17 / 194
領地編
16 入学準備をしましょう
しおりを挟む
祖父の葬儀が終わり、少しずつ落ち着いた日常に戻りつつあった。入学式まではあと一か月となり、制服の準備や持っていくドレスの選定と、侍女たちはどこか嬉しそうな顔で用意をしてくれている。王立ミスティア学園には寮があり、王都以外に住んでいる者は寮から通うことができる。クリスも学園にいた三年間は寮におり、エリーナもサリーを連れて寮に住むつもりだ。
そのため膨れ上がったロマンス小説コレクションを厳選していたのだが、書斎に呼ばれクリスから話を聞かされたエリーナは目をパチクリと瞬かせる。
「え、王都に住むの?」
「提案だよ。寮だと不便なこともあるし、何かあった時にすぐに助けにいけないからさ。王都に手ごろな屋敷が空いているから、別邸にするのもいいかと思って」
「みんなでそちらに引っ越すの?」
「この屋敷の管理もあるから、エルディと数名は残ってもらうよ。僕は領地と王都を行き来する感じかな」
クリスの提案はなかなか魅力的だ。サリーが一緒とはいえ、寮での生活は大変そうだと思っていた。だが、寮だからこそできる嫌がらせもある。ヒロインが寮にいたらであるが。
(う~ん……賭けよね)
思案顔のエリーナに、難しく考えないでとクリスは軽く手を振る。
「今年から当主代行として社交界に出る回数も増えるし、王都に家が欲しかったんだよ。それに、エリーも今年は社交界デビューだから、エスコートは僕が務めるからね。もちろん僕の資金から出すから、ローゼンディアナ家には負担がかからないし、将来はそこに僕が住んでもいいわけだし」
なるほどそういうことかと、エリーナは頷いた。クリスが先のことまで考えて屋敷の購入を検討しているなら、任せるのがいいだろう。
「問題ありませんわ。私も寮よりは、クリスやみんながいる家の方がいいもの」
それに、ヒロインがクリスに接触した場合は把握がしやすいという利点もある。
「じゃあ、必要な荷物をまとめて、一週間後に引っ越しするよ」
「わ、わかりましたわ」
クリスは本当に仕事が早い。どうも王都の屋敷はすでに押さえているようで、エリーナが寮を選んでも、クリスは王都に住むつもりだったのだろう。
(ほんと、律儀ね)
エリーナを守るという祖父との約束を、忠実に守ろうとしている。そして選択の機会をエリーナに与えてくれている。
(あ、でもこれで、ロマンス小説を全部持っていけるわ)
これは僥倖とパッと顔を明るくする。集めに集めたロマンス小説は、図書室の壁一面を埋め尽くしている。本棚にして十個分ほどで、貸本屋が開けるよとラウルとクリスには呆れられた。
「でもエリーナ。ロマンス小説は厳選して持って行ってね」
表情から考えていることを読み取ったのか、クリスは柔和な笑みを浮かべてそう釘を刺した。笑顔だが目が笑っていない。
「善処いたしますわ」
エリーナは素直な妹の笑顔を作り、書斎を後にする。頭の中でどうやってドレスの間に小説を詰め込むかの算段を付け始めていた。ロマンス小説は悪役令嬢にとって聖書(バイブル)なのだ。手放せるわけがない。
日の差し込む廊下を歩きながら、入学後の段取りを考える。
(ひとまず、入学したらヒロインを見つけないとね。攻略対象と話している時に、不自然に止まったら当たりなんだけど)
いわゆる、乙女ゲームの選択肢をヒロインが選ぶのである。即決のヒロインもいるが、たいていは攻略サイトを見たり熟考したりするため、ヒロインが固まるのである。ヒロインが固まっても周りは気にせず待っている。滑稽な様子だが、ヒロインのための世界なのだから当然だ。
その間は悪役令嬢のオートモードも切れるため、自由に動けた。暇なときはヒロインに向けて舌を出したり、変な顔をしたり、つついたりもしたが、ヒロインはまったく感知できない。一度ヒロインと攻略対象とのデートを邪魔するイベントで、選択肢を迷うヒロインを置いて明後日の方向へ歩いていったことがあった。いくらでも歩いて行けたが、ヒロインが選択肢を押した瞬間に彼女の前に飛び、イベントはオートモードで進むのだから笑えた。
(けど、このゲームは不具合が多いから、望み薄かもしれないわね)
シナリオも、スチルのシャッター音も、攻略対象の好感度バロメーターもない。
(それでもやってやるわ。悪役令嬢の誇りにかけてね!)
