女ゲームであると気づいた悪役令嬢ポジションのクリスタル・フェアリィ。 筋書き通りにやらないとどうなるか分かったもんじゃない。それに、貴族社会で生きていける気もしない。 ということで、悪役令嬢として候補に嫌われ、国外追放されるよう頑張るのだったが……。 王子さま、なぜ私を溺愛してらっしゃるのですか?

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

悪役令嬢の取り巻き令嬢(モブ)だけど実は影で暗躍してたなんて意外でしょ?

無味無臭(不定期更新)
恋愛
無能な悪役令嬢に変わってシナリオ通り進めていたがある日悪役令嬢にハブられたルル。 「いいんですか?その態度」

処理中です...