そして意気揚々と図書室のドアを開ける。学園で輝かしい悪役令嬢デビューを迎えるためにも、この参考書たちを厳選しなくてはならない。そして選定のためにちょっと目を通すつもりが熟読し、全く作業が進まないまま日が暮れるのがここ数日のパターンなのである。
そのため膨れ上がったロマンス小説コレクションを厳選していたのだが、書斎に呼ばれクリスから話を聞かされたエリーナは目をパチクリと瞬かせる。
「え、王都に住むの?」
「提案だよ。寮だと不便なこともあるし、何かあった時にすぐに助けにいけないからさ。王都に手ごろな屋敷が空いているから、別邸にするのもいいかと思って」
「みんなでそちらに引っ越すの?」
「この屋敷の管理もあるから、エルディと数名は残ってもらうよ。僕は領地と王都を行き来する感じかな」
クリスの提案はなかなか魅力的だ。サリーが一緒とはいえ、寮での生活は大変そうだと思っていた。だが、寮だからこそできる嫌がらせもある。ヒロインが寮にいたらであるが。
(う~ん……賭けよね)
思案顔のエリーナに、難しく考えないでとクリスは軽く手を振る。
「今年から当主代行として社交界に出る回数も増えるし、王都に家が欲しかったんだよ。それに、エリーも今年は社交界デビューだから、エスコートは僕が務めるからね。もちろん僕の資金から出すから、ローゼンディアナ家には負担がかからないし、将来はそこに僕が住んでもいいわけだし」
なるほどそういうことかと、エリーナは頷いた。クリスが先のことまで考えて屋敷の購入を検討しているなら、任せるのがいいだろう。
「問題ありませんわ。私も寮よりは、クリスやみんながいる家の方がいいもの」
それに、ヒロインがクリスに接触した場合は把握がしやすいという利点もある。
「じゃあ、必要な荷物をまとめて、一週間後に引っ越しするよ」
「わ、わかりましたわ」
クリスは本当に仕事が早い。どうも王都の屋敷はすでに押さえているようで、エリーナが寮を選んでも、クリスは王都に住むつもりだったのだろう。
(ほんと、律儀ね)
エリーナを守るという祖父との約束を、忠実に守ろうとしている。そして選択の機会をエリーナに与えてくれている。
(あ、でもこれで、ロマンス小説を全部持っていけるわ)
これは僥倖とパッと顔を明るくする。集めに集めたロマンス小説は、図書室の壁一面を埋め尽くしている。本棚にして十個分ほどで、貸本屋が開けるよとラウルとクリスには呆れられた。
「でもエリーナ。ロマンス小説は厳選して持って行ってね」
表情から考えていることを読み取ったのか、クリスは柔和な笑みを浮かべてそう釘を刺した。笑顔だが目が笑っていない。
「善処いたしますわ」
エリーナは素直な妹の笑顔を作り、書斎を後にする。頭の中でどうやってドレスの間に小説を詰め込むかの算段を付け始めていた。ロマンス小説は悪役令嬢にとって聖書(バイブル)なのだ。手放せるわけがない。
日の差し込む廊下を歩きながら、入学後の段取りを考える。
(ひとまず、入学したらヒロインを見つけないとね。攻略対象と話している時に、不自然に止まったら当たりなんだけど)
いわゆる、乙女ゲームの選択肢をヒロインが選ぶのである。即決のヒロインもいるが、たいていは攻略サイトを見たり熟考したりするため、ヒロインが固まるのである。ヒロインが固まっても周りは気にせず待っている。滑稽な様子だが、ヒロインのための世界なのだから当然だ。
その間は悪役令嬢のオートモードも切れるため、自由に動けた。暇なときはヒロインに向けて舌を出したり、変な顔をしたり、つついたりもしたが、ヒロインはまったく感知できない。一度ヒロインと攻略対象とのデートを邪魔するイベントで、選択肢を迷うヒロインを置いて明後日の方向へ歩いていったことがあった。いくらでも歩いて行けたが、ヒロインが選択肢を押した瞬間に彼女の前に飛び、イベントはオートモードで進むのだから笑えた。
(けど、このゲームは不具合が多いから、望み薄かもしれないわね)
シナリオも、スチルのシャッター音も、攻略対象の好感度バロメーターもない。
(それでもやってやるわ。悪役令嬢の誇りにかけてね!)
そして意気揚々と図書室のドアを開ける。学園で輝かしい悪役令嬢デビューを迎えるためにも、この参考書たちを厳選しなくてはならない。そして選定のためにちょっと目を通すつもりが熟読し、全く作業が進まないまま日が暮れるのがここ数日のパターンなのである。
2
お気に入りに追加
754
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